2.拾い猫と迷い猫と。
喫茶店「シュヴァルツ・カッツェ」の出入り口には、黄色いテープが人を阻む〈結界〉であるかのように貼られている。
そのすぐわきには制服警官が〈地獄の番犬〉の如く、誰も入れまいと睨みを利かせて立っている。
現場検証はすでに終わった後のようだが、まだ検証をできるようになのか、現場の維持をしている。
美加はその警察官へと敬礼すると、警察官も敬礼で返してくれた。
同じ所轄署の仲間なのだから、同僚として当たり前の挨拶。
「折部さんなら、ここにはいませんよ」
警察官は言った。
美加のことを、安雄を捜しに来たと思ったようだ。
警察業務では何かと安雄と一緒だから、セットとして、もしくは安雄のオマケ程度に思われているのかもしれない。
美加の立場が安雄のオマケに思われてしまうことに否定のしようがない。
けれども、目的は安雄でないので、美加は首を横に振り――
「今日は、中の様子を見せてもらおうと思って」
「ああ、捜査ですか。
いいですが、検証を終えているといっても、できる限り荒らさないでくださいね」
どうぞ、と警察官は入り口へと手を差し伸べた。
美加は会釈をしてから店へと入った。
店へと訪れたのは美加だけ。
和葉に現場の情報が知りたいと言われたので、電話で隆文と安雄に相談のもと、美加だけなら入ってもいいという許可が下りたのだ。
その際に、安雄から「吐くなよ」と念を押すように言われたのは、真面目に言っているのかからかっているのか不確かなのだが。
遊慧は和葉のもとに待機してもらっている。
店が使いものにならないのだから、仕事のしようがない上に、店が襲われた以上、遊慧にも危険な目が及ぶかもしれないから、和葉に保護してもらっているということもある。
暇を持て余していたヘカテが美加についてこようとしていたが、〝美加だけ〟という条件なので不満そうに口を尖らせていたのは、忘れられない。
――店の中は薄暗く、誰もいないために照明が灯されていない。
照明のスイッチを探すものの、どこにあるのか見当たらないので、外から入ってくる光のみで我慢せざるを得ない。
あれこれと探して、現場を荒らすこととなってしまったら、元も子もないので、仕方のないことだ。
店のレイアウトがどうなっているのか知らないとはいえ、相当滅茶苦茶なことになっていることは、見てすぐにわかった。
棚もカウンタもテーブルも椅子も、蹴散らされた後という感じ。
天井、壁、棚、カウンター、テーブル、椅子――どれを見ても〝どす黒い何か〟がぶちまけられており、乾いてこびりついている。
いったいどれほどの量をぶちまければこうなるのだろうか。
店内の三分の二以上が染まっていた。
ここで何が起きたのか考えようにも、頭が働かなかった。
見てのとおりのことが起きたのは容易にわかる筈なのに、その答えが導き出すのを心の奥底から蔓が伸びて絡め取られて出てこようとしない。
カウンターへと手を触れ、どす黒くこびりついたものが指先を絡めた。
カサリと削り取られ、指先を赤黒く染める。
指先をこすり合わせれば、その赤黒いものは粉となって落ちた。
ずっとこの中にいると、気分が悪くなってくる。
どす黒いものの元が何だったのかを考えれば、この中に入って状況を見ていられるだけでも大したものだろう。
この状況を見慣れないものは数分と持たないだろうから。
とりあえず美加の目から見て、事前にわかっていた〝惨劇〟が起きたということしか、把握できない。
どこをどうしたらこんな風にまでなるのだろうか。
ここでまた考えが止まってしまった。
考えて、止まる。
考えて、止まる。
考えて――同じことを繰り返して、結局答えを導き出せない。
苦しい。
とても苦しい。
もがこうにも、何にすがればいいのだろうか。
押し寄せてくる何か。
自らの心を鷲掴みにし、絡み、握り締めるように押し寄せてくる。
――ふと、声が聞こえて、我に返った。
これの状況に呑まれようとしていたので、驚いたとはいえ、我に返れたことに安堵の息。
声は店の入り口から。
先程の警察官と――誰かがいる。
声は専ら警察官のようで、店に入ろうとする誰かを止めようとしている。
まさかヘカテがついてきて、中に入ろうとしているところを警察官に止められているのではなかろうか。
そうなれば、美加が警察官へと加勢したほうがいいだろう――ヘカテを諭さなければならない。
だが、その前に警察官は小さく呻いたかと思うと黙ってしまった。
ずるりと地面へと伏せてしまった。
代わりにその誰かが店の中へと入ってくる。
出入り口のところに立っているので、逆光でシルエットしかわからない。
細く丸みの帯びた体型から女だということはわかる。
ただ、ヘカテにしては体型が異なるように見えた。
ヘカテは容姿を変えられる〈異能〉を持っているので、目の前のシルエットのような体型になっていることも考えられる。
だが、即否定。
ヘカテでないと感じたのは、シルエットだけなのに殺気立った目を向けられていると見えたから。
「どうして、あなたがここにいるの?
