13.熱にうなされて見える騒がしい人々。
どれほどの間、眠り続けていたのだろうか――。
熱があるようで、意識がどこか朧気ではっきりとしない。
未だ夢の世界を彷徨っているのではないだろうか。
それもそも、生きているのか実感できないし、生きているのか死んでいるのかさえわからないでいる。
目を開けても、白い世界が広がっているようにしか見えず――
美加はため息をついた。
熱を帯びた吐息は、どこか艶めかしい。
そして、体は重く、思うように動かないようだ。
「霞お嬢様のオドが、あなたの体を蝕む〝刀の力〟と戦っているのです。
例を挙げるのなら、免疫とウイルスが戦っていると言えばいいのでしょうか」
パタリと本の閉じる音と遊慧の声が頭の片隅に響く。
横を見やれば、文庫本を手にした遊慧がいる。
椅子に座り、こちらを静かに見据えている。
聞こえた声は幻聴でなかったようだ。
自分が眠っている間、そこでずっと看ていてくれたのだろう。
遊慧も怪我をしているのだから、無理をしてもらわなくてもいいのだろうが、目が覚めた時に誰かがそばにいてくれるのはとても心強く感じられる。
「あとは、傷口が少し炎症を起こしています。
先程抗生物質を投与したと、ここのドクが申しておりました。
熱があるようですが、時間が経てばすぐによくなるとも申しておりました。
ですので、今しばらく眠っていても問題はありません」
諭すように言ってくれるのだが、すぐに立ち上がって、美加ではなくよそへと頭を下げた。
カーテンが揺れている。
誰かがこのスペースへと入ってきたのだろう。
「遊慧ちゃんも休んでいて。
私が代わりに看ておくから」
目だけで声のあるほうへと見れば、霞がいる。
その後ろには、千代が連れ添っていた。
あれがいつもの霞と千代の立ち姿なのだろうとよくわかった気がした。
いつも一緒にいる、という雰囲気がある。
霞だけ、もしくは千代だけだった頃が如何に不自然だったのかとよくわかるほどに自然な組み合わせに見えたのだ。
遊慧は美加へと頭を下げ、カーテンの向こうへと消えた。
代わりに霞が椅子へと座った。
「最近ね、少しばかし予想外なことが起きてね。
カズくんは、そっちで忙しいの。
本当なら、ここにはカズくんがいたほうがいいのだろうけどね。
少し我慢してね」
霞の言葉に美加は瞬きで答えた。
思うように声が出ず、また体が動かないためである。
「イヴァン大佐が動いたの。
何のためかわからなくてね。
もともと、目的も不確かだし、動かないと決め付けるのが早かっただけなのかもしれないけどね。
それと、〈紫鎧〉の気配が消えたようなの。
千代ちゃんのトレースに一切引っかからないし、別の街に行ったのかしら。
――というわけなんだけどね。
しばらく動けないあなたに話していいのか悩んだのだけど、ここまで関わっておいて何も話さないでいるのも仲間外れになっちゃうと思ったから」
霞は言いながら、手が何かをしていないと寂しいと言っているかのように閉じたり開いたりを繰り返している。
千代へと見れば、霞のその手を睨んでいる。
美加には霞の手の動作にどのような意味があるのかと見ることしかできない。
「はぁ、それにしても、煙草が駄目ってのも、寂しいわね」
「ここは禁煙なので、諦めてください。
何度言わせればいいのですか?
