17.食うが先か、食われるが先か。
山鹿の取り出した黄金色に輝く林檎――〈黄金の林檎〉に、老神は訝しく視線を向ける。
老神だけでなく、他の者たちも山鹿が何をしようとしているのか窺い知れない様子。
でも、美加と和葉と千代の三人だけは、山鹿の手にしているものが〈黄金の林檎〉であることに気づいていた。
特に美加においては、白矢との記憶がフラッシュバックしてしまって、足が震えてしまっている。
〈黄金の林檎〉を持つ山鹿を月光の事件の際に現れた時の白矢と重ねて見てしまう。
「山鹿、往生際が悪いぞ。
そんなものを出して、どうするつもりだ?
そんなもので、どうにかなると思っているのか?」
老神が山鹿へと詰め寄っていく。
〈黄金の林檎〉を気にしていない――魔具であることを知りもしないのだから当然。
山鹿を問い詰めることだけを考えている。
山鹿は後退ることもない。
真っ直ぐに老神を睨み、さらにはその向こう側にいる美加たちまで睨んでくる。
美加は山鹿の目にも白矢の目を重ねて見てしまい、慄いて後退る。
震える足に力が入らない。
恐怖に呑まれる。
「さあ、私の願いを叶えよ!
ここから、私を救い出せ!」
山鹿は〈黄金の林檎〉を掲げた。
〈黄金の林檎〉が鈍い光をもって、脈動。
ドクン、トクン、トクン、ドクン――脈動が大きくなり、周囲の空気を振るわせていく。
老神は何が起きているのかとたじろぐ。
周囲の人たちも同様。
「まさか、あんな隠し玉を持っているとは思いもしませんでした。
切り札は僕だけではなかったということでしょうかね。
さて、問題は僕の〈結界〉があれに通用するかどうかが、わからないところです。
正直、〈黄金の林檎〉の力は未知数ですからね。
困ったものです。
ともなりますと、漆原千代、この状況をどうにかできませんか?
ここで頼れるのはあなたぐらいですので」
和葉は万華鏡を握り締めながら言う。
「武器の一つでもあれば、いくらでもどうにかしてるわよ。
発動から実行するまでの間に、あの男そのものを〝止める〟とかね。
でも、武器もないのにどうやれって言うのよ。
殴る?
近づけるかどうかもわからない相手に?」
千代は空を握り、苦笑い。
武器がないことの悔やみがその握り拳に出ている。
白い世界の中では、千代は小太刀を握っていた。
しかし、元の世界へと戻ってくるなり、小太刀はなく、消える前の捜索をしていた時と同じ恰好に戻っている。
千代だけではない。
美加もまた、元の姿へと戻っている。
他の面々も、恰好を気にして見ていなかったが、大方、白い世界にいた時と別だろう。
雷電に至っては、浴衣をまとっている。
消された日の朝、着替えを済ます前に消されたということだろう。
そうしている間にも、状況は山鹿へと傾いていく。
旅館の外から〝細長い影〟がいくつも集まってくる。
山鹿を囲い、異様ともいえる渦をもって地を這っている。
全て蛇。
それもこれだけの渦を作るには数百単位もいるだろうか。
どこからこれだけの蛇が集まってきたのか、近隣だけでなく、周囲の山々から集まってきたとしか思えない。
老神は息を呑み、日向は悲鳴を上げている。
他にも各々の反応を見せている。
誰も共通の反応として、驚愕。
「どうして?
蛇を操る〈赤城〉は僕が持っています。
彼が蛇を操るなど――」
和葉がポケットから石――〈赤城〉を取り出す。
起動をさせていない筈なのに、勝手に起動して赤く光っている。
まるで山鹿が遠隔操作をしたかのように。
「どうしてなのです?
