18.全ては困惑の道への一歩に過ぎない。
部屋は蛍光灯が灯されているにも拘らず、重々と暗々と冷たい雰囲気に包まれていた。
部屋の一番奥に山鹿。
山鹿を中心に扇状で美加、和葉、老神、皐月、日向と囲んでいる。
日向は今にも倒れそうな皐月の付き添いとしてこの場にいるので、それを除いた四人が今回の件について問い質そうとしている。
他にも山鹿に色々と問い質したい者たちもいたが、和葉の一号により追い出された。
人数が多いと肝心な話を聞く間もないと考えてのことだろう。
尤もな対応といえる。
ならいつも役に立たないということで、美加も追い出されてしまうのではないかと思っていたが、警察官としての立場として立会人のような形で残された。
千代は疲れたと言って、部屋に戻ってしまっている。
魔具さえ止めてしまえば、自分の役目は終わったとでも考えているのかもしれない。
〈異端〉だの何だので殺す殺さないと騒がれても困るので、静かに休ませておこうと――放っておくこと――にした。
「目的は先程話したとおりだ。
〈幻光華〉を用いて、この旅館を立て直したかった。
それが――〈幻光華〉が〝人を消してしまうもの〟だと知らなかったために、事が起きてしまったんだ。
雷電が消えたのは、故意によるものではない。
たまたま〈幻光華〉を手にした時、雷電が近くを通りかかっただけのこと。
あいつを好んでいなかったことは認めるが、消してやろうと思ってやったわけではないのだ。
どうやれば雷電が元に戻るのか、色々と考えたが駄目だった。
さらには、消えてしまう人が増えてしまうことになってしまった」
山鹿はぼそぼそとした口調で話した。
美加たちは静かに山鹿の話を聞いている。
山鹿が決して人を消したかったわけではない。
全て悪いほうに進んでしまったからに過ぎない。
それがわかったからといって、すぐさま山鹿を赦すわけにはいかない。
けど、恨み節を山鹿に向けたところで何の解決にもならない。
だからこそ、誰もが黙ったままだった。
ただ一人、和葉を除いて。
「なるほど、一日目、二日目についてはそういうことになるのでしょうね。
ですが、今日についてはどうなのですか?
立て続けに僕と女将以外が消えたわけです。
それも早いペースで問答無用といった風に。
あれはどうしてなのですか?」
「さぁな。
半ば錯乱していたというのが理由だ。
自分のしでかしたことの罪の意識に押し潰されそうな思いに――どうかしていたと言うしかない。
納得してくれとは言わないが、〝〈幻光華〉に弄ばれていた〟と言ってもいい」
山鹿は深く息をついた。
俯いている中、頭を垂らすので山鹿がより小さく見える。
「そうですか、錯乱ですか。
人は、自分の思っても見ないことが起きてしまうと、判断力が鈍り、より悪い方向に行ってしまうことがあります。
普段ならわかるようなことでも、普段どおりの考えができずに行ってしまうとも言われていますからね。
僕は飽くまで商人ですので、彼のことは彼らなり警察なりに任せますか。
ですが、訊いておきたいことがあります。
なぜ、この人を気絶させたのです?」
和葉は美加を指差して言った。
山鹿は顔を上げて美加を見やってくる。
美加もどうして自分が気絶させられるようなことになったのか知りたかったので、固唾を呑んで待った。
「ああ、そのことか。
裏の祠の前に独りでいるのを見かけたのだ。
あの時の私はすでにどうかしていたのだ。
蛇に驚いている隙を見て、後ろから襲い、気絶させた。
あの場所には老神が何度か出向いているのを見たことがあったからこそ、そこで誰かが倒れていれば、老神に周りの目が向くと考えてしまったのだ。
老神になすりつけようと思ってしたに過ぎない。
そういうことでは、警察のお嬢さんと老神には悪いことをした」
「そうですか。
では、最後にもう一つ、〈黄金の林檎〉についてです。
どこで手に入れたのです?
〝誰か〟に渡されたのですか?」
「おうごんのりんご?