それに、ここから出ればいくらでも吸えるじゃないですか」
「はいはい、千代ちゃんはいつも怒ってばかりね」
「霞姉さんがそうさせるんです」
拗ねるように口を尖らせる霞と両手を腰に当てて目を吊り上げている千代。
美加はそんな二人に小さく笑んだ。
これが姉妹というものなんだろうな、と羨ましく思えてくる。
「――イヴァン大佐の目的でしたら、大よそのことなら」
またカーテンが揺れ、車椅子が入ってくる。
車椅子に乗っているのはリーリャで、遊慧が押している。
「この方がどうしてもと申されましたので、仕方なく」
申し訳なさそうな顔で遊慧が言う。
その言葉の真意はリーリャの回復次第によるものなのだろう。
車椅子に座っているが、手足が動く様子はなく、首がかすかに動くことと目が開かれているぐらい。
まだまだ回復したとは言いがたい。
美加は上体を起こそうとするものの、力が入らずなかなか体が起きてくれない。
歯を食いしばり、なおも続けた。
息とも声ともいえないものが僅かに漏れるも、体は言うことを聞いてくれない。
霞が手を伸ばしてきて首を横に振る。
制止されても構わず起き上がろうと必死に続けた。
それを見るに見かねてか、遊慧が上体を起こすのを手伝ってくれて、ようやく起きるに至った。
「寝たままでもいいのに。律儀な人なのね。
私なんか、まだ全然動けないのよね。
普通に話すこともできないんだからね」
リーリャは口も開かずに言った。
声にもならない声――節々に合成音声らしさがある。
口から言葉を出さず、音声合成を行って発しているようだ。
そのために、どこかノイズの入った声となっている。
「ねぇ、イヴァン大佐の目的を知っているの?」
霞がリーリャへと見やり、尋ねた。
「あぁ、あなたがカズハの言うカスミ・サクヤね。
へぇ、聞いていたとおり、この中で唯一敵に回したくない人ね。
こんな体になっても、ヒシヒシと感じるものね。
〈異能〉を孕んだ人なだけあるのね」
「それを言ったら、あなたも十分人間をやめてるじゃないの」
「私は、確かに〝異体〟だけど、何もできやしないわね。
使われている技術こそ、あなたたちから〈異端〉扱いされるものだけどね」
霞とリーリャの視線がかち合う。
霞の後ろでは千代が殺気立っているようで、対してリーリャの後ろの遊慧は厭いた様子で冷めている。
美加には、千代だけが浮いているように見えた。
霞とリーリャの間に、敵対しようという意思が感じられない。
お互いにどんな相手なのか見定めあっているのは確かなのだが、一触即発になるような状況に見えなかったのだ。
だからこそ、物言いこそ喧嘩腰の二人に対し、どうやってこれから遊ぼうか考えていることがお見通しの遊慧はげんなりとして見ているのだろう。
「フフ、ねぇ、カズくんの面白い話があったりするわけ?」
「そちらこそ、カズハの遊び方を色々と知っているんでしょうね?」
二人揃って含み笑い、互いに遊ぶ対象が決まったようである。
遊慧は予想が当たったようでため息をついている。
千代は状況が掴めていないのだろう、訝しく首を傾げるだけ。
「とりあえず、カズくんの話は置いといて――」
「大佐の目的ね。
どこから話せばいいのかな。
とりあえず、〝私の体〟が目的といえば早いかもね」
「体? なら、どうしてさらったりしないのかしら?
何度かそのロシア人と接触していると聞いているけど」
「私の脳が人の時のものだからかもね。
さらったとして、維持できないと意味がないからね。
設備がないと駄目だから、しばらく放っておこうというのでしょうね。
でも、私自身が自由だと、いざという時に私の体を入手できない。
だから、一時的に機能を停止させて自由を奪ったんでしょうね。
それも、一発で機能を停止させて、体になるべく大きな損害が出ないようにね。
そんな邪魔な私が実は必要だったりすることを知らない部下たちが勝手に先走って、私を消そうとして失敗しているんだけどね。
結果、ご覧のとおり、私はようやくこうして話せるほどだものね。
まあ、あとは私に色々と話されて情報を表に出さないようにするということもあったのかもね。
といっても、ここで私が話をしている時点で、それを阻止するに至らなかったんだろうけどね」
表情を作ることはまだできないのか、僅かに顔が表情を作り出そうと動いているようだが、小さな痙攣で終わってしまう。
代わりに、僅かに目が細まった。
「それで、あなたを手にして、どうする気なの?」
「どうするも何も、この体に使われている技術ね。
未だに量産が叶わないワンオフものだものね。
量産に向けて開発でもする気じゃないのかしらね。
軍事でも民間でも、脳を移植して別の用途に使えるのだったら、誰だって欲しいものね。
それこそ、この技術を応用して、体を交換して生き永らえることもできるかもしれないしね」
「脳を移植して、ねぇ。
私にはわからない話だわ」
「全員が欲しているとは言わないけど、欲しいと思う人は結構いると思うのよね。
でも、成功例が今のところ私一人しか聞いたことがないけどね。
何がよかったのか、たまたまこの技術との相性がよかっただけなのかもしれないわね。
本当は、ね、私は死んでいてもおかしくない人間だったのよね。
病気で、ね。余命僅かだったのよね。
そこを〈オートマタ〉の研究で実験材料として選ばれたのよね。
ううん、違うわね。
〈オートマタ〉は後になってのことだから……。
最初は、戦闘機のパイロットの代わりに私のような脳だけの存在を組み入れての実験だったのよね。
どこかの映画にあったでしょ?
