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第3話:海路開門、迫り来るジン

 空気はさっきまで軽かったのに、ますます重く感じられるようになった。異変を怪しんだリオも、すぐに窓へと駆け寄り、何が起きたのかをのぞき見ながら確かめた。


 その一方で、ジョルダはまだ霊眼を開いて海の底を見ようとしていた。だが、海底に何か目に見えない非常に強い遮りがあるようで、意識は弾き返され、ジョルダの頭は一瞬にして耳鳴りに襲われた。


 海の底からの煌めきを目にしたリオは、何かに気づいたように慌てふためき、部屋の中にある小さな棚へと向かった。

 動転しているうえ、入り込んだ雨水で床が濡れていたせいで、何度か足を滑らせそうになった。


 リオは棚を開け、すばやく手を伸ばして羅針盤を取り出した。ガラスの表面がところどころひび割れているのが見えた。


 頭であるリオの行動を察した仲間の一人が、やはりよろめきながら地図を運んできて、素早くそれをテーブルの上に広げた。

 汗は絶えず顔を流れ落ちていた。


 リオはゆっくりと羅針盤を地図の真ん中に置くと、静かに息を整えながら、構えをとった。


「広き海よ、高き空よ、鋭き波よ、我らに道を示せ、海路開門」


 文字が空中に次々と浮かび上がり、部屋じゅうを満たしていった。少しずつ、宙を漂う青い文字が一つに集まり、波の紋様を形作った。

 地図の上に明るい光が現れた。先ほどの水路を描いた地図に、道しるべとなる青い線が浮かび上がり始めた。


 その後、リオの顔は、霊力を大量に使ったせいで青ざめて見えた。その隣で、ずっと見ていたジョルダは、友のしたことに驚いていた。

 リオもまた霊力を使えるのだという一つの真実を知ったのだ。


 これまでジョルダは、リオはごく普通の漁師にすぎないと思っていたからである。


「リオ、今、何をしたんだ」ジョルダは声を荒らげて言った。


「この最悪の状況から逃れる安全な航路を探してるんだ」


 だが、地図の青い線は次第に明滅し、消え入りそうになった。それを見たリオは、目を大きく見開き、指を噛むしかなかった。

 突然、船が何かとても硬いものにぶつかったかのように揺れ、部屋にいた全員が一斉に吹き飛ばされた。ジョルダは近くの柱を力いっぱいつかんだ。


「くそっ!!あのクソ化け物どもが、僕たちの真下にいやがる。ふざけたジンどもめ」


「今日はあいつらが出てくる日じゃないはずなんだがな。どうやら今日は僕たちの厄日らしいぜ、ジョルダ、ははは」


 それを聞いたジョルダは、腿にある鉈の柄を強く握りしめ、手の筋がくっきりと浮かび上がるほどだった。一方、ほかの仲間たちは「俺は死ぬんだ!」と何度も取り乱して叫んでいた。

 彼らは最初から心が折れていたのだ。


 そんな態度にうんざりしたジョルダは、近くにあった椅子を取り、その上に立った。

 鋭い眼差しで、ジンそのものよりも恐ろしいかもしれない言葉を放った。


「おい、臆病者ども、聞け。武器を取れ、さもなくば今ここで死ね!」


「まだそんな有様なら、自分で喉をかき切ったほうがましだ。まだ度胸がある者は、俺について外へ出ろ」


 ジョルダは扉を蹴破って外へ出た。リオもその隣にいた。数人の漁師たちは、ナイフを武器に取り、ジョルダの後ろについてきた。空は、何かが怒りを買ったかのように轟いていた。

