1.予期せぬ来訪者。
「霞姉さん、あの女は何なのです?
少しとはいえ、あの女と一緒にいて、ただものならぬ女と思って仕方がありません!」
千代がテーブルへと平手を叩きつけるように乗せ、向かい側に座る霞へと言い寄った。
しかし、千代とは逆で、霞は煙管をくわえて、呆けるかのように千代を見るだけ。
千代の捲くし立てる勢いに気圧されている――とは考えにくく、単にいつものように飄々と、からかおうと算段しているのだろうと予期できてしまう。
「聞いているのですか?」
霞の態度に訝しき、千代はさらに言い寄る。
霞が答えるのを待っていたら、それこそ霞のペースに話が進みかねない。
かといって、言い寄ったからといって千代のペースになるかは、また別であるのだが。
「聞いているわよ」
千代の剣幕をどこか煙たそうな霞。
「千代ちゃんの言う〝あの女〟というのが、誰を指しているのかわからないのだけど」
その顔のままに、呆けて見せて答えたくないのか、言葉どおりのことなのか、疑わしく思えてくる。
「嘘を言わないでください。
わかっているくせに。
あのネコジシと一緒にいる女のことです」
霞にいいようにかわされたくないという思いを前面に出して、千代は再度テーブルを叩いた。
「と言うと……〈魔女〉のほうではないようだからぁ――
ああ、あの背の高い人のことね。
その人がどうしたの?
あぁ、千代ちゃんもあのぐらいの背が欲しいの?
うーん。私も背が高ければいいなぁって思う時があるものね。
わかるわ。
あ、でも、あんなに背が高いのもちょっと困るかな。
背の高い人って、どうしても男の人が好いてくれるのかわからないものね」
霞はウンウンと頷いて笑んだ。
煙管の灰を灰皿へと捨て、再度くわえるとぷっと吹いて火皿に残った灰を吹き飛ばした。
千代はそんな霞の態度に苛々を募らせていき、テーブルの上の手が握り拳となって震えている。
「霞姉さん! 話をはぐらかせないでください!
私は背の高さを言っているんじゃありません。
そりゃ、少しは欲しいところですけど……」
語尾がゴニョゴニョと濁っていく。
でも、気を改め――
「ですけど、あんなノッポになりたいわけじゃないんです。
――そうじゃなくてですね。
あの女、やはり〈異端〉の類なのではないのですか?
〝狩るべき相手〟だったんじゃないのですか?」
「千代ちゃん、こーわーいー」
「霞姉さん!」
千代はもう我慢できないと再再度テーブルを叩いた。
目はつり上がり、全身から今にも火が立ち上がりそうなまでに怒り狂っている。
霞はため息をつき――
「もう、冗談も通じないんだから。
わかったわよ。ちゃんと話してあげる。
でもね、その前に訊くけど、千代ちゃんは彼女をどうしたいの?
たかだか〝一般人〟を相手に、〈異端〉と言って狩りたいの?」
「〝一般人〟?
あの女が〝一般人〟で済むのですか?
どう考えたって、絶対に〝一般人〟なんかじゃありません」
「〝一般人〟じゃなければ、何?」
霞は穏やかな表情をしているのだが、その目には力が込められている。
千代はうろたえるようにして、大人しく椅子へと座った。
霞を気圧さんという勢いだった筈なのに、逆に呑まれてしまっている。
「え……それは……そ、それがわからないから、霞姉さんに訊いているんです」
口ごもりながらも霞から視線を逸らさずに言った。
霞が決して怖いわけではない筈なのだが、その目に見られているというだけで、すくみ上がってしまう。
「そうなの――」
霞は煙管をしまい、テーブルに置かれたままの冷めてしまったコーヒーへと手を伸ばした。
それを口元へと運び――
「わからないのなら、千代ちゃんに宿題といこうかな」
悪戯っぽい笑みを見せてくる。
「わからなくてもいいわ。
別にわからなかったからといって、何があるわけでもないし。
わからないままでも、今のところ実害はないのだし」
「そう言うということは、やっぱり何かあるのですね?」
「〝ある〟と言えばあるけど、〝ない〟と言えばないわ。
結局、彼女はただの〝一般人〟なのよ。
今後、もし彼女を〝一般人以外の何者〟かにしようとする者が出てきたのなら、私たちはそれを阻止しなければならないけどね。
さ、千代ちゃんはもう学校の時間でしょ?
