02.
読み直すと間違えが一杯。
翌日の朝、京太郎と瑞希は研究所にある支部長室にいた。
「昨晩はご苦労。ケースの中は無事。君達は本当にいい仕事をしてくれる」
二人の正面に立つ者は桑崎坡崔。米国魔物対策機関の所属である対魔物研究局研究所日本支部責任者にして日本における魔物研究の第一人者。
様々な魔物の対策案を研究し、今では対日本においての魔物討伐要員育成を担っている。
「ブリーフケースの中は何だったんですか?」
京太郎は坡崔に問う。
坡崔こそが今回の物資奪取の依頼をした張本人である。
京太郎達は物資を見る事無く待機していた補助要員に手渡した為、内心では中身にかなり興味が湧いていた。
瑞希もクールな表情だが好奇心はあるようで聞き耳を立てていた。
「それは言えない。今はまだ研究員に調べさせている為見せる訳にもいかない」
「しかし聞く権利はあるのでは?」
「お前依頼の時に言っただろう『物資については一切の詮索をしない』と。まさか忘れた訳では無いよな?」
「そうでしたっけ?」
おどける京太郎。彼も依頼の内容はちゃんと覚えている。しかし好奇心にはそんな言葉は通用する訳は無い。
しかし依頼の内容は覚えており、少し律儀な京太郎は、少し聞ける事だけでいいから聞こうと考えていた。
「…わかりました、もう何も聞きません。なあ、瑞希」
「私は何も聞いていない」
瑞希はあくまで否定する。しかしその瞳には未だ好奇心は残っているのか、不完全燃焼を顔に書いている様な表情をしていた。
京太郎も同じで、痞えが取れない様な気持ちを未だ胸に残している。しかし詮索しないと言い切った為、もう聞き出す事はできない。
それぞれが情報の少なさに疑念を抱いていた。
「要件はもう無い。早く教室に戻りなさい」
坡崔は京太郎達に退室を促す。彼らには学業に励む学徒である。あと二十分もしないうちに予鈴が鳴り響くだろう。しかも学校は研究所と同じ研究局の敷地内ではあるが道のりは少し長く、歩いては十五分掛かる為、そろそろ支部長室を出ないとギリギリ、もしくは遅刻者として教室に入る事になる。
「では失礼します。京、お先に」
瑞希は優等生と言うイメージを持たれている為、少し遅刻するだけでクラスメイトは心配し、教師達は動揺をする。
少しのミスがそれだけの面倒を発生させる。それを瑞希は嫌っていた。
「ああ、また後で」
その言葉を聞いた瑞希は扉を開き外に出ていった。
「君も面倒な立場にあるのだな」
「自分で作った状態なんで然程不満などは無いですよ」
京太郎と瑞希は同じクラスである。しかし京太郎はある事情により、今日のような招集があった際は瑞希の十分後に出る事にしている。
「然程と言う事は少しはあるんだな」
「まあ、逢えて言うなら自由に動けないから困るですかね」
「ハハッ、そうか。それは難儀な事だ」
京太郎の愚痴とも言える事情を坡崔は笑う。
その笑みを、愉快と笑っているのか、傲慢だと嘲笑っているのか、京太郎にはどちらかわからなかった。
「どうかしましたか?」
その笑う表情になにか含みがあると京太郎は見て取れた。まるで違う、何か遠くを見つめている。その事に対して笑っているような気がした。
「何も無いよ」
坡崔は神妙な顔付きでそう答える。
しかしその遠くを見据える相好は変わらず。京太郎はそれに仮面を被る道化師を連想させた。
「人の顔色伺うよりもやる事があるだろう? もう予鈴五分前だぞ」
自分の腕時計を見る坡崔につられて室にある壁時計を見上げた。
「本当ですね。まあ、何時もの事ですけど」
京太郎は何時もの事と仕方なく嘆いた。
「では失礼します」
坡崔に一礼し、踵を返して扉を開き室から退出する。
「ああ、また何かあったら頼むよ」
その背中を見て坡崔はそう京太郎に返した。
予鈴まであと二分程。それに間に合わないと面倒なペナルティが待っている。掃除お使い肩揉み体罰などなど、とにかく面倒な事が待っている。
