15.雨の降る下で集まるのは。
和葉が美容院を出ると、ちょうど雨が降り出したところだ。
しとしとと降る雨は、このジメジメした空気と相まって気持ちが悪い。
からりと晴れないものかと恋しくなってくる。
だが、梅雨の時期ともなれば晴れを恋焦がれようとも、無駄な足掻きにしかならない。
傘を持っておらず、美容院の中へと戻って雨宿りしてもいいのかもしれないが、走れば栗花落ビルまでほんの少しなので、多少濡れるぐらいは構わないだろうと決めた。
空はどんよりと、いや、むしろ黒々としているのではないだろうか。
それもまだ夜には早い時間だというのに、次第に暗くなっているようにも窺える。
天気予報では台風が接近しているということもあり、僅かながら影響が出ていると見ていいのだろう。
走るための合図といえばいいのだろうか、気合を入れるというわけでもないのだが、一度深呼吸をした。
「――傘、持っていないの?
用意周到を常に心得ている打算的な男だと思っていたのに、そうでもないのね」
横に、緩やかに気配が生まれた。
見やれば千代が和葉と同じく美容院の軒下にいるのである。
その向こうには、ヘカテが雨を嫌う足取りで近づいてくるところ。
ヘカテが千代と合流し、今戻ってきたところのようだ。
「梅雨の時季ともなれば、折り畳み傘ぐらい持つべきよ」
そう告げる千代の右手には赤い折り畳み傘がある。
ヘカテは傘を持っていないようで、服についた水滴を嫌悪の面持ちで手で払っている。
蛙の着ぐるみパジャマを好んで着ているわりには、雨を嫌うとはどういう料簡なのだろうかと呆れさえする。
ここには傘が一本。
それに三人が入るのはとても難しい。
「僕に気にせず、先に戻っていて構いませんよ」
「そう。それじゃ、遠慮なく」
千代が傘を広げていく。
灰色の街に一輪の赤い花が咲くかのようだ。
「アタシには傘ないの? 迎えに来てくれたんでしょ?」
「迎えに来たつもりなどないので、傘は持ち合わせていません。
見てのとおりです。
それに、ヘカテはすでに濡れているじゃないですか。
それなら、傘を差しても差さなくても変わらないと思いますが」
「カズハは女心をわかってないなぁ。
少し濡れるのと、これ以上濡れるのは別なんだよ」
「そんな女心、僕にはどうでもいい話です。
何なら、漆原千代に入れてもらったらどうです?
ちょうど傘を持っているわけですし」
和葉は千代を指差す。
千代は嫌な顔を返してくる。
ヘカテもまた同じ。
ここ数日、顔を合わせている同士なのに、どこまでもいっても嫌いあっているようだ。
和葉は苦笑しかできなかった。
もともと、仲良くするために一緒にいるわけではないのだから、仕方のないことなのかもしれない、と諦めもあるだろう。
ため息しか出てこない。
千代がヘカテに傘へと入られたくないと言わんばかりに、先に歩んでしまう。
千代と男がすれ違う――男は和葉の前までやって来て、足を止めた。
千代も足を止め、男に何かを感じたようで、振り返ってこちらを窺っている。
「ネコジシ商会の百合垣さんでありますね?」
グレイのスーツにサングラス。
大柄な体格で威圧感漂う男。
和葉の知っている顔ではない。
和葉は訝しげに男を見据える。
ヘカテは男の雰囲気から、腰に持っているだろう拳銃へと手を忍ばす。
向こうに見える千代もまた男を見据え、臨戦態勢に入ろうとしているようだ。
「すいやせん。驚かすつもりはなかったんでさぁ。
各々方、〝エモノ〟を納めてくれやしませんか?
