8 特訓
朝だ。
俺が戮力荘に来て、早いことでもう3日経った。
カーテンを開けてから振り返って自分の部屋を見渡す。
まだ新鮮な気持ちは抜けないが、新しい自分の部屋もだいぶ見慣れてきた。
個人の部屋の中はそこまでレンガといった内装ではなく、白いシンプルな壁紙に雰囲気を邪魔しない明るいフローリングだ。
広さも中々のもので、俺達が住んでいた一軒家のリビング程の広さがあり、ちいさなキッチンとトイレとシャワーがついている。
中学校の修学旅行の1日目に泊まったビジネスホテルを思い出すなー!
最初はみんな、わざわざ京都まで来てビジネスホテルに泊まることに不満たらたらだったが、中々にハイセンスな内装に歓喜の声が上がったのを今でも思い出す。
「ふふふ、懐かしいなあ…部屋についてたテレビでみんなでこっそり夜中にアニメ見たのも、いい思い出だなあ……」
「ほう、修学旅行とはそんなに楽しいことなんだな。」
「そっすよー!いやあ、あのビジホ良かったなー、朝食にはパーティ会場でバイキングを……あん!?」
いつの間にか途中から会話に割り込んでいた尖さんが、すぐ側まで迫ってきていた。
えっ、怖。足音とかしないの?
「一応チャイムは鳴らしたのだが、気付かなかったか?」
「はい、ごめんなさい。気付きませんでし…いや!それはそれとしてですよ!」
びしりと尖さんに向けて指をさす。お行儀悪いとかはこの際考えない!
「返事も無いのに勝手に人の部屋に入ってきてはいけません!」
「むっ!もしかしてそれは輪廻の言っていた普通教育と言うやつか!」
「それです!」
なんだか嬉しそうにニマニマと笑う尖さんにそのままお叱りを続ける。
「輪廻さんもダメって言うと思います!プライバシーというものを考えて行動してくださいな!」
「確かに、前に勝手に部屋に入った時、輪廻は少し怒っているように見えたな。」
「ほらやっぱり!駄目ですよ!」
「風呂上がりなのを知らずに湯上がりの輪廻を見てしまったのは悪かったとは思っているんだよ…」
…それ、恥ずかしくて顔赤くなってただけじゃないか?
「…とにかく!駄目!です!」
「以後気をつけるよ。」
「お気をつけください!」
腕を組んで頷く様子は反省しているようには見えなかったがちゃんと納得はしているようだから、一旦良しとしておこう。
と言うか、尖さんの服を見て分かったが、起きてきてそのまま俺の部屋に来たらしく、淡い水色のパジャマを着ている。
……しかし、パジャマのままなのに特徴的な髪型はきちんとヘアセットされている。
相変わらず角みたいな形のお団子に纏められていた所だけが青色の髪だ。他は黒髪だし、髪の色素のパターンが場所によって違うのか?
人それぞれ、メラニン量やそのパターンが違うから地毛だけどグラデーションの髪色になる人もそこそこいるけど、ここまで局所的に色が違う人は、あんまり見かけないよな……
「それで、なんの用でしょうか?朝ご飯ですか?今日は昨日と一緒でご飯ですかね?」
「ああ、朝ご飯もだ。だが今日はパンだぞ。」
「日によって変わるんですか?」
「1日おきに変わるんだ。明日はまたご飯になるぞ。」
いいなあ…ジャムはあるかな?
