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クロネコヤマネコ  作者: 葛飾タキ
Episode2.月光
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9.爪とぎをする黒猫と、出番を待つ山猫。

 美加が子どもを学校へと送り届ける途中のことだ。


 子どもが不意に足を止めたのだ。

どうしたのかと美加は見やれば、車道を眺めていた。


 子どもに倣って車道を見るのだが、特に変った様子がない。

車道以外に何があるのだろうか。

車が走っているわけでもないし、今は美加たち以外に誰も通っていない。


 道、道路、アスファルト路、舗装路――

色々と考えてみるのだが、そのぐらいのものだ。


 では、車道に何かが置いてあるのだろうか、何か変わったことが起きているのだろうか――

何も置いてないし、ただのアスファルトの路面でしかない。


 飽くまでも、至って普通の車道でしかなかった。


 だが、子どもは車道を眺めている。

何かあるとしか思えない。

何があるのだろうか――


「どうかしたの?」


 美加は子どもへと向き直り、尋ねた。


 しかし、子どもは相変わらず答えてくれず、じっと一方向を眺めているだけ。


 大人が相手だと口を全く利いてくれない子どもに、どうやって接していいのか悩んでしまう。

これでも子ども相手には自信があったのに、ものの見事に打ち砕かれた感じは涙が出そうになる。


 東雲がよくこの子どもをネコジシ商会まで連れてくることに成功したものだと感服するほど。


 子どもの対応はともかく、車道に何があるのかわからずに首を傾げる。

傾げてしまう。


 自分に見えない何かが子どもに見えるのだろうか。

〝妖精は子どもにしか見えない〟と言うかのように。


 けど、そんなわけがあるとも思えず、また何も答えてくれないのだろうと半ば諦めながら「あそこに何かあるのかな?」と尋ねた。


 変わらず、子どもは何も答えてくれなかった。

けど、応えてくれた。


 言葉には一切しなかったが、車道を指差したのだ。


 やはり、車道に何かがあるようだ。

もう一度車道を見るのだが、一向にわからない。

自分に見えないものがあるのだろうか。


 また変な考えが湧き上がってくる。

もう一度その考えを振り切って、腕を組んで子どもが何を言いたいのかを考えることにした。


 つい先程まで、子どもがネコジシ商会で何を語っていたのか。

その考えが頭の中を疾走していった。

「あ」と声に出しただろうか。

それとも、口の中だけで留まっただろうか。

子どもが何を示したがっているのか、わかった気がした。


「……そこで、飛行機の模型が壊れたの?」


 尋ねれば、子どもは頷いた。


「そう……ここが……」


 美加は車道から空へと視線を上げた。

ここが不明機の現れた場所なのだ、と確かめるように。


 空には不明機どころか何もない。

まっさらな空がどこまでも広がっているだけ。

暖かい陽射しに、目を瞑ってぬくもりを感じていたいほど。


 今、この空には何もないが、子どもが嘘をついているとは思えなかった。

だから、ここなのだろう、と子どもを信じるだけだ。


「ありがと、教えてくれて」


 美加は子どもへと笑みを見せて、子どもの手を握って歩き出した。


 手を差し出しただけでは何もしてくれなかったのに、握ってあげると小さな手が握り返してくれる。


 その小さな握力に、美加は笑みをもって歩き続ける。

自分に対して、少しであるけど応えてくれた嬉しさを噛み締めて。



   ◇



 美加が子どもを学校まで送り届け、事務所へと戻ってくると――

中は慌ただしくなっていた。


 といっても、普段があまりにも暇そうな雰囲気に満ちていたので、〝比べれば〟の話となる。


