6.猫と冠した場所なのに、いるのは犬ばかり。
喫茶店「シュヴァルツ・カッツェ」――
かつての損壊は全くもってなく、元どおりになったのかと問われると元の姿を知らないので答えられそうにもない。直ったというよりも、新しい店ができたのだと――改装したのだから当たり前だが――思ってしまう。また、入り口の脇には花輪がいくつか立てられているのを見れば、なおさらそう感じてしまう。
外装も手入れが入ったのだろう、こげ茶色の落ち着いた配色。看板も真新しい物に代わったようで、コーヒーカップに猫がまるで風呂にでも浸かっているかのようなエンブレムが描かれている。
店としてはまだ機能していないようだ。まだ開店準備の段階のようで、店の脇には工務店のトラックが止められており、工務店の人たちが忙しそうに店を出入りしている。しかし、工具などを持っていないところを見れば、粗方の作業は終わっているのだろうと窺える。
でも、部外者が店に入っていいものなのか、美加は少し離れたところで見やり、悩んでいた。店が忙しいのなら、自分のような者がいては邪魔になりかねない。時間を改めて出直した方が懸命なのではなかろうか、と。
そうしているうちに、工務店の人の出入りが少なくなってきた。中へと入ったまま、出てくる回数が減ってきたのだ。中で作業をしているのだろうか。しかし、作業をしているような音は聞こえてこない。
作業をしていないのだろうか。それでも、もし作業をしていたらと思えば、邪魔になるだろうからと悩ましい。
「――ん? どこかで見たことのある顔だと思ったら」
そう言って美加の前へと姿を現す少女。〝お嬢様学校〟と名高いところの制服をまとっている。漆原千代。
怪訝な面持ちで見てくる姿は、美加をどこか煙たそうに思っているようだ。店の前にいるから、不審に見ているのかもしれない。
「ち、千代ちゃん、こんにちは」
突然の登場に驚くものの、見知った顔だからこそ、すぐに落ち着く。剣呑と見てくるのはいつものことなので、無理に怖がることもない。慣れてしまったというべきか。だから、いつもどおりの挨拶をする。
なのに、千代の目が冷たい。いつものように〝千代ちゃん〟と呼ぶから不機嫌になっているのだろう。ただいつものように「その名で呼ぶな」と言い返してこない。となれば、千代もいつもの美加に慣れてしまったというべきか。それか、諦めたのだろう。
「何でここにいるの? 何か用があるの? 霞姉さんなら、中にいると思うから、遠慮せずに入ればいいのに。霞姉さんのことだから、いつもの調子で受け入れてくれると思うけど」
そうは言ってくれるのだが、その視線が冷たいままなのはどうしてなのか。美加は首を傾げたい気分だ。嫌悪というわけではないが、口に出せないわだかまりがあるように見える。
「用……用はあるんだけどね」
千代の視線に戸惑いながらも美加は言葉を口にする。
「――何だか、忙しそうだなって思えて。邪魔しちゃいけないかなって」
言葉の端々がたどたどしく聞こえてしまうのは、遠慮と戸惑いが混ざり合って出てしまったもの。
「忙しい? 邪魔?」
美加の言葉の意味に関してなのか、それともたどたどしさに関してなのか、千代が訝しく。
「店はもう開店するだけのところまでいってるし、工務店の人たちは遊慧目当てで来ているだけだし――」
でも、その手は何の迷いもなく、美加の手を掴んでくる。慄く美加の答えを待たずして、その手を引いていく。そのまま店の中へと引きずり込まれてしまった。店の外でうだうだと悩んでいても仕方がないので、結果よしなのかもしれないが、複雑な心境である。
真新しい店の中は、並ぶテーブルや椅子、棚から〝真新しい〟と言葉がかもし出されているかのようなにおいがする。ニスなどの薬品のにおいなのだろうそれらに混じって、コーヒーのほろ苦い香りもする。
カウンタ席は、つなぎの男たちで埋まっていた。四塔遊慧がそれらを微笑みをもって相手している。千代の言っていた〝遊慧目当て〟がよく分かる構図である。あれだけの美人の〝女神の微笑〟を見れるのならば、男たちが集まってきても何らおかしくもない。
遊慧が千代に気づいて「お帰りなさいませ、千代お嬢様」と声をかけてくる。美加が会釈をすれば、「いらっしゃいませ」と返してくれた。どんなに男どもに迫られようとも、店主としての立場を弁えてペースを乱すこともなく相手をしているのだから、感服せざるを得ない。
