5.温かくも暑くも熱くもある朝に。
朝、眩しい光に耐えかねて美加は目が覚めた。窓から狙い定めたように、真夏を表すギンギラとした陽が顔にかかっている。眉をしかめて陽から逃れるように寝返りを打ってみれば、ここが自分の部屋でないことに気がついた。
ぼんやりとした思考の中、自分の部屋でないとするのなら誰の部屋なのかを模索して――誰のベッドの上で寝ているのかを気がついて、和葉のにおいに包まれて二度寝したことを思い出した。
途端に、かあっと顔が赤く染まっていく。とても熱い。陽に照らされての熱気など生温かいかのよう。
首を振って、湧き上がってくる思いを振り払った。トクトクと脈打つのを治まれと心の中で叫ぶ。
今は〝この思い〟に浸っている場合じゃない。
わたわたと慌てて体を起こした。誰かに見られているんじゃないか、そもそも和葉の部屋なのだから、和葉に嫌味たっぷりの視線で睨まれているんじゃないのかと思って、何よりも恥ずかしさのあまりに死んでしまうんじゃないかと思って、見回す。
部屋には美加だけ。和葉はいないし、他に誰もいない。今すぐ恥ずかしさに埋もれてしまうということはないようで、安堵の息をついた。
誰もいないのならということで、〝この思い〟に浸る。胸が熱い。トクトクと脈が早くなる。とても忙しないことなのに、とても安心感に満たされている。これで和葉の顔を見られたら、どうなるのだろうか。
今にも湯気を体中から噴き出すのかと思うほどに熱気がこもり、かぶりを振った。
何をしているのだろうか、と自分自身を辟易として、ベッドから降りた。
部屋を出て、眠気眼をこすっていれば――
「美加さん、オハヨ」
この夏の朝のうな垂れる暑さなど微塵にも感じない元気な声が肩を叩いてくる。美麗だ。制服をまとっていて、これから登校するようだ。
和葉の部屋で時計を見たが、登校するにまだ早い時間帯なのではないのかと思うのだが、部活の朝練があるのだろうとすぐに察しがつく。よく見れば、美麗の手には学校鞄のほかに特徴のある形のスポーツバッグがある。それから察するに、テニスかバドミントンか、ラケットを使った部活なのだろう。活発そのままの性格でやるとなれば、プレイスタイルを見ずともよく似合っていることだろうと見える。
「洗面所はあっちね。美加さんの服は私の部屋にあるから。それじゃ、私は朝練があるので、行ってきまーす」
美麗は忙しないままに指差し、元気なままに手を振って玄関へと駆けていった。
「いってらっしゃい」
美加も手を振って見送った。いつもと変わらない美麗を思い返して、クスリと笑む。
着替えを済ませて居間へとやってくれば、譲葉が朝食を用意してくれているところ。昨日と違って機敏に動いている様を見れば、体調は少なからずよくなっていると見ていいのだろう。
無理をしているようには見えないし、いつものことをいつものとおりにやることが体を維持するための秘訣という話をどこかで聞いたことがあるので、見守るだけにする。手伝おうにも勝手が分からないので手伝えないということがもっともな理由であるのだが。
和葉の姿はどこにもない。
「あら、おはよう。よく眠れたかしら? ごめんなさいね、朝からバタバタとしてて」
美加に気づいて譲葉が声をかけてくる。
「おはようございます。和葉くんは?」
「もう出てしまったわ。何か急ぎの仕事でもあるのかしらね。最近、忙しそうなのよ。いつも暇だとぼやいていたから、仕事があるのはいいことなのだけどね。
独り暮らしをするようになってから、週に一度は顔を見せに来てくれるのだけど――これじゃ、私が子離れできていないみたい」
クスリとはにかんで微笑む。
「――それと、本当なら昨日のうちに夫のことも紹介しておきたかったのだけど、あの人も忙しい人でね」
苦笑して、湯気の立つご飯の盛られた茶碗をテーブルへと置く。そこへと座れというのだろう。
美加は席に座り、そのご飯を眺めつつ、譲葉の言う〝夫の紹介〟の意味を考えてしまう。
