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クロネコヤマネコ  作者: 葛飾タキ
Episode5.紫鎧
73/286

16.嵐の前に交わすこととは。

 それは決戦前夜の決起集会と呼ぶべきなのだろうか――

四階のフロア、美加の周囲へと募ったのだ。

美加はきょとんとしていた。

動けない自分を前に話す必要があるのかどうか戸惑いを隠せない。


 そんな美加であっても、話は進んでいく。

美加はそれでも置いてけぼりを食らいたくないので、必死に話に耳を傾けていた。


「柳崎さんの話していた病院跡というのと、この街の住人たちからの情報――どちらも同じようです。

 巧みに隠れているようですが、外国人が出入りしているところを目撃した人が何人もいるそうです」


 和葉は紙を手に話していく。

また、和葉だけでなく、他の各々も紙を手にしている。

それには病院跡に関する情報が記載されていた。


「これをどう思いますか?

 罠という可能性があります。

 今まで見つけられなかった相手が、そう簡単に尻尾を掴ませてくれるか、疑問でならないのです」


「挑発しているだけかもね。

 人員の数でいえば、こちらが圧倒的に少ないし。

 武器の数で見ても、戦力が乏しいわけだしね」


 霞は紙をピラピラとあおる。


「何を言っているんですか。

 あなたの場合は一人で大隊並み――いえ、下手をすると旅団並みなので、最早比較になりません。

 イヴァン大佐の部隊など、ものの数ではないでしょうに」


 和葉はかぶりを振る。


 いつも千代が表立って戦っていることから、霞自体が表立って戦うことはないだろう。

でも、内に秘めている〈異能〉を再び表に出せば、言葉どおりにイヴァン大佐の部隊を簡単に全滅に陥れることも可能な筈。

しかし、言葉どおりにするにして、〈異能〉に囚われた霞を元に戻すことが大変であることや、誰も〈異能〉を表に出した霞には敵わないので、そうさせるわけにはいかないということがある。


 とはいえ、美加が霞を戻すきっかけとなったのだから、また美加を利用すればいいだけなのかもしれない。

だが、それが二度も通じるかどうかがわからないことを考えると、たとえ旅団に匹敵する力を持っていようとも、〈異能〉に頼れないと考えてしまえば、霞もまた一人の戦力でしかないのかもしれない。


 嫌味のつもりで言った筈なのだが、霞は褒められたとでも思ったのかなぜか喜んでいる。

「そんなぁ。そんなぁ」と両手を頬に当てている姿は――からかう手を考えているのだろう。

喜んでいるふりをして、その後に遊びだす。

千代と遊慧が厭いた様子で霞を見ていることから、予想に間違いはなさそうである。


「それでは、リーリャに聞いてみましょうか。

 どう思いますか?

 僕たちよりも、イヴァン大佐のことをよく知っているでしょうし」


 和葉は霞にからかわれる前に話を切り替えようと、咳払いをしてからリーリャを見やった。

リーリャは紙に視線を落としたまま。


「イヴァン大佐の性格からして、隠れたのなら隠れとおすと思うのよね。

 こんなにわかりやすく隠れたりするとは思えないわね」


「となると、罠を張っていると見ていいわけですね?」


「罠を張る――かぁ。

 正面から当たっていくような肉体派の人だからね、大佐以外の誰かが罠を張ったということはありそうよね」


「それでは、イヴァン大佐の指揮力を疑いかねませんが」


「もう、老兵でしかないのよね。

 頭に血が上った部下たちを抑えつけられないんじゃないかというほどに、年を取ってしまったのよね。

 だから、目的も……私を手に入れるために奔走してしまっているのよね」


 リーリャは頭を上げた。

どこか悲しげな目をしている。


 和葉はリーリャの言う目的に至るわけを聞いてみようと思うものの、口が動かなかった。

聞いてほしくないとリーリャの目が語っているようにも見えたからだ。


「カズハ……本当にその病院なの?」


 話が始まってからずっと黙ったままだったヘカテがここに来てようやく口を開く。


「ええ、そうらしいです。

 何かあるのですか?