どうしてこれが?」
「あいつが持っている〈黄金の林檎〉のせいよ。
あれがそれを操っているんでしょ。
他に魔具の力が働いているように感じられないし。
ここから逃げる手段として、それを操ることにしたんでしょ。
〈黄金の林檎〉が何を考えているのか、私たち人間には計り知れないもの」
「曲がりなりにも、この場で〈赤城〉を封じるぐらいの〈結界〉はすでに発動しているのですよ。
それなのに――」
和葉は奥歯を噛み締める。
美加は不安に和葉の背中を見るだけ。
いつも平常心を忘れず、優勢を保とうとする和葉の筈なのに、と。
「簡単な理由じゃない。
ネコジシの秘儀よりも、〈黄金の林檎〉のほうが上だってことでしょ」
「そうですか。
社長より教わった〈結界〉が通用しなかったというよりも、僕の力が及ばなかったということで納得させてもらいます。
社長の力が及ばなかったというのは、商会において要らぬレッテルを貼られかねません。
それに、旅館全体を覆うようにしてあるので、広範囲の分、力が分散してしまっているとも考えられます。
ですので、幾分力が足りなかったのでしょうね。
直接的に〈鎮魂〉するよりも、広域に展開させるほうが力不足に陥りますからね。
ですので、漆原千代には時間稼ぎをお願いします。
武器がないからできないなんて、駄々を捏ねないでくださいね。
あなたは咲夜霞の代理としてここにいるのですから。
咲夜霞の顔に泥を塗りたくないなら、それなりの仕事をしてください。
僕は〈鎮魂〉の準備に入りますので」
和葉は万華鏡と〈赤城〉をポケットへとしまい、代わりにチョークのケースを取り出す。
チョークを手にして、その場にしゃがみ、ロビーの床へと模様――魔法円を描き始めた。
千代は和葉を見下ろし――
「そう。時間稼ぎでいいのなら、できなくもないかもね。
でも、人が邪魔」
「――だそうです。
皆さんはここから速やかに下がっていただけませんか。
この状況を打破するために、協力してもらわないとなりません」
千代と和葉の言葉に、老神を始めとした人たちは戸惑いつつも下がり始める。
旅館の出入り口は山鹿と無数の蛇がいるので、否応なしに反対側の廊下へと向かう。
半数以上は従ったというよりも、逃げるに等しいだろう。
ロビーに残ったのは、出入り口を押さえている山鹿、対峙する和葉と千代、そして美加。
「あ、あのですね。
ここは僕と漆原千代だけで十分ですので、あなたは他の方々と一緒に後ろへと下がっていても構いませんよ」
和葉は顔を上げて、見やってくる。
美加は首を横に振った。
今まで黙っていたのは確かに恐怖によるもの。
〈黄金の林檎〉を手にした山鹿を白矢と混同していたからに過ぎない。
時間が経てば、山鹿は白矢でないと認識できるようになってくる。
そうなれば、怖さも少しずつ治まっていく。
「そうかもしれないけど、私だって何かできる筈です」
和葉へと真っ直ぐに見据えて言う。
ここで視線を逸らさなかったのは、自信があるわけでなく、和葉に信用してもらいたいから。
「そうですか」
素っ気ない返事。
でも――
「まあ、期待はしないので、怪我をしない程度に漆原千代の手伝いをしてください」
どこか嫌味混じりの気もするが、否定をしてこないので受け入れてくれたということか。
肯定してくれているのかまではわからないが、否定されなかったことがとても嬉しく思えてくる。
うん、と頷いた。
和葉は視線を落とし、チョークで魔法円の描く作業を再開。
細々と丁寧に描いていく。
美加は和葉が魔法円を描く姿を初めて見る。
こんなにも真面目に、真っ直ぐに取り込んでいるなんて、ネコジシ商会の事務所ではまず見られない光景だろう。
それに、魔法円がとても綺麗なものに見えた。
単に幾何学的な図形、それも細かいだけのものなのに。
どうしてそれが綺麗と感じたのかはわからない。
直感としか言いようがない。
千代へと見やる。
千代は明らかに美加を〝猫の手〟程度、もしかしたらそれ以下と見ているのだろう。
手伝わないでくれたほうがはかどると言いたげな視線を向けてくるので、美加は怖気ついてしまう。
「何をしているのです?