 普段から何かしらの活動をしていれば、こうも慌ただしいと思いもしない。

しっちゃかめっちゃかというわけでないのだ。

飽くまで和葉たちが行動しているだけに過ぎない。


 和葉は黒電話を片手に誰かと話しているところだ。

仕事に関する話なのか、美加には聞き覚えのない単語――和葉たちの業界での専門用語らしい――が節々に混ざっていた。


 理解に苦しむので、最早聞いている身とっては、〝呪文〟でも唱えているのではないかと思えてしまう。


 ヘカテはというと、少女から大人の姿へと変わっていた。


 薄い青のブラウスに、足の長さをこれでもかと強調させるジーパン。

ラフなものだ。


 ただ、そんな恰好ながら、手にしているものは物騒この上なく、旧ソ連製の機関拳銃――スチェッキンが握られている。

さらに、ヘカテの前にはビニルシートが広げられており、様々な銃火器が並べられている。


 今握っているものと同型が一挺。

別の機関拳銃――グロック18Cが二挺。

榴弾や信号弾の撃てる大口径拳銃――ワルサー・カンプピストル。

突撃銃――AK74。

長距離狙撃銃――チェイ・タック。

消音狙撃銃――VSSヴィントレス。

他にも東西勢力の混在した大小様々なものがあった。


 さながら、銃火器の叩き売りか、戦争を始めようなんて考えているのではないのかと思えて仕方がない。


 ヘカテは手にしていたスチェッキンをまるで玩具を扱うように容易に分解し、パーツを組み上げる時に迷わないように綺麗に並べていった。


 鼻歌を歌いながらウエスでそれらを磨いていく。

銃火器を並べているのは、これら全てを手入れしようというのだろう。


 ただ、ここが日本であることを考えると、あまりにも場違いな光景だ。

それも、警察官である美加を前にしていても、作業を中断したり、銃火器を隠したりするしようという意思が全く見えない。


 ヘカテの所持する銃火器を警察があえて見逃していることがあるだろうか。

〝魔具に対抗できる相手〟だからこそ、銃火器について目を瞑っているのである。


 そのことは美加も承知の上なので、ヘカテが銃火器を扱っていても、何かを言う素振りを見せることはない。

事件を起こさなければという考えでもある。


「――ええ、ですので、こちらで処理します。

 はい、わかりました。

 僕たちで事を終わらせ、ええ――」


 和葉は未だに美加が戻ってきたことに気づいていないのだろうか、電話に集中している。

ヘカテは作業の邪魔をされたくないと言わんばかりに、鼻歌混じりながらも近寄りがたい雰囲気を出している。


 誰にも相手にされないので、寂しく思えてきた美加は、特にやることも思い当たらないので、二人の邪魔にならないように、いつものようにスチールデスクの前へと椅子を置いて座った。


 ――やはり、何もすることがない。

じっと待っているというのも暇なものだ。

和葉にヘカテと見やることしかできない。


「――はい、わかりました。

 社長はのんびりとしていてください。

 ははっ、そんなことないですよ。

 はい。ええ、ではこれで」


 和葉は受話器を置き、黒電話をスチールデスクの隅へと置いた。

そして、美加へと一瞥をくれてくる。


「仕事、ご苦労様です。

 あなたはこの後、暇にしていてくれていいですよ。

 もう、用件もないですし」


「そんなぁ、私はそんなに役立たずですか?」


「〈鎮魂(たましずめ)〉において、僕がやることなので、あなたは基本的に必要ないですからね。

 役に立つかどうか以前の話です。

 ――とはいえ、そう言ってしまうと、普段から何もできないあなたが本当に〝何もできない人〟と決定付けることになってしまって、何とも不憫に思えますので、僕たちの邪魔にならない程度で手伝いをお願いしますよ」


「そんなこと言って、〝何もしないことが手伝い〟なんて言うんじゃないですよね?」


「何をそんなに疑っているんですか?