 僕にはただの病院跡にしか見えないのですが」


「十四年前に、ちょっとね……」


 ヘカテは俯くと、誰にも目を合わせず、窓へと歩んでいく。

段ボールで閉ざされた窓では外を眺めることができない。

それでも、その向こうに広がる街並みを見ているかのような後姿。


「十四年前の事件と、同じ場所なのです」


 遊慧がヘカテの代わりと言わんばかりに答えてくる。


「私の父が十四年前にこちらへと訪れ、魔具の封印に携わったと聞いています」


「前の〈オルレアンの乙女〉の件ですね?

 何の因果なのでしょうかね。

 いえ、まだその時の建物が残っていることのほうが驚きでしょうか。

 ですが、それだけの古い建物となると、相当朽ちているでしょうし――罠を張るにはちょうどいいのかもしれません」


 和葉はテーブルを用意して、大きな紙――街の地図を広げた。

街の建物や通り、それら名称に至るまで細かく記されている。

ヘカテ以外が地図へと見やった。


 和葉は赤ペンを手にして、地図へと丸を記していく。

地図からではどれほどの広さのある土地なのかイメージでしかわからない。

周辺の土地と比べて、広めの土地なのだろうということは伝わってくる。

名称はない。

どのような場所なのか――話の流れから、病院跡なのだろう。


「さてさて、そこが罠だとしたら、どこが当たりになるのかな?」


 ゲームでも楽しんでいるかのような霞の物言い。

しかし、誰も気にしていないようである。


「そうですね。

 僕の見立てだと、病院跡を一望できるところがいいと思いますね」


 和葉は続けてバツ印をつけていく。

全部で六箇所。

病院跡の正面口と思しきところから扇状に広げてみていくと、全てが当てはまる。

でれも元々は何かの建物で現在利用されていないのか、名称までは記されていない。


「これら全ては隠れるに最適と思った場所です。

 とはいえ、六ヶ所のどこに潜んでいるのかわかりませんし、全て外れている可能性だってあります。

 わからないとはいえ、ここから一箇所に絞らなければなりません。

 僕たちに人海戦術は使えませんからね」


 各々のどうやって絞るのかと問うような視線が和葉へと向けられる。

和葉はポケットから狐のマスコットが装飾されたUSBメモリを地図の上――バツ印の一つへと置いた。


「これは先程、僕宛に届いた情報です。

 一応、〝彼〟にも頼んでおいたのです。

 それと――」


 手のひらほどのメモ用紙をUSBメモリの隣に置いた。

名称らしきものがリストアップされている。


「街の住人からの情報の中の病院跡と絞られる前に挙がった候補たちです。

 どれも違うと見られていたんですけどね。

 うち一箇所が、そこと同じなのです。

 一致するだけで確証はなかったのですが、〝彼〟の情報ともリンクしました。

 関係があると見ていいでしょうね」


 和葉に向いていた視線たちが再び地図へと向けられる。


「そこで、ここを攻め入るメンバーを決めたいと思います」


「カズくんはどうするの?」


「僕は陽動で病院へと向かいますよ。

 相手もこちらの情報を持っていると見ていいでしょうから、僕が姿を現せば引っかかってくれるでしょうし」


「でも、病院跡には罠があるかもしれないんじゃ、カズくんだけに――」


 任せられないと言いたげな霞の言葉に和葉は――


「なので、咲耶霞、あなたも病院跡へと僕と一緒に来てください」


 と被せた。


「あなたがいれば、なおのこと引っかかってくれると思います」


 そう紡げば、霞の口元が笑みへと変わる。


「あら、私とカズくんが二人きりに?」


 再びからかおうと考えている顔になっている。


「ああ、怖いのなら〝金魚の糞〟も一緒に構いませんよ。

 これでさらに僕たちに注視されることでしょうし」


「まあ、カズくんは二人きりよりもハーレムが好み?」


「物騒で人をからかうような人でなければ、よかったんですけどね」


 和葉は両手を広げ、肩をすくめて見せる。


 千代が険悪だと言わんばかりの睨み――むしろ凄みを見せてくる。

飛び掛りそうな猟犬が構えているかのよう。


「――となると、勝手にメンバーが決まってしまいましたね。

 考える必要はなかったということになりますか。

 ヘカテ、もう一箇所はあなた独りでも大丈夫ですよね」


 問いかけてもヘカテは窓へと向いたまま何も答えてくれない。

代わりに、頷いて返してきた。


「それと、あとの怪我人はここで待機です。

 まあ、正確には動きも満足に取れないリーリャのお守りなのですけどね」


 美加、遊慧へと見やっていく。

美加は戸惑いを見せ、遊慧は頷いた。


「わ、私は全然動けないし、足を引っ張るだけだし――」


「何を言っているんです?

