1.世界は広いのか狭いのか、どこかでつながっていたりする。
六月の中旬を迎え、天気予報では入梅になったと報じていた。
空はどんよりとした雲に包まれ、いつ雨が降ってもおかしくない。
肌に感じる湿り気も増しているので、じきに降り出すことだろう。
そんな空の下では、空と同じくどんよりとした街の一角に、人が集まっていた。
街に住まう人たち、街を行き交う人たち、警察も車両を並べていた。
人々の多くは野次馬で、テレビ局までもがカメラとリポーターを用意している。
それらが囲って見ているものは、喫茶店だ。
「シュヴァルツ・カッツェ」の立て看板が、無残にも道路隅で誰にも見られることなく転がっている。
入り口のドアは開かれ、先程から鑑識官たちが何度も出入りを繰り返していた。
その入り口から鑑識官たちの合間を縫って、折部安雄が出てくる。
〝嫌なものを見た〟――そんな胸糞悪い顔で、周囲を見渡している。
今にも野次馬たちに当り散らしそうな目。
そこへ、芒原美加が慌てた様子で、野次馬の合間を縫って、駆け込むようにして安雄の前に出た。
「す、すみませんっ、んぅ。
お、遅れ、ましたぁ、はぁ、はぁ」
ずっと走ってきたために息が荒い。
深呼吸をして息を整える。
そんな美加を安雄が頭を撫でてくれる。
犬か猫か、小動物を愛でるような優しい撫で方。
「な、何ですか?」
いつもと違う安雄に怪訝。
「今日、非番だったろ?
それなのに、無理にここへと来させたんだ」
「だからって、子ども扱いみたいなことしなくても」
美加は頬を赤らめつつ俯く。
いつも意地悪する安雄が労ってくれるのだから、とても気恥ずかしい。
――ただし、そんな思いはここまでだ。
「みたいじゃなくて、子ども扱いしてんだよ。
いつまでも新米根性の抜けない奴だからな、お前は」
安雄は途端にケタケタと笑い出した。
美加は思わず口をあんぐり。
「な、何ですか、それ!?
もう、折部さんはそうやって新米扱いするんだから」
少しでも安雄を見直した自分が恥ずかしく、口を尖らせていつまでも頭を撫でている安雄の手を払った。
余程おかしかったのだろう、安雄のケタケタ加減が増す。
「それで、何の用ですか?
折部さんのチームに入れって言うんですか?
現場は――この喫茶店のようですけど」
「別に俺のチームに入れというわけじゃない。
それに、この中にも入るな。
まだ検証の最中だ。
中で吐かれたら、どやされるのは俺なんだからな」
「は、吐いたりしませんよ。
――って、中はすごいんですか?」
美加は顔を歪めてしまった。
止められるということは、この中に遺体があるのではないかと予想し、身震いをしてしまう。
どうしても慣れないものは慣れない。
だからこそ、安雄に新米根性の抜けないと言われてしまう。
「死体はないんだがな。
少なくとも、お前が〝全うじゃいられなくなる〟ほどに、血溜まりだ。
至るところに血がぶちまけられている。
お前なら、想像しただけでも吐くかもな」
「だから、吐きません!
そ、それに、鑑識さんたちの邪魔はしたくないので、入るのは遠慮しておきます」
勢いで否定したのだが、たじろいでしまっていることは安雄に筒抜けだろう。
それでも、毅然であると見せかけて、心を落ち着かせることに専念した。
「それで、私を呼んだ用事というのは、何ですか?」
吐かれるから現場に入るなと言うのなら、検証に立ち会うことが用事ではない。
別件があるのだろう、と確認のために尋ねる。
「――ああ、何てことない」
安雄が自らの胸に手を置き、笑いを抑えている。
まさか、からかって遊ぶために呼んだのだろうか、と美加は勘繰ってしまう。
しかし、そんなことで事件現場へと呼ぶ男ではないので、我慢して答えを待つことにした。
「事情聴取だ。
ついて来い。裏で待たせている」
安雄は顎をしゃくり、先に歩き出した。
からかいの顔から仕事の顔へと切り替えが早い。
ここが美加よりも刑事としての経験が長いから出来ることなのだろうか。
そういう面では尊敬できる先輩である。
からかうことは、別として。
美加はがっしりとした体格の広い背中を見ながらついていく。
本当にからかいさえなければ頼もしい人なのに、と何度も愚痴をこぼしそうになってしまう。
そんな頼もしい背中を見ているからなのか、そっと手を伸ばして安雄のスーツの裾でも掴みたい衝動に駆られてしまう。