ああ、あの林檎のことか。
ここへと来る数日前のことだ。
地元の海岸を歩いている時、偶然見つけたのだ。
最初はただの作りものだと思っていたのだが、手にして何かがあると感じた。
いや、あの林檎が私に囁いてきたようにも感じられた。
……はぁ、何を言っても、自分自身でも何をしているのだろうな、と言いたくなる」
「そうですか、拾ったのですか。
まあ、そういうことなら、僕としてはここまでです。
あとは、女将と老神さんとともに、今後のことを話し合ってください」
和葉は立ち上がった。
「僕は席を離れます。
この先は当事者同士の話になると思いますので、行きますよ」
美加に立つように促してくる。
美加は頷きつつ、戸惑いを隠せず、けど特に返す言葉も思い当たらなかったので、従って立ち上がった。
でも、警察官として立ち会う必要はないのだろうか、と考えてしまう。
和葉がいいと言うのなら立ち会わなくてもいいのだろう。
当事者同士で話し合わせても問題ないと見たからこそ、席を外すのだろう。
部屋を出る際、美加は部屋に残る人たちを見やった。
ずっと重々しい表情をしており、本当に問題がないのか、やっぱり心配になってくる。
「彼らのことは彼らで解決するしかありません。
警察であるあなたが事情聴取をすればいいのかもしれませんが――
今回の件、正直なところ、警察の出番はないでしょうね。
〝何の容疑〟で、ということになりますからね。
せいぜい、あなたに対しての傷害容疑ぐらいのものでしょうか。
魔具を使ったことに関して言うのなら、法に記されているわけではないので立件は難しいでしょうね。
法に明文化されていないものを犯罪として裁けないのは、法治国家として仕方のないことです。
ま、魔具などという曖昧なものに関する立法など、誰もやらないでしょうけどね。
それに、そういった事件に関しては〈異端狩り〉に一任するべきなのですが、漆原千代は彼を〝どうにか〟するつもりがないようですので、放っておいてもいいのではないでしょうかね。
もし、それでもなお何かしようものなら、次がないだけのことです。
そればかりは、僕にはどうすることもできません。
〈異端〉として堕ちてしまえば、〈異端狩り〉が出てくる――僕たちの世界では当たり前のことですので。
それでこの世界は魔具なんてものがありながら、秩序を逸脱しないできたのですから」
部屋を出たところで、和葉が納得のいっていない美加へと語った。
襖障子を閉めた上で小さく言うので、中へと聞こえてないだろう。
美加は頷くだけだ。
和葉の言っていることもわかる。
当事者同士で話し合うしかないこと。
警察の出る幕じゃないこと。
でも、皐月、老神らと山鹿の関係が完全に切れてしまうのではないのか、それぞれが憎しみあったわけでもないのに、いがみ合って終わってしまうのではないのか――考えると怖くなってしまう。
けど、信じるしかないのだろう。
「わかったわ」と答えた。
廊下を歩みつつ、先に行く和葉が美加へと振り返ることもなく――
「そうです。
あなたにも聞いておきたいことがありました。
彼はあなたを消していないと言っていました。
なのに、あなたは消された人たちとともに現れました。
どういうことなのです?
そこがわかりません」
「えぇと……蛇、かな。
それに、向こうの世界って言えばいいのかな。
万華鏡を覗いた時に見える光の世界の中にいたの」
「もう少しわかりやすく言ってもらえませんか?
その蛇とやらに消されたというか、あなたの言う〝世界〟へと連れて行かれたということですか?」
「え、う、うん。
多分、そうだと思う。
あの時のことは、自分のことなのに自分のことじゃないように思えて――よくわからなくて」
「わかりました。
何であれ、あなたは消された人たちをこちらへと帰した。
そういうことにしておきます」
和葉は言いながら頷き、それ以上のことは訊いてこなかった。
◇
旅館の裏――祠の前で千代が小太刀を手に立っていた。
休むと言って部屋へと戻り、山鹿の対峙の際には用意できなかった鞄に隠し持ってきたものを持ち出したのだ。
休むというのは飽くまで口実でしかない。
千代は真っ直ぐに祠を睨む。
「出てきなさい、〈異端〉」
祠へと冷淡とした言葉をかけ、手にしている小太刀を鞘から抜く。
小太刀は陽を浴び、鈍い光を反射。
祠の後ろに見える茂みが揺れ、白い蛇が這い出てくる。
『我を〈異端〉と呼ぶお前は何だ?