 風は非常に強く吹き荒れ、漁師たちの帽子がいくつか風に飛ばされた。その間もジョルダは、周囲を見回し続けていた。


 ジョルダは、ここの霊気がすでにあのジンに汚されていることを悟った。振り返って、漁師たちに尋ねるしかなかった。


「おい、お前たちの中に、すでに『バティン』を開いた者はいるか?」ジョルダは漁師たちに尋ねた。


 この世界では、霊力は誰もが持てるわけではなく、バティンを開くことこそが、霊力そのものの土台である。

 幼いうちにそれを開ける者は多くない。大人になってから心眼を開くとなると、ほぼ不可能で、自殺同然だった。


 だからこそジョルダは、その問いを漁師たちに投げかけた。これからすぐに降りかかるものに立ち向かうための助けを求めて。

 何人かは首を横に振るだけだったが、やがて二人が手を挙げた。


「俺たち二人なら、手を貸せる」


「今までに戦ったことはあるのか?」


「な、な、ない」


 ジョルダは、手を貸せる者が4人しかおらず、しかもそのうちの二人は霊力で戦ったことがないと知って、ため息をつくしかなかった。

 ジョルダはゆっくりと小さな袋に手を探り入れ、青い紙を何枚か取り出した。


「これを受け取れ。この船の柱のあちこちに貼って、その中へお前たちのバティンを注ぎ込め。それが済んだら、一つも貼り残しがないようにしろ」ジョルダはそう言って、紙を彼らに渡した。