面識があるわけでもないし、和葉との知り合いというだけで、そこまでする必要などないような気もする。家主だから、客として招いた以上、顔見せするのが筋なのかもしれないと考えれば、分からないわけでもない。
しかし、頭の隅に美麗の顔が過ぎる。それも含み笑いをしている様。まさかとは思うが、譲葉は昨日の美麗の言葉――〝いい人〟を真に受けてしまっているのではないだろうか。
それに、和葉の部屋で寝たのだ。途中で和葉が部屋を出て行ったとしても、和葉の部屋で夜を過ごしたとあれば、恋仲なのだと思い込んでいると見ることができる。
ともなれば、〝夫の紹介〟ではなく、和葉の恋人として〝夫に紹介する〟という意味なのではないのか。
頭の中でグルグルと感情が奔走を始める。カッカッと顔が熱くなって、赤く染まっていく。
「あ、あのっ、私と和葉くんとは、そういう関係ではなくてですねぅ――」
焦ったままでは言葉が回らない。どうやって弁明すればいいのか、考えれば考えるほど焦りの拍車がかかって、より暴走していく。
「〝そういった関係〟? どういう関係なのかな?」
譲葉は悪戯っぽい笑みを見せる。何を勘繰っているのと言いたげ。
こうなると墓穴を掘ったとしか言いようがない。否定する前に、自分で勝手にそちらへと導いてしまっている。譲葉は〝夫の紹介〟としか言っていないのだ。それを真に受けて、あらぬ方向へと導いているのは自分自身なのだ。
それとも、譲葉がそう仕向けたのだろうか。考えるまでもなく、美麗と違って、こちらは和葉との血のつながった母親である。となれば、素直でない〝黒猫〟ともいえるべき人である可能性だって高い。親子なのだから、大元である可能性が最も高い。
謀られた、とげんなりと肩をおとすことしかできなかった。
「さ、冷めてしまわないうちに食べて。お口に合うかは分からないけど」
次に味噌汁が出てくる。
ため息をつきたくてもつけない思いを抱えながら、美加は恥ずかしさに満たされたまま朝食をとった。
◇
朝食を終えて、挨拶も簡単に済ませて百合垣家を出た。
「いつでも来てね」と譲葉は言ってくれた。またここへと訪れることがあるだろう。今回だけでなく、何度も来るような――譲葉と美麗と三人で、またワイワイと談笑するのだろう。そして、また和葉との間柄についてからかわれるのだろう。
楽しみと不安を織り交ぜ、朝の街並みを歩いていく。
朝は誰もが忙しそうな顔で、誰にも干渉しないように――されないように――歩んでいる。
美加もまた同じといっていい。朝から暑さに気が立ってしまい、誰も相手にしていられない。
人のはけた通りへと足を運んだところで――猫が目の前を過ぎっていった。
黒猫。一度足を止めて、見やってくるのだが、さっと家の軒下へと去っていってしまう。
〝黒猫が目の前を横切ると不幸になる〟というのは、近代の迷信である。それも、黒猫を魔女の眷属として嫌う西欧の文化が伝わったと見られているものだ。国によっては〝幸福の証〟とまでいわれているので、如何に迷信なのかが知れる。
美加にとって黒猫は――やっぱりどこまでいっても和葉に結びついてしまう。迷信なんてものなど、はじめから頭にない。さっと去っていくところなんか、無愛想な和葉そのものだと思い込んでいるほどだ。
ただ、黒猫が何かをくわえていたことに、薄っすらと頭の隅で認識していた。黒猫が見えなくなってから気がついたほどのもので、黒猫に意識を向けなければ、何かをくわえていたことなど気づきもしなかっただろう。
それは何だったのだろうか。思い返してみる。
石? 光る物だった。緑色だったような印象が残っている。でも、ほんの一瞬のことだったから、見間違いの可能性だってある。
結局は猫の思うがままのことであって、美加があれこれ考えてもどうしようもなく、再び歩き出した。
やはり暑いとあって、猫に出くわすことはなかった。