警察としてここに来ているわけ?
ネコジシに見てくるようにでも言われたの?
〈異端狩り〉を名乗るわりに、大したことがないと嗤いたかった?」
シルエットは聞き覚えのある声を発して、美加へと詰め寄ってきた。
すぐ間近に来たことで、相手が漆原千代であることがわかった。
今まで何をしていたのか、〝お嬢様学校〟として名高い高校の制服は、汗や埃に塗れてしまっている。
顔も埃に塗れていて、普段なら綺麗に切り揃えられているボブカットも乱れている箇所がある。
「答えて。
答えなさい。
答えろ! どうして、ここにいるの!?」
千代は半ば喚く形で美加の胸倉へと掴みかかり――そのまま力が抜けてしまったように、美加へと体を預けてくる。
美加は千代の体を支え、ゆっくりとその顔を覗き込んだ。
目を瞑り、気を失っているようだ。
勢いのまま向かってきたところで、力尽きたのだろう。
◇
「ここは捨て猫や迷い猫の避難場所ではない、と最初に言っておきます。
というか、言っておけばよかったですね」
和葉がため息交じりで嫌味っぽく忠告してくる。
でも、本心からでなく、いつもの嫌味を言う癖というべきか、ただいつものように言葉にしただけなのだろう。
事が事なだけに、無下にするような男ではない筈だ。
この嫌味の理由は、美加が気を失った千代をネコジシ商会まで運んできたことにある。
遊慧の保護に気を失った千代を看なければならないので、いつもの和葉らしく嫌味が出たに過ぎない。
それも、あれほどまで嫌がっていた霞を捜すという仕事の依頼を請け負ってくれたのだ。
このぐらいの嫌味に嫌な顔をするわけにはいかない。
受け入れなくてもいいだろうが、言うぐらいの自由を与えるぐらい、どうということない。
ネコジシ商会へと戻る前、シュヴァルツ・カッツェの表にいた警察官は、千代によって気絶させられていただけのようで、出る時に活を入れて目覚めさせた。
特に怪我をしている様子もなかったので、その場に置いてきた。
その後も交代の時間までシュヴァルツ・カッツェの前で立っていることだろう。
千代は今、ネコジシ商会の奥の部屋――ヘカテが住居している部屋――で眠っている。
何をしていたのかわからないが、倒れるまでに疲弊していたことは確か。
遊慧が、千代が喫茶店を訪れる予定であったことを述べていたので、あの酷い有様の店を見て、その後走り回っていたのだろうと予想できる。
それこそ現在行方のわからない霞を捜していたに違いない。
そして、疲れ果てた状態で美加の前に現れることとなった。
今しばらく眠っていれば、すぐにも目が覚めるだろうし、疲弊以外に何かがあったわけでもないだろうから、遊慧に任せておけば問題もないだろう。
そばにヘカテと遊慧がついていてくれるので、美加はネコジシ商会の事務所側――つまり、和葉と対面して事の経緯を話したところだ。
「それで、何かわかったことはありましたか?
あなたの目で見てきた限りのことで構いません。
あなたの思ったままで構いません。
無理に言葉を増やしたり飾ったりする必要もありません。
端的に、事の次第をあなたなりの言葉で言ってくれればいいのです」
「……正直なところ、あそこで何があったのかよくわかりません。
ただごとでない何かがあったのではないかということしか、わかりませんでした。
ごめんなさい。全然役に立たなくて」
「別に謝らなくてもいいですよ。
それがあなたの〝見てきたこと〟であり、〝感じてきたこと〟です」
「え……?
