1.歪みある願望。
「白矢、お前は何を望む? 何を願う?」
暗闇に包まれた中――
アメジストの輝きを放つ双眸の巨躯は、右手を前に差し出して、尋ねた。
対して、白い外套に白刃の刀――セラミックブレードを手にした白矢は、闇に溶け込みきれない色をもって、構えた。
実に対照的な存在。
黒々と白々が相まみえる。
しかし、〝鮮紅〟を目的とした対峙。
ギラリとした銀閃の殺気。
「俺が望むのはお前の死だ。
お前を殺すことが俺の望みであり、願いだ」
「ほぅ――なるほど、な。
〝ワタシの死〟を望み、願う、か。
しかし、困ったものだ――。
ワタシは人の望みを、願いを叶えるためにここにいる。
ここでお前の望み願うものを叶えてしまっては、誰がワタシの代わりをするのか。
残念だが、お前の望み願うものを叶えることなど、できないことになるな」
アメジストの光が歪んで反射。
巨躯が笑んだのだ。
「〈異端〉風情が、何を抜け抜けと。
お前は〝お前の欲望〟のままに動いているだけだろ。
人の望むもの、人の願うもの、叶えると抜かしておきながら、お前は人の想いを利用して踏みにじっているだけだ!」
銀閃が揺らぐ。
白矢が刀で宙を掻きながら言ったのだ。
「利用? 踏みにじる?
なぜにそう思うのだ?」
「どこまでも白々しい。
ならば、なぜ〈黄金の林檎〉を使う」
「〈黄金の林檎〉?
これのことか――」
巨躯は懐から黄金色に煌めく林檎を取り出した。
暗闇の中だろうと何だろうと、輝きを失わない。
そこに〈黄金の林檎〉があると判断できるほどに魔性の光を放っているかのようだ。
「これは〈願望器〉だ。
人の望み願いを叶えるためには、必要な道具なのだ。
すでに二つ、これによって願いを叶えてきた。
あと四つだ。
お前がここで願えば、また一つ消化できたのだが、ワタシの思いどおりにならんようだな」
「そんなもので人の願いを叶えようとするな。
〈黄金の林檎〉を使えば、どうなるかを知った上でお前は使っているのか」
白矢の問いに、巨躯は静かに言った。
「今まで、ワタシは自らの力をもって人の願いを叶えてきた。
しかし、それでは限界がある。
人の身で〈神〉の真似事など、不可能に近い。
そのことは、白矢、お前もわかっているだろう?
〝あの娘〟――〝あの娘〟の願いを叶えるに至らなかったことをお前は見てきただろう?
ワタシはもう二度と同じことを繰り返さぬためにも、〈願望器〉たる〈黄金の林檎〉を用いることにしたのだ。
さすれば、もう〝あの娘〟のように――」
「それ以上、〝あいつ〟のことを言うな!」
白矢は巨躯の言葉を遮るように、突進――刀を振るった。
巨躯は身のこなしのみで、次々とかわしていく。
そのまま攻防を繰り返して、二人は移動していく。
人のいない暗がりのアスファルトの上は、二人の足音と刀が風を斬る音のみ。
――二人は暗闇のみのところから白い明かりがいくつか見える場所へとやってきた。
足元はアスファルトでなく、レールが敷かれている――鉄道橋。
明かりは離れたところにある街灯か、家屋か、何かしらのもの。
橋の上ともあり、風が吹き抜けていく。
二人のまとっているものの裾が風で大きく翻った。
「ちょこまかと逃げやがって」
「逃げる? ワタシが、か?
ワタシに触れられないのは、お前の未熟さゆえのことではないのかね?」
白矢の横薙ぎ――
巨躯はその身の丈とは裏腹に、身を畳んで体を小さくして白矢の懐へと潜り込む。
血が舞った。
白矢が大きく後ろへと飛びのいていき、うまく着地できずに背中から落ちた。
巨躯はゆっくりとその身を起こし、その立ち様は巨塔の如く。
その右手はどこかの光を反射、ヌラリとしていた。
血。それも白矢のもの。
何ら武器を持たぬ右手で、巨躯は白矢の身を抉ったのだ。
白矢はゆっくりと身を起こした。
右手――前腕の半ば辺りから先を失っている。
血が次々とあふれ出てくる。
白矢の失った右腕は、巨躯の足元に刀とともに転がっていた。
「踏み込みが甘かったか。
一撃のもとに〝楽〟にしてやるつもりだったのだが」
巨躯は右手を握り締めた。
口元が歪む――不敵な笑みを漏らした。
「白矢、さてどうする?