「わかった!」漁師たちは力強くそう言って紙を受け取り、素早く動き出した。


 ジョルダはそれから鉈を鞘から抜き、木の床に突き立てると、ゆっくりと座り込み、瞑想して周囲の霊気を浄化し始めた。


「リオ、お前の力を俺に流してくれ。俺のバティンの世界にある封印を解きたいんだ」


「たいして手助けはできんぞ、僕の力はもう尽きかけてる」リオはそう返しながら、ジョルダの背中の後ろに座った。


 リオは自らのバティンを無理に動かし、周囲の力を圧縮してそれを手へと送り込み、ジョルダのバティンの意識の中へと押し込んだ。

 何度か咳き込みながらも、リオは息をするたびに突き刺す痛みを無視して、無理をやめなかった。


 その一方で、黒い霧が船の周囲を呑み込み始め、その霧の一部を吸い込んだ何人かは気を失ってしまった。


 海の底から、素早い閃光が水面へと現れた。一つだけではなく、十を超える閃きが駆け抜けた。

 ジンはついにその姿を現し、辺りには息が詰まるような気配が満ちた。その何体かは、皮膚が無惨に崩れ、顔の左右が揃っていない、おぞましい姿をしていた。


「人間どもよ!!!」


「こんな海の真ん中によくも現れたな。ここが誰の領域か、わからんのか、ははは!」


 ジンたちは人間を見下しながらそう言い放ち、宙に浮かんだまま、その気配で船を圧し続けていた。

 半分がタコの姿をした何体かのジンが近づいてきて、触手で船の上の物をいくつも打ち壊し始めた。


「くそっ、あいつら南の海の連中らしいな」


「ジョルダ、目を覚ませ!」


 そのときリオは、まだバティンの世界にいるジョルダを呼び戻そうとしていたが、その声があまりに大きかったため、そこにいた一体のジンが鋭い眼差しをリオへ向けた。

 威圧に満ちた重圧に、リオの首筋の産毛が逆立った。


「おい、漁師!オレたち、前に会ったことがあるか?お前の顔、見覚えがあるぞ」


「はっ!思い出した。6年前のガキだな?まだこの海に足を踏み入れる度胸があったとはな」


「考えてみりゃ、あの船の頭の一人は、お前の親父だったか?名前は何だったかな、ああ……忘れちまった」


 そのジンは、今のリオの集中を乱そうとしてしゃべり続けた。だがリオは、バティンの力を安定させるため、怒りをこらえているようだった。


 一方、バティンの世界の中では、ジョルダの意識がまだそこにあった。そのバティンの世界は、山々と、周囲に点在する数本の木々に満ちていた。

 その中央には、金色の輪が回り続けており、縦に長く記された黒い文字に覆われていた。


「バティンの核を見るのは、いつ以来だろう。こんなにも弱っていたとはな」


「ここの木々はもう枯れ落ちて、周りの山々は今にも崩れそうだ」


 ジョルダは突然、外から響いてくる声を耳にした。一刻も早く彼を目覚めさせようとする、リオの叫び声だった。

 その叫びを聞いて、ジョルダは時間を無駄にするのをやめ、霊力をすべて強く吸い込むと、指に封印の呪文を結び始めた。


「ジ、ロ、ス、凝縮せよ!」


「封印解放、砕けろ!」ジョルダはそう叫び、人差し指から光を放って、バティンの核にある封印を貫いた。


 白い光の爆発と強い風が、その世界じゅうに広がり、ジョルダは激しい爆発をこらえるため、数歩後ずさらざるを得なかった。

 枯れかけていた葉は少しずつ緑を取り戻し、崩れ落ちそうだった山も元のように堅固さを取り戻した。封印の解放が成功した証だった。


 外では、ずっとジンどもの戯言を聞かされていたリオが、ついにその囁きに耐えきれなくなり、立ち上がって、ジンの群れの頭目を指さした。


「おい、このクソ野郎、一線を越えたな」


「どうした?お前も親父のように、怒りに呑まれて死にたいのか?ははは」


 十体のうち二体のジンが、リオめがけて素早く飛びかかった。そのうち一体は鋭い鱗を飛ばし、リオのいる場所へ突っ込んできた。

 リオは前へ進みながら鱗をかわしたが、いくつかは体と顔をかすめた。


 怒り狂った一体のジンが、彼に向かって飛んできた。すぐ近くにいたため、リオはその状況を利用しようと、船の綱を取ってジンの頭にちょうど巻きつくように投げ、凄まじい力で引きながら、手で術を唱えた。


「死ね」リオは冷たく言った。


 ジンは頭が爆ぜて死んだ。頭の血と臓物の残りが飛び散り、リオの服を汚した。

 リオの手はまだ煙を上げていた。バティンを無理やり自分のエゴに従わせたため、霊力が乱れていた。


「兄貴!!このクソ人間め、殺してやる、海刃」


 空中に文字が一つ現れ、激しく降る水と一つになり、刃がリオへ向かった。速すぎて、リオはかわせなかった。


 ジョルダはようやくバティンの意識から目覚め、ちょうど目の前で、リオの腕が自分のそばを飛んでいくのを見た。切断された腕から鮮血が激しく噴き出していた。


 ずっと任務をこなしていた二人の漁師も、その恐ろしい光景を目にして、ただ唾を飲み込むしかなかった。

 リオは船の床に力なく倒れ、雨で血が床一面に広がった。彼は声もなく、ただ痛みに耐えて顔をゆがめていた。


 ジョルダは突き立ったままの鉈を力いっぱい握り、激しい怒りとともにゆっくりと引き抜いた。


「愚かだな、お前たちは……」


「お前たちのしたことへの因果は、俺がなってやる」ジョルダは静かにそう言い、ゆっくりとジンの群れのほうへ歩いていった。


 その圧は、彼らを空から数メートル降下させるほどだった。


「紙の護符、全部貼り終えました!!」


 それを聞いたジョルダは小さく微笑み、ゆっくりと霊気を激しく爆ぜさせた。一体のジンが、その爆発に触れて腕を失った。

 ほかのジンたちは警戒し、身構え始めた。


「お前たちの半分は、今夜無事には出られないだろうな」


「――霊縄・断頭」ジョルダは冷たく唱えた。


 船の柱に貼られた紙の封印が輝き始め、空の文字が嵐を覆うように降りてきて、戦いが行われている区域全体を閉ざしていった。

 青い紙から、鎖が一本ずつ素早く現れ、警戒するジンの群れへと向かった。何体かは縛られ、何体かは逃げおおせた。


 鎖の端から端へと火花が走り、地獄の鎖のように彼らを縛りつけた。


 ジョルダは鉈を空へ向け、静かに息を吸った。その間、空では雷が何度も走った。

 一歩、また一歩と進むうち、その体はゆっくりと宙へ上がっていった。


 頭の中にあるのは、彼らの首を斬るのにちょうどいい高さのことだけだった。


 ジンの群れと同じ高さに達すると、ジョルダは武の構えをとり、空中で足の土台を固め、手は握った鉈へ強い輝きとともに霊力を流し込んだ。


「処刑」


 赤い閃光が、縛られたジンたちの首をすべて通り過ぎた。ジョルダはすでに彼らに背を向けていた。


 一つ、また一つと、ジンたちの首が離れて海へ落ち、血が空へ噴き上がった。それはジョルダにとって聞き慣れた音、首を斬られた喉から血が勢いよく噴き出す音とともにあった。


 リオは無理に体を起こし、周囲で起きたことを見渡しながら、空中にいるジョルダの背中を見つめた。


 追放された武人が牙を見せ始めた。リオの頭に浮かんだのは、それだった。


 その状況が意味するものは、ただ一つ。反抗だった。

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