いいんですか? こんな答えで」
美加はいつものように嫌味を言われるのだと思って構えていたのだが、拍子抜けしてきょとんと和葉を見やるだけ。
「ええ、あなたなりの答えを聞いたのですから、それで構いません。
むしろ、言葉を増やしたり飾らない分、あることないこと答えられなくてよかったと思っています。
それに、どうしたのですか?
役に立たないとか気にしているようですし」
「いえ……私がいつも何もできなくて、周りに迷惑ばかりかけて……」
「自信喪失という奴ですか?
そもそもあなたにはどんなに役に立たなくとも、いつものように能天気にしてくれればいいんです。
それに、迷惑をかけるとか悩むのも結構ですが、悩みすぎて空回りしないようにしてください。
空回りされたほうが迷惑をかけますからね」
「の、能天気って……。
私って、いつもそんな風ですか?
これでも一生懸命頑張ってるのに」
美加は不満げに頬を膨らませた。
それを見た和葉は小さく吹き出して笑っている。
美加は睨むように和葉を見やると、和葉は笑みを抑え込んで――
「そんな風にしていればいいんですよ。
それが〝いつものあなた〟じゃないですか」
「そ、そんなことないもん!」
いつもどおりにしていればいいのに、どうしても揶揄されてしまっているように思えて仕方がない。
だからこその突発的な反論。
そんなことをすればどうなるのかわかっているというのに――
「その年で語尾に〝もん〟をつけるのはやめてください。
さすがに気持ち悪いです」
だから、あっさりと返されてしまう。
「う、ううぅ……」
こうなると、唸るだけで何も言い返せない。
「で、先程の質問の続きといいますか、問い方を替えようと思います。
あの店を滅茶苦茶にしたのは、人間の仕業と思えましたか?」
和葉の目が鋭く変わる。
今まで笑っていたのが嘘のように、真っ直ぐに美加を貫いてくる。
美加は和葉の切り替わりに自らも切り替えて、それを問われればと思い返してみた。
率直に出せる答えは――なかった。
頭が働かない。
停止したまま。
「その顔だと、うまく言い表せないところでしょうか?
人間がやったなんて思えることは――」
「ない、と思います。
よくわかりませんが、わからないからこそ、〝人間の仕業でない〟と感じました」
「なるほど。
わからないからこそ、〝人間の仕業でない〟ということですか。
論理的ではありませんが、論理的にどうこうできる状態でなかったと見ればいいのでしょうかね。
これで、少しですが進展しましたね」
和葉は頷き、コーヒーをすすって呆けている。
何かを考えているのか、何も考えていないのか、窺い知れない。
◇
梅雨の中休みともいえる朝の青空の下で、一つの悲鳴から始まった。
折角の清々しい朝を迎える筈なのに、凄惨な朝を迎えてしまったのである。
そんな朝を迎えてしまった人は運がなかったと見るべきか。
それとも、何かしらの因果が働いていたための結果だったのだろうか――
雨上がりともあり、至るところがぬかるんでいる。
そして、遊具に滴のついたままの公園の地面もまた、同様。
公園の中央には広場がある。
ところどころ草が伸びているあたり、あまり管理されているとはいえないようだ。
そのぬかるんだ地面の上、泥に塗れて何かが転がっていた。
子どもがサッカーボールを置き忘れて雨に晒されたのだろうか。
――否、そこに転がっているのはサッカーボールなどではなかった。
人の頭。
マネキンの頭部を取り外して、悪戯目的に置かれたと見られてもおかしくない。
それこそ悲鳴を上げた人は、最初マネキンの頭とでも思ったに違いない。
だからこそ近づいて、まざまざと見てしまったのだろう。
虚ろな瞳が見開かれ、口が力なく開かれ、そこから泥が垂れているような――凄惨な子どもの頭。
「さて、犯人はどういうつもりで、ここに置いたのかのぅ。
それも、よりによって行方不明の子どもの頭とはのぅ」
子どもの頭を発見したという一報が入ったことで、公園を中心に周囲のブロックが数分で警察によって規制線を張られた。
隆文は通報を受け、真っ先に公園へと訪れた警察官の一人。
発見者はすでに警察のほうで保護し、発見時の聴取を別の場所で行われている。
隆文は子どもの頭へと手を合わせると、見開かれた目を閉ざしてやった。
その上から、隆文の脇から鑑識官の手でブルーシートが被せられる。
「それで、お前さんの目から見て、どう思うかのぅ?
