03.
グランドに線が真っ白な線が引かれる。石灰は眩しい程に白い。
しかしそれを引く者の心は不満によって黒く濁っており、穏やかな表情は無かった。
昼休みとは、皆が昼食を食し、学友と戯れ、午前の授業の疲れを取ると共に午後の授業の為に英気を養う安寧な時間。
そんな時間を過ごせない事にため息を一つ溢して京太郎は頼まれた仕事を片付ける。
「…………」
面倒な話をしよう。
四限終了後に、京太郎は放送による呼び出された。周囲からは、あいつまた何かしたのか? などと鼻で笑うような声がしていたが、無視してすぐさま教員室の飛鳥の元を訪れる。
その後、持参する不釣り合いなくらい可愛い盛り付けの弁当を食す体育会系彼女は言った。
『良く来た少年。次の通常実技の準備やっといて~』
午前に座学を、水金の午後に通常実技を行う時間割を組んでいる。通常実技とは月火木に行う選択実技とは異なるクラス全員で集団行動や走るなどの体力訓練を行う基礎運動の時間。その時間は各担任が実技指導のの準備をしなくてはならない。
それが面倒だから飛鳥は雑務をこなしてくれる手が必要なのだ。
大掛かりな準備ならクラス皆に手伝って貰い準備するが、少しの場合なら一人で十分。そこから今日の罰は軽いものだと予想できた。
それ先生がすればよろしいのでは? と返す。
朝に遅刻した京太郎は罰により飛鳥の命令を行わなければならない。が、面倒事を避けたい、ましてや妨害によるものなのだから文句の一つぐらいは口にしてしまう。
『いや、キミキミ。こんな美人な先生に雑務なんてさせるの? 最低だなこの鬼畜くん』
鬼畜とはまたどの口が、と言いたいがが飲み込んだ。
この自称美人教員――まあ顔も良く、かなりのプロポーションではある(京太郎並びに校内生徒評価)――は口にした事は決して曲げない。下手に話し合いになっては準備する時間が無くなって準備を急いでやらなくてはならない。そうなればもっと面倒である。
そして結果、
「折れるんだよな。いつもの事だけど…」
グランドに白線を引きながら自分の情けなさに悪態を吐いた。
幸いなのか、今日は研究所に繋がる通路に工事に使う赤いカラーコーンとバーを設置するのとグランドに白線を引く仕事だけで済む。酷いものは学外ランニングのターニングポイントにカラーコーンを設置してこいと命令されて皆より先にそのランニングコースを走っり、戻ってきて授業でまた走るというものもあった。
研究所の通路を塞ぐのは一年前にある生徒が集団ランニングから抜け出し、内部を無断で見学していた事があってこのような準備をする事になった。
なんとも迷惑な話である。
「おら、そっち行ったぞ!」「こっちにパスだ!」「いくぞ! シュート!」
近くでサッカーをする数人の男子生徒が目に映る。すでに体操着姿でこのグランドにいるのだから合同授業を行う二年A組の生徒だろう。
「次の時間は身体を動かす実技授業なのに良くやるな」
しかし元気に身体を動かす生徒を見て思うのだ。
(普通の学校生活の昼休みってあんな風に謳歌するものなんだよな)
そのような事を考えてまた一つため息を吐く。
「キープ!」「次こそは決めるぞ」「無理だな。おら、飛ばすぞー」「おー高ーい…って、そこのヤツ危ねえ!」
集中緑地が少し切れてきた為、その場で棒立ちして休む事にする。
「おい、そこの落ちこぼれ!」「危ねえ、マジ危ねえよ」「早く避けろっ!」
「…ん?」
少し考え事をしていた京太郎は周りの騒がしい声を聞き、足元に現れる丸い影を見て、瞬間頭上を見上げる。
「マジかい…」
サッカーボールが宙を舞い、重力に引かれて落下してもうすぐそこまで迫ってきている。その落下地点に京太郎は立っていた。男子キーパーの放ったボールは遠くに飛ぶロングキックでは無く、ラクビー寄りの高く飛ぶハイパウントによって高度の高い場所に停滞し、そこから急落下し、今では加速付きまくりの、当たったら痛い感じになっていた。
避ける事を考えてみる。今からでも避けれる距離でありまだ間に合う。しかし考えたうえでその場に留まった。
理由は簡潔に、避けるの面倒。下手に反応して避けたら混人だとバレるかもと考える。
(当たっても痛くないし、痛がる振りしとけばいいや)
その考えに至り、開き直って頭上にあるボールを見ながら、当たる事を受け入れた。
目を閉じその瞬間を待つ。そうさ、現実を直視しなければ良いのだ。
バコンッ!