暑い時季は、陽が上る前にさっさと涼める場所を探すのが猫というもの。ともなれば、先程の黒猫は外に出るのが遅れたのか、何か用を済ませていたのだろう。
考えても駄目だ。〝黒猫〟和葉が何を考えているかも分からないのに、黒猫の考えなどもっと分かるわけがない。
とても寂しいことだが、それが現実であり、受け入れなければならないこと。受け入れた上で――
もう一度考える。和葉のこと。猫のことは、今はどうでもいい。
少しとはいえ、話ができた。謝ることだってできた。
以前のように、また嫌味を言われながらも、そばにいられるようになれたらいいと思って――
無意識によるものなのか、そう思いながら意識していたのか、気がつけば栗花落ビルの前まで来てしまっていた。
職場である警察署へと向かっていたはずなのに、どうしたものかと自分のことなのに首を傾げてしまう。
とはいえ、折角来たのだから、挨拶程度に顔を出すのもいいのかもしれない。無愛想な顔でいつものように迎えてくれるだろう。
そんな甘い考えのもと、階段を上がっていく。
さすがに、暑い時季に階段を上がるのはいささか――不満を口にしたくなる。でも、抑えた。口にしたところで涼しくなるわけではないし、口にすれば余計に暑く感じてしまいそうだから。
ネコジシ商会の前、スチール製のドアはいつものとおり、猫のエンブレムが迎えてくれる。ガムテープで「ネコネコ」と改竄されていて、毎度思うがおかしなものだ。
ドアノブへと手を伸ばし――
回らなかった。鍵がかけられていて、全くもって開かなかった。
「えぇ」と思わず声を漏らしてしまったほど。〝黒猫〟和葉もまた、猫たち同様に涼しいところを探しに出てしまったのだろうか。げんなりと肩を落とすしかない。
◇
「――今日も暑いのぅ。それも、朝からこういうものを見なきゃならんとはの。損な役回りだの」
ジメジメとしていて鬱蒼とした日陰で覆われている通りで、隆文はその鬱蒼がうつってしまったかのようなため息をついた。
「柳崎さんは、朝が早いですね。みんなが集まる前に来ているわけですから。年ですか?」
「うるせぃ。早く出勤することは悪いことではないから、言われても困るのぅ。皆が怠け過ぎなだけだのぅ」
隆文は隣に立つ部下とともに、しゃがんで手を合わせた。黙祷。
二人の前には男の遺体がある。連日、暑さ際立ち腐乱が進んでいて、ところどころ蛆が湧いてしまっている。腐臭も酷い。
隆文は慣れたくもないのに慣れてしまったと言いたげに、表情が変わることはない。これから捜査のために遺体をじっくりと見ていかなければならない。そのためであれば、遺体がどんな状況だろうと慣れなければならない。職業柄、どんな遺体を見ようとも、肉を食すことが出来るような免疫ができてしまっている。
部下の方は、ずっとしかめっ面だ。もっとも、臭いに関してのことであって、遺体を見ることに関してはそれなりに慣れてきている。それでも、その日一日は肉を食せないと何度かぼやいているのを耳にしている。
「で、矢止さんよ。もう触ってもいいかのぅ?」
隆文は目を開け、後ろへと伺う。
鑑識官が五人、今は周囲の鑑識を行っているところだ。うち四人は、物証となるものをしらみつぶしというまでに、地面に這いつくばって探している。残りの一人は証拠となるだろう物のマーキングをしたものへ、写真に収めていっている。
「あぁ、少し待っててくれねぇかよ。今、写真を撮っからよ」
這いつくばっている一人、鑑識官で一番の年上だろう、隆文と似た年齢の男――矢止幸久が写真を撮っている女鑑識官へと顎をしゃくって、「三園、あっちを先に頼む」と指示を送った。
女鑑識官――三園涙は隆文のそばへと来ると、遺体を写真に収めていく。色々な角度、遺体の状態を判断できるように。
――朝早くから一報があった。男の変死体が見つかったというものである。
その時に捜査課にいたのは宿直組と朝早くから署へと来ていた隆文ら二人であり、宿直組は置いておいて、すぐに出られる鑑識官をかき集めてここへとやって来たのである。