 あなたが一番軽症なのですよ。

 魔具で傷の治りが悪いとかの言い訳は今さらいりません。

 そろそろ体を動かしたらどうです?

 いいリハビリです。

 それに、リーリャだけではないのですよ。

 リーリャを修復させるためにわざわざこのような場所にまで来てくださった技術者の皆さんも守らなければならないんです。

 泣き言は要りません」


 和葉が言うと、美加は肩をすくめ、叱られている仔猫のように小さくなってしまった。


 士気を高めなければならない時なのに、そのような風にされてしまってはたまらない。

和葉はため息をつくと――


「役に立つとかどうとか気にしているのでしたら、是非とも役立って見せてください。

 何も知らずとも、何もできずとも、それで前を向いて立ち向かうのがあなたですよね?

 いつものよう、頭の悪そうな顔でいいので、前を見ていてください。

 いつものように、年上ぶっていればいいのです」


「か、和葉くん……酷い……」


「叱咤激励とでも思ってください。

 まあ、飽くまでも思うだけに留めておいたほうが、いいとだけ付け加えておきます」


「むぅ……」



   ◇



 美加は着替えをしているところだ。

動くと傷が痛むのだが、いつまでも寝ている時と同じ服装というわけにもいかないと考えたからである。


「――少しいいですか?」


 ブラウスのボタンを閉めていると、カーテンの向こうから和葉の声が聞こえてくる。

何も言わずにカーテンを開けるようなことをしないのは、以前のことがあったからなのだろう。


 あの時は朦朧としていてよく覚えていないのだが、後になって思い返して恥ずかしい思いに満たされたことは言うまでもない。


「ちょっと待ってください。すぐに終わりますから」


 いそいそとボタンを閉めていく。

焦るからなのか、いつものようにすればいいだけなのに、ボタンが思うようにかかってくれない。


「あ、いえ。ゆっくりで構いませんよ。

 待てないほど急いでいるわけでもないので」


 和葉の声が遠退いていく。

こちらが焦っていることが伝わって、気を遣わせてしまったのだろうか。


 ともかく、和葉が急いでいないと言っても、待たせるわけにはいかないと感じて、急いで着替えを済ませていく。

最後に、青い石のペンダントを首に下げ、息をついた。

いつものパンツスーツ姿となり、気分が一新、カーテンを開いた。


 和葉は壁に背をつけ、特に何かをしているわけでもなく待っていた。


「何だか、その恰好を久しぶりに見るような気がします。

 山猫が帰ってきた、とでも言えばいいのでしょうかね」


 和葉は小さく笑むと、美加の前へと寄ってくる。


 美加はその笑みから、嫌味を言ってからかうためにやってきたのか、と勘繰ってしまう。

でも、こんな時まで嫌味を言うために来たとは思えないし、思いたくもない。


「えぇ、と、ですね。

 何を言えばいいのか、言いづらいと言えばいいのでしょうかね。

 まあ、これを渡しておくだけのことなんですがね」


 和葉の手には蒼い石のペンダントがある。

でも、美加のしているペンダントとは違う石のようで、色彩が違っている。

美加のペンダントはラピスラズリで、和葉のペンダントはサファイア。

二つの海、いや、二つの地球がそれぞれあるかのように光が照明を反射している。

艶やかに光っている。


「〝お守り〟です。

 きっと役に立ってくれます。

 ですが、あげるわけではないので、後でちゃんと返してもらいますけどね」


 和葉は美加の手へと強引に預けてきた。


 美加は両手でペンダントを抱え込むように持ち――戸惑いの視線を和葉へと向ける。


「先に言っておきますが、それは魔具です。

 いつでも起動できるようにしてありますし、あなたに預けておいても大丈夫だと思いました。

 あなたなら、みんなを不幸にするような使い方をしないと思ったのです。

 一応、それなりにあなたのことを信用しているわけですので、役に立たないとか言い訳をして返さないでくださいね。

 それに、怖がることはありません。

 あなたの思いをそれに命じれば、あとは勝手にやってくれるようになっていますので。

 とはいえ、使うことがなければ、それに越したことはないのですけどね」