からかって意地悪をしてきても、優しい兄貴分なのだ、と自らこぼす愚痴も否定。
でも、手を伸ばすことはしなかった。
ここで甘える場合ではない。
仕事のために来たのだから、仕事をしなければならない。
優しい兄貴分に応えなければならない。
喫茶店の裏手へと回れば、表の騒がしさが嘘のようで、とても静か。
すでに人払いがなされた後ということなのだろう。
女と男が数名いるだけだ。
男たちは全て警察官で、女は事件の関係者なのだろう。
波だったクセのあるセミロングの髪を垂らし、店の壁に背をつけて、ぐったりとうな垂れている。
伏せた顔までは窺い知ることができない。
「この方に事情聴取をすればいいのですか?」
美加は女を見やってから、安雄へと尋ねた。
他に対象が見当たらないので、あえて訊くほどのことでもないのだが、確認のためだ。
「ああ、男しかいなくてな。
さすがに女性相手に男だけというわけにもいかないから、お前を呼んだんだ。
世の中、セクハラがどうとか煩いからな」
いつも美加にセクハラしてくる男の言うことなのか、という疑問はこの際措いていく。
「名前は四塔遊慧。
あの店を任されている店主だそうだ。
そして、今朝店へと訪れれば、中が酷い有様だったということで、一報を入れたそうだ」
安雄は女性へと背を向け、声を落としながら説明をしてくれる。
ただ事実を述べているだけなのだが、女性の心境に配慮してのことだろう。
「そこまでわかっているのなら、私なんて必要ないのではないのですか?」
事情がわかっているなら事情聴取をする必要性が見えてこない。
すでに状況は述べられているのに、これ以上何を訊けというのか。
「ま、訊ける範囲で訊いているが、大雑把なところまでだ。
細かい部分はお前に任せる。
それに、〝あのような店〟を目の当たりにしたためか、気が動転してしまっているようでな。
その辺のケアも頼みたい」
「そういうことでしたら、わかりました。
私ができる限り、頑張りたいと思います」
美加は納得したと頷く。
細かいところまで訊くにしても、安雄らがすでに訊いている程度のことしかないだろう。
それに、さすがに心のケアともなると、むさ苦しい男よりか同性である美加のほうが適任である。
安雄は任せたと言わんばかりに、いつものように頭をくしゃくしゃと雑に撫でてくる。
もう少し丁寧にしてほしいのに、と文句を言いたいところを我慢して、美加は女――遊慧へと近寄っていく。
安雄たちは美加が引きついたということもあって、警察官たちを連れて去っていった。
店の表へと戻っていったのだろう。
遊慧が顔を上げて美加を見やってくる。
愁いを帯びた瞳が潤んでいて、唇は何かを堪えているらしく真一文字に結ばれている。
「あ、あのぉ……私は芒原美加と言いまして、一応これでも警察官なんですけど――
そのぉ、よければお話を聞きたいなと……」
遊慧のことを考えて少し遠慮がちに尋ねる。
それがどこか挙動不審に見えてしまうのは、単に美加の不甲斐なさによるものか。
「……芒原……美加……?」
遊慧の目に光が戻ってくる。
沈んだ表情の中に、どこか驚きが含んでいるようだが、すがりつきたい気持ちがあるのか、真っ直ぐに見据えてくる。
「そうですか。
あなたが〝霞お嬢様〟の言っていた……」
そして、何かを理解したような納得したような表情を浮かべるのだ。
「え? えと……私のことを知っているのですか?」
美加はきょとんとするのみ。
遊慧とは面識がない筈。
なのに、どうして知っているのか不思議に思うしかない。
「ええ、話には聞いておりました。
まさか、このような形でお会いするとは思いもしませんでしたが」
◇
美加は遊慧を連れて話をする場所を移すべく、警察署へとやって来た。
捜査課の部屋では、ほとんどの人が出払ってしまっていて、とても静か。
パーティションの区切られた一角、ソファへと遊慧を座らせて、コーヒーを差し出した。
遊慧はカップを両手で抱えるように持って、静かに飲んでいる。
そして、コーヒーを飲みながら一通り遊慧が今朝店へと入ってからのことを聞き終えたところだ。
「朝、店へと入ったら、もうその状況だったのですね。
そして、店のオーナーが行方知れず、と。
となると、夜から朝にかけての間に、店で起きたということになるわけですけど……」
美加は手帳に遊慧から聞いた内容をメモし終え、ボールペンの背で頭を掻く。