幸い人の少ない通りなので、野次馬が集まりきる前に規制線を張ることができた。
ここまでなら、単に変死体が発見されたというだけで、あとはいつものように事件・事故の両方から捜査していけばいいだけのことだ。
しかし、見つかった変死体に問題があった。身元の確認はまだされていないが、隆文が遺体に見覚えがあったのだ。変死体は、彼らと同じ警察官ということだ。それも、遺留品からも身元の照明へとつながる物が出てきており、裏付けようとしている。
写真を撮り終えた三園が、隆文へと見やってくる。
「美加、最近、どうかしたのですか? 様子がおかしいのですけれど。何か悩んでいるようにも見えるし。警部補、何か知っていますか?」
仕事の最中に聞くようなことじゃないと分かっていながらも、どうしても気になったからなのだろうことがよく伝わってくる。
隆文は三園が美加と署内で話し合うことのできる数少ない仲だということをよく知っている。ふむ、と頷いて三園を見やる。
「さてのぅ。悩んでいることは確かなようだが、誰にも話さんで独りで抱え込む悪い癖を持っておるからの。こちらからあれこれと聞くのもいいのだが、それではあれが成長せん。俺があれこれと構ってやるよりも、お前さんの方から話してみるのはどうかの。同じ女として、年が近いということもあろうかの」
そう言って、三園の肩へと手を置けば、三園は頷いて返してくる。会釈をして、矢止の方へと戻っていった。
立ち代わり、安雄たちが現場へと駆けつけたようだ。美加もいるようだが、安雄に制止されて、独り蚊帳の外で不満を漏らしている。
「柳崎さん、すみません、遅くなりました」
安雄が近づいてきて、遺体に手を合わせて黙祷をする。
「――で、ホトケさんに問題があるらしいって、そこで矢止さんが言ってましたが」
目を開けて、隆文へと向くなり間髪入れず尋ねてくる。
「折部、こいつを見たことがないかのぅ」
「と言われても、顔の傷が酷いじゃないですか。何回も殴られた挙句……首を絞めた? いや、違うな」
安雄は遺体に手を添えながら傷の状態を見ていく。
腐乱している部分を別をして、顔にいくつも鬱血した痕があり、首にも手の形をした鬱血痕がある。安雄の言うとおりのことが行われた証拠なのであるのだが、首の痕は絞めたものというよりも、握り潰したかのようになっている。ただの圧迫痕だけでなく、首そのものがひしゃげているのだ。どれだけの怪力の持ち主がやったのだろうか、怪物にでもやられたとしか見えない。
「本庁の公安だの」
「公安? 何でまた?」
「分からんのぅ。事故に出くわしたというに見えんからのぅ。事件と見るのが妥当だのぅ。何を追っておったのか――公安に聞きにいっても、門前払いになるだけだしのぅ」
隆文は困ったのぅ、とため息をついて立ち上がる。首を傾げる安雄の肩に一度手を置いてから、遺体に背を向けて歩んだ。
安雄は未だ遺体の状態を見ている。見落としている部分がないのか、他にもっと情報となり得ることがないのかを探そうというのだろう。
隆文は警察官の輪の外でポツンとしている――不貞腐れているといってもいい――美加が目に入った。
「何だ、そんなところで。皆と一緒に――」
「折部さんが入れてくれないんです。吐かないって言っているのに」
◇
「何だ、そんなところで。皆と一緒に――」
隆文がこちらへと近寄ってくる。
美加は拗ねた様子で口をとがらせたまま。
「折部さんが入れてくれないんです。吐かないって言っているのに」
遺体の前で吐かれたら困ると、毎度の如く言われて、ここに待機させられているのである。
満足に仕事もさせてもらえないことに、隆文に言ったところで、何の解決にならないのはよく分かっているつもりだ。でも、何よりも自分の役立たないことが不甲斐なく感じてしまって、焦れったい。
「なら、お前はお前のできることをすればいいだけだの。全員でホトケさんを拝むことが、必ずしもやらなければならないことでもないしの」
