第9話:初めての戦い
ムザは眠りのただ中、夢の世界で、闇に沈んだ森の中を歩いていた。
そこの動物たちは落ち着きなく、フクロウは激しく鳴き、何匹かの猿は叫びながらぶら下がっていた。
自然そのものが、その謎の存在を拒んでいるかのようだった。ムザは彼らの不安のただ中を歩き、そのときの視線の先で、足が震え始め、目が見開かれた。
その存在は、ムザのほうを見るたびに、口から粘液を垂らしていた。
その存在は素早くムザめがけて飛びかかり、襲おうとした。だがそのとき、一筋の光がきらめき、ムザは悪夢から目を覚ました。
テナガザルは、少年がうなされているのをずっと見ていて、悪夢から覚まさせるために、彼の頬を叩いたのだった。
目を開けると、ムザは空にまだ月が浮かんでいるのを見た。今がまだ夜だという印だった。
テナガザルは突然ムザとの距離を詰め、ムザの腰から取った爪を見せた。立ち上がって、その爪を宙に振り回し、自分の身に起きたことを再現するかのようだった。「ウア、ウア、ウア、ウア、ウア、ウア」
もちろんムザには、その言葉がわからなかった。しかも寝起きの状態だったので、猿の相手をせず、その爪を奪い取った。
「うるさくするなって言っただろ、この馬鹿猿」ムザはそう言って、猿の頭を殴った。
納得のいかないテナガザルは、やり返した。長い腕を使ってムザの首に巻きつけ、背中の上に立った。
「放せよ、このっ」
「ウア、ウア、ウア!!」
「ああ、ぼくとやり合う気か?いいぜ!礼の言い方も知らない奴め!」
二人はそのまま殴り合い、草むらの上を転げ回った。ムザは猿の顔を殴り、テナガザルはお返しにムザの首をいっそう強く絞めた。
その喧嘩は本当に滑稽で、二人とも力尽きるまで続いた。ついには木々の蔓に引っかかってしまい、周りの木々が二人の振る舞いにうんざりしているかのようだった。
様子が十分に落ち着くのを待ってから、二人は焚き火のところへ戻り、しばらくのあいだ、互いに相手にしなかった。
「ウア……ウア……」猿はつぶやいた。
「いや、いや……やだね」
ムザは猿から顔をそむけたまま、そちらを見ようともしなかった。
その様子を見たテナガザルは、少年にもう無視されないように、何か渡せるものを探しに行った。
猿はやがて去っていった。ムザは、木々の間を遠ざかっていくその揺れる音を聞きながら、ただ黙って見つめていた。
「行きたきゃ行け。ぼくは知ったことか」
「だいたい、ぼくがここにいるのだって、あのひげおやじのせいだ」
だがムザの言葉は、ただの愚痴にすぎなかった。彼は、猿が戻ってくるのをまだ待ち、焚き火を力なく見つめていた。
時間がたっても猿は戻ってこなかった。ムザは猿の様子が気になり続けた。後ろめたくなったムザは、ついに立ち上がり、残った材料で松明を作ると、猿が去っていったほうへ歩き出した。
闇の中、松明の明かりだけを頼りに、ムザは何度も猿を呼んだ。
「オワ!!……オワ!!どこだ?」
返事は一向になく、ムザはうつむいたまま、しばらく物思いにふけった。
視界の隅を、大きな影が素早く横切った。ムザは本能的にその影のほうを見上げ、ゆっくりとそちらへ歩いていった。
「オワ、お前か?」
「さっきのこと、謝りたいんだ」
そこからは何の返事もなかった。影はゆっくりと体の向きを変えた。鋭い眼差しと、赤く光る目が見えた。頭にはいくつもの角が鋭くそびえ、毛は濃い漆黒だった。
ムザはたちまち凍りつき、その存在に見つめられたまま動けなくなった。その存在はゆっくりと歩いて近づき、口と鋭い牙の何本かから、よだれが垂れているのが見えた。