昨日の朝ご飯のご飯も美味しかったが、俺は朝は基本パン派だったため非常に楽しみだ。
俺はいちごジャムが好きだ。あると良いなあ……
基本、戮力荘の2階は居住空間になっており、2階にはそれぞれの個人部屋と大きなリビングしかない。
階段を降りて1階のダイニングルームへ向かう。
各部屋にキッチンは用意されているものの、やはり大きな冷蔵庫があるキッチンで料理するのが好きなのだろう。
基本自室のキッチンは小腹が空いた時にちょっと料理を作るとか、冷蔵庫が使われるとか、それくらいでしか使用されないらしい。昨日左右が言っていた。
「おはよう広斗君〜よく寝れたかな?」
「ふわりさん、おはようございます。」
「おはようふわり。」
「尖ちゃんもおはよう!」
キッチンではふわりさんが洗い物をしていた。包丁にまな板、何かを切っていたらしい。
奥から低い駆動音が聞こえるのから察するに、どうやらオーブンを使っているらしい。
「ふわり、今日は何をしてるんだ?」
「ん〜?普通の食パンだよ?それをね〜」
チンッ
「お、できたできた〜」
あちっ、あちっと言いながら指先を使ってトーストを取り出す。
トーストの上には薄く切られたピーマンとソーセージ、その下にはトロトロに溶けたチーズとケチャップが見える。
それを皿に乗せて、こちらへと見せてくる。
「ピィッツアトーストでーす!」
「おお…これはまた……美味しそうだな。」
「ナイス発音ですね。」
「センキュー褒め!」
ビシッと両手の人差し指でこちらを指す。
「私の用事はこれで終わりだから、後使っていいよ〜」
「ありがとうございまーす!」
「よし何にするかな……」
軽くスキップをしながら、ふわりさんはダイニングを出て行く。ああしてこの広いキッチンで調理したものを部屋に持っていって食べる、というのが大半の住人のスタイルらしい。
ダイニングテーブルも随分立派なのだが、そこまで使われていないらしく、ちょっと勿体なさを感じてしまう。
俺がふわりさんを見送っているうちに、尖さんはいち早く冷蔵庫の前に向かって扉を開け放つ。
「ジャムを探していたよな?ジャムは冷蔵庫の2段目にあるぞ。」
「あ、ありがとうございます!」
「この紙パックの牛乳が何個か横になっているだろう?その横にあるトレーにジャムは全種類入っているから、そこから選ぶといい。
あ、後牛乳パックは一番左が一番賞味期限が近いように並べているから、切れたら左側の牛乳から取るんだぞ。」
「う…うす。」
ルール的なものは未だに把握しきれていない。生活していく中でこういうのは学んでいくんだろう。
予め教えてほしいけどね、ちょっとずつ気になったところから聞いてみよう。
「あ、いちごジャムあった!」
「中身はきれてないか?」
「…半分くらいあります!」
「良かった、私は今日はブルーベリージャムにしよう。」
「あ、いいですね!」
調理台の上に皿に乗せた食パンを置いてスプーンを使ってジャムを薄めに塗る。
「そういえば、朝ご飯以外の用事って何だったんですか?」
「ん?あ、忘れてた。食べながら話そうか。」
忘れられてた。なんかそこそこ大事な用事っぽかったのに。
俺の用事ピザトーストに負けた?
ちょっぴり残念な気持ちを胸に皿を持ってテーブルへと移動した。
尖さんは俺の正面の席に座ったため、話しやすいが、なんだか気恥ずかしい。
「「いただきます。」」
そのままジャムパンを角から食べ進める。家で使っていたジャムとは違う種類だったが、中々に美味しい。嬉しくなる美味しさだ。
「…それで、さっき言いかけていた用事なんだが。」
「っはい…用事ですね?」
普通に美味しいジャムパンに取り憑かれてしまって、自分から話題に上げたのに話すのを忘れていた。申し訳ないことをしてしまったな…
「君の特訓についてだ。今日から始めるぞ。」
「……あ!昨日俺が整備した中庭を使うっていう…」
「そう、それだ。すまなかったね、君達にやらせてしまって。」
「いえいえ!俺、小学生の頃は陸上やってて、小さいサイズですけどああやってトンボ使って整地とかしてたんですよ。大分久々で体には応えましたけど、楽しかったですよ!」
「へえ、陸上?てことは…走ったり、飛んだり投げたり?」
「まあそうですね。俺は走る専門だったんですけども。あの頃は、めちゃめちゃ練習して、将来は日ノ本一の陸上選手になるんだって思ってました。」
「…今は、どうなんだ?」