現場そのものを見ていないので、どんなことが起きたのかいまいち想像しがたいところ。
安雄を見た時の顔、遊慧の顔、それぞれを見ればさぞ凄惨な状況だったのではないか、と予想はできる。
だがそれだけだ。
飽くまで、〝凄惨〟という概念が頭の中に生じるだけ。
それ以上は何も想像できない。
遊慧を見やれば、コーヒーに映る顔を眺めているようだ。
ぼんやりと、今にも魂が抜けてしまうのではなかろうと弱々しい。
このような遊慧を前に、何と声をかけてあげればいいのだろうか。
自分が儚く思えてしまう。
無力さに辟易としてしまう。
ふと、ここへと来る前に遊慧の言っていたことを思い出す。
遊慧は話で美加のことを知っていた。
それも、〝霞〟の名前が出てきたこと――。
白矢から助けてくれたという〝咲耶霞〟と同じ名前。
千代が〝霞姉さん〟と慕っている名前。
このタイミングで訊いていいことなのか、ためらってしまう。
今は事情聴取をしている最中なのだ。
〝霞〟が同じ人物を差しているのか、訊く場合ではない。
「――全く、どうしようもないのぅ。
手がかりがなさ過ぎる。
上のもんも無理を押し付けてくるしのぅ」
柳崎隆文の声とともに、複数の男たちがぞろぞろと部屋へと戻ってくる音が響く。
続けざまに男たちの疲れた声とぼやく声が重なり合っていく。
静かだった部屋が一気に騒がしくなった。
「奥で〝これ〟をやってくるからのぅ。
お前さん方も、適度に休んでおけ」
隆文の声とともにパーティションの陰からひょっこりと顔が出てくる。
隆文が〝これ〟と言って奥へとやって来るということは、決まって煙草を喫むということだ。
大方、手も煙草を喫む仕草も見せているのだろうが、パーティションに隠れていて、見ることができない。
「ん? 接客中だったかのぅ。
すまんかったのぅ」
隆文はこちらを見て言った。
しかし、美加の隣へと遠慮なく座ってくる。
美加の手にする手帳を覗き見て、「ふぅむ」と頷いた。
「折部の向かった事件かのぅ。
まさかとは思ったが、〝あの店〟で事件とはのぅ。
今回は災難だったのぅ、四塔さんや」
遊慧へと言葉をかける。
遊慧はそれに会釈で応えた。
「霞嬢ちゃんが行方不明か。
なるほどのぅ」
「霞お嬢様と一切連絡が取れないのです。
無事だといいのですが」
二人のやり取りに、美加は隆文と遊慧を交互に見やる。
隆文がネコジシ商会と面識があることは知っている。
さらに、咲耶霞と関係のありそうな遊慧とも知り合いとあり、驚きを隠せない。
ただならぬ男であると改めて思わされたといってもいい。
自分が魔具云々の仕事をするよりも、隆文がネコジシ商会へと訪れて一緒に仕事をしたほうがいいのではないかとさえ思えてしまう。
事件についてのことを考えなければならないのに、自分の存在意義に疑問が浮かんでしまう。
美加が隆文のお茶と遊慧のコーヒーのお代わりを用意している間、隆文が美加に代わって遊慧と話をしていた。
事情聴取の役目は美加の筈なのに、隆文が美加の役目を全てやってしまいそうな感じだ。
美加は湯飲みにお茶を注ぎつつ、ため息をつく。
どこまでいっても、誰の役にも立てないことを思い知らされているようで、鬱々としてくる。
もっと自分が要領よくできればいいだけの話なのだが、どこか隆文が恨めしく思えてしまう。
――違う。何よりも自分自身の不甲斐なさが恨めしい。
自己嫌悪に陥ってしまう。
せめて、自分に何かできることがあれば。
もっと、役に立てれば――。
湯飲みとカップを盆に載せて、奥の一角へと戻ってきた。
遊慧は隆文と話をしていくうちに、少しずつ落ち着きを取り戻しているようだ。
表情の愁いが少し和らいでいるように見える。
遊慧の心のケアも任されていたのに、これもまた自分では何もできなかったようだ。
また、役に立てなかった、と内心ため息をついてしまう。
湯飲みとカップをそれぞれの前へと差し出して、美加は隆文の後ろに立った。
二人の話が終わるまで待っているつもりだ。
役に立たないのなら、立たないなりのことをすればいい。
余計なことをしなければいいだけのことだ。
そうすれば、足を引っ張ることもないだろう、と。
「おい、何をしておる。
こっちに座らんか」
「で、でも――」
自分では隆文のように立ち回れない。
ここは遠慮の一手しかない。
「こっちはこっちで事件を抱えておって、忙しいんだ。