ボールが地面に着く音がした。顔に当たったのでは無く、横の地面にだ。
「……んん?」
その不可解な事実に疑問を感じて目を開けて見る。やはりボールは地面に二回程跳ねて静止した。
周りを良く見ると先程サッカーをしていた生徒達は一様にある場所を見ている。校舎からグランドに降りる為の階段の上の少し広いコンクリートの庭を見ている。
京太郎もその方向を見てみる。
そこには体操着姿の二年のBクラスとAクラスの女子達。
しかし彼女達全体を見ているのでは無く只一人の女子を見つめている。一人を除く女生徒達も彼女を見ていた。
「瑞希…」
瑞希が右手を下げた体制の低いポーズをしていた。まるで何かを投げた後のその格好を見て京太郎は辺りの地面を見回す。
そして見つけて拾う。
それは小さなコンクリートの欠片であった。整備の行き届いたグランドに不釣り合いな物体。決して転がってはいないもの。
そして瑞希のピッチングしたかのような体制。
距離のあるあの広場は古い事もあって少しばかり亀裂などが入り、砕けたコンクリートが転がっていたりと整備が行き届いていない箇所がある。そこからコンクリートを拾って投擲して当て、ボールの落下軌道をずらし、京太郎への直撃を逸らしたのだ。目が良く、手先が器用な瑞希だからこそできる神業である。
ありがたい。そう思いつつある事に気付く。
コンクリートのコースが少しでも下だったなら、顔面に直撃していただろう。徐々に当たっていた方が安全だったのではと京太郎は思ってしまった。
視線に気付いたのか瑞希は階段を降りて、京太郎の下に歩み寄る。
関係も隠すが故にあまり近寄って欲しくない京太郎だがそんな願を無視して距離を縮めてくる。
「これ」
瑞希が京太郎に何かを差し出した。
巾着袋。しかし中身がなんであるのか知っている。前にも貰った事のある破壊兵器。
「お、汚無棄備ッ!?」
(その名は汚無棄備ッ!。汚いよ、こんなの無理、でも棄てられない、なんてものを備えているんだッ! と言う略称を前に俺が名付けたとにかくヤバイヤツだ!)
彼女の手によって生み出されるそれは触り過ぎでネッチョネチョでグッチョグチョで餅を作るのにもち米と普通の米を間違えたかのように見て取れるそれは、普通にやってできるものか? と思う程あり得ないモノとなっている。
明らかに食べ物を棄てる事は可能である。しかし感情表現は苦手な瑞希が丹精込めて結ぶ風景を想像すると躊躇ってしまう。
だが一口食べると口に不快な食感が広がり、何が入っているのかと思う程とんでもない具が味覚を破壊する。
だからこそ、渡されるのを阻止しなくてはならない。
「ん、おむすび。」
「いや、なんか悪いし、HAHAHA」
笑顔を作るが、笑えていない。歪な形の表情はそれはまさに作り笑顔であった。
「お前、勉強した?」
それはもちろん料理のである。
「しない」
「しない…て…」
瑞希の頭に料理と言う勉強分野が無い事を京太郎は始めて知った。
榛原瑞希の辞書に料理修行の二文字は無い。
彼女は器用である。しかし事器用にこなす瑞希の唯一できない分野であるのが料理であり、料理に関しては勉強の必要所為を感じていなのでメニュー一つ知りはしない。
しかし米だけは何故か炊けるのである。それを聞いた京太郎に瑞希はこう答えた。
『授業で習ったから』
以前に通常実技に調理の授業があった。その際に学んだのだろう。
となれば瑞希の料理の知識とは、ご飯を炊く、ただそれだけである。
何が言いたいのか、
「お前、下手なままか」
瑞希に聞こえないようにボソりと呟く。
先程見た体育系女性教員の可愛らしい、お弁当、そう呼べるものを見せてやりたいと思った。
「君、制服のまま体育受けるつもり?」
そんな京太郎に優等生瑞希が告げる。君と言う時は二人の関係(正体や立場や仕事としての)を知らない者がいる場合の呼び方。他人行儀に察し、他人に関係を探られるのを防ぐ。京太郎が朝のように行動したのはその為である。優等生と落ちこぼれの図柄はとても不可解なのだから。
「早く着替える事を進めます。ついでに食事も」
そう言ってグイグイ巾着袋を押し付ける。その間にも中身は変形していたり。
確かに京太郎は制服のままだ。呼び出され、そのまますぐ仕事をしていた為、着替えは疎かまだ昼食も摂っていない。
「いや、でも……」
遠慮しようとする。関係が公にならないよう計らっているのに今みたいな行動をされてはいろいろとマズい。
視線を逸らそうと周りを見ると先程いた生徒と後からきた者達が睨みながら罵倒している。
落ちこぼれ、クズ、生き晒し、様々な言葉が飛び交う。
彼らは劣等生が優等生と語らいをしている現状が不満で堪らないらしい。抱く嫌悪感を剥き出しに視線と罵倒が次々と京太郎に突き刺さる。
それを解決する事はできない。それが京太郎への認識は、落ちこぼれのクズの行き晒しなのだから仕方が無い。
しかし、
「……う……い」
うるさい。
醜悪漂う悪声の中に一つ、小声ではあるが怒気を帯びている。その声は小さすぎて周りの声に敵わず、京太郎にしか届かない。
声の主、瑞希はこの、やーい八雲の落ちこぼれー、という現状があまり好ましく思っていない。
それは手を抜いている京太郎に対してでもあり、見下すクラスメイトに対してでもある。
無表情であるが怒りを孕んだ目をしていて、拳を握っていた。彼女は感情表現が豊かでは無い。だからこそ爆発してしまうと止まらない激情が溢れ出す。
「あ、ありがと、貰うよ、じゃな!」
何をするかわからない。最悪暴れ出す状況を考えた京太郎はラインカーを速攻で倉庫に走って戻し、そこからすぐに戻ってきて、瑞希の手から素早く袋を掴み取り教室に走った。
走りながら中身を取り出し、ラップを剥がして口に含む。
「むむ……」
味や食感は予想通り最悪であった。しかし、マズいとは言いたくない。気持ちはしっかりと篭っているような気がするから。
「どうもなぁ……」
せめてもう少しどうにかならないのかな? そう考えながら、彼女の今後の上達に期待しつつ、気持ちに感謝してこの食べモノを頬張るのである。
何事も表現力が大事。