瑞希とはまた別の意味で面倒事は極力避けたいのは京太郎も同じであった。
十五分を五分で駆ける道のりだが、全力疾走、と言っても人としての速度に制限していても、このままならギリギリで間に合いそうではあった。
あと一つ曲がれば教室はすぐそこ。間に合う事をもう確信していた。
しかし、それを常に妨害する者がいた。
「八熊、止まりなさい」
突然両足にロープが絡まり、そこから体全体を縛られて拘束された。当然かなりのスピードで走っている為、転倒した。
「おうッ!?」
手の代わりに顔面を使った倒立前転から横転して横にゴロゴロと転げ回り、最後は人気の少ない空き教室の多い廊下の壁に激突して静止する。
対魔物に制作された拘束ワイヤー銃。弾丸に特殊な形状記憶合金のワイヤーを取り付けており、着弾した対象に巻き付き自由を奪う。
しかしこれは対魔物用であり、象であっても骨が折れるその圧力は普通の人間に使えば締め付けが強すぎて体が潰れて死に至る。京太郎が無事なのは特殊な性質を持つ混人種の京太郎だからこそである。取り扱いには要注意の物品をこんな使用は常識からあり得ない。
「何するんですか子飼先生!?」
そんな非常識を平気で行う人物の名は子飼飛鳥。対魔物エキスパートのスレイヤーにして、研究局と隣接している対魔物教育を請け負う俗称スクールの戦闘専門実技教員。そして京太郎が混人種である事を知る数少ない人物の一人であり、その理由から高等部二年B組のクラス担任をしている自称超凄腕美人教師な人物である。
「校舎を走る生徒を止めるのは教師として当然でしょ?」
「そうかもしれませんが手段を考えて下さい! これ人に使ってはいけない代物ですよ。先生わかってるんでしょ!?」
「でもこれ『人に向けるな、危険』とか書いてないし、それに普通にホームセンターで買えるんだよ?」
「花火と一緒にしないで下さいよ。使用用途をご確認の上で正しくお使い下さい!」
京太郎の抗議をしながらもがく。けれど強力な拘束力によりなかなか抜け出す事ができない。
「俺だからいいものの…いや俺でもだけだけどね! もし他の生徒に当たったらどうするんですか! そいつ死にますよ!?」
「そんなの避けないヤツが悪い!」
「最悪だ!」
京太郎が自分では無く、何の変哲の無い普通の生徒に当たった事を考えるとぞっとする。魔物と戦う兵士を目指す生徒が未来の上司である人物に殺される。家庭用防御用品に。そんな死に方など絶対にしたくない。
――予鈴が鳴った。
「あと少しだったのに…」
拘束されてから語らいをしているうちに時間は進み、京太郎は本日も面倒な事に巻き込まれる事が決定した。
「ヤッター! 今日も雑務をこなさなくてすむ~」
「やっぱり、いつもそれ狙いでやってましたね!?」
そう、これはいつもの惨事である。
坡崔からの呼び出しは事前に京太郎達に連絡が回っている。そしてその時間前に二人が支部長室に行っても扉は閉まったまま。低血圧な支部長の坡崔が支部長室に訪れるのはだいたい8時過ぎ。そこから怠そうな口調で話し、最後あたりにやっとマトモな会話が成り立ってくる。そしてそれが終わり、瑞希が出た時間から少し待って、ギリギリの時間で室を出て行き、ギリギリの時間で教室に入ろうとして、そして捕縛される。
手段はどうあれいつも教室の席への着席を妨害されていた。
そして毎回雑務を押し付けられるのである。
「今日は何をやってもらおーかな~」
鼻歌交じりに教室に向かう飛鳥の背中を見つめながら、京太郎は一人のたうちまわっている。
ワイヤーを破壊し、拘束を解除できたのは、それから五分後の事だった。
「ロシアが隠されるのように怪奇現象に包まれたのは今から十二年前の事。あの日ロシアからの応答は無く、各国政府はこの事態に対してどうするかのかとニュースで盛んに議論されてたなぁ」
黒板に世界の歴史を書かきながら中年歴史担当教員は懐古する。