もたもたとしていると――」
和葉の声。
同時に蛇の群れが迫り来る。
群れは束になり、一つの大蛇となり、大きなアギトを開く。
千代が瞬時に反応。
床を蹴って、大蛇の頭へと飛び乗った。
掛け声とともに、大蛇の頭へと渾身の一撃――震脚の動作での踏み付けを繰り出す。
だが、千代の一撃が大蛇の頭を捉える寸前、大蛇の頭が分散した。
蛇がそれぞれへと分かち、千代の一撃をかわした上で、大蛇を再構成して千代を呑み込んだ。
「千代ちゃん!」
この美加の声に反応するように、大蛇の頭が爆ぜた。
蛇の雨が降る中、千代が「その名で呼ぶな!」と怒りをあらわにして、床へと降り立つ。
蛇との間合いを見つつ、美加の前まで下がってくる。
床に散らばった蛇たちは再び束となって、大蛇に姿を変えた。
「その名で呼んでいいのは、霞姉さんだけだと言ったじゃない」
その怒りを大蛇へと向ければいいのに、こちらへと向けてくる。
真っ直ぐというか、素直過ぎるというか。
たまらず、美加は「ごめんなさい、千代ちゃん」と肩を落とした。
千代の睨みがさらにきつくなってくるので、たじろいでしまう。
こちらも〝千代ちゃん〟がどうしても定着してしまっているので、すんなりと変えられないところが何とも不甲斐ない。
「何を仲間割れしているのですか?
こんな時に、呆れ果てる人たちですね。
それとも、それだけ余裕があるのですか?
余裕があるのなら、もっと簡潔に事を行ってくれればいいのですけどね」
だからこそ、嫌味が飛んでくる。
尤もな意見なので、何も言い返せない。
「煩い。
あなたはさっさとそれを完成させればいいのよ」
美加と違って何かしら言い返すのは千代ならではのこそなのか。
和葉の嫌味に恐れをなさない。
「やれやれですね。
僕に当たるとは。
まだまだ若いということでしょうかね」
「ネコジシの下っ端のくせに、私を馬鹿にするな」
「馬鹿にはしていませんよ。
見下してはいますが。
見下されたくなければ、二人仲良く状況の打開に努めてください。
ほら、また来ますよ」
淡々と話す和葉に対して千代はイライラを隠せないでいる。
美加はそんな二人にハラハラと見ているだけ。
三人へと大蛇がアギトを開いてゆっくりと近づいてくる。
仲違いしているのなら食うに好都合と見ているのだろう。
「〝妖怪退治〟をさっさと済ませてください。
と言っても、蛇が群れをなして、統率が取れているだけのことですけどね」
「言うだけなら簡単よ。
あれをどうにかする側になれば――」
「たかだか、一発かわされただけじゃないですか。
何を怖気ついているのでしょうかね。
それよりも、いい加減冷静になってください。
蛇よりもあなたに怯えているのが、そこにいますから」
和葉に言われて、千代が睨んでくる。
美加は空笑いで応えることしかできなかった。
二人の会話に割って入る勇気など始めから持っているわけでもないし、割って入ったとしても余計に酷いほうへと向かってしまうかもしれないと思ってのこと。
「わかったわよ。
どのぐらい期待できるのかわからないところが怖いけど、彼女なしではここへと戻ってこられなかったことも事実だし。
それに、一応警察だろうから、あれの相手はともかく、人相手には何とかなるだろうし」
「一応警察だろうからって……酷いぅ……」
「泣き言なんて要らないわ。
時間がないから、手早く言っておくから。
蛇は私が。
〈黄金の林檎〉はあなたが。
そういう作戦で行くわね」
千代はそう言うなり、大蛇へと向けて駆けていく。
美加は「突然言われても」と返すものの、戸惑いに動けないでいた。
千代が大蛇を担当するのはいいのだが、山鹿の持っている〈黄金の林檎〉を美加が担当しなければならないとされても、山鹿は蛇の渦巻く向こう側にいるのだ。
蛇の群れをどうにかしなければ、山鹿の持つ〈黄金の林檎〉はおろか、山鹿にさえ近づくことさえ叶わない。
さらには和葉が今にも嫌味を重ねてきそうな雰囲気を放っていることが、背中に切実と感じられる。
如何にも「だから、さっさと逃げておけばよかったのに」と言われそうだ。
「ううぅ……私にどうしろって言うのよぉ。
あんな出鱈目な……はぁ……」
ため息なぞついている暇はないのだが、人知の超えたことを目の前に見せられてしまうと、つかざるを得ない。
そもそも、目の前で繰り広げられている千代と大蛇の攻防を見ていると、自分の出る幕など始めからなかったのではないのだろうか。
千代と大蛇の動きは軽業師ともいえる速さ。
現実として見ているというよりも、映画館でスクリーンに映るその姿を観ている気分にさせられる。