「人間のガキか……ははは、今夜はうまい肉になりそうだな」
よだれを垂らしながら一歩ずつ近づいてくる中、ムザはゆっくりと指を無理に動かし、腰の爪に結んだ紐をつかもうとした。
「だ、だ、誰だ……ち、ち、近づくな」
「オレが誰かだと?ははは。オレはお前の恐怖を貪る者、お前の魂を吸い取る者、ジンだ!はは!」
そのジンはふと、まだ動いているムザの指に目を向けた。目の前の人間のガキが、震えながらもまだ指を動かしていることに気づいたのだ。
ジンはムザめがけて飛びかかり、腹を殴りつけた。ムザは吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。
ムザは一瞬はっとして、口から鮮血を吐き、痛みに顔をゆがめた。
「ほう、まだ生きているのか?人間のガキにしては、なかなかしぶといじゃないか」
ジンはゆっくりと周囲の霊力を凝縮させ、赤い光がジンの体を取り巻いた。その間にも、牙と手の爪が少しずつ大きくなっていく。
ムザは、そのジンの爪の形に気づいた。自分が助けたテナガザルのことを思い出し、あの猿の傷の形が、目の前のジンの爪の大きさと同じだと悟った。
「お前が、オワを傷つけたのか?」
「ああ、気づいたか?はは、あの馬鹿猿も、あとでお前のあとを追わせてやるさ。安心しろ」
ジンがムザめがけて爪を振り下ろそうとした、その直前だった。
バナナを口にも手にもたくさん抱えて戻ってきたテナガザルは、その光景を目にして、持っていたバナナを一瞬で取り落とした。
猿はゆっくりと、非常に速く揺れ動き始めた。
テナガザルはその振り子の勢いを利用して到着し、脚で強烈に蹴りつけた。
ムザに爪を振り下ろそうとしていたジンは、その勢いで吹き飛び、木にぶつかって、その木を倒した。
「ウアーッ、ウア、ウア!!!!」
「……ごめんな、オワ」
「ウア……ウア……ウア……」
「心配するな、ちょっと怪我しただけだ」ムザはそう言って、口の端の血をぬぐった。
ムザは、そばの木をつかんで立ち上がった。さっき倒されたジンは、怒りに満ちて起き上がった。
ムザは腰の虎の爪を握り、ゆっくりと近づいてくるジンに向かって、警戒の構えをとった。
テナガザルもムザの隣で身構え、長い腕を伸ばした。二人で戦うため、準備を整えようとしていた。
「オワ、頼むぞ」
「ウア、ウア!!」
ジンがムザめがけて走り出すと、テナガザルはすぐに上へ揺れて飛び、かわした。ムザは爪を頼りに前へ出た。
ムザは、ジンが振るう攻撃を一つずつ受け流した。ただしその受け流しはひどく弱く、ムザの手は毎回弾き返されていた。
テナガザルはジンの頭めがけて飛びかかり、長い腕でジンの首に力強く巻きついた。猿の筋が、ひどく張り詰めているのが見えた。
ジンは二人の連携を、せせら笑いながら見ていた。それから、森じゅうに轟くほどの大声で叫んだ。
霊力が次々と爆ぜ、体の周りは針のような鋭さに満ちた。テナガザルは腕を放し、弾き飛ばされた。腕のところどころには、ジンの霊力によってできた小さな穴が空いていた。
ムザは、倒れ込んだテナガザルをかばうために駆け寄った。
「オワ!!大丈夫か?」
猿はゆっくり立ち上がった。その真剣な眼差しを見て、ムザは猿が無事だとわかった。
さっきのような突進では、このジンには通じない。ムザは周囲に目を配り始めた。近くの木々のうちの一本に、とても大きな洞のある大木を見つけた。
あのジンを閉じ込めるのにちょうどいい大きさだった。