人の代わりに脳を積んだ戦闘機の話。
映画の場合は人口頭脳を用いられていたけど、こちらは人工頭脳まで開発している予算も時間もなかったから、人間から取り出した脳でやってみようといったところね。
その時、指揮していたのがイヴァン大佐ね。
で、私が戦闘機じゃないというところで結果は見えてしまうんだけどね。
人の脳で戦闘機を飛ばすまでに至らなかったのよね。
まあ、人が空を飛ぶことなんてできないのだから、飛び方も知らないしね。
戦闘機の体が全然合わなかったのよね。
今でも思い出すわね。
あの人以外の体の感覚は奇怪だったわね。
そして、何の役にも立たない脳はそのまま廃棄処分される予定だったのだけどね。
大佐の計らいでチェコのプラハへと運び出されたのよね。
昔から音楽との兼ね合いでオートマタの研究がされているところだったので、人の脳でオートマタを制御できるのか研究したくなった人が出てきたのね」
リーリャは一息入れるように一度瞬きをし――
「そして、今に至るのよね。
そのあと、誰の技術なのか、どこの国の技術なのかで揉めたそうね。
〝お人形さん〟の私には、正直どこの誰だろうと気にもしないし、わからない話だったけどね。
そのゴタゴタでイヴァン大佐は軍部を失脚、さらにはロシアを離れてしまったわね。
私はロシアへと回収され、どこをどう見て判断したのか知らないけど、諜報部の仕事をさせられるようになったわけね。
まあ、〝木を隠すなら森の中〟というから、組織に組み込んでしまえば見た目はご覧のとおり人と同じなので馴染んでしまうし、表立って姿を見せないようにすればいいということで諜報部にってところなのかもね。
だから、いつもは事務仕事ばかりね。
今回のように、誰かの前に出るのは久しぶりね。
私のような〈オートマタ〉に関する仕事か、イヴァン大佐絡みの時ぐらいね、私を表に出してくれるのは。
他は、カズハのようなところから直接何かを頼まれた時ね」
笑いながら話しているような物言いだった。
自分の過去を面白おかしな物語とでも思っているのかもしれない。
直後、美加は力尽きてベッドへと体を預けた。
体力が持たず、上体を起こしたままでいるのがつらかったのだ。
しかし、霞はほくそ笑むと――
「ただでさえ熱があるのに、難しい話を聞かされて、熱が上がったのかもね」
とからかうように言うので、美加は違うと言わんばかりに口を尖らせて見せた。
確かに難しい話だったけど、理解に苦しんでいるけど――霞の言うとおりなのかもしれない、とげんなり。
◇
和葉は新たに情報を得たということで、霞へと伝えるべく四階へと訪れた。
情報といっても、大したものではない。
とりあえず情報を得たから霞も交えて整理しようというのである。
霞のほうから事務所に訪れてくれれば楽なのだが、どうしても美加のそばにいたいと駄々を捏ねるので、仕方なく和葉が向かうこととなってしまっている。
四階のフロアに入り、見渡すものの霞の姿が見えない。
美加のそばにいると言うのなら、歩みを進める。
美加の寝ている場所はカーテンで仕切られており、そこで暇を持て余しているに違いない、と思ってカーテンを何のためらいもなく開けた。
見えた光景に、思わず息を呑む。
服を脱いで上半身をあらわにした美加と、美加の背中を拭う遊慧。
遊慧の手が止まり、和葉を唖然と見てくる。
美加は反応がいまいち鈍いようで、状況を掴めていないようだ。
和葉に見られていることに気づいていないということはないだろうが、体を隠すなり声を上げるなり、何もしない。
ポカンと和葉を見てくる。
「申し訳ありませんが、今は殿方には遠慮願いたいのですが」
遊慧が半眼で睨んでくる。
和葉は慌てるだけで、言葉を返せなかった。
美加がゆっくりとした動作で、布団を手繰り寄せて体を隠そうと試みている。
まだ手元が覚束ないのか、うまく隠せないでいる。
和葉はどこへと視線を向けていいのか悩みつつも、しっかりと美加を見てしまっていた。
そのためか、遊慧の視線が厳しくなり、和葉はそれに耐えられずに背を向けて、カーテンを閉めた。
何と間の悪いことか、とむぅと呻く。
目を瞑り、早まった鼓動を抑えるべく息を整える。
少しずつ少しずつ落ち着きを取り戻しつつ――まぶたの裏に美加の姿が残っており――折角整えられた筈の息が詰まってしまった。
美加の白い肌が何よりも鮮明に映り、鼓動を再び早めてくる。
記憶に残ってしまった光景を払拭すべく目を開ければ――
「あらあらぁ? カズハも男の子だったのね。
今まで浮いた話が全然なかったから、これでお姉ちゃんも安心ね。
ちゃんと男の子として成長していてくれたのね。
今は興奮しちゃって大変ってところね?