尖さんは食べていたパンを置いて、どこか意味ありげな表情を俺に向けてくる。
「……もう、とっくに辞めましたよ。でも早いこと辞めて良かったと、今なら言えますよ。」
「…なんでだ?」
ぎち…と唇の内側を歯で引きずるようにして噛み締めた。
「だって、俺異端者だったじゃないですか。異端者がスポーツに参加するのは…昔っから、問題扱いされてましたし…これで良かったんですよ。」
「…とても『良かった』と思っている人間の顔ではないと思うがな。」
尖さんは、なんでか寂しげな顔で笑う。
「…んまあ昔の話ですよ、昔の。尖さんだってあるでしょう!学校であった、ほんのちょっぴりの後悔みたいな?そんなもんの一つですよ。」
「…あー、そう、なんだな。」
なんでだ?バツが悪そうな顔で目を背けられてしまった。
俺も話をこれ以上続けることも出来ず、尖さんが自分のを注ぐついでにくれた牛乳をゆっくりと飲む。うま。
どうここから話を広げていこうかと悩みながら牛乳に口を付けたまま硬直していると、ダイニングの入り口から元気な挨拶が聞こえてきた。
「おはよーございまーす!尖さん!…と、広斗…さん?」
入り口からぴょこんと飛び出して来たのは、昨日俺も挨拶をさせて頂いた小野間ねおんさん。
大和と同じ高校に通っている現役高校生の身でありながら、公務異端者として働くこともあると言う中々に癖のある経歴の人物だ。
ただまあ、昨日話してみて分かったが学校に通っているだけあって常識は他の人よりもしっかりしているようだ。
少なくともインターホンの返事がなくても部屋に不法侵入はしたりしないタイプだと思う。
「おはよう、ねおん。」
「お…おはようございます。……小野間…さん?」
「ねおんでいいですよ、あたしも広斗さんでいいですよね。」
「あ、うん。」
朝7時にも関わらず髪の毛をしっかりセットし、(多分)お化粧もバッチリ済ませている様子は、絵に描いたようなイマドキの女子高校生だ。
「そういえば、昨日は大和と…どうだった?」
「ん……あー、まー、そっ……すね…」
わかりやすく言葉に詰まっている!
夏の暑さのせいと言う訳でもなくダラダラと汗をかいている様子からは、何かあったことが明白だ。
「…ごめん!弟が粗相を…やっぱり、俺も付いているべきでした!」
「え、あ!大丈夫っすそんな!広斗さんは悪くないと思います!その…実のお兄さんの前で言うのもなんですけど…」
ぎゅっと眉をひそめたねおんさんは、トゲトゲしい口調で続ける。
「彼の“アレ”はもー多分、先天的のものだと思うんですよね。あれは異端者が好きすぎるからーとかそういうレベルのじゃないと思うんですよ。
なんかこう…話が通じない感じ!?いや、ふわりさんの言う事素直に聞いてましたけどねあの人!?
だからとは言って別に言う事聞いただけでまっったく反省してないと思うんですよ!なんだろうなあの人!」
……ずいぶんボロクソに言われている。
大和、昨日の夜、本当に何をしでかしたんだ?
同学年の女の子に一晩でここまで嫌われるのは、一周回って才能だぞ?
「……本当に、申し訳ないことを…」
「いや、これお兄さんが謝っちゃ駄目ですよ!あの人のせいです。」
まじで嫌われているじゃないか。
大和の性格があまりいいと言える様な方向に行っていなかったというのは、俺も認知していた。
だと言うのに、むやみに接触すれば刺激してしまうなど言い訳を続けて関わりを持っていなかったのは事実だ。大和に対する不満は、俺を受け止める義務がある。
「申し訳ございません…」
「……はぁ…ホント、こんなしっかりしたお兄さんがいるのに、なんであんな……」
ねおんさんはまだ文句を言い足りないようで、ぶつくさ独り言を呟きながらキッチンへと入っていった。
「……人間だからな。色々あるもんだよ。」
「…良くなると思いますか?」
「さあ、本人次第なんじゃないかな。」
「そりゃあそうでしょうけど……」
要領を得ない返事に少し困惑してしまったが、そんな所で2人とも食べ終わってしまった。
「私が洗っておこう。先に歯を磨いて、中庭に行ってくれ。」
「いいんですか?」
「うむ、先に君が準備運動とかしておいたほうが良いだろう。
それに、ホラ。私はパジャマだし。着替えてから行くよ。」
「……ありがとうございます。」
そのままお皿を洗い出してしまったので、俺は洗面所に向かって歯を磨いた。
準備運動かー。体育でやってるようなアレで良いのかな?それともラジオ体操にすれば良いかな?