〈幻光華〉はすでに活動を止め、あの世界に囚われていた者たちはお前も含めて、全てこちらへと戻ってきただろう』
白い蛇は祠へと這い上がり、人の言葉を発す。
『お前は我を〈幻光華〉とでも思っているのか?
我が人を消すと?
それは間違いだ。
人の子に、我のことなど理解できないだろうがな』
「じゃあ、何?」
『もう、名前すら廃れてしまった。
古くよりこの地にいるものだ。
この祠が今の我の拠りどころ。
所詮、我はここに住まい、人の子らを見守ることしかできない、ただの蛇に過ぎぬ』
「それで納得しろと言うの?」
『納得できないのなら仕方ない。
でも、我は人の子らを助けたかっただけということは、覚えておいて欲しい』
「はぁ……本当にわからないことだらけよ」
千代は小太刀を鞘へと戻した。
冷淡とした姿はもうない。
むしろ、呆れてしまっている。
白い蛇は真っ直ぐに千代を見据えてくる。
「あなたは、土地神か何かというわけ?
時代錯誤も甚だしいわね。
でも、人の言葉を話す蛇なんて、物珍しいわ。
――この件に関わるのはもう嫌よ。
のんびり温泉に浸かれるというから、話に乗ったのに。
霞姉さんの代わりに来ただけなのに。
でも、礼は言っておくわ。
あなたがいなければ、誰も助からなかったということもあるし」
『いや。我がおらずとも、〝あの娘〟がおれば、助かることができただろう。
〝あの娘〟はそういうものだ。
最後に一つ、頼みたいことがある。
〝あの娘〟をどうか見守ってくれ。
〝あの娘〟には――いや、言う必要はないな。
人の子のことは、人の子同士でどうにかするべきことだ。
〝あの娘〟のことも人の子同士でどうにかするしかない』
白い蛇はそう言い残し、鎌首を垂らして会釈すると、茂みの中へと跳んで消えてしまった。
残された千代は、静かに白い蛇の消えた茂みを見据えるのみ。
◇
翌日、とても静かで寂しい朝を迎えることとなった。
山鹿を捕らえてからずっと、旅館であるにも拘らず、旅館と思えない陰湿な雰囲気となっていた。
美加は老神らと山鹿にどのような話がなされたのか知らない。
全てを任せきりにしたことが、どこか後ろめたい気持ちにさせられる。
でも、大事になるようなことは何も起こらなかったので、話し合いで済ますことができたのではないだろうか、と期待はあった。
静かに終わっていることがとても不気味であったが、血みどろにならずに済んだのはよかった、と胸を撫で下ろす。
何もないまま時間が過ぎていっただけなのではないか、という可能性も否定できないが、信じるしかないのだろう。
朝食を終えて少し時間を置いたところで帰り支度を終えた。
事件は一応終わったとのことで、いつまでも旅館に留まることもできないために帰るのだ。
曲がりなりにも客として訪れたわけなので、仕方のないこと。
「二泊三日の予定でしたが、一泊多くなってしまって、何と言えばいいのか」
「いいえ。事件の解決に携わっていただいたのです。
一泊多くなったとしても、そこはサービスとなります。
本当なら、ゆっくりお休みできるよう、もう少し宿泊なさっていただいてもよかったのですが」
「アハハ、休暇は昨日までだったので、さすがにこれ以上は」
旅館を出たところでは、美加と皐月が話を交わしている。
美加は行きの時と違うデザインであるが、体のラインをなるべく出さないという点でのコンセプトが同じ服装。
タンポポ色のワンピース。
皐月はまだ顔色がよくなく、昨夜はちゃんと眠ったのか疑わしい。
すぐ近くに日向がついていることから、無理をさせられないのは変わらないのだろう。
そこへ荷物をまとめ終えた和葉と千代が出てきた。
「今、彼を見てきましたが、本当に懲りているようですね。
昨日までの彼とは全く違いました」
和葉は荷物を地面に置いてから言った。
和葉の言う〝彼〟というのは山鹿のことだろう。
千代と一緒に出てきたということは、二人で山鹿の様子を見てきたのだろう。
皐月は少し俯き――
「山鹿さんとは、今後とも話し合いをしていこうと思います。
他の方々は、まだ山鹿さんに対して不信感を持っているのでしょうが、私まで山鹿さんをこれ以上追い詰めたいとは思っていませんので」
「あなたがそう言うのでしたら、僕たちから何かを言う必要はありません。
僕は〝これ〟を〈鎮魂〉できれば、仕事を完遂したことになるでしょうし。