お前の仕事までやっておれんからのぅ。
お前はお前の仕事をするんだ」
隆文は湯飲みを持って立ち上がる。
「得体の知れない事件が起きておっての。
近々捜査本部がこの署に作られるらしい。
そのこともあって、お前や折部のことまで構ってやれんでの。
詳しい話は、そうだのぅ――四塔さんに訊くといいかもしれんのぅ。
霞嬢ちゃんも気にかけておった事件だからのぅ。
そういうわけだから、行くかの」
隆文は美加の肩に手を添えてから、パーティションの向こうへと消えていった。
隆文には隆文のやらなければならないことがあるように、美加には美加の役目があるということなのだろう。
でも、遊慧の前に取り残された感覚――元々遊慧のことを任されているので、そう思うこと自体おかしいことなのに、そう思えてしまった。
美加は遊慧の向かい側に座る。
これで事情聴取を始めた頃に戻ることとなる。
しかし、この後どうやって話を進めていけばいいのだろうか、悩ましい。
遊慧がカップを手にしながら、静かに見やってくる。
「柳崎さんは、私の父と古くからの知り合いなのです」
だから面識があるらしい。
と言われても、美加にはやっぱり隆文の色々な人とのつながりの多さに驚くほかない。
「柳崎さんの追っている事件のことを聞きました。
最近、話題となっている事件――子どもが次々と失踪しているそうですね。
最初は誘拐事件の可能性があるとのことで、一切の報道はなされていなかったけど、身代金の要求などといったものが何一つないことで、今や少しでも情報が欲しいと一斉に報道がされています。
そして、霞お嬢様が千代お嬢様と共に事件にただものならぬ〝何か〟が関わっていると察知し、動き出したところです。
まだ詳しい情報のないまま、今朝のことが起きてしまいましたが」
遊慧がゆっくりと淡々とした口調で話した。
美加の鼓動が高鳴った。
事件のことについてでなく〝千代お嬢様〟という言葉に。
〝霞お嬢様〟が咲耶霞であることを結び付けたということに。
霞と千代の組み合わせなど、たまたま同じ名前である可能性も捨てきれないが、関連付けるほうがより自然だろう。
それならば美加のことを知っていても何らおかしくもない話なのだから。
「あの事件は今、千代お嬢様が追っています。
今朝のことをまだ知らない筈です。
――いえ、昨夜、あの店に訪れる筈でしたが、私は見ておりません。
私が最後に見た時は、店に霞お嬢様お一人でした。
ならば、千代お嬢様が何かご存知という可能性もあります」
遊慧はそう言うとカップを置いて立ち上がった。
真っ直ぐに美加を見下ろしてくる。
「お願いがあります。
ネコジシの者たちに会わせてもらえませんか。
ネコジシの者たちならば、きっと霞お嬢様の行方もわかる筈です」
手を伸ばしてきて、美加の手をとった。
懇願の眼差しで必死に訴えかけてくる。
美加は目をしばたき、遊慧の顔と手を交互に見やる。
「お願いです。ネコジシの者たちに」
遊慧の目には力がある。
美加は気迫に呑まれ、遊慧に抗うことができなかった。
頷くことしかできなかった。
◇
百合垣和葉は不満をあらわにして、受話器を置いた。
その動きの節々に刺々しさがあるのは、気のせいだろうか――気のせいではなく、見てのとおりなのだろう。
美加は和葉の睨む目に息を呑む。
それだけではない。
普段なら嫌味を言われる程度で済む筈なのに、舌打ちまでされてしまったのだから、そのたびにおどおどとしてしまう。
理由は言うまでもない。
遊慧をネコジシ商会まで連れてきて、和葉に霞の行方を知るために手を貸してほしいと頼んだからだ。
そしたら、不機嫌を通り越して、嫌悪感全開なのである。
和葉は前々から〈異端狩り〉というものを嫌っているような言い方を何度もしてきた。
だから、〈異端狩り〉の霞についてのことを頼むものだから、機嫌を損ねたに違いない。
いや、〈異端狩り〉だからという理由よりも、別に何かがありそうな雰囲気。
だが、見ただけはそれが何か窺い知れないし、訊く勇気もない。
「とりあえず、集められるだけの情報を集めるように依頼しておきました。
僕の学生時代からの知人ですので、信頼できます。
それに、彼に任せておけば、情報もできる限り集まるでしょうね」
先程まで和葉が電話でやり取りをしていた相手のことだろう。
霞を捜すには、まず情報を手に入れなければならない。
そのために、情報屋から情報を仕入れるための一報。