「とにかく、あの林檎さえどうにかすればいいのよね」
何の策もないが――美加は駆けた。
真っ直ぐに蛇の渦へと足を運び入れていく。
ここまでくると策の有無以前に考えなしともいえよう。
美加の足が蛇へと触れるよりも早く、蛇たちが美加から避けるように道を開けた。
美加に踏まれることが嫌だったからとは到底思えない。
別の〝何か〟があるとしか思えない避け方。
しかし、そんなことを考えている余裕はない。
老神が〈赤城〉で蛇を操ってけしかけてきた時と同じ状態――山鹿までの道を作り上げていた。
山鹿が驚きの声を上げる。
〈黄金の林檎〉に「どういうことだ!?」と問いかけている。
しかし、人でもないものに問いかけたところで、返事など全くするわけがない。
老神の焼き増し。
山鹿は美加を睨み、大蛇をけしかけてくる。
こちらはまだ山鹿の支配から逃れていないので、山鹿の思うがままに動く。
美加は真っ直ぐに山鹿へと目がけて駆けていくだけだ。
大蛇が目に入っていない。
美加の頭上に大蛇のアギトが迫ったところで、横手から千代の回し蹴りが大蛇の頭を蹴散らした。
血肉が撒き散らされていくかのように蛇たちが床へと落ち、それでも集結していって、束になって大蛇の頭を再生させていく。
そこへさらなる千代の一撃が大蛇の頭を蹴散らした。
再生するのならまた蹴散らせばいいと言わんばかり。
それら攻撃を繰り出していく際、千代は〝歌〟を謡っていた。
自らの体の制御――力の入れ方を、抜き方を、歌に合わせたことより、力を最大限に活かせる動きを作り出している。
美加は蛇の渦の合間の道を一気に駆け抜けた。
それを見た山鹿は背を向けてあたふたと逃げ始めた。
旅館の外へと出て行き――遅い。
美加は山鹿の右手を掴み、山鹿の背へと回すように引っ張る。
山鹿は体制を崩されたことで、つんのめる形で地面へと倒れた。
〈黄金の林檎〉は山鹿の手を放れて、転がっていく。
美加は山鹿に乗りかかるようにして、右手を捕らえたまま押さえ込んだ。
山鹿はもがくものの、美加の押さえ込みのほうが一枚上手で、すぐさま身動きが取れなくなった。
山鹿の手から〈黄金の林檎〉が放れてもなお、大蛇は健在で千代との攻防を繰り広げている。
何度千代に頭を蹴散らされただろうか。
大蛇は再生を繰り返して、千代へと襲い掛かる。
元が蛇の群れなので、束を解かれても再び束になれば大蛇へと逆戻り、繰り返されるのは当然なのかもしれない。
千代は謡いながら攻撃を繰り返していることもあり、呼吸が自由にできないために息が続かなくなってくる。
それも体を最大限に使っていることもあり、体が酸素を欲してくる。いつ疲れ果て、この状況を覆されるかわからないこともあり、和葉の〈鎮魂〉をまだかまだかと待ちわびるしかない。
さらに一撃、大蛇の頭を蹴散らした。
同時に、和葉が直径一メートルほどの魔法円を描き終えた。
「さて、急ごしらえですので、成功確率はいつもよりも若干低いですので、正直どうなるのかわかりませんが、やってみるかないようですね」
チョークを投げ捨て、手を後ろ――尻のポケット――からナイフを取り出す。
大きさにして十センチも満たないジャックナイフ。
刃を出しても十五センチを満たすかどうか。
そのナイフで自らの親指の腹へと軽く突き立てる。
血が僅かに滲み出てくる。
その血を魔法円の中心へと二、三滴落とした。
「僕の〝オド〟だけとは言わず、血も分け与えるのですから、しっかりと仕事してくださいよ」
魔法円へと言葉を投げかけ、目を閉じる。
はっきりとした声でないが、口の中で言葉を呟いていく。
魔法円の起動キィともいえる言葉。
魔法円が和葉の言葉に呼応して、風を舞い上げる。
風はまるで生きもののように蠢き、大蛇へと目がけて伸びていく。
大蛇よりも一回り大きく、こちらは〝竜〟とでもいおうか。
唸り声を上げて、大蛇をいとも簡単に呑み込んでいき、蹴散らした。
蛇が床へと撒き散らされる。
蛇の群れは集結する様子がなく、蜘蛛の子を散らすように這い回った。
〈黄金の林檎〉の支配から逃れ、各々の意思でこの場から逃れようというのだろう。
魔法円の風は大蛇だけではまだ満たされないのか飽き足らず、さらに旅館の外へと伸びていった。
千代を突き抜けて美加と山鹿の頭上を通過して、〈黄金の林檎〉が風の好物なのだと言わんばかりに呑み込んだ。
〈黄金の林檎〉は宙へと舞い上がり、風に弄ばれて――ポトリと落ちた。
魔法円の風は〈黄金の林檎〉が落ちたことを見届けると、役目を終えたと言わんばかりに霧散していった。
「……成功でしょうか?