愉快犯か?
それともお前さんのような〝謂れあり〟の者か?」
隆文はすぐ後ろに立つ女へと振り返る。
あたかも映画女優ともいえるプロポーションの持ち主の女が腕を組んでシートを睨んでいる。
褐色の長い髪を三つ編みにし、色の濃いサングラスをかけ、黒のタンクトップの上からベージュのアサルトベストを羽織り、迷彩柄のカーゴパンツにジャングルブーツを履いている。
これから戦争でも始めるのか、サバイバルゲームでも始めるのか、明らかに場違いな存在。
特に周りが警察官ばかりなので、この女が浮いた存在とないっている。
女は周りから奇異な視線を向けられていることに気づいていたが、気にする様子がない。
隆文の連れとしてここにいるだけのことだから、周りがどう思おうとも関係がないと考えているのだろう。
女はヘカテだ。
少女の姿でなく、大人の姿で隆文についている。
理由は目の前のシート――子どもの頭が発見されたことにより、犯人像を検証してもらおうと呼ばれたのである。
いや、犯人を見つけ出すことまで頼んでいるわけではない。
魔具や魔術、ネコジシ商会で扱っているような事件なのかを判断するためといったほうが正しいか。
また、少女の姿でなく大人の姿でいる理由は、少女の姿で死体を見るというのはさすがに問題があると隆文から注文を受けたのだ。
ヘカテとしては、周りから何と見られようとも構わないのだが、それでも隆文が気遣ってのことなのだろうと素直に従った。
ただ、恰好の注文を受けなかったがために、場違いなものとなってしまっている。
ヘカテはサングラスを外し――
「頭だけじゃわかんないわよ。
もうちょっと判断に至る材料となるものが欲しいわね。
子どもが何人も行方不明で、ようやく一人見つかったと思ったら、頭だけ。
アタシたちの出る幕なのかどうかも判断しかねるところね。
それこそ、ただの偏執病かもしれないし。
それなら、アタシよりもサクヤのところに言えばいいんだし。
〈異端狩り〉なんて銘打っているわけなんだからさ」
「そう言うてものぅ。
その肝心の霞嬢ちゃんの行方もわからんしのぅ。
頼めるのはお前さんだけだ。
そういえば、霞嬢ちゃんの妹分の……千代といったか?
あれの具合はどうだ?」
「うん? ああ、疲れてただけみたい。
今朝には出て行ったわ。
今、ミカがついているらしいけど」
「昨日の事件に、今朝のことか……。
この街に何かが起きようとしているのかのぅ」
「やめてよ、縁起でもない。
こっちは殺人鬼なんでしょ?
サクヤのほうがまだ犯人が何だかわからないけど、サクヤを狙うのだから、〝それ相応の相手〟なんだろうね」
「殺人鬼、か……。
そんな者が子どもばかりを狙ったとなると、いたたまれんのぅ。
何としても捕まえなければの」
「もし、その殺人鬼が、〝人の枠〟から外れていたら、もう一度アタシを呼んでよ。
そうすれば、アタシたちもどう動いていいか判断できるから」
「うむ、わかった。
すまないのぅ。わざわざ出向いてもらって」
「気にしないでよ、タカフミ。
タカフミがいるから、アタシのようなのがこの街に住めるんだから」
ヘカテはサングラスをかけなおした。
そのまま隆文へと手を振って、公園から出て行く。
「――さて、色々と忙しくなりそうだのぅ。
腰が痛いわい。
年には勝てんということかのぅ。
――運んでくれ」
隆文は腰を叩きながらためいきをつく。
隆文の言葉に鑑識官たちが担架を用意して、シートを被せたままの子どもの頭を乗せて運んでいった。
梅雨の中休みも昼を待たずして曇り、雨を降らす――。
◇
「もう少し休んだらと思うの」
美加は前を歩む千代へと声をかけるのだが、千代からは何も返ってこない。
それどころか、早足となってどんどん進んでいってしまう。
でも背丈の差があってか、千代が早足で行こうともすぐに追いつき、心配そうな眼差しで背中を見据える。
千代はヘカテの部屋で眠っていたのだが、目が覚めるなり外へと出ると言って誰の制止も聞かず――そもそも美加しか制止していない――に出て行ってしまったのだ。