しかし彼が語っているこの時間の歴史は、ただの日本史や世界史では無く。それはこの世界に魔物が住み着いてからの歴史である。
「二日後、ステーションの彼らはこう言った。『ロシア全土が怪奇現象に包まれた』、と。」
それを怪奇現象とはどう表現すればいいのだろうか。また誰がそれを呼称したのか。
「これを怪奇現象と名付けたのは国際宇宙ステーションに乗っていた乗組員だ。私も映像を見た事はあるが、多分そう表現するしか無かったんだな。現象の二日後に依頼を受けたステーションの頑張りで一度だけ撮られた映像データの乗組員はそう発していた。その後その映像は日本にも流れたよ。当時ロシア語がまるっきりわからんかったんだがTVニュースでは画面の下にそう書いていたのを今も覚えているよ。なんせ、その言葉を最後にリポートをしていたステーション乗組員達は帰らぬ人となったんだからね」
不可思議な霧で覆い隠され、外部からの確認を一切行えない様に特殊な電波が発信されている。
その為無人衛星は動作不良を起こして操作、そして情報の送受信が行えない状態へとなる。
そこで米国はステーションの職員に協力を要請した。
ステーションは周回軌道のタイミングを見計らい、カメラを回し、たった一言と数秒の映像データを残し、宇宙からその存在を消失させた。
映像データにはただ上空の環境、そして消失の瞬間だけが映っていた。
上空中央はポッカリと空き、台風とその目の様に映っている。その後、中央の目は光を放つ。そして映像は終わりを迎えた。
このデータは全世界に公開され、世界全土が恐怖を抱く。あれが何か、光は何か、ステーションと乗り組みに何があったのか。それを未だ解明することはできていない。
「そんな事があった数日後だよ。いきなりアジアとヨーロッパの大都市に謎の生物が現れて壊滅した。当然日本にも被害が及んだけど怪奇現象出現から日本駐屯アメリカ海軍と陸自が東に上がっていたのが幸いしてなんとか壊滅を回避できた。それでも北海道と東北地方の人々を救えず、今も福島では未だ少なからず魔物が住み着いてるって事が確認されている」
数日後、ロシアを覆う霧から全世界に向かって異形の生物が散らばって行き、近隣国に襲いかかった。
中央アジア、西アジア、は壊滅。東アジアのモンゴルや中国は日本を残して壊滅。その日本もアメリカの軍によって何とか存命できたが、北海道と東北地方は昔の面影は無く、今も人骨と異形の死体が転がり、腐臭漂う侵入禁止区域となった。南アジアはインド以外は全て占領され、今のインドには各アジアの生き残りが逃げ集まり人口が急激に増加している。この時点では東南アジアに被害は無い。
ヨーロッパはイギリス、ドイツ、イタリア、ギリシャの目前まで侵攻を許したが押し止め、撃退に成功。しかしロシアからポーランドやウクライナやルーマニアまでの国の人々は被害を被り、魔物が住み着いている為、インド同様にその四国に逃げ込む事になった。
アフリカはエジプトでその侵攻を抑え、奥にある国々は健在であった。
北アメリカではアラスカのベーリング海峡にて撃退に成功。
「それから一月ぐらいのことだ」
その後、世界では異形が跋扈し、そして侵略は新たなる段階へと進んで行く。
「その次にオーストラリアだよ。魔物出没から一月ぐらい後の事だ。当時まだ出現はロシアからの空路や陸路、つまりはロシア周辺って事なんだけど、それだけで遠いアメリカ本土、そしてオーストラリアなんかにはまだあらわれなかった」
ロシアから離れた大陸であるにも関わらず、なんの予兆も無くそれはやって来た。
「突然だったんだ。それでオーストラリアは対処に遅れ、半分近くが壊滅さ」
結果、オーストラリアは首都周辺以外の街や人々の命を失った。