こうもあっさりと〈鎮魂〉できるとは、思えないのですが」
和葉はゆっくりとした足取りで旅館の外へと出てくる。
〈黄金の林檎〉の前で足を止め、見下ろす。
千代は疲れ果てたのか、その場に座り込み、和葉を目で追うだけだ。
和葉が〈黄金の林檎〉を拾い上げると、〈黄金の林檎〉は音もなく塵となって散っていく。
〈黄金の林檎〉もまた、役目を終えたのだと言わんばかりに。
美加は〈黄金の林檎〉が消えていく様を見て、月光の時と同じだということに気がついた。
あの時も月光が墜とされてから〈黄金の林檎〉は役目を終えたとばかりに塵となって消えたのだ。
「やれやれですね。
まさか〈黄金の林檎〉が出てくるのは予想外でした。
どこで手に入れたのかなど、色々と訊いておきたいのですが、ひとまず後にしましょうか。
今は終わったということで、一息つきたいところです」
和葉は山鹿へと見下ろす。
山鹿は美加に押さえられているので動けない。
そのまま和葉を睨み返してくるだけ。
旅館の中はあれほどいた蛇がものの見事にいなくなっている。
それぞれが奔走して逃げていったのだろう。
逃げ遅れた蛇が何匹かいるようだが、それらもまた茂みの中へと消えていった。
「さて、最後に確認しておきます。
消えた人々は皆こちらへと戻ってきたのでしょうね?
僕は全員を把握しているわけではないし、〝向こうの世界〟とやらを見てきたわけでもないので、よくわからないのです」
美加へと視線を移して、尋ねてくる。
美加は山鹿を立たせつつ――
「え? ……う、うん。
多分、全員の筈――だと思うけど」
美加たちの周りには、老神を始めとした男たちが囲ってきた。
山鹿はそれらを見て完全に観念したようで、抗う力が失われていく。
このまま放っておけば男たちに山鹿が私刑に遭うのではなかろうか。
そんな凄みが、男たちにある。
「言いたいことは山ほどあるのでしょうが、ここでは何ですし、中へと入りましょう。
ひとまず、これ以上に何かが起きるということもなさそうですから」
和葉の言葉に誰もが何も言わなかった。
山鹿を連れて旅館へと戻っていく。
美加と和葉はその後ろに続くようにして――
「本当に、あなたは無茶が過ぎます」
美加の背に和葉の呆れた声が浴びせられる。
美加は足を止めて振り返った。
「何もなかったからよかったものの、突進するなんて――いえ、何度も言うようなことじゃないですね。
一度言えばわかっているでしょうし、それを踏まえての突進だったのだと解釈させてもらいます。
無事で済んだのですから、よかったと一言だけ」
和葉は小さく笑み、美加を追い越して旅館へと入っていった。
美加は和葉の背中を目で追い、微笑んだ。
「ご苦労様」と声には出さなかったが、心の中で和葉へと言葉を送った。
そして、またもや何も考えなしに突進したことは、黙っておこうと心に決めた。
折角の嫌味を言われなくて済んだことが台無しになってしまう。
結果よければ全てよし――と頷いた。
空を見上げれば、今までのことは何だったのだろうかと思えるほどに、気持ちのいい五月晴れが広がっていた。