こちらの――この二人に関しては特に気にする必要もありません。
僕の手伝いをすると言った以上、あれぐらいの目に遭うことはわかっていて当然ですからね。
それと、〝これ〟は僕がいただいても構わないのですか?」
和葉の手には〈幻光華〉と呼ばれていた万華鏡が握られている。
改めて見ても、装飾が綺麗なもので、何の変哲もない万華鏡。
これで人が消えてしまったことが夢のように思えてくる。
いや、そういう〝夢に思えるようなこと〟を起こすからこそ、魔具として和葉や千代のような者に認知されている。
「私が持っていても、何の意味もありません。
それに、また今回のようなことが起きないとも限りません。
この手の理解のある人が持つべきなのだと思っています」
「あなたがそう言うのでしたら、僕はありがたく頂戴します。
――さて、そろそろ行きますか」
和葉の言葉を最後に、美加たちは旅館を後にすることとなった。
旅館を背に遠ざかっていく中、皐月と日向が深々と頭を下げている。
旅館側なのだから客である美加たちに頭を下げているのだろうが、今回の件で頭を下げているように感じられた。
林道に入り、木々によって旅館が覆われて見えなくなっていく――。
「そういえば、ずっと歩くんでしたっけ?」
美加は行きの山道を思い出して、顔をしかめる。
温泉に来た筈がゆっくり休めなかった上に、また疲れるような山道を相手にしなければならないことが、何とも無念な気分にさせられる。
「その体たらくでよく警察なんてやっていられますね。
それに、ここの温泉チケットを当てて喜んでいたのは、誰です?
僕はここへと仕事をするために来たに過ぎないので、疲れること自体を気にすることはありません。
それに、あなたから今回の件に首を突っ込んできたのではないのですか?
僕は手伝ってほしいなんて、頼んだ覚えはないのですが。
それなのに――」
和葉が目を据わらせ、美加に冷たい口調で言葉を浴びせてくる。
二人の背後には千代が黙ったままついてきており、帰りは一緒ということになっている。
美加は背後に千代の視線が突き刺さる感じがしてならない。
二人してそんなに睨まなくても、と今にもため息をつきたい気分。
和葉に「何の恨みがあるのか」と言い返してもいいのかもしれないが、捲くし立ててくる和葉の勢いに、いつものように何も言い返せず、げんなりとうな垂れて終わる。
それも、延々と駐車場に着くまでの小一時間、嫌味を浴びせられる結果となった。
◇
「――というわけだったんですよ」
美加は今にもすがりつくのではないか、懇願の眼差しで言った。
相手は折部安雄。
場所は美加の勤める所轄署捜査課の部屋。
美加は二泊三日の予定が一日多くなり、本来なら仕事しなければならない日まで旅館にいて、定時どおりに署へと来ることができなかったために、謝罪と訳を話しに来たのである。
自分の部屋へと寄らずに来たため、ワンピースのままだ。
対して、安雄はしかめっ面でいたのだが、途端にニタリと不敵な笑みを向けてくる。
「なるほどな。
そういう言い訳もありか。
そうかそうか、そうまでして百合垣と一緒にいたかったわけだな。
まあ、お前もその年になって、ようやく〝春〟が来たわけだ」
さらにはクックッと喉を鳴らして笑い出す。
周りの視線が一斉に美加へと集まる。
曲がりなりにも捜査課で紅一点の美加の色恋沙汰ともなれば、気にもなるのだろう。
「え!? え!?」
好奇な視線に晒されて、美加は戸惑いを見せる。
そもそも安雄の勝手な解釈に、唖然としてしまったというべきか。
「いやぁ、気がつかなかった。
まさか、百合垣とお前がそこまでの間柄になっていたとは」
どんどん安雄の勝手な解釈が前に進んでいく。
魔具絡みの事件があったということでなく、和葉と二人きりで温泉旅行を楽しんできたということに成り下がっていく。
ここで千代がいれば、まだ反論できたのかもしれないが、千代は街に着くなり、早々に帰ってしまったのだからここにはいない。
これでは二人きりじゃなかった、と言ったところで安雄には通用しない。
周りのヒソヒソ話が聞こえてくる。
同僚たちは安雄の言葉を信じきっているようだ。
「ですからぁ、二人きりとかそんなのじゃなくてですね。
折部さん、何をイヤラシイ顔しているんですか!