それらとは対というべきか、店の一番奥はとても静かで、コーヒーを飲みながらのんびりと帳簿と睨めっこをしている咲耶霞の姿がある。相変わらず、肩ほどまでの深紅の髪がよく目立つ。それでも、自己主張が激しいわけでもなく、ほんわかな雰囲気を漂わせている。
その前へと一度も止まることなく、連れてこられた。
霞が顔を上げれば、美加がいることに驚いているようだが、すぐに笑みを向けてくる。
「いらっしゃい。珍しいお客さんね。さ、座って」
霞の言葉に従い、美加は向かいの席へと座った。千代は霞の隣に座る。
遊慧がトレイにカップを載せてやってきた。美加と千代の前にカップとミルクと角砂糖のポットを置いた。
コーヒーは香り際立ち、普段飲んでいるインスタントコーヒーとは明らかに違うだろうことがよく伝わってくる。
遊慧は「ごゆっくり」と言うと、カウンタ席へと戻っていった。
「実家にちょっとばかり頼っちゃってね。ちゃんとお店を維持できないのなら、家に帰ってこいなんて言われちゃって。もぅ、事故だって言ったのに、信じてくれないのよ。嫌になっちゃうわ。それに、ここで実家に帰ったら、お見合い写真見せられて、ああでもないこうでもないと勝手に話を進められて、お見合いさせられる羽目になるのよ。ただでさえ、この髪の色で変な目で見られるというのに。まあ、自分でこの色に染めたんだから、今さら文句を言うのも馬鹿らしいけどね」
霞はため息をつくと、帳簿から目を離した。
いくら見たところで金額が変わることなどないのは、ネコジシ商会で和葉がよく帳簿と睨めっこをしているところを見て分かっている。こればかしは、事務所や店を預かったことがないので何とも伝わってこない苦労だ。なので、そういったことについて言われても、苦笑いしか返せない。
霞は煙草入れを手にすると、煙管を取り出して刻み煙草を詰めていく。
「煙草、喫んでいい? これがないと落ち着かなくって。数字は見るのも嫌なんだけど、ここの店の経営をしないとならないから、我慢しなければならないくて、ついついストレスで禿げてしまいそうよ」
やあねと言っているわりには、ストレスなどなさそうな顔をしている。どこまでが本気なのか窺い知れない。
ともかく、普段から喫煙する相手が職場にいるものだから、煙草自体に不快感はない。あえて挙げるとしても、髪に煙草の臭いがつくことだろうか。それだけのことで拒む理由にもならないと見て、頷いて返した。
霞は「ありがと」と言うと、マッチで煙草へと火をつけた。煙を誰もいない方へと吐き出してから――
「それにしても、あなた、印象変わった? 前に会った時と比べると、陰が薄くなったというか、認識しづらいように思えるけど」
ふと思ったことを口にしただけのことだろう。そうでなければ、これ以上経営云々について話していても滅入るだけだと感じただけなのかもしれない。
しかし、その内容には、どうしても分からないとしか答えようがない。むしろ、どうしてそう思うのだろうかと聞き返したい気分である。浄一も安雄も隆文も、皆同じことを言うのだから。
自分としてはいつもと変わらないと思っている。それこそ、いつもと何も変わらない生活を送っているのだし、いつもと違うわけがない。ネコジシ商会に行けていない、という事柄を除けば。ただ、ネコジシ商会に行けていないからといって、影が薄くなるなんてことがあるのだろうか。否、そんなことあるとは到底考えられない。
戸惑うばかりだ。
「いえ、気にしなくていいわ。こちらの気のせいよね。千代ちゃんの影の薄さに比べれば、大丈夫よ。って、千代ちゃんは影が薄いんじゃなくて、気配を消しているんだったっけ? ま、どうちらでもいいわね」
ハハハ、と笑っているのはいいが、千代が複雑な面持ちで霞を見ている。怒っていいのか戸惑っているのだろうが、ここは怒っても罰が当たらないような気もするし、かといって、それを千代に言うというのもどうなのか――美加は苦笑で返すだけだ。
「――それで、どんな用かしら? ネコジシは今、裏でコソコソと動いているものね。だから、私のところへと行くように言われたのでしょ?」
「え、えと……知っていたのですか?」
本題に入ったと見ていいのだろうが、どうしてここへと来ることが分かったのか、きょとんと霞を見据えてしまう。
「フフ、ネコジシが何かしら動いているのは、こちらでも確認していたから。それと、あなたがここへと来ることは、柳崎さんから電話を受けてね。だからというわけじゃないけど、帳簿をつけながら待っていたというわけ」
「柳崎さんから。そうだったんですか」
美加は頷いた。