 和葉は頷いた。

何かと怖がると思ったのだろう、安心させようというようだ。

美加は頷いて返す。

和葉が信用してくれるのなら、それが何よりも安心できて、心強い。


「では、それだけですので、僕は行くとします」


「あ、あの、ちょっと待ってください」


 きびすを返そうとする和葉へと呼び止めた。

しかし、何をするのか何も考えてない上での呼び止めだった。

何かを言ってあげたい。

礼を――違う。

和葉がこれから前線へと向かうのだから、励みになるようなことの一つでも言ってあげたい。


 でも、何を言ってあげればいいのか、困ってしまう。

あたふたと考え――結局言葉は浮かばず、代わりに首に下げているペンダントを外す。


「そ、その……お守りになるか、わかりませんけど」


 それを和葉へと差し出した。

照明を浴びて鮮やかな青として光る。

魔具としての力など全くない、ただのペンダントであることは和葉とて知っている。

和葉から貰ったとても大事なもの。

それをいつもお守りのように大事に身につけている。

願いを込めれば何かが叶うのかもしれない、と勝手なことを思って――和葉の無事を願って。


「それを僕に?」


「はい。和葉くんが無事に帰ってきますようにって願いを込めて」


「そうですか。

 生きて帰って、それを返しにこいということですか。

 まあ、僕が表に立つことなどないと思いますが、受け取っておきます」


 和葉は受け取り、首へと下げる。

女性用とあって、和葉にはあまり――というか、とても似合っていない。

でも、青い光が和葉を守ってくれる気がした。


「受け取ったのはいいのですが――もののやり取りは戦争映画だと死亡フラグとしてあったような気がするのですが。

 ま、気にするほどのことでもないでしょうけどね」


 和葉は小さく笑んだ。

きびすを返す。


 美加は「縁起でもない」と頬を膨らませるのだが、和葉の背中に照れ隠しがあるように感じたので、その背中へと笑みを向けた。

素直じゃないんだから、と。


 和葉がフロアから出て行くと、和葉から預かったペンダントを首に下げ、ペンダントトップを握って胸の前で祈る。

全てがうまくいきますように、と。


「そうねぇ、そういうことは二人きりのところやったほうが盛り上がると思うんだけどね」


 横から声がかけられる。

美加は慌てて後退った。

見やればリーリャが含み笑いをしている。

和葉とのやり取りをじっと見ていたのだろう。


「ここって、一応私の修復のために借りたんだよね。

 驚かれてもね」


 このフロアであればリーリャだけに限らず、他の面々にも見られていたっておかしくない。

幸いというべきか、今はリーリャだけのようで他には見られずに済んだことだ。

が、恥ずかしいことに変わりがなく――


「いや、そのぉ……うぅ……」


 顔を真っ赤にして、ベッドサイドへと逃げていくと、カーテンを慌てて閉めた。

リーリャの笑いがカーテン越しに響き渡った。



   ◇



 窓に板張りがされており、それに外の音――激しくぶつかる音が喧騒なまでに聞こえてくる。

いや、むしろ壊すのではないかと思えるほどに叩いてくる。

風の音が次第に強くなっているようで、拍車がかかる。

部屋には窓から滴る雨水が壁を伝い、床に僅かながらも水溜りを作っている。


「外が騒がしね。嵐でも起きるのかな」


 〈紫鎧〉の少女は暢気なもので、バケットにかじりつきながら言う。

小さな口ではベケットの減り加減も少なく、かれこれ何分かかっているだろうか。


 瑞希は〈紫鎧〉の言葉に何も返さず、正座をして目を閉じている。

肌に感じるこれはなんだろうか。

湿気によるジメジメとしたものも確かに感じるのだが、何よりも棘々としたものを感じ取る。

これから何かが起きようとしている。

確証などないのだが、決め付けた。


 それに、外――部屋から見ての――の音が騒がしい。

雨風の音に紛れてしまっているが、人の声と足音が先程から忙しない。

天気について慌てているとも思えない。

でも、何かに対抗すべく動いているようだ。

これも確証はなかった。

言語がわからない上に、今までと違った音として聞こえてくるので予想に過ぎない。