あの学校、ただでさえ全寮制の上に、外出するのも厳しいところなんだから。
千代ちゃんは外出どころか外泊までして目をつけられているわけだし、これ以上遅刻が加わると、先生たちの目が厳しくなるわよ」
霞はそう言うと、再度コーヒーを口にした。
千代は「はい」と小さく返事をして立ち上がった。
もっと訊いておきたいところなのだが、霞の話のはぐらせ方からして、これ以上何も答えてくれないことだろう。
仕方なく学校へと行くために、椅子に立てかけておいた鞄を手にした。
「いってらっしゃい」
霞が朗らかに手を振って見送ってくれるのを背に受けて、千代は店を出た。
◇
「オーナー。
最近、この辺りでは外国人が多く出歩いているようです」
夕暮れの閉店間際――閉店の準備をしているところ。
喫茶「シュヴァルツ・カッツェ」の中、カウンターの向こうでグラスを磨きながら、女店主が言った。
店主といっても雇われ店主だ。
実際のオーナーは咲耶霞であり、店主として客商売ができないから雇っているに過ぎない。
そもそも、雇われ店主自体も昔から霞に仕えている者であり、その流れのまま店主職までこなしていると言ったほうがいいだろうか。
「外国人が出歩いていたっていいじゃない。
それだけ、この街もグローバル化しつつあるということじゃないのかな」
霞は一番奥の席に座り、書類を手に答えた。
客商売はできないものの、経営者として書類関係の仕事は全てやっているのである。
「それならいいのですが。
不穏な動きもあるようだということで、商工会の会長が気をつけるように、と仰ってました」
女店主は最後のグラスを磨き終え、棚に並べたところでエプロンを脱ぎ、手へとかけた。
「商工会の会長ぉ?
あぁ、あのスケベオヤジ、遊慧ちゃん目当てで事あることに通いつめるんだから。
あんなの適当にあしらって追い出しちゃっても構わないわよ」
「そう申されましても、常連のお客様の一人ですし」
「なら、うんと高いコーヒーでも出して売り上げに貢献してもらいましょ。
ほら、ジャコウネコの糞とか」
「コピ・ルアクですか、オーナー。
この店ではあのような高価なコーヒーは扱っておりません。
――でも、ぜひとも一度は飲んでみたいものです」
「ゆ、遊慧ちゃん、ふ、糞よ、あれ!?」
予想外の答えが来た、と霞は驚いて目を見開いた。
「オーナー、見識が狭すぎます。
香りがいいと聞きますので、コーヒー好きな私としましては、是非ともお目にかけたい一品です」
女店主――四塔遊慧は両手を組んで、祈るようにしている。
想像の中でコピ・ルアクを味わっているのだろう。
どうしても〝糞〟であると認識してしまう霞にとっては、げぇと舌を出してしまう。
「あ、あぁ――うん。
今度、この店に少し回せないか、問屋に頼んでみるね」
遊慧の考えを理解できないと、顔をしかめながらも答えた。
遊慧は飲める機会がやってくるのかという期待に胸を躍らせているようで、笑みが花咲いた。
そんな遊慧に霞はかぶりを振り、手にしていた書類をテーブルへと置いて、眉間をマッサージ。
「お疲れのようですね、オーナー」
「うん、まあね。
って、もう閉店か。
遊慧ちゃん、ご苦労様」
「はい、オーナーもお疲れ様です。
オーナーはこの後、どうなさるのですか?」
「もう少しこれと睨めっこ。
それに、千代ちゃんが来るのを待っているところかな。
戸締りは私がやっておくから、遊慧ちゃんは帰って大丈夫よ」
「はい。
では、お言葉に甘えまして、失礼します。霞お嬢様」
遊慧は深々と頭を下げ、店から出て行った。
店には霞だけとなる。
とても静かで、時計の秒針の刻む音と、書類の捲る音が支配していた。
霞は顔を上げて時計を見やれば、独りになって一時間が経とうとしていた。
店の外では誰かの行き交う音が聞こえてきた。
千代が来たのだと思ったが、千代が騒がしくして店へと来るとも思えない。
さらには、一人でなく複数いるようだ。
――直後。
店のドアが勢いよく開かれ、いくつもの影が店の中へと押し寄せてきた。
全部で七人。
どれも目出し帽を被っていて、顔はわからない。
体格から全て男のようだ。
そして、全員の手には短機関銃――Vz85が握られている。
「あらら、噂の〝不穏な動きをする外国人〟という奴かしら?
参ったわね。みんな武装しているし。
強盗なの?
ここて儲かっているわけじゃないから、強盗の喜ぶほどのお金はないのよね」
霞は書類をテーブルへと置き、男たちを見やった。
男たちは一様に霞へと銃口を向けており、何のためらいもなくトリガーを引いた――。