しかし、隆文から連絡が行っているのなら、美加が話を聞きにここまでくる必要があったのだろうか、と疑問が生じてしまう。それこそ、その電話で話をしてしまえばいいだけのことだ。美加よりも事件について知っているだろうし、遺体すら見ていない美加がわざわざ話をするというのも、非効率的な気がしてならない。
それに、隆文から話が行っているのなら、事件のことを少なからず知っているだろう。となれば、自分はここで何をすればいいのか悩んでしまう。
「そうねぇ、私はカズくんたちが何をしているのかまでは把握していないわね。常に見張っているわけじゃないし」
霞はそう言って、煙管をくわえる。その隣の千代はウンウンと頷き、コーヒーをすすっている。ネコジシ商会が何かをしているらしい、という情報源は千代ということか。
「それで、カズくんたちよりも今は――」
煙管の灰を灰皿へと落とした。僅かな間が生じる――。
ちょうど見計らったかのように、工務店の男たちが遊慧へと言葉を投げながら店を出て行くところだ。
遊慧が「またいらしてくださいね」と愛想よく送り出すと、こちらへとやってくる。
工務店の男たちが出て行くことを待っていたのだろう。霞は言葉を紡ぐ。
「――今朝見つかった変死体の方ね」
やはり、隆文から事件の話を聞いているようだ。そうなると、美加はどういった話をすればいいのだろうか。ともかく、霞がどのような話をするのか聞いて判断するしかない。
「何か事件ですか?」
遊慧が霞の後ろに立ち、尋ねてくる。
「そうね。事件みたいよ。今の段階では、私たちの出番があるか分からないところだけどね。警察官の変死体が発見されたの。それも、私たちのような魔具とか〈異端〉に関わっていそうなのが、ね」
霞は遠い目をしながらコーヒーをすする。乗り気のなさそうなことがよく伝わってくる。事件があればたとえ独りでも行動を起こす千代と、全く違った様子だ。面倒くさがりに見えてしまう。
遊慧は「あらまぁ」とかなり他人事に思えるため息をついている。実際、〈異端狩り〉としては霞と千代の二人だけで、遊慧は違うらしい。らしい、としてしまうのは先月の事件の際の小太刀を使った一撃を目の当たりにしたからだ。銃を向けられても、平然と小太刀を振るって戦えてしまう遊慧を〈異端狩り〉ではないと言われても、あまりぴんと来ないところが正直なところ。
「面倒よね。一応こうしていられるぐらいには〝回復〟してきたけど、事件を追いかけるとなると億劫だわ。もう少しのんびりしていたいのだけどね」
〝回復〟――〝蛇〟に操られていた際に体力を消耗したからと聞かされているが、やはりこのあたりについても、〝一般人〟と区切られてしまう美加からすれば、よく分からない話である。
「霞お嬢様は、まだお休みしていただいた方がいいです。また〝蛇〟に体を明け渡されでもしたら、捜したり抑えたりするのが大変ですので。そういった身なのに、無理して店のことをやろうというのですから、霞お嬢様に仕える私としましては困り果てたものです」
――と、二人の話を美加は黙って見ているだけだ。話の内容がいくばくか理解の及ばないことがあることと、この三人の間に入れるほど、仲が深まったわけでもないから遠慮がちになってしまうのである。
霞は気さくな人という印象を受け、こちらが立ち止まっていても歩み寄ってきてくれる。むしろ、絡んでくることで楽しんでいるようだ。
千代は飼い主にしか懐かない猟犬といった感じで、いつもつんけんとしていて、絡んでも邪険にされる。
遊慧は霞の忠犬とでも言うべきか、千代とはまた違った雰囲気がある。それに、自分に対してどのような目で見ているのか、まだまだ窺い知れない。
「――そうね。私はしばらく動けそうもないから、直接的な協力はできないわね。まあ、魔具に関する情報が入ったら、そちらに譲るって形でいいなら構わないけどね。
というか、一応店のオーナとして、開店準備があるし、お金の管理もしなければならないし。それに、遊慧ちゃんは私たちと違って〝一般人〟だから、無理はさせられないし。魔具の仕事をさせようにも、無力なのよね。だからといって、柳崎さんからのお願いとなると、無下にできないし、何よりも先月の件でお世話になりっぱなしだから、拒否はできないのよね。
――あぁ、となると」
霞はニタリと笑んで、千代へと見やる。
千代はビクリと体を強張らせている。今まで黙っていたのは、その先の霞の言葉を予見してのことなのだろうか。どう見ても、嫌そうな顔だ。