「なあ、さっきみたいに蹴れるか?あいつをあの穴のほうへ追い込むんだ」ムザはそう言って、洞のほうを指さした。
「その間、ぼくがあいつの注意を引きつける。わかったな?」
「ウア、ウア!!」
「よし、わかったってことにしておく」
二人は別々に動き出して、その策を実行に移した。テナガザルは再び素早く木のつるのほうへ揺れ、ムザは前に出てジンの注意を引きつけた。
「ああ!!忌々しい、お前ら二匹とも、オレを苛立たせる方法を本当によく知ってやがる」
「うるさいぞ、馬鹿ジン!」ムザは片手で、ジンに向けて武器を突きつけた。
「このガキが!!!」
ジンは怒りの声を轟かせ、霊力を爪に凝縮させると、手当たり次第にムザを追いかけ、通り過ぎる木々をことごとく切り裂いた。
ムザは汗を流しながら、ジグザグに動いてかわした。左、右。それが、彼の心の中の声だった。
ジンの攻撃は、肩、背中、腕と、何度かムザをかすめた。それでも、強い意志でムザは痛みをこらえて走り続けた。
ついに、ムザは自分が目指していた洞の前に着いた。ゆっくりと歩みを緩め、そこで立ち止まった。
「はははは、もう逃げ場はないぞ!」
ムザはゆっくりと振り返ってジンと向き合い、それから再び爪を、我を忘れたジンの顔のほうへ向けて掲げた。
「死ぬのはお前だ、この野郎!」
その間ずっと勢いを溜めていたテナガザルは、鋭く曲がる揺れに乗って、ジンの背中のほうへ飛んでいった。
轟くような衝突音に、周りの鳥たちが一斉に飛び立った。テナガザルはうまく着地した。
ジンは大木の洞の隙間に挟まってしまい、霊力で何度も木を割ろうとしたが、まったく通じなかった。
「お前ら、何をした!!今すぐ放せ、さもなくば殺すぞ」ジンは怒りで鼻息を荒くしながら叫んだ。
「はいはい、怖い怖い」
「このガキ、オレが誰か知らんのか?この山の住人が誰か知らんのか」
「お前のやったことを、あいつらが知ったら、お前は、ははは、本当に死ぬぞ」
小指で耳をほじりながら、ムザはジンの顔の前で、聞こえないふりをした。
その間、ムザの握る爪が少しずつ輝き始め、周りには文字が現れた。
ムザはふと、以前、家にいたときにも文字が浮かんだことを思い出した。
「ムザ、今すぐそいつを殺せ」
「手にしている爪を、喉元に振り下ろせ。手遅れになる前に、早く」頭の中に響く声が言った。
その声を聞いて、ムザは周りを見回したが、そこには誰の姿もなかった。
「おじさん?お前なのか?」
「……ごほん、ああ、そうだ。こんな状況で、本気でそれを訊くのか?」ムザの頭の中の声
「はあ、わかったよ」
ムザは、挟まったジンの首の脇へ歩み寄った。ジンの周りの熱気が非常に強いことに驚いた。絶え間なく燃え続ける炎のようだった。
「何をする気だ!おい!おい!ガキ、頼む、殺さないでくれ」
「お前の望むことは何でもするから――」
ムザは全力で爪を振り下ろした。爪の間に稲妻のような光が輪を描き、ムザの体の周りの宙に漂う文字がそれに寄り添った。
ジンは一瞬で首を斬り落とされた。ムザの使う爪の鋭さを妨げるものは、何一つないかのようだった。
血が噴き出して周囲を濡らし、ムザは少しずつ意識を失い、地面に倒れた。
テナガザルもムザのもとへ近づこうとしたが、さっきの突進の反動で、脚の一本一本に激しい痛みが走り、その場で脚が折れてしまった。
ついにテナガザルも地面に倒れた。二人は、くぐり抜けた戦いのあと、気を失った。
一方、はるか上から、ジョルダは酒を呷りながら、ただ微笑んでいた。