そんな事を考えながら一旦部屋に戻って着替えてから中庭へ向かう。
昨日も整備で来たが、やはり中庭というより学校にあるグラウンドのようだ。テレビとかで見たことあるオシャレな家によくあるような、なんか木が1本だけ生えている緑ある空間といった様な感じではない。
入り口を出て、グラウンド部分との間にある石の階段を降りながら庭全体を見回しても、草一本も生えていない。庭の隅には体育倉庫みたいなのもあるし。
「…異端者の特訓には…うんしょ、色々用意がいるんだろうなあ…」
現在俺は高校の体操服を着ている。
流石に暑いからジャージを着ることは出来ないが、運動する時の服装として最適解だろう。
軽く準備運動をしながら遠くにある倉庫を眺める。
「…普通にアレ、学校とかにある体育倉庫だよな……昨日入った時はトンボあったし…ハードルも大縄跳びもボールが入ったカゴとかもあるし…」
「おーい、広斗!やってるな!」
遠くから突然声をかけられる。
昨日このだだっ広い中庭の整備を共に行った上下左右だ。
中庭の入り口から階段を全段飛ばしで降りてきたかと思うと、凄いスピードでこちらへ走ってくる。
中庭の土を勢いよく削るよう(せっかく整備したのに!)に俺の前で急ブレーキをかける。
「よ!おはよう!」
「おはよう左右。」
初めて会った印象を掻き消すような笑顔をこちらに向ける。最初は控えめな人かと思っていたが、慣れた相手には普通に明るいようだ。
正直、こういう奴と話すのはかなり楽しい。
「今日から特訓だろ?」
「うん……ちょっと怖いけど、頑張るよ。」
「まあまあ、そんな不安がることねーよ。今日は昼までしか実戦の特訓しないらしいから、午後は楽しみにしとけよ!覚えとけよな!」
「えー何すんの?…まあ頭の隅っこには入れとくよ。」
「ど真ん中に据えとけ!」
じゃーな、と手を振って同じようにUターンして中庭から出ていってしまう。
すると遠くから小さく声がする。
「どぅあ!尖さん!すいません!」
「いいんだよ、上下。だが、まああんま走り回るなよ?異端者同士が衝突したら互いに無事じゃ済まないだろうし…」
「……ぐ、具体的にどうなりますかねえ…?」
「ふむ…………内臓が「あ、もういいです!失礼しゃーす!」
……何してるんだ左右。
ちょっぴり呆れていると、尖さんが中庭に入ってくる。
「やあ、広斗。準備は万端か?」
尖さんの服装は先程のパジャマとは変わってシンプルなシャツに青い紐のリボンをつけていて、下はラフな紺色のスラックスといったいつもの格好だ。
「はい、ちゃんと準備運動をすませましたし、いつ訓練を始めてもかまいませんよ!」
「……ふ、む。だが広斗。」
じろり、と俺の方を……いや、俺の上半身を見たまま言う。
「お前、上は脱げ。肌着もだ。」
なんてこと無いようにとんでもないこと言われた。
「えっ!なんでですか!?ちょ、せ…」
セクハラ!
女性からでもこれはセクハラだ!あまりいただけないぞ!