組長の名代として来やした。
あっしは矢鮫組のもんでさぁ。
ネコジシのオジキに最近の街の様子を話すように頼まれたんでさぁ」
男はサングラスを外して、会釈をしてくる。
ヤクザ者としての貫禄がその目にあるものの、決して和葉たちを陥れるための目ではないようだ。
鋭さがあるものの、警戒を与えまいとする心構えを感じる。
「〝ネコジシのオジキ〟と言うとなると、先代社長のことでしょうかね。
ということは、先代社長から話を聞いているというわけですか?」
「へぇ。姐御の行方がわからなくなっているそうで、手を貸してやってほしいと頼まれました。
うちらとしても、姐御には世話になったもので、是非とも手伝わせてくだせぇ」
「あ、姐御……瑞希さんはそう呼ばれているのですか……」
「姐御はヤクザ者のうちらであっても、分け隔てなく色々と目ぇかけてくれたんでさぁ。
なので、今度はうちらがご恩返しをと思いまして」
「わかりました。
ここでは何なので、場所を移しましょう」
◇
栗花落ビルの一階にある中華飯店「竜虎庵」に和葉らに霞が加えられ集まった。
一同は円卓を囲い、円卓には飲茶セットが並ぶ。
中華飯店には全くもって不釣合いな店員――背の高い赤毛モヒカンの黒人は、美加の姿がないことに少し寂しそうな面持ちで奥へと消えていった。
からかう相手がいないので退屈なのだろう。
モヒカン男の寂しそうな背中を誰が見ることもなく、消えたことを合図に話が始まる。
「咲耶の姐御まで同席するということは、この街で余程ヤバイことが起きてるんでしょうね」
男が一礼をしてから話を切り出す。
「うちら、組で確認できていることは、何かと物騒な連中がこの街に集まってきているということでさぁ。
そいつらは組に挨拶なしにシマへと勝手に入り込んできたんですがね。
かといって、シマを奪うつもりでもないんでさぁ。
でも、そいつらはこれから戦争でもおっぱじめるんじゃねえかって思うほどに武装しているんでさぁ。
マシンガンに手榴弾、ロケットランチャーもあるって話でさぁ。
咲耶の姐御ならわかっていると思いやすが、その連中が姐御の店を――」
「ロシア人よね。
それはここにいる全員が知っているわ。
組織としてあなたたちの組に手を出すのではなくて、飽くまでも私だけを消しにかかっていたみたいだし」
霞はやぁね、と香り立つ中国茶を一口。
「へぇ、うちらの組の者が連中を目撃して、人を集めているうちに、姐御のほうで片付いたようでしたけど」
「まぁね。
来られても、あなたたちを守れるかどうかわからなかったから、私だけで済ませられてよかったけどね。
それで、他には?」
続けて霞は饅頭を手にして半分に割る。
中から湯気が立ちこめ、熱々であることが窺える。
「奇妙なことに、今度はこの街に別の連中がやって来たんでさぁ。
こっちは、大きく動くことはなく、何かを探しているようでした。
〝人形〟がどうとか」
「ふぅん、〝人形〟が目的か……」
饅頭を食べることなく、取り皿へと置いた。
まだ熱そうだから、口にしないのだろう。
「それと、〝姫〟を見つけたとかどうとか。
それが手に入れば、〝人形〟を手に入れることも容易になるとか言っていたようでさぁ」
「〝姫〟があれば〝人形〟がねぇ。
そう……。それは遊慧ちゃんの仕業ね。
全く、余計なことを。
まあ、お蔭で私がこっち側についているわけなんだけどね」
霞は一人だけ納得した様子で、情報を整理するための間を取るためか、お茶を再度口にする。
和葉は男の話す情報が漠然としすぎていて、理解に至らなかった。
〝人形〟が〈オートマタ〉であるリーリャのことを差すのだろうということは予想できる。
しかし、〝姫〟が不可解だ。
考えられるのはアメリカ人に狙われた美加になるのだが、〝姫〟としての要因が美加のどこにあるのか全くわからない。
和葉の中で一致しないのだ。
それはヘカテと千代も同じようだった。
和葉は霞に尋ねようとも思うのだが、男の話がまだ終わっていないこともあり、ここは後回しにすることにした。
「で、先日なんですがね。
そのロシア人ですか、神父とつるんでいるところを目撃されているんでさぁ。
結構巧みに隠れながらの行動を取っていたようなんで、確かな証拠はないんですがね。
それと、昨日、神父の姿はなかったんですが、ロシア人が女を連れていたそうでさぁ。
一人は金髪の女の子で、もう一人は担がれていたんでどんな女かわからねえそうでさぁ」
ヘカテの周囲の気温が急激に下がったかのように反応を見せる。
金髪の女は別として、担がれていたほうの女というのが瑞希ではないのかと見ているようだ。
それは和葉とて同じ見解を持つ。
瑞希が首を突っ込んだのか巻き込まれたのかは不明だが、和葉たちと関係のない女を担いでまで運ぶというのは、あまり考えにくい。
それこそ、人質として捕らえられてしまったのではないかと見るほうが考えやすいのではなかろうか。
なので――
「ロシア人がどこにいるのか、心当たりはありますか?」