私と和葉くんはそんな関係じゃなくてですね」
美加は一生懸命に安雄の誤解を解こうとするのだが、その焦りがより一層誤解を招いていることに気づいていない。
安雄は部屋全体――どころか廊下にまで聞こえそうなほどの声で、「芒原も、〝春〟が来たぞぉ」と子どものようにはしゃいで、聞く耳を持たない。
美加は「違います。違いますからぅ」と弁解するものの、周りからも確信したように反応が沸きあがった。
騒がしい声が飛び交う中、和葉と柳崎隆文はパーティションで区切られた一角にいた。
声は二人にも聞こえているのだが、安雄が美加をからかっているだけだとわかっているので、気にもかけない。
「柳崎さんにお聞きしたいのは、彼女――芒原美加についてです。
彼女は何なのですか?」
「やれやれ、二人きりで話がしたいと言うから、何かと思えば。
芒原がどうかしたのかのぅ?」
隆文は煙草に火をつける。
煙を横へ――和葉へとかからぬように吐き出し、ソファへと深く座りなおした。
「彼女は、ただの〝一般人〟なのですか?」
「言っている意味がわからんのぅ。
出来の悪い刑事――それ以外に何かあるのかのぅ?」
「彼女は、僕たちのような、〝人前に出てくることのないような人物〟ではないのですか?」
和葉は半ば睨むようにして尋ねる。
隆文は煙草を大きく吸い、大きく吐き出した。
紫煙が天井へと大きく舞い上がっていく。
「君たちの言う、〈異端〉とやらか?」
「わかりません。
ただ、〝一般人〟には到底思えない時があったりするのです。
できれば、彼女の素性を教えていただけませんか?」
「素性とな?
履歴などでいいのか?
特に変わった家柄の娘というわけでもないと思ったがのぅ。
まあ、幼い頃に両親を亡くして、引き取る相手がおらんので、芒原の施設に預けられたということぐらいかのぅ。
ほれ、あの丘の神社の裏にある孤児院だ。
幼い頃の心の傷を背負いながらも、健気に生きておる」
「その辺りも含め、彼女に関わる情報をください。
僕は胸騒ぎがするのです。
彼女を中心に何かが起きるのではないかと」
「ふむ。
履歴に関わる資料は、後でまとめて君の事務所に送るかのぅ。
だが、その胸騒ぎ、ただの杞憂に過ぎんのではないかのぅ?
こちらから見れば、出来の悪い娘を持っただけにしか思えんからのぅ」
隆文は首を傾げて煙草をくわえる。
これ以上は何もわからない、何も答えられないということか。
「えぇ、出来の悪い人ということでしたら、何ごともないのでいいのです。
僕の杞憂であれば、それに過ぎたことはないのです。
ですが、今回の件でも不可解なことがあったもので。
それに、〈異端狩り〉の咲耶も彼女に何かしらの興味を持っているようです。
ですから、本当に何もなければいいのです――」