 ちゃんと手伝ってもらいますよ。

 まあ、〈鎮魂(たましずめ)〉に関して直接的なことはないとあらかじめ言っておきますけどね。

 〈鎮魂(たましずめ)〉は僕の仕事なんで、別の誰かがやるわけにもいきませんし」


 和葉はそう言うと、いつものように黒猫のイラストが描かれたマグカップを美加へと差し出してきた。

〝コーヒーを淹れろ〟ということらしい。


 美加はいつものことなので特に不満を述べることもなく、マグカップを受け取って、コーヒーメーカーの前へと立った。

ただ、こういうことしか自分にできることがないのかと辟易としてしまう。


「――〈鎮魂(たましずめ)〉は次の満月の日に行いたいと思います」


 美加の背中へと和葉が言葉をかけてくる。

美加はコーヒーを注ぎつつ、和葉へと見やった。


「満月は、不明機というべきでしょうか、件の魔具が最も力の増す日と思われます。

 ですが、こちらにとっても、〝満月が最も力の増す日〟でもあります。

 そうですよね、ヘカテ?」


 和葉は次にヘカテへと言った。

ヘカテは手入れに集中しているようで、何も答えなかった。

ただ、ウエスが宙を掻いたので、応えているのだろう。


 和葉は眉をひそめるものの、特に嫌味を言うこともなく、美加へと視線を戻した。


「ですので、色々と準備が忙しいわけです。

 あなたはその日まで自由にしていてくれて構いません」


「本当に、私って必要ないんですね……」


 美加はうな垂れ、ほろ苦い香りを立たせるマグカップを和葉の前へと置いた。


 和葉は何も言わずに、マグカップを手にして口をつけた。


 美加は何か言ってくれてもいいのに、と和葉を見据えるものの、和葉は美加の視線が鬱陶しそうにコーヒーをすするだけだ。


 美加はため息をついた。

つくことしかできなかった。


「――そういえば、東雲さんはどうしたんですか?