どうしようどうしよう、この体じゃカズハを満足させたあげられるか、わからないわね。
困ったわね」
今までどこに潜んでいたのか、車椅子に乗るリーリャが和葉の前にいる。
表情がないのに、その顔が笑みで満たされているように見えてしょうがない。
リーリャの後ろでは、車椅子を押す千代が顔を背けて、「不潔」と小さく言っている。
それがまた聞こえてくるものだから、和葉は胸が痛む。
「なるほどね。
そうやってカズくんは偶然を装って覗きをするのね。
なるほどなるほど」
さらにはニヤケ顔の霞までがやってくる。
霞に用があったとはいえ、今の状況で一番会いたくない相手。
今後この件でからかわれ続けるのだろうと思えうと、ぞっとする。
和葉は何も言い返せなかった。
「わざとじゃない」の一言が喉元まで来ているのに出てこない。
むしろ、今すぐこの場から逃げたい気分になる。
和葉の性格からして、逃げるという考えはすぐさま否定される。
逃げてしまえばより一層前にいる女たちに何を言われるのかわからないため、なおさらともいえよう。
からかう材料をさらに与えてしまうわけにはいかないのだ。
となれば、何かを言って状況を打破しなければならない。
でも、言葉が出てこなかった。
口の中が乾き、体が痺れてくるような感覚さえある。
――カーテンが開かれ、遊慧が姿を現す。
美加は服をまとって布団に収まっていた。
見られたことの恥ずかしさか、熱があるためか、ほんのり顔が赤い。
「もう入ってもいいですよ。
お見舞いに来られたのですよね」
遊慧が椅子を勧めてくる。
和葉は戸惑いためらいどうすることもできない複雑な感情をわだかまらせ――座ることにした。
女たちの視線に耐え切れず、無意識に逃げてしまったといえる。
背中に女たちの視線が突き刺さる。
なまじ刃物で突かれるよりも痛いのではないかと思えるほどに、息が詰まる。
「ほらほら、折角お見舞いに来てくださったのですから、お嬢様方は遠慮してください」
遊慧はそう言うとカーテンを閉めた。
カーテン越しに女たちの残念がる声が聞こえてくる。
明らかに和葉をからかい足りないようだ。
和葉は助かったことの安堵感と、目的から離れていくことの残念感が同時に押し寄せてきて、俯いた。
「もし、よければ――」
カーテンのこちら側に残る遊慧が和葉へと声をかけてくる。
和葉が美加に何も言わずにいるから、気を遣わせたのかもしれない。
「私の代わりに看ていてくれませんか?
いるだけでも構いません」
「な、僕がなぜ?」
「その、痛み止めを飲みたいので、少しの間で構いませんから」
そう言うと、和葉の答えを待たずに出て行ってしまった。
遊慧は肋骨を二本骨折と一本ヒビが入っていると聞いている。
本来なら大人しくしていなければならない身である。
遊慧のことを考えれば、もう嫌だとも言えない。
それに、女たちから助けてもらったことになるだろう。
そうなるとなおさらである。
霞も千代もいるじゃないか、普段なら言うようなこともやめることにした――そもそも、言い返す暇もなかった。
和葉はため息をついて、美加を見やる。
美加は和葉に何度か目配せをしてくるが、目を合わせようとはしない。
「ごめんなさい。何の役にも立てなくて……」
意を決したのか、それでもためらいがちに申し訳なさそうに、小さく聞こえるかどうかで言ってくる。
「気にしないでください。
謝る必要などないです。
役に立てないと言いましたが、僕よりも早く咲耶霞を見つけ、さらにはあなたのお蔭で咲耶霞が無事に戻ってきたそうじゃないですか」
「そんな……ことないです……。
私はただいただけで、それも怪我をして迷惑かけて――」
「そんなことありません。
一番迷惑をかけているのは、カーテンの向こうにいる女どもです。
勝手に行動して機能停止に陥ったり、勝手に暴走して後始末が大変なことになったり、逃げ出した猫じゃないんですから捜すこちらのことも考えて欲しいところです。
――違いますか」
和葉はカーテンへと言葉をぶつけた。
カーテンがかすかに揺らぎ、慌てて遠ざかる足音。
和葉と美加が二人きりになったことで、聞き耳を立てていたに違いない。
ため息をつきたくなってくる。
「とまあ、あの二人はいつもの様子です。
なので、気にしないでください。
ああ、それと、咲耶霞を見つけた時の集団について、少しばかしわかったことがあります。
