4話 もう一度
『3027年1月3日。
心喰関連誘拐事件が発生。
断罪執行機関、第3部隊を含む3部隊、計6名が現場へ派遣。
しかし、現場にて6名全員の死亡が確認された。
遺体にはすべて鋭利な刃物による切断痕があり、
本件には第三勢力――黒蜜の介入があった可能性が高いとされる。
なお、心喰および黒蜜の関係者の消息は現在も不明。』
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部屋は静かだった。
テレビの音だけが、淡々とニュースを流している。
東雲慧は、その画面をぼんやりと見つめていた。
「……またか……」
小さく呟く。
ここ最近、心喰のニュースは増えている。
誘拐、失踪、そして死亡。
どれも珍しい話ではなくなっていた。
だが――
「……杉岡さん……」
ふと、名前が浮かぶ。
金曜日。
いつもなら、あの人が来る日だった。
ドアを勝手に開けて、
「よっ!」
と軽く言いながら、ソファに座る。
そんな日常。
だが今日は――
「……来ないな……」
時計を見る。
いつもなら、とっくに来ている時間だ。
「……忙しいのか……」
そう自分に言い聞かせる。
断罪執行機関の任務は厳しい。
来れない日があってもおかしくはない。
「……まあ……そうだよな……」
無理やり納得する。
それでも、胸の奥に小さな違和感が残る。
「……」
慧はそのままベッドに倒れ込む。
目を閉じる。
だが――
なぜか、落ち着かない。
静かすぎる部屋。
あの人の声がない空間。
「……なんだよ……」
小さく呟く。
「……別に……普通じゃん……」
そう言い聞かせる。
それでも、
どこかで、嫌な予感がしていた。
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翌日。
慧は、断罪執行機関本部へ向かっていた。
理由は自分でも分かっていない。
ただ、確認しなければならない気がした。
「……なんで来てるんだろ……俺……」
呟きながらも、足は止まらない。
やがて、本部の受付に立つ。
無機質なカウンター。
整った制服を着た受付の女性。
すべてが整いすぎていて、逆に感情が感じられない。
慧は少し躊躇しながら、口を開く。
「あの……すみません……」
受付の女性が、機械的に視線を向ける。
「はい、ご用件をお伺いします」
「……第3部隊の……杉岡駿さんって……いますか……?」
その瞬間だった。
ほんのわずかに、空気が変わる。
だが、受付の表情は変わらない。
そして――
「杉岡駿様は、先日逝去されました」
あまりにも、淡々と。
あまりにも、事務的に。
そう告げられた。
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「……え……?」
声が出たのかどうか、自分でも分からなかった。
「……いま……なんて……」
受付は同じトーンで繰り返す。
「杉岡駿様は、先日逝去されました」
理解が、できない。
言葉の意味は分かる。
だが、それを“現実”として受け入れることができない。
「……いや……ちょっと待ってください……」
慧は必死に言葉を繋ぐ。
「昨日……来るはずで……いや……そんな……急に……」
「詳細についてはお答えできません」
受付は淡々と答える。
「……っ……」
何も言えない。
頭が真っ白になる。
音が遠のく。
そのまま――
慧は、気づけば本部を出ていた。
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帰り道。
何も覚えていない。
どうやって帰ったのかも分からない。
気づけば、自分の部屋の前に立っていた。
「……あ……」
ドアを開ける。
中に入る。
静かだ。
何も変わらないはずなのに、
すべてが違って見える。
「……嘘だろ……」
ぽつりと呟く。
「……あの人が……死ぬわけ……ないだろ……」
ソファを見る。
そこには誰もいない。
「……ふざけんなよ……」
声が震える。
「……だって……」
思い出す。
最後に見た顔。
「だいじょうぶだって」
そう笑っていた。
「……嘘つきじゃねぇかよ……」
その瞬間だった。
何かが、崩れた。
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「……っ……あああああああああああああああああああああああ!!」