美加の気持ちなど全て分かっていると言うように、隆文は美加の頭へとポンと手を置く。撫ではしてくれないが、励ましてくれているのだろう。
美加もいつまでも隆文に迷惑をかけていられないことは分かっている。隆文に愚痴をこぼしたところで、自分は何もならないのだからということもよく分かっている。だから、「はい」と頷いた。
「遺体の身元の確認と、表立った捜査はこちらでやっておくからのぅ。といっても、本庁から小煩いのが来よると思うからの。こちらは身動きが取れなくなるだろうのぅ。
そこで、お前には〝別の形〟で動いてもらいたいのだがの」
「〝別の動き〟?」
隆文の言っている意味が分からない。ただでさえ役立たずで皆の足手まといになっているのに、別の行動をしろというのはどういうことなのだろうか。役に立たないのなら大人しくじっとしていろ、というのならまだ分からないでもないが、それならわざわざ〝別の動き〟と言う必要がない。
そう言うのだから、やはり何かをしろというのだろう。美加は、答えを待つべく見据える。
「魔具絡みと見て間違いないだろうのぅ。ホトケさんは、生前魔具に関してのことを担当しておった。お前と似たような立場だのう。まあ、ネコジシ商会のような後ろ盾がないから、単独で動いておったがの。
だから、お前はお前の仕事をやればよい」
「魔具……」
それはつまり、ネコジシ商会へと訪れ、和葉とともにこの事件に関われということか。
でも、未だにネコジシ商会へと行けていない。和葉と会えて、謝ることができたといっても、プライベートでの話。
「ネコジシ商会とは……」
「他にもあるだろ? 今のお前なら、霞嬢ちゃんのところへと話を持っていくだけでも、十分進展すると思うからの。
それに、そろそろ店も新装開店らしいから、俺の代わりに挨拶をしておいてくれんかの。こちらはしばらく忙しくて、会えそうにもないからのぅ。ついでで構わんからの」
頭に乗せられていた手がガシガシと雑に撫でてくる。こそばゆい感触に、美加は首をすぼめる。
隆文は手を離すと、遺体のある皆のところへと戻っていく。
その背中を見送っていると、視界に安雄のにやけた顔が入ってくる。隆文に子ども扱いされていると見て、嗤っているのだろう。
美加はべっと舌を出した。
どんどん集まりつつある野次馬を掻き分け、事件現場から離れていく。
ジメジメした場所にこうも人が集まると、気味悪さが倍増しているように感じる。それも遺体がそばにあり、奇異の目がそちらへと向かっている様子は、遺体を見ずとも吐き気を覚える。
陰湿な空気から逃れ出て、より陰湿な空気がある――いる――ことに気がついた。
野次馬から離れたところに車が止められており、車外で現場の様子を窺っている黒服たち。二人で話をしていたが、美加の視線に気づいたらしく、そそくさと車に乗り込んで走り去っていった。
明らかに異質な存在だった。でも、なぜかよく知る空気、においを感じた。
――公安職員。同じ警察官だろうに、相容れない存在。
しかし、なぜ公安職員がこのような場所にいるのだろうか。疑問として浮かび、考える。
隆文の言葉――遺体が誰なのか。魔具絡み。美加と同じく魔具を担当していた――。
これらから連想していって出てきた答えがある。遺体が公安職員である、ということ。だから、その事件現場の様子を見に来ていたのだろう。
車が走り去って見えなくなったところまで見送り、再び歩き出した。
チリーンと鈴の音が聞こえてくる。見やれば、黒猫が走り去っていくところ。音は首輪の鈴だろう。
今朝方見た黒猫だろうか。よく似ているが、今朝方の黒猫は首輪をしていなかった。となれば、猫違いだろうか。
ここが日陰であるから、暑さから逃げてのんびりしていたのかもしれない。そこに人が集まってきたから、さらに逃げていくということなのだろう。
首を傾げつつも、今は黒猫にかまけている場合ではない、と早足でその場を去った。