何かを望むか?
何かを願うか?
その腕では、ワタシの死を望むことも願うことも叶わぬぞ」
左手をかざし、白矢へとゆっくりと歩み寄る。
〈黄金の林檎〉が願いを言えと言わんばかりに、不気味に煌めいている。
「ふざ……けるな。
俺の……願いは……ルドルフ、お前の死……だけだ」
白矢は痛みに顔を歪め、巨躯――ルドルフを睨むだけ。
右腕の先を外套の裾できつく巻きつけ、少しでも出血を抑える。
「何とも、哀れな子羊だな。
では、神の名のもとに、その命を――」
ルドルフがトドメを刺さんと言わんばかりに右手をかざす。
今度は白矢がルドルフの左手にある武器もない左手へと伸ばし――
ルドルフへと一撃を与えるに至らず、ルドルフのカウンターを食らって宙を舞った。
しかし、ルドルフの左手にある〈黄金の林檎〉へと触れていたようで、〈黄金の林檎〉もまた宙を舞った。
「ぬかったか!?」
ルドルフは〈黄金の林檎〉へと手を伸ばすが、遅く、〈黄金の林檎〉は虚しくも、闇夜――橋の下へと消えていった。
白矢へと見やるが、すでに白矢の姿もなかった。
「逃げたか――まあ、いいだろう。
あの傷では白矢はしばらく動けぬだろうからな。
〈黄金の林檎〉の一つを失ったが、まだ三つある。
それでも構わぬ――ワタシの〝願い〟をこの三つに託すだけだ」
ルドルフは宙に十字を切った。
◇
朝日の昇る海岸線。
海を見やれば、朝から波に乗ろうと考えている影が見える。
全部で三つ。
キラキラと波間に漂い、波に乗り、泳いでいた。
楽しそうにしているのだろうが、波乗りに興味がないので、特に思い当たる感情もない。
ただ、朝から元気なものだ、という感心はある。
波乗りを横目に、海岸線沿いに歩んでいく。
仕事の前の日課の散歩。
根つめた仕事をしていると、こうした息抜きが必要となってくる。
ずっと歩いていくと、浜に打ち上げられているものに気づいた。
ゴミとしてはいささか違う気がした。
〝ゴミ〟の存在感よりも、〝何かしらのもの〟としての存在感があった。
ちょっとした感覚の違いでしかないのかもしれない。
ただ気になっただけなのだ。
何なのかと拾い上げれば――ずっしりとした重みのある大きな林檎。
ただし、色が朝陽もあって黄金色に煌めいている。
きっと映画の撮影か何かに使われた小道具なのだろう。
でなければ、こういった細工の好きな人が作ったか。
それにしてもよくできている。
どうしてこんなところにあるのだろうか、と思うのだが、そんな疑問はすぐにどこかへと行ってしまった。
こんなところに投げ捨てられているのだから、捨てたと見るべきだろう。
そうなれば誰のものでもないだろう。
落しものと考えることもできる。
交番に届けるべきか――。
結果、勝手に捨ててあったと解釈することにした。
このまま持って帰ろうか。
でも、持ち帰ったところで、ただのゴミになるだけじゃないのか。
それを考えると、ここに置いていこうかともなってしまう。
しばしの間、波の音に身を委ね――
考えた結果、持ち帰ることにした。
持ち帰って、これがゴミになったとすれば、そのままゴミとして捨てればいいだけのこと。
今はのんびりとこの林檎を眺めているだけでいい。
そういう理由だ。
それだけの理由。
他愛のない理由なのだ。
朝日へと掲げ、林檎を眺めた――。