叫び声が、部屋に響く。
涙が溢れる。
止まらない。
「……なんでだよ……!」
拳を床に叩きつける。
「……なんで……守れねぇんだよ……!」
ひよりの顔が浮かぶ。
杉岡の顔が浮かぶ。
「……なんで……俺ばっかり……!」
呼吸が乱れる。
「……助けられなかった……また……!」
涙と嗚咽で、言葉にならない。
「……もう嫌だ……こんなの……」
それでも――
止まらない。
苦しさが、溢れる。
絶望が、溢れる。
怒りが、溢れる。
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気づけば、慧は走っていた。
再び、断罪執行機関本部へ。
息が切れる。
それでも止まらない。
「……はぁ……っ……はぁ……っ……!」
受付の前に立つ。
「……お願い……します……」
声が震える。
「……杉岡駿さんに……手を合わせさせてください……」
受付は一瞬だけ慧を見て、
そして静かに頷いた。
「……こちらへ」
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案内された部屋は、冷たかった。
空気が重い。
静まり返っている。
中央に、棺桶。
「……」
足が止まる。
近づけない。
だが、
慧はゆっくりと歩き出す。
一歩ずつ。
震える足で。
そして、
棺の前に立つ。
「……杉岡さん……」
声が出ない。
それでも、言葉を絞り出す。
「……なんで……」
目を閉じる。
手を合わせる。
そのとき――
「お前みたいなやつは向いてない」
声が、聞こえた気がした。
「優しすぎる」
杉岡の声。
ひよりの顔。
二人の姿が、頭に浮かぶ。
「……それでも……」
慧は震える声で言う。
「……それでも、悔しいんだ……」
涙が流れる。
「……もう、辛いとか苦しいとか……どうでもいい……」
顔を上げる。
「……守りたいんだ……」
目が、変わる。
「……守るために……俺は……」
拳を握る。
「……苦しむ人が、これ以上増えないように……戦いたい……!」
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部屋を出る。
涙でぐしゃぐしゃのまま。
それでも、
その目に宿るのは――
絶望ではなかった。
決意だった。
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『断罪執行機関 入隊試験
2月13日』
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慧は、深く息を吸う。
そして、
ゆっくりと吐く。
「……やるしかないだろ」
小さく呟く。
そのまま、歩き出す。
ーーー
夜。
廃工場。
鉄の匂いと、油の匂いが混ざる空間。
その中央に、男がいた。
長い髪。
黒を基調に、ところどころに金のラインが入っている。
それを後ろで一つに結んでいる。
顔は整っているが、その表情はどこか歪んでいる。
目は細く、常に笑っているように見えるが、その奥は濁っていた。
服は黒いロングコート。
胸元には――黒蜜のバッジ。
男は笑いながら言う。
「ねぇ、もっと頑張ってくれないかなぁ?君たちがしっかり働いてくれないとさぁ、Lucidiaを作る効率が全然上がらないんだよねぇ」
その視線の先には――
異形。
車と肉体が融合したような心喰。
タイヤの代わりに肉が蠢き、
窓の部分からは歪んだ顔が覗いている。
「うあああ……や、やめ……て……」
かすれた声。
だが男は笑う。
「うーん、でもさぁ、こうやって色々試さないと分かんないじゃん?どこまで耐えられるのか、とか、どうやったら一番効率よく壊せるのか、とかさぁ」
巨大なハサミを取り出す。
「これで14本目だよ?すごくない?」
楽しそうに言いながら、
心喰の体に突き刺す。
「――あああああああああああああ!!」
絶叫。
だが男はやめない。
「ほらほら、もっと鳴いてよ。そういうの、データになるからさぁ」
目を覗き込む。
その奥は――
ドブ黒い。
底なしの闇。
男もまた、
同じ色をしていた。
「……あー、もういいや」
興味を失ったように言う。
そして、
首を――跳ねた。
心喰は塵となって消える。
男はニヤリと笑う。
「……さて」
踵を返す。
「次は誰で遊ぼうかなぁ」
廃工場を出る。
その胸には、
黒蜜のバッジが光っていた。