 いないようですけど」


 何もすることがないからこそ、周りを見る余裕がある。

そんな中で、ここにいた筈の東雲の姿がないことに気づいて、和葉へと尋ねた。


「彼女には、自衛隊基地へと戻ってもらいました」


「戻ってもらいました?」


「ええ。

 彼女には彼女なりの仕事をしてもらうつもりです。

 なので、戻ってもらった次第です。

 彼女は自衛隊に戻った上で僕の手伝いをしてもらうのですよ」


 和葉はマグカップを置いた。

ぽんと手を叩く。


「――そうです。

 あなたに仕事を与えましょう。

 役に立たないと喚いていたわけですし、当日まで暇をさせておくのも勿体ないですからね」


「な、何ですか、今になって。

 私が必要ないようなことを言っていたのに」


 ここで切り替えてくるところを見ると、変な用件でも任されてしまうのだろうか。

どう変なのかは想像に至らないが、全うな仕事ではないと勘繰ってしまう。


「ええ、今まではそう思っていました。

 ですが、大事なことを思い出したのです。

 あなたにはとても大事な仕事をしてもらいます。

 嘘ではないですよ。

 本当のことです。

 むしろ、あなたの仕事次第で、僕たちの仕事のやり易さに大きく関わってくるほど重要です」


 和葉は両肘を突き、手を組んで、真っ直ぐに美加を見据えてくる。

その眼差しから冗談めかして言っているように見えない。


 美加は固唾を呑んで和葉の言葉を待つ。

そこまで言うのであれば、どのような仕事なのかを一字一句聞き漏らすわけにもいかない。


「あなたにどれほどのことができるのか正直疑わしいですが、やり遂げていただかなければなりません。

 それを肝に銘じておいてください。

 あなたの仕事は――」



   ◇



 数日が経ち、また満月の夜を迎えた。

待っていたといってもいい。


 街はとても静かでありながらも、とても喧騒としていた。

〝静か〟というのは、人々の行き交う姿が全く見受けられないことだ。

逆に、〝喧騒〟というのは、行きかう人々の代わりに、警察官が街のあちこちに配備されているということだ。


 街が閉鎖され、一般人の立ち入りを禁止しているのだ。


 いつもの街の風景とは明らかに違っていた。

これから何かをする、何かが起きるということを予見させる状況だった。


 だが、警察官たちはこの異様さに何かを感じているものの、これから何が起きるのかを聞かされていない。

〝街を封鎖して、これから何かが起きるかもしれないから、いつでも対処できるようにしておけ〟という、実に曖昧な命令を下されているのみ。


 どの警察官もこの命令に対し、疑問を抱いていたことだろう。

むしろ、疑問を抱かないほうがおかしいのではなかろうか。


 でも、誰もそのことを口にしなかった。

命じられたまま任務を全うすべく、できることをするだけ。


 そんな街の中、静かな通りと化した場所に和葉が独りで立つ。


 これから夜を迎えようという街の上空では、月がぼんやりとしており、退屈そうに見下ろしている。


 夕暮れを迎え、日が西へと消えていき、空が暗くなっていく――

平行して、白かった月が色をまとい始める。

夜を待っていたと言わんばかりに、煌々と金色に輝きだした。


「さて、これより〈鎮魂(たましずめ)〉を始めます――」


 この和葉の言葉こそが、街を封鎖していることの大きな要因だ。

和葉が〈鎮魂(たましずめ)〉を行うことで、一切の邪魔が入らないようにするため、色々と準備の際に美加へと〝仕事〟だと言ってやらせたのだ。


 美加はその後、上層部へと駆け寄り、街の封鎖を願い出た。

とはいえ、実際のところは美加が上層部へと直接言ったわけでなく、隆文に相談した上で、隆文が上層部へと駆け寄ってくれたわけなのだが。


 そうでもなければ、美加のような下っ端の警察官の言うことなど、上層部が相手をするわけがない。


 それからは計画的に街から人が追い出され、街に通ずる道は一本残らず警察官が配備されている。

これで人だけに限らず野良犬すら通ることも叶わないだろう。

通れるとしたら、猫のような〝道を選ばない存在〟ぐらいではないだろうか。


 現在、和葉のいる通りは、子どもが転んで月光の模型を壊してしまった車道――事件の発端ともいうべき場所。

中心地といってもいい。


 美加から子どもに教えてもらったことを聞き、ここならば〈鎮魂(たましずめ)〉において一番適していると判断したのだ。

発端の場所だからこそ、より影響を及ぼすのだろうと考えたのだ。


 和葉の周りには誰の姿もない。

〈鎮魂(たましずめ)〉の邪魔になるため、一般人を追い出すだけに留まらず、誰一人として近寄らせない。

だから、美加もヘカテもいない。

身近な者とて拒んだのだ。


 和葉の立つ路面には、円を基調とした図形が描かれており、様々な文字が図形の中にある。

数字やアルファベット、漢字やキリル文字、他にはルーン文字などといった世界中の土地も時代も多種多様な文字がそこにある。


 全て和葉がチョークで描きこんだもの。

時間にしてどれほどかかったことだろうか、考えるだけで要らぬ疲れが出てくるほどに描いた筈だ。


 和葉はこの図形を〈鎮魂(たましずめ)〉用にネコジシ商会で考案された魔法円だと聞かされている。

世界中の文字が使われているのは、世界中の魔具に対抗するためらしい。


 〝らしい〟というのは、和葉自身が考案したわけでなく、魔法に関する知識についてそこまで知りえていないということもあるだろうか。


 飽くまで商人なので、商いをする上での知識しか持ち合わせていないのが理由――それ以上の知識は商いする上であまり必要ないと思っていることもあるだろうか。


 魔法について何かを知らなければならない時がくれば、ヘカテを始めとした〝専門家〟たちに聞けばいいとしているキライもあるだろうか。


 和葉は外円に沿って、八箇所に渡り、切り揃えられた榊の枝を置いていった。


 これも意味があるようなことを聞かされたが、忘れてしまった。

ここが日本だから、日本に因んだ魔術に使われるものがあった場合のことを考慮した上で榊を使用する――ということを頭の片隅に残っている程度のもの。


「――さて、こちらの準備はこんなものでしょうか。

 後は、各々の活躍次第といったところでしょうかね」


 息をつき、伸びをして空を仰いだ。


 空には、先程から大きな円を描きながら旋回を繰り返しているF‐15Jが見える。

それ以外は煌々とした満月ぐらいのもので、月から離れたところに星が僅かに見える程度。


 街の明かりは、街灯など常駐的なものを除くと、どの建物も暗く、ゴーストタウンを思わせる。


 だからなのか、暗い街の中に独りでいるものだから、寒く感じてきた。

時季柄、夜になるとまだ寒いからかもしれないが、人がいない街がより寒さを強調しているように感じられた。


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