本来なら咲耶霞に問うべきことなのでしょうけど、あなたに聞いていいのかもしれませんね。
彼らはアメリカ人でした。
検死結果が出てきたそうで、折部さんが言っていました。
色々と〝危険〟な情報が出てきているそうですが、それらはさすがに教えてもらえませんでしたけどね。
まあ、アメリカ人で〝危険〟な情報を持ちえるような状況ともなれば、だいたいきな臭い某組織が思い浮かぶんですけどね。
何せ、〝ラングレー〟が動いているらしいともなれば、それにあたるのでしょう。
それで、今までロシア人だったことに対してアメリカ人が出てきたという違いがあるわけで、どういった関連性があるのか全くわかりません。
あなたは心当たりありますか?」
和葉の問いに、美加は力なく首を横に振る。
「となると、あなたにでなく、四塔遊慧のほうが何か知っていそうですね。
あなたを利用していたようですし。
あとで聞いていみることにしましょう」
気にしないようにと言っているつもりなのだが、美加の目が泳いでしまっている。
何かを隠しているのかと思ったが、違うようだ。
どこまでいっても、自分を責めてしまっているのだろう。
前々から役に立つ立たないを気にしていたのだから、今回も、いや、先程から継続してのものだろう。
「ですから、気にしすぎです。
第一、本当に役立たずとしたら、僕がすでに言って違う人に替えてもらっています。
まだあなたがネコジシ商会に訪れている時点で、そうでもないことはわかる筈です」
いつも慰めるようなことはしないので、うまく伝えられているのかわからない。
ただ、美加が小さく頷いているので、伝わっていると思いたい。
しかし、目が潤んでいるように見えるのは、泣きそうなのか、熱があるからなのか。
美加の手が布団から出てきた。
和葉はその白い手を見て、先程の美加の裸体を思い返してしまった。
鼓動が早まる。
落ち着け、と心の中で何度も叫ぶ。
「……手を、握ってくれますか?」
そう言う美加が、懇願してくるその姿に年相応のものがなく、小さな女の子のように見えてしまう。
「独りが怖いの。
眠るまででいいから」
「な、何で僕が?」
和葉のほかに誰もいないから、和葉に頼んでいるのだろうということはわかる。
しかし、ためらってしまう。
嫌なのかと問われたら、違うと言える。
でも、恥ずかしさで一杯だ。
恥ずかしがることなんて何もない。
美加が手を握ってくれというのだから、握り返せばいいだけのこと。
弱っている相手に対して、何もしない、何もしてあげられないということのほうが嫌だ。
それでもためらってしまう。
どこまでもためらってしまう。
その手を握ることが、甘美の果実のような気がしてならない。
そして、触れてしまうとすぐさま壊れてしまうのではないかと考えてしまう。
それだけに、美加を儚げに見えてしまう。
「――手を握ってあげてくれませんか?」
遊慧が戻ってきたことに、和葉は体をびくりと強張らせてしまった。
こっそりとやってきたわけではないのだろうが、近づいてきていることに気づかなかったのである。
「熱にうなされ続けているためか、記憶の混乱が生じられます。
小さい頃の記憶と今の記憶が入り混じっているようなのです。
どのような子ども時代を送ってきたのか存じませんが、時折こうして誰かをそばに置きたがるのです。
それに、言動も小さい頃のものでしょうか、幼さを感じる時があります」
遊慧は言いながら、ベッドの向こう側へと行き、椅子を用意して座った。
和葉は困ったように呻き、小さくため息をつく。
「わかりました。
今回だけですからね。
病人が相手だから仕方なくです。
そうでもなければ、僕がそう簡単に言うことを聞くということはないのですからね。
よく覚えておいてください。
そもそも、僕は手を握るために来たわけじゃないのだと――」
クドクドと嫌味をいつものように口走らせつつも、美加の手を取った。
細く温かい美加の手の感触に、和葉はそっぽを向いて顔を赤らめた。
遊慧が小さく笑んでいる。
ということは、和葉の嫌味が恥ずかしさを隠すものだということを察しているようだ。
美加は和葉の嫌味が聞こえていないようで、手を握られたことに安心したのか、目を閉じた。
すぐにも寝息を立ててしまう。
眠っていても、しっかりと握り返してくる。
温かく柔らかい感触――。