と尋ねる。
「今、人を集めて情報を集めているところでさぁ。
相手がちと危険なもんで、なかなか情報を集めにくいところなんですがね。
拠点と思しきところはいくつか絞りつつあるところでさぁ」
「僕たちではなかなか知り得なかったことなのに、絞るところまできているのですか」
「こちとらぁ、街の人間の全部の〝目〟ぇ使っているんでさぁ。
是か非かもわからんものも入ってきやすがね。
人の住まう場所に隠れ続けること自体に無理があるんでさぁ」
「ありがとうございます。
これで状況が進展しそうです。
それと、無理はなさらないでくださいね。
危険なことは、咲耶霞にでも任せておけばいいんですから」
「へぇ、そう言ってくださると助かりやす。
うちらも街の人間に危害があってはならねえと思っているんで」
男が頭を下げる。
和葉は男からヘカテへと見やる。
ヘカテは今すぐにでも飛び出したいところを我慢しているようだ。
「ヘカテ、お茶でも飲んで落ち着いてください。
仮に瑞希さんだとしても、彼らがすぐに手にかけるとは思えません。
彼らの狙いはリーリャなのですから。
瑞希さんが向こうの手に落ちていたとするなら、取引を持ち出してくる筈です。
遅くても取引、早くても僕たちが彼らの拠点を見つけて、先に手を打てばいいのですから」
「わかってるよ、そんなこと」
ヘカテは立ち上がった。
我慢もここまでのようだ。
制止しても聞かないだろうことは誰もがわかっているようで、ヘカテが店から出て行くまで、誰も言葉を発さなかった。
「――さて、そちらが情報を集めるまで、僕たちはどうしたらいいですかね?」
「できれば、待っていてくだせぇ。
ここは目立つ方々よりも、うちらのほうが動きやすい上に、数を揃えられると思うんで」
「わかりました。そうさせていただきます。
その間、こちらは色々と準備をしておいたほうがいいでしょうからね」
和葉はお茶を飲み干すと、立ち上がった。
「僕は先に戻ります。
飲茶の代金はネコジシ商会につけてあるので、あなた方はゆっくりとしていていいですよ」
円卓に背を向けた。
出口へと差し掛かったところで――
「カズくんは、そんなに気を張らなくてもいいわよ」
霞がすぐ後に続いてきていたようで、背中をはたいてくる。
「後ろでふんぞり返ってなさい。
いつものようにね。
今回は、私たちがカズくんの兵隊なんだから」
と半分に割った饅頭を頬張りながら、先に店を出て行ってしまった。
その後を「不本意ですが、霞姉さんがそう言っているのでしたら仕方がありません」と千代が出て行く。
円卓に一人残った男も立ち上がり――
「ネコジシ商会の敵は、うちらにとっても敵でさぁ。
それだけ、姐御には世話になってきたんでさぁ」
先の二人に倣ったのか、会釈をしてから出て行った。
最後に残った和葉は、「やれやれ、血の気の多い人たちだ」と心にしていないことなのだが、最早癖になっているのだろう嫌味を誰に言うでもなくこぼした。
◇
薄暗い部屋の中では、時間の感覚が全くない。
窓はあるのだが、板張りされているので、外の様子がわからない上に光が入ってこない。
なので、昼と夜の違いがわからない。
時折、見知らぬ男が食事を持ってくるのだが、日に何度なのか把握できていないし、時間も合わせて持ってきているのかどうかも不明。
これで何度目の食事だろうか。
瑞希は手をつけずにいると、すぐそばに〈紫鎧〉の少女が寄ってくる。
瑞希は〈紫鎧〉へと見やるが、すぐに視線を外した。
「駄目だよ、食べなきゃ。
君が無事でいてくれないと、ジャンヌが助けに来なくなってしまうからね」
〈紫鎧〉が手を差し伸べてくる。
白く細い指は、この薄暗い中でも映えて見える。
いや、幽霊か何かがいるように見えてしまう。
瑞希は抵抗せず、〈紫鎧〉の手を見ることしかできない。
何をされるのか、という恐怖は不思議なことになかった。
〈紫鎧〉は瑞希の頬を撫でてくる。
ひんやりとした冷たく細い指でやんわりと撫でられるのが気持ち悪く、瑞希は手から逃れるように顔を背ける。
「やれやれだね。お互い囚われの身だというのに。
仲良くしようよ。
やっぱり、昔の禍根という奴かい?
どう思われても仕方ないけど、今の僕に君を傷つけるほどの力はないし、君を傷つける意義もないのに。
そうだね。
せめて、僕たちがここから助かるまで協力しないかい?
といっても、君は頷かないだろうね。
君はしたたかだ。
対抗する力がないとしても立ちはだかる心がある」
〈紫鎧〉が離れていく。
緩やかにくるりと回り、ポーズ。
何がしたいのかわからないが、こんな薄暗い中に閉じ込められているから、気を紛らわすための遊びなのだろう。
「僕は元々男だったのに、何で女の子の姿になってしまったのか。
まあ、僕の記憶に残るジャンヌの姿に近いから、特に不満はないけどね。
さて、僕から一つだけ言わせてもらえれば、やっぱり食べるべきだよ。
僕と君が手を結ばないにしても、君はジャンヌと元気な姿で再会したいだろ?