「そのような襲撃もあって、国連は調査と研究の為の特殊機関を設立するを決定し、米国主体の魔物対策機関が組織された。翌年、ロシアにほど近いが、未だに壊滅に至っていない日本とちゃんとした防衛によって被害を出さなかったアメリカのスワード半島に国連並びに米国政府は魔物対策拠点、及び防衛ラインを設置して軍備を強化し、日本とワシントンは対魔物研究局を作り、その統治下に魔物の生態とそこから対策方法を研究する対魔物研究所と、対魔物教育として廃校となった学校を使い、その場所で兵士育成を行う今のスクールと呼ばれる物を作ったんだ」
それが人類が魔物に対する歴史と、世界と日本国内における対魔物研究とスクールの経緯である。
「八熊、それでは怪奇現象出現から現在までの大まかな事件と施作の各年表を答えろ」
歴史担当の男性教師が京太郎を名指しする。何かを期待する様な眼差しをしながら京太郎を見つめる。
京太郎は何も考える事無く、答える。
「紀元前?」
「…もう良い、先人に敬意を払わぬ落ちこぼれは寝ていろ。榛原頼む」
「――はい」
不真面目な素振りをする京太郎に教師はそう吐き捨て、同じクラスの榛原に解答を頼んだ。
教師の京太郎に対する最後の単語に、真面目な生徒達は一人の優等生を残して皆笑った。
落ちこぼれ。それが京太郎が自分で作った、他から京太郎への認識の状況だ。
京太郎は二つの理由からこの状況を自分で作り出した。
一つは京太郎は自分の力の性質上、ある程度の力の制限をしている。しかし、それでも無意識下で力を引き出している部分もある。
100メートル走を例に京太郎と一般人A君を比べてみる。
京太郎の混人種の力を使った全力疾走タイムが8秒であると仮定して、A君は13秒で走ると考えよう。
しかし京太郎力の制限で速度落ちして走る為、人間として12秒で走る事になってしまう。
それでもA君よりも速く走っている。手抜きして、人間のだいたいで走っても速く走ってしまえるのだ。
故にセイフティーをかけて他との差を作らないようにしている。それでも普通の早さを上回ってしまう始末である。
もう一つは現代の魔物への見解からなる混人種となった者への迫害を避ける為だ。
混人種は形はヒトでも中身の能力は人間ではあり得ないものである。
ヒトの形をした魔物。普通一般人が混人種への認識はそれに集約される。
魔物の被害により世界的に多大な被害を被った人間社会で魔物は恨むべき対象。その憎悪は混人種にも向けらている。
数年前には家族を魔物に殺されたある人物が監視を受けながらも平凡に過ごす混人種を銃で射殺する事件が起こった。
化け物は化け物食べて生まれる。そう唱えたその人物は今も収容所に居続けている。
そういった事から混人種は自分の正体を隠して就職し、移住などの生活を営んでいる。
社会的にバレている者達はどうしているのか。それは戦場に立ち、魔物を刈り取る兵士あるいはスレイヤーと共に戦い、その中で自分も対魔物関係者として社会の地位を確保する。
軍にはあまり非難は受けないのか、と言ってもそれは嘘である。対魔物兵装に身を包む自衛隊員や兵士達にも印象は悪く。あくまで魔物と戦う魔物、簡単に言えば道具として感情を殺しながら接している。
そんな二つの理由あってか、京太郎は自分の正体を隠して生きている。
対魔物教育を謳う場所に形はどうあれ魔物がいるのは問題であり、憎むべき対象が同じ学舎にいると知った生徒達がもしも襲いかかる事になれば只事ではない。
体力や肉体の能力には隠しきれる限界がある為、学業などは評価を下げるような行動をして下手に怪しまれないようにしている。また筆記試験などは万全に勉強してから、赤点を取らぬようにギリギリを考えながら解答するようにしていた。
体力馬鹿な落ちこぼれ。
京太郎はそんな状況を作り上げた。
この場所で京太郎の正体を知っているのは管理をする桑崎坡崔支部長、担任を務めると共にスレイヤーとして監視する子飼飛鳥教師を含む数人の研究所並びに学内の関係者、日本支部に所属する数名のスレイヤー、そして共に戦う榛原瑞希だけである。
何事も見直すことが大事ですね




