1.蝶の王と幸せを呼ぶペンダント。
郊外にレジャーランドの跡地がある。
跡地といっても、運営されていたのが一月ほど前なので、施設そのものが綺麗になくなったというわけでない。
外見上は、休止というよりも時間が止まったかのように停止しているようなもの。
現に債務処理が終わっておらず、設備がそのまま残っている。
ただ、その債務処理もなかなか進まないでいた。
その理由として、〈シュメッターリング〉という組織が我が物顔でレジャーランドを占拠しているからだ。
債務処理を進めようにも、〈シュメッターリング〉の面々が邪魔をしてきて、進まないために一月も放置せざるを得なかった。
レジャーランド内にある地下駐車場――
いくつかの蛍光灯が機能しておらず、薄暗い。
がらんとした駐車場のスペースの一角には〈シュメッターリング〉のものと思しき車々が止められていた。
そのすぐ横には、階段へとつながる扉があり、前に男たちが集まっていた。
〈シュメッターリング〉の面々で、十代から二十代が多くを占めている。
〈シュメッターリング〉ということの証か、彼らは誰もが蝶のエンブレムの刺繍が施された腕章をつけている。
地下駐車場に黒塗りのステーションワゴン――アウディ・RS6アバントが入ってきた。
ゆっくりと進入してきて、男たちの前に止まった。
男たちが車の前に整列をして、一人が後部座席のドアを開ける。
中よりアメジストの光が灯り、それが人の双眸であり、男たちに畏怖を与える。
「お、お待ちしておりました」
ドアを開けた男が、アメジストの光にうろたえつつも、頭を下げた。
それに応じるように、中からアメジストの光が出てくる。
男たちのどの背丈よりも高く、黒々とした神父服をまとい、逆十字のロザリオを首に下げた巨躯。
「ここが君たちの根城か。
――なるほど。
随分と廃れているが、そういうところを利用しているのだから、気にしてもしかたがないということかね」
巨躯は男たちと地下駐車場を見渡して、言った。
それが日本語でなくドイツ語だったため、どれだけの人数が言葉を理解しただろうか。
英語すらもわからないような男たちは、ポカンとした顔で巨躯を見据えている。
ただ、この一人だけは巨躯の言葉を理解したようで、巨躯の前へと出てきた。
革のジャケットまとい、果てしなく白に近く脱色させた髪をオールバックにしている。
「我々のことよりも、〝例のもの〟は手に入ったのですか?」
巨躯と同じくドイツ語を話す。
巨躯は見渡すことやめて、男へと見やった。
「そう焦るな。
〈蒼い王〉であろう?
それなら――」
巨躯が懐へと手を入れると、ジャラリと音を鳴らして、ペンダントが出てきた。
ペンダントトップには、銀の蝶の台座にサファイアが装飾されている。
蛍光灯の光を浴びて、サファイアが幻想的な蒼を光らせる。
「ここにある。
――〈シュメッターリング〉、〝蝶〟を名乗るだけあって、それ相応のものを欲したわけか」
「ああ。
それで、それを我々に――」
「いいだろう。
これを欲したのは君たちだ。
ワタシは手に入れただけに過ぎず、欲しているわけではない。
欲しいと言うのなら、与えよう。
それが君たちの願いでもあるのだからな」
巨躯は男へとペンダントを渡した。
男はペンダントを掲げ、集団の中へと入っていく。
それを目にしたそれぞれが、喜びの声を上げた。
「これで、それは君たちのものだ。
ただし、言っておかなければならないことがある。
何分、それは〝曰くつきのもの〟だ。
そのことは君たちも知っているだろう。
それゆえに、それを求める者たちがこの街へと来ている。
〈異端狩り〉といって、少々厄介な連中だ」
「わかってますよ。
ですがね、俺たちは警察ですら手を出せない〈シュメッターリング〉だ。
誰が来ようとも、俺たちの相手じゃない」
男は笑った。
ドイツ語で誰も言葉など理解していないが、男の笑いにつられて他の面々も笑い出した。
たとえ矮小な力でも、群がれば強いと思い込んでしまうもの。
巨躯は男たちを横目に階段へと足を進める。
誰も巨躯についてくる者はいなかった。
欲しがっていたものが手に入ったことで、巨躯のことなど目に入らなくなっている。
巨躯は小さく笑んだ。
誰もついてこないのは好都合だ。
力のない者があるように見せてくる様など、見ていて面白くもない。
自惚れは自惚れ同士で群がっていればいい、と。
「それにしても、〈蒼い王〉など、何に使うのか。
本当に手に入れたかっただけもあり得るか。
あれほどのものを持てば、弱小組織といえど箔がつく。
実に勿体ない話であるのだがな」
巨躯は笑い声を上げて、階段を上がっていった。
◇
百合垣和葉の部屋――栗花落ビルより徒歩で五分ほどのところにあるアパートの一室。
そこで和葉は一人暮らしをしている。
そこへと朝から訪れる人物がいた。
和葉の義理の妹で美麗といい、地元中学の制服をまとい、和葉の朝食中に我が物顔で和葉の了解もなくずけずけと入ってきたのだ。
「朝から、何ですか?」
和葉は食事半ばで、邪魔されたと不機嫌な表情で美麗を迎えた。
「綺麗でしょ?