「千代ちゃん、私たちの代わりに手伝ってあげてね。あなたなら、私の代わりは十分果たせるもの。魔具のことだってしっかりと管理できるし、何かがあったとしてもすぐに行動に移せる身軽さが売りだし」
「な、何で私が!? それも、こんな女と」
「はいはい。そんなこと言わないの。暇そうなのは千代ちゃんだけだし。学校だって、もう試験も終わって夏休みを待つだけでしょ? それに、このまま事件を放っておくの? 〝人同士の事件〟なら私たちが出る必要もないけど、〝魔具絡みの事件〟となると――」
「分かりました。〈異端〉が関わっているのかもしれないんですよね。でしたら、仕方がないですものね」
隆文から得た情報の整理をしてから店を出たところで、千代が今にもネチネチと言ってきそうで怖い。ものすごく不機嫌なことは、見て手に取るように分かってしまう。こういうことは精神的によくないので分かりたくないことなのだが。
何か言ってやって、気を落ち着かせてやりたいのも山々なのだが、不機嫌な理由が自分にあると考えれば、何かを言った途端に怒りが爆発するかもしれないと思えて、自然に落ち着くのを待つしかないのだろう。
ひとまず、霞に協力を頼んだところまでところまではよかった。拒否されることもなく、千代を当てられるということになってしまったが、自分なりの仕事としては進展したということになる。
しかし、千代の仕事ぶりはよく分かっているつもりなのだが、素直に応じてくれるかが問題だ。現に様子を見やれば、ブツブツと何かを呟いている。恨み節なのだろうと予知できてしまうので、どのようなことを言っているのか聞きたいような聞きたくないような、有耶無耶な気持ちになる。
それでも耳を傾けてみれば――
「絶対、古文のテストの点数が悪かったのがバレたんだ。どうしよう、隠しておいたはずだったのにぃ。あ、このままだと、世界史のテストも見つかって……考えるな、大丈夫。世界史のテストは厳重に隠しておいたから、そう簡単に見つかるはずがない。あ、それとも数学のテストかも。数学は霞姉さんも苦手な分野だから、多少点数が悪くても言われることなんてないと高をくくっていたのが悪かったのかしら」
思っていたこととは裏腹で、千代の矛先は別のところにあるようだ。怖がっていたことに肩透かしを食らったどころか、唖然とするしかない。学生らしいといえば学生らしいことなのだろうが、そういったことを理由で事件の捜査を手伝ってもらうというのも気が引けてしまう。
「千代ちゃん?」
「な、何? き、聞いてた? 今のは忘れて。今のは聞かなかったことにして」
呼びかけてみれば、千代はぷいっとそっぽを向いてしまう。いつものつんけんとは違うのはいいことだが、素直でないだけの子犬がそこにいる。むしろ、年頃の少女がいるというべきか。
今までの千代から考えれば、今の千代はあまりにもイメージになかったために、むしろ、こういう表情もできるのだなと思ってしまえば、美加は思わず吹き出し笑いをしてしまった。
それは千代の不機嫌を呼び寄せるに十分すぎたようで、いつもの千代が戻ってきてしまう。ギラリとした視線が突き刺してくる。しかし、恥ずかしがってのものと分かっているからか、これ以上特に何かを言う素振りもなく、そそくさと歩き出した。
美加は今まで何を怖がっていたのだろうか、と後についていくだけだ。
ひとまず、今回の事件について何かないかと街に出たのだろうが――歩くだけで何もしなかった。以前に別の形でこのようなことをやったような記憶が頭の片隅をよぎっていく。あれは何だったかと思い返してみれば、月光を探している時のことだった。ヘカテが魔具が使われているかどうかを感じ取るべく歩き回っていたはずだ。
しかし、目の前を行く千代の背中からは、ヘカテと同じとは見えなかった。自分が一緒であることが嫌なのだろうことがひしひしと伝わってくる。要は、不貞腐れてのことなのだろう。だから、捜査をするというよりも、まず不貞腐れての進行に違いない。
こうなると、美加もため息をつきたくなってくる。
「――そもそも、情報が少な過ぎる。〝ケーサツ〟の一人が死んだぐらいで、どうして私が……。霞姉さんの手を煩わすわけにもいかないし……。そうよ、霞姉さんに無理をさせるわけにはいかないのよ」
今度こそ聞き間違いようのない恨み節。ボソボソと言っているあたり、聞こえないようにしているのだろう。でも、耳を澄まさずとも聞こえてしまうのであれば、わざとなのではなかろうか。
こればかしはどのような言葉をかけていいのか、分からない。