 このことから考えられることは、ヘカテが助けに来てくれる――甘い期待。

でも、何よりもの願いでもある。

今頃は夫の安雄も色々と動いてくれているかもしれないと考えれば、ヘカテだけでなく安雄も来てくれるのかもしれない。


 だけど、自分が囚われてしまったことで、皆が危険な目に遭ってしまうのではないか、という不安も押し寄せてくる。


〈念 ジャンヌが来るよ。

   僕にはわかるんだ。

   この嵐に紛れてやってくる。

   仮にも、過去には隊を預かってオルレアンの町を解放した戦士だからね。

   この嵐は絶対に好奇だと思っているに違いないよ。 念〉


 〈紫鎧〉が口から言葉を発さずに〈念話〉を使ってくる。

声に出さないということは、瑞希以外に聞かれたくないということか。

見やれば口に人差し指を当てている。

一方的に〈紫鎧〉が話すということなのだろう。


〈念 彼らは、出かけるみたいだ。

   僕の力がどれだけ戻っているのか確かめもせずに、甘いものだね。

   でも、そうするということは僕の力が戻ったとしても、ここから出られないと踏んでいるんだろうね。

   となると、僕をここに閉じ込めておくための何かがあると思うんだけど、僕の代わりに探してもらえないかな?

   僕は君がどのような力を持っているのか詳しく知らないけど、僕のような〝人間ではないもの〟を見抜く術(すべ)を持っているんじゃないかと思ってるんだ。

   それを使って、見つけてほしいんだよ。

   そうすれば、僕が逃げるための手助けをしてあげる。

   尤も、子どもを食い散らかしてきて、君へと手をかけたことのある僕なんか信用できないというのはわかっているつもりだよ。

   でも、ね。僕はこれでも生前は誉れ高き貴族だったんだ。

   貴族たる者が民を守る。

   これは、〈高貴なる者の義務《ノブレス・オブリージュ》〉なんだ。

   ま、子どもを食い散らかしてしまった時点で、義務を全うしてないなんて言われてしまうのかもしれないけどね。

   そんな僕だけど、一度でいいから信じてほしいんだよね。

   まあ、逃げた後に関しては、君が僕の前に現れなければ、こちらとしても命を取らないであげると言っておくよ。

   一応、約束。 念〉


 〈紫鎧〉の口元がつりあがる。


 〈紫鎧〉の言葉を鵜呑みにするつもりはない。

だが、〈紫鎧〉の言うとおりに動かなければ活路が開けるのかもしれない。

瑞希は頷きこそしなかったが、部屋を見渡す。


 今まで、人の違いを〝色〟で見てきた。

だが、今回は人に限らず人以外のものまで目を通さなければならない。

やったことのないこと。

人以外のものを見比べたことがないのだから、〝色〟があるのか、わからない。


 やれるのかという疑問が湧いてくる――首を振って疑問を振り払った。

やれるかでなく、やるのだ。

やらねばならないのだ。


 どうやって人の違いを見ているのか。

同じように、人以外のものを見ればいい筈だ。

同じように〝色〟に意識を向ければいい筈。

〈紫鎧〉に対抗しているものなら、それもまた〈人の枠〉に収まらないようなもの。

なら、〝色〟がある筈。



 見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ見ろ――〝色〟を見ろ。



 部屋の四隅に、暗がりに浮き出るようにしてクリーム色がある。

あとは部屋の中心、天井と床、それを交差するように壁から線が延びている。


 瑞希は指を差していくと、〈紫鎧〉はそれらを見て把握しているようだ。


〈念 なるほどね。わかったよ。

   じゃ、あとは彼らが出かけ次第行動かな。

   どのぐらい見張りが残るかわからないけど、何とかなるかな。

   ジャンヌが来てくれればなおさら、ね。

   じゃ、時間まで休んでいよう。

   ほんの少しの休息に過ぎないだろうけどね―― 念〉


 〈紫鎧〉は横になって目を閉じた。

食事を終えたからおなかが膨れて一眠りするように。


 瑞希もまた目を閉じた。

肌に感じる空気が再び――。



 街の上空を台風が差し掛かる。


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