遊慧もついてこようとしていたようだったが、和葉に制止されてしまって諦めきれずもついてくるまでに至らなかった。
遊慧の代わりというわけではないのだが、どうしても千代を放っておけなくて、美加がついてきているのである。
それからは何も語らず、何も話さず、何も喋らず――千代は歩き続けるだけ。
街の中を縦横無尽に歩き回っている。
「ねぇ、千代ちゃん?」
美加が名前で呼びかけると、千代の足が止まった。
振り返ってくるなり、すごい剣幕で美加へと詰め寄ってくる。
初めて会った時と同じで、とても冷たい。
いや、憤りをあらわにしているところを見れば、初めて会った時と違って、燃え上がっていると見るべきか。
「そう呼んでいいのは、霞姉さんだけだと言ったじゃない!」
千代は今にも噛み付きそうな表情で胸倉を掴んでくる。
いつもなら睨みだけなのに、掴みかかってくるのはさすがに初めてのことだ。
それだけ千代の心情は揺らいでいると見ていいのだろう。
だから、美加は静かに千代を見ることしかできなかった。
こんな時に何を言ってあげればいいのか、言葉が思いつかない。
千代は霞が行方不明になることで焦り、霞を捜そうと奔走している。
まるで迷子が母親を求めているかのように見えてしまう。
でも、倒れるほどに疲弊していた体だ。
一晩寝たからといっても、どこまで回復しているのかわからない。
そんな体だからというべきか、千代がふらついた。
美加はさっと手を差し伸べて美加を抱きとめる。
「無理しないで。
私が……ううん、きっと和葉くんが捜し出してくれるから。
まずは、休まないと」
千代に優しく諭すように言い、そのまま抱きしめた。
千代は最初こそ抗おうとするのだが、最後まで抗う気力もないのか、美加の薄い胸に大人しく収まった。
「……何なの?
何が起きているの?
どうして、霞姉さんが……」
千代が泣いている。
声を出さずにぐっと涙を堪えている。
美加は何も言わず、千代の頭を撫でる。
自分が年上だから――いや、違う。
目の前で女の子が泣いているから――それも違う。
ただただ、自分が力になってあげたい。
いつも誰の役にも立たないからこそ、役に立たないとわかっているからこそ、願望。渇望。
「ねぇ? 私にできることないかな?
何の役に立たないかもしれないけど、私にできることがあれば、何かしたい」
「何それ? 同情?」
「何と思われても構わないわ。
いつも足手まといの私が誰かに助けてもらっているから、私も誰かを助けたいの。
特に、あなたのお姉さんには助けてもらったんだもの。
なおさら私はあなたたちの力になりたい。
お願い。私を頼って。
道具のように扱ってくれたっていい。
私ができることなら――」
美加が言い終える前に、千代が力尽くで体を引き離す。
美加は千代にまた怒鳴られるのかと覚悟もしたのだが――そういう様子はなかった。
千代がじっと見据えてくるだけ。
睨んでいるわけでもない。
「あなたにはたまに驚かされる時があるわ。
あなたが何なのかを知るためにも、あなたには私の手伝いをしてもらう。
それでいいのね?
あなたが〝力になる〟と言ったのだから、今さら〝できません〟はないんだからね」
指差しつつ言ってくる。
美加は頼ってくれることを望んでいながらも、予想にもしていなかった答えだったがために、思わず呆気に取られてしまった。
そして、頷き――
「うん、わかったわ。
宜しくね、千代ちゃん」
「だから、そう呼んでいいのは霞姉さんだけ!
あなたに許した覚えはないの!」
「え、う、うん……じゃあ、何て呼べばいいのかな?
私のイメージだと〝千代ちゃん〟なんだけど」
「く、うぬぬ……好きにすればいいわ。
もぅ、あなたと一緒にいると調子が狂う」
千代はぷいっとそっぽを向き、早足で歩き出した。
その後ろを美加がどこか怒られてしまった仔猫のようにトボトボとついていく。
千代の背中を見て、「この子も猫みたい……」と呟いて微笑んだ。
それこそ、和葉並に愛想の悪い猫。でもじゃれついて遊んでほしいと言ってくる猫にも見えた。
千代の後姿が、尻尾を立ててクネクネと揺らして歩く猫に見えた。