「ごめんね、千代ちゃん。忙しいところに手伝ってもらって」
フォローしたつもりて言ったはずだ。なのに、振り返ってくるなり、睨まれてしまう。
「謝ってほしくなんかない。〈異端〉がよからぬことをしているというのなら、私はそれを退けるだけ。あなたなんかのために動いているわけじゃないの。全ては霞姉さんのため。霞姉さんのためなら、多少の苦難なんて問題ないの!」
「く、〝苦難〟って……私のこと?」
「他に何があるの? 夏休みに入ったら、霞姉さんとべったりする予定だったのに。あなたなんかにつきあってたら、べったりする時間がなくなっちゃう。だから、さっさと調べることを終わらせて、霞姉さんとべったりするの」
千代は握り拳で力説してくる。美加はげんなりとするだけだ。
好まれていないことは分かっていたつもりだったが、ここまで嫌われているのを分かってしまうと、どうしたらいいのか悩んでしまう。むしろ、千代の私的な答えに、反論する気すらもなくなってしまう。頼ってもよかったのだろうか、という疑問も湧くことは湧くのだが、そこはあえて考えないことにした。
「もっと情報はないの? どんなことでもいいから。その〝ケーサツ〟の人のこととか」
「え? えっと……私だって、どんな人なのかよく知らないし、警察署に――」
「却下!」
「えぅ……すぐに否定なんて」
「却下は却下。〈異端狩り〉が〝ケーサツ〟に行けるわけがないじゃない。常識で考えてよ。〈異端狩り〉が〝ケーサツ〟に言ったら、捕まるだけじゃない」
「そ……そうですか……」
千代の勢いに負けたというか、言っていることが尤もだというべきか、美加は肩をすぼめる。そもそも、〝常識で考えろ〟と言われたところで、〈異端狩り〉での常識が美加には分からないのだから、何も返せない。
「何も分からないからって霞姉さんのところに来たんだから、情報がないのも当然なのよね。ただ、どちらも何も分からないというだけ。
あなたがいつもネコジシの連中とどのようなことをして事件に取り掛かっているのか知らないけれど、私なりにやってもいいの? そうすれば、分かり得ることは私が調べるし、それでも分からないことは今の私たちには何も知り得ないことだし」
「え、えと……お願いしているのはこちらだし、千代ちゃんのやり方でお願いできるかな? 私にできることがあれば、何でもするから。みんなからは役立たずって言われてるけど、それでもできる限りのことはするから」
頷いて見せた。これでどこまで信用してもらえるのか分からない。でも、他にしようがなかった。言葉が浮かばなかった。
「役に立つとか立たないとか、私にはどうでもいいの。大人が何を基準にして〝もの〟を言っているのか、私には分からないことだし、興味もない」
千代は右手を軽く振って口へと当てている。美加へと見ることもなく、空を見上げている。
「私は私の基準で〝もの〟を見ているの。そうしないと、〝自分〟がいなくなっちゃうから。何も見えないまま、昔のように走っていたところで、何も解決しないのは嫌というほど思い知らされたもの。
――はぁ、話が逸れちゃった。とにかく、周囲の目で踊らされている人を、周囲と同じ目で見るつもりはないの。私自身のためにも、〝チヨ〟のためにも。霞姉さんが私を、私たちを受け入れてたように、あなたを……」
千代は最後の方をゴニョゴニョと濁しつつ、咳払いをして、歩き出した。
美加は千代が何を言いたいのか気になり、背中を見据え、後に続いた。
暑さに気を立てているかのような千代の背中からは、照れ隠しをしているようにも見える。自分を、〝美加〟という固体を、存在を認めて見てくれているのだと感じ、嬉しくなってくる。いつも隆文が自分を撫でてくれる様を思い返し、千代のことを撫でてあげたい気分になる。
ふと千代が足を止め、振り返ってくる。半眼ジト目で見てくるのは、訝しく思っているようだ。
「へ、変なこと考えてないでしょうね? 霞姉さんみたいに、人をからかうのが増えてもらっても困るんだからね」
そう言う千代の頬が少し赤い。
「何か、霞姉さんと同じ目をしている……。絶対、〝子ども〟と見ているんだ。いいわよ。どうせ、〝子ども〟だもの。だから、私は勝手にやるもの。そう、いつものようにするだけなんだから!」
千代はぷいっとそっぽを向くと、颯爽と姿を消してしまった。いつものように神出鬼没なままに。
取り残された美加は、唖然と空を見上げるだけだ。
どこまでも暑い夏の空は、今の美加をどのように見ているのだろう、と――。