商会に女の人がいるって、前、和葉兄さんが言っていたから、その人にどうかなって」
美麗は全くもって悪気のない様子で、和葉の食事の邪魔をしていることさえ気づいているのか疑わしい。
部屋へと入ってきた勢いのままに、ペンダントを出してきた。
「で、それをどうしろと?」
和葉は全くもって乗り気でなく、手にしていた茶碗と箸を置いた。
美麗を相手にしてもしなくても食事がままならないのなら、美麗の用件をさっさと聞いて食事の続きをしたほうが効率いいと考えたのだ。
「和葉兄さんが渡すの。
きっと、その人は幸せになれると思うんだ」
「幸せ?
何です、その〝悪徳商会の売り文句〟は?
それを持つと幸せになれるのですか?
――正直、信じがたいですね」
胡散臭い商会の商人が言うのだから、怪しいキャッチセールスに関しての言葉と同等と見ている。
同属ゆえの察知。
「もう、和葉兄さんったら。
いい? これを和葉兄さんが渡すことによって、幸せになれるの」
しかし、美麗は動じるどころか、押し通そうとする。
さすが義理とはいえ妹。
和葉の対応に慣れたもので、多少の嫌味など全く効果なしだ。
「……はいはい。わかりました。
僕から渡せばいいのですね?
さ、用が済んだのなら、さっさと学校に行ってください。
僕も食事を終え次第、仕事があるんですから」
和葉はぶすっとした様子で、食事を再開した。
はいはいと返事をしておけば、すぐに用が終わると踏んでのこと。
美麗は呆れ顔で「もぅ」と言葉を漏らし、テーブルにペンダントを置いた。
ペンダントトップに花を模した台座にラピスラズリのついている。
美麗は玄関で靴を履きつつ――
「お母さんが、和葉兄さんが家に帰ってこなくて、寂しがってたよ」
「週に一度は帰っています。
まるで全然帰らないような言い方はしないでください。
むしろ、折角結婚したのに、仕事ばかりでろくに家にいない父さんに言ったほうがいいのではないのですか?
そんなことよりも、早く学校に行ってください。
今なら、走れば遅刻しないで済みますよ」
「自転車だから、余裕あるもん。
それに、お父さんは――言っておく。
お父さんじゃ、言ってもちゃんと帰ってくるかわからないけど。
電話しても、デスマから解放してくれって、私に向かって泣きながら言うの。
会社の人に言えばいいのにね。
見っともなくて、こっちが泣きたくなっちゃう」
「あなたの実の父親でしょうに」
「だからって、家にいるかどうかは別問題でしょ」
美麗はべっと舌を出し、颯爽と出て行った。
「やれやれ、煩いのは行きましたか。
……うむ、あの人は僕を〝黒猫〟と言いました。
となると、美麗の場合は何と例えるのでしょうかね。
ま、どうでもいい話ですが」
和葉はため息をついた。
元気一杯の美麗だから、きっとやかましい動物にでも例えるのだろう、と。
和葉なら嫌味も込めて〝キャンキャン吠えるだけの座敷犬〟とでも当てるところだ。
テーブルのペンダントを手にする。
どこかで見たような見ていないような、不思議な感覚。
記憶の片隅を何かが過ぎる程度。
でも、確かなものはない。
ラピスラズリは外から入ってくる光がちょうど当たって、瑠璃色に輝く。
光自体はとても幻想的であるが、美麗の言っていたような〝誰かを幸せにできる力〟などあるのだろうか、と首を傾げてしまう。
それでもあそこまで押し通されてしまえば、仕方がないかと思うだけだ。
幸せになれるかどうかは別にして、美麗の言うとおりにしておいてあげよう、と。
それで美麗も満足するだろうから。