それに、おなかがすいて困るのは〝君だけじゃない〟。
君の中の――いや、これには触れないでおくよ。
君も立派な〝女〟になっていたということに過ぎないし、僕に関係のある話ではないからね」
〈紫鎧〉はポーズと解くと、首を傾げる。
ゆるりゆるりと再び近づいてくる。
四つんばいになり、顔がすぐ間近へとやってきて――互いの息がかかる。
「ま、君が意固地になっても、僕には関係ないことだから、二度は言わないけどね。
僕は僕で、ここからどうやって逃げ出すかを考えるだけさ」
再び離れていく。
壁に背をつけ、膝を抱えて丸くなって座った。
何かをぶつぶつと呟きだす。
考えごとをしているようだ。
瑞希は放置されたままの食事を見やる。
袋に入ったままのバケットと、器に盛られているのは冷めてしまったシチュー。
バケットは一人用の小さなものをコンビニかスーパーで買ってきたものだろう。
シチューも作ったものではなく、缶詰かパウチを温めて盛っただけに見える。
スプーンを手にし、シチューを口へと運ぶ。
冷たく、味はあるものの美味しいとは言いがたい。
〈紫鎧〉の言うことに従いたくなかったが、自分がこのままでは駄目だと思ったのだ。
ヘカテが助けに来るかどうかはわからない。
ヘカテなら来てくれそうだが、この場所を探し当てられるかが肝心なところ。
何よりも非力ゆえに誰かの力を頼ろうという考えそのものを払拭したかった。
今まで何度も色々な人の力を借りて、助けてもらってきた。
今回もまた、という甘い考えでいたくなかったのである。
どこまでできるのかわからない。
自分自身に何ができるのかもわからない。
それでも、自分から助かる方法を見つけてやるという気概は生まれた。
腹を優しくさすって、心にした。
そのためには、まず食べてエネルギーを蓄えなければならない。
袋を開けてバケットにかじりついた。
バケットが口の中の水分を根こそぎ奪っていくが、シチューを流し込んで飲み込んだ。
その光景を〈紫鎧〉が笑みながら見ている。
瑞希は〈紫鎧〉の視線を気にせずに、食事に集中することにした。
◇
――何もしない。
いや、何もできない時間が過ぎていく。
できることといえば、ため息をつくこととテレビを見ていることぐらいのもの。
美加は、何もできない自分に嫌気が差しつつ、テレビを眺めて気を紛らわすことしかできないことにうな垂れていた。
一応話し相手となってくれる遊慧がそばにいるものの、不満ばかりを口に出してしまいそうになるので、最低限以外の会話は避けていた。
『勢力を増しながら北上を続けている台風八号は、伊豆諸島の南東に位置し――』
テレビは天気予報かニュースしか見ていない。
他の番組は見る気になれなかった。
バラエティ番組でも観て、笑って鬱憤を吐き出してしまえばいいのに、気が乗らなかったのだ。
「――なぁんだ、動けないと聞いておったから、もっと酷いと思っておったんだがのぅ。
まぁ、思ったより元気で何よりだのぅ」
フロアに隆文が入ってくる。
このジメジメとした梅雨の真っ只中だというのに、ヨレヨレのトレンチコートを羽織っている。
手には見舞いの品なのか、紙製の箱がある。
「西洋菓子リンクス」と箱の側面に書かれている。
栗花落ビルから近いところにある店なので、ここへと寄るついでに買ってきたのだろう。
隆文は遊慧へと箱を預けると、椅子を手に美加のそばへと寄ってきた。
「すみません。
いつも何もできず、みんなの足を引っ張ってばかりで。
役に立たなくて、本当にすみません」
美加はテレビを消すと、隆文へと向かい合って頭を下げた。
その頭へと、小さい力ではあるが拳骨が飛んできた。
美加は慄き、頭を押さえて隆文を見る。
「またいつもの〝病気〟かのぅ。
役に立つとか役に立たんとか、考えすぎだの。
そんなことを考える暇があるのなら、今、自分に何ができるのかを考えろ」
「す、すみません。
わ、私は……何もできることがないです。
ベッドの上で過ごすだけで……」
「なら、今は体を休めることに集中すればいいだろうのぅ。
第一、お前が役に立たんとか聞いておらんぞ。
霞嬢ちゃんの件で、一役買ったんだろ?」
隆文の手が伸びてくる。
拳骨を与えてきた手なのに、今度は不器用な手つきながらも優しく撫でてくれる。
美加は俯いた。