不機嫌になりつつも、頼みごとを聞いてくれたので、一安心。
ただ、和葉はそれを言ったあとは、スチールデスクの隅に置かれていた動物を模したらしい置物を手にとって、椅子を回して背を向けてしまった。
この背中はいつもの〝これ以上話したくない〟という態度。
美加は和葉のこれまで見せたことのない不機嫌さに、背を向けられてしまったことに、思わず小さく悲鳴を上げてしまう。
「申し訳ありません。
私が無理を言ったばかりに」
げんなりとうな垂れる美加の横で、遊慧が頭を下げてくる。
「いえ、そのぉ……気にしないでください。
今日はちょっと……じゃないかもしれないけど、機嫌が悪い日なんだと……思い……ますぅ」
「ですが、そういう日にここへと訪れてしまったのも、私が無理にお願いしたためですし」
美加と遊慧が互いに謝り合戦を始めてしまう。
こっちが悪い、こっちが悪い、まるで水飲み鳥を二つ向かい合わせて並べているかのように、交互に頭を下げる。
こういうことをしていたところで和葉の背中は黙ったまま。
それに何一つ進展もない。
だからなのか、そんな二人の前にのんびりと少女が歩み寄ってくる。
〈魔女〉こと、ヘカテ。
少女にも大人にもなれる〈異能〉持ちで、今日はのんびりモードの少女姿。
ニンマリ笑顔で二人を見上げてくる。
今までのやり取りをいつもの席――部屋の片隅のパイプ椅子――で眺めていて、あたかもテレビのバラエティ番組を観ている感覚で楽しんでいたのだ。
そんなヘカテが寄ってきて、何がしたいのだろうか。
美加は怪訝にヘカテへと見やる。
「しょーがないよね。
カズハがサクヤの人間の依頼を請けなければならないんだもん。
それも、この間の温泉の時と違って、〝貸し借りなし〟の状態でね」
「ヘカテちゃん、そこまで忌み嫌うほどなの?
命がかかっているかもしれないのに、助けるのもためらってしまう間柄なの?」
美加は和葉の様子を窺いながら、ビクビクとしたままヘカテへと尋ねる。
ヘカテは美加と逆で、ニンマリ笑顔に笑みが増して高らかに笑った。
腹を押さえて笑いのつぼを刺激されたかのような笑いが、今にも床を転げてさらに笑いが高まるのかと思うほど。
「人の命が関わっているのに、笑いごとじゃないと思うの!」
「わ、わかっているけど……フフフ、カズハとサクヤの因縁のことを思い返しちゃうとね、イヒヒ」
美加が迫るのも拘らず、ヘカテの笑いが止まらない。
美加は少し不謹慎過ぎやしないか、と眉をひそめる。
「話してもいいのかな?
アハハ、カズハは、ね――」
「それ以上言うと、鏡の前でガマの油を搾り取りますよ!」
和葉が慌てた様子で椅子を回し、ヘカテへと勢いよく指差して言い放つ。
美加は和葉の慌てように驚くが、ヘカテと遊慧は特に驚きもせず和葉を見やるだけ。
ヘカテだけでなく、遊慧も和葉と霞の〝因縁〟とやらを知っているようだ。
「お、オホン……。
咲耶霞には、僕が魔具の世界に関わり始めた時、酷い目に遭わされたのです。
そして、ネコジシ商会に入社してからは、さらに色々といびられました。
あの時は知識も浅かった頃でしたからね。
何も知らないからって、あることないこと吹き込んで、散々僕のことをからかったんですよ。
あの時のことを思えばこそ、咲耶霞がどうなろうと構いません」
「和葉くん……」
「けどですね。
そんな過去のことで仕事をやらないのでは、大人げありません。
ですから、咲耶霞の足取りを掴むべく、情報屋に情報を集めてもらうんです。
僕そのものが動くよりも効率よくたくさんの情報を集めることができますからね。
神出鬼没の〈異端狩り〉を捜すには、〝そういったこと〟に特化した人間でないと見つけることができません。
たとえ、咲耶霞が商売敵であっても、頼まれた以上、この仕事をやり遂げますよ。
それでいいですか?」
和葉の口調はいつもの淡々としたものではなかった。
最後まで感情をあらわにした、どこまで刺々しかった。
美加は戸惑いを覚えつつも、和葉だってこういう時があるのだと実感した。
ただ、ヘカテが和葉の慌てぶりに高笑いをぶり返したのは、どうしても理解できなかった。
きっと笑い話にされるほどの酷い目に遭わされたのだろう、と予測することしかできなかった。
和葉は苛立ちを隠せないほどに感情をコントロールすることができないらしく、爪をかんで目をぎらつかせていた。