何もしていない筈なのに、役に立ったと言ってくれる。
霞に遊慧、口には出していないが千代も美加の見方を変えてくれているようだった。
和葉だって、役に立たなかったと言わなかった。
むしろ、役に立たないといったら隆文のように言い返されてしまった。
どうしてなのだろうか。
怪我をしているから同情を買っただけなのだろうか――皆同情で気を遣うような人たちではない。
特に、和葉ならなおさら。
なら、どうしてこんなにも自分が役に立っていないと感じてしまうのだろう。
もっと色々とやらなければならないと考えてしまうのだろう。
「のぅ、芒原。
お前は何でも肩肘張って、気負いすぎる。
それに、焦りすぎだ。
お前は、謝礼のために自分を動かしておるのか?」
「いいえ、そんなことありません。
誰かの役に立てたなら……ただそれだけで……」
それだけでいい筈なのに、言葉が続かない。出てこない。
「誰かの役に立てたら、か。
本当にお前は変わらんのぅ。
真っ直ぐすぎる。
だから――」
隆文が笑む。
続きは言わなかった。
美加の額をパチンと叩くだけ。
美加は続きが気になるものの、子どものようにあしらわれたことに口を尖らせる。
あれは意地悪している顔なのだ、と睨んでさえみせた。
「そうだ。いつものお前だ。それでいい。
――さて、ちとばかしお前に話をしておくか。
皆が集まっている時がいいんだが、そうもいかんでなぁ」
「私にですか?
そ、そんな、話を聞かされても私じゃ――」
「何だ? 役に立ちたいのだろ?
なら、皆に伝えてほしいのだがのぅ」
「ううぅ、わかりました」
美加は自信なさげに答える。
隆文が励ますつもりなのか、また撫でてくれる。
「最近、公安が動いておってな。
こちらも動きにくくていかん。
上役に圧力をかけて、色々と仕事に制限をかけてきおる。
そんなぼやきはどうでもいいことだったのぅ。
子どもが行方不明になる事件がぱったりとやんでしまっての。
ここ数日、子どもに関する事件が起きておらん。
そりゃ、事件が起きないことはいいのだが、行方不明にさせている要因も手付かずなのでどうしようもないと言ったほうがいいかのぅ。
折部の方も手詰まりでな。
犯人グループと思しき外国人の詳細が全くわからんのだ。
だから、あちらも公安が動き出して、ピリピリとしておる。
あと、これは不確かな情報なのだがの。
折部にも話しておるんだが、こちらへもしておこうと思っての。
妙な外国人が出入りしているところがあると情報があっての。
ただ、公安がマークしているためか、思うように調べられんでおる」
隆文が話をしてくれるのだが、美加は首を傾げるだけだ。
うまく言葉が入ったのかわからない。
不安――。
「……子どもの事件に関してですけど、魔具の行方がわからなくなっているんです。
だから、事件も起きていないのではないですか?」
「ふむ、そうか。
では、今まで消えてしまった子どもたちは?」
これには首を横に振って答える。
「そうか。そちらは未だ知れずか。
それにしても、警察よりもこちらのほうが最前線だのぅ。
これでは、役に立たないのは警察のほうだ」
隆文は立ち上がった。
最後にもう一度と言わんばかりに、頭をガシガシと乱暴に撫でてくる。
美加はくすぐったそうに目を細める。
「そうだ。
その外国人が出入りしているというのがの、古い病院跡なんだがの」
隆文は感慨深げに言う。
病院跡に何かがあるのだろうか、美加には窺い知れない。
遊慧は隆文の言葉に何かを感じ取っているようだ。
でも、何を示しているのかまでは至っていないようだ。
いや、引っかかっている何かを取り出しかかっているようにも窺える。
でも、出てくるまでに時間がかかりそうでもある。
そして、隆文はフロアから出て行った。
美加は隆文の姿が消えてもなお、そこに隆文が見えるかのように見据えていた。
仕事が忙しそうだ。
ちゃんと仕事してるかな。
まぶたに残る隆文の背中から感じ取ったこと。
美加は父親の背中を知らない。
いや、小さい時に亡くしているので、覚えていないと言ったほうが正確か。
覚えていないからこそ、隆文の背中が父親の背中なのではないのかと見えたのである。
警察官になってからずっと、美加の面倒を見ていてくれた隆文が父親に見えるのである。
そんな背中が見えなくなってしまうのは、寂しい――。