「いや、だって脱がないとまた右腕の布が弾け飛ぶぞ?」
……忘れてた。俺、今右腕がとんでもないことになるんだった。
「…すいません、能力がある自覚がなくて…」
「そうやって反省できるだけ十分だと思うぞ?そう気負うな。」
「すいません……」
大人しく上半身の服を全て脱いで、階段の上に畳んで置く。
体操服の上半身だけ脱いだのは健康診断の時くらいだな…なんかすーすーするし、普通に着ていないことにムズムズもする。
「…平均より、筋肉量は多そうだな。鍛えたりしてるのか?」
「あ、はい!もう辞めたんですけど、バイトで少し肉体労働が必要だったので、体力づけも兼ねて…少し。」
「んーまあこれから発展途上といった感じだな。」
まるで上から下まで舐め回すかの様に俺の体を見ていた尖さんは、くるりと方向を変えて、俺から距離を取る。
「ただまあ、広斗。今日は能力の特訓も兼ねているんだぞ?」
「え、はい…そうですよね?」
十メートル程距離を取った尖さんはその場で立ち止まって、俺に背を向けたまま話を続ける。
「なら、」
下に下げたままの右手をぱきりと鳴らす。
「その能力、ちゃんと発動してもらわないとな!」
ぎゅるりと向きを変えて、助走をつけて俺に殴りかかってきた。
疾い!
それを認識すると、俺は咄嗟に目を閉じてしまった。
「ふ、ふふ。よし、良い子だ。」
だが、痛みをしばらくしても感じず、目を空けてみると、俺の膨張しきった右腕が尖さんの右ストレートの前に体を庇うように出されていた。
いつか見た筋肉の塊が、そこには戻ってきていた。
いつもの冷静な顔とは違い、好戦的に青い目を光らせて尖さんは笑って言う。
「やはり本能に訴えるのが一番だな。死を悟れば、自ずと自分の持ち得る能力を極限まで使って身を守るものだ。」
「……腕が、また。」
尖さんの拳は腕に当たるギリギリの所で止まっている。どうやら寸止めしてくれたらしい。
拳を下げて手をぱんぱん叩くと、尖さんは俺の右腕を指さす。
「そうして本能のみで制御しているだけでは、ふとした瞬間に暴発してしまうぞ。
学校の授業中に暴発してしまったら目も当てられん。」
「…うっす。」
「自分の筋肉を常にイメージするんだ。」
半袖のシャツの腕をさらに捲りあげて尖さんは白いしなやかな腕を二の腕まで露出させる。
ぐっと力を入れると力こぶが出てくる。しっかりした力こぶだ。
「きみの本来の筋肉は、これと対して変わらない。
思い出してみろ。君の腕はどんな見た目をしていた?」
本来の腕って言われてもな…でもちらりと今の右腕を見てみても、これは自分の腕だ、とはならない。こんなんじゃなかった。
深呼吸をしてから目を閉じて、自分を思い出す。
そこまで太くない腕。
あんま逞しくはない腕。
ちょっと焼けているせいでいつもよりも浅黒い腕。
でも力こぶはちゃんとできる、俺の腕。
「お、うまいうまい。もういいぞ。」
「え?」
尖さんに不意に声をかけられて驚いて目を開けると、そこにはごく普通の俺の腕があった。
血管は派手に浮き出ていないし、骨を覆う膨張した筋肉の形が分かるような腕ではなくなっている。
空に見える太陽に透かしてみても薄く血管が見えるだけの、何も変わらない普通の人間と変わらない腕だ。
「えっ、戻った。」
「結構教える側としては困ることなんだが、能力のコントロールというのは、基本イメージ力なんだ。
自分は今こうなっているといった想像で能力は発現してくれるんだよ。」
やはり異端者の能力はかなり曖昧な所が多いようで、俺も困惑する。だが、
「この腕がさっきみたいになるのをイメージすれば、実際にそうなるんですね。」
やってみなければ始まらないだろう。
「やれるか?」
「やります。」
どうやらお気に召す返事だったようで、尖さんは目を細くして緩やかに微笑む。
今度は、目を閉じないでやってみる。自分の腕を見て、先程の筋肉の塊を思い出す。
激しい熱が腕を覆ったあの感覚を思い出す。
筋肉に骨が重くのしかかる感覚を思い出す。
腕が微かに熱を帯びるを感じる。
「いいぞ、その調子だ。」
筋肉の膨張の余波だろうか、皮が悲鳴を上げているのが分かる。
その程度で悲鳴を上げるな。お前は異端者の体の皮だぞ。
ぼこり
一つ筋肉が勢いよく膨張したかと思うと、連鎖的に他の筋肉もぼこぼこと盛り上がってくる。熱い熱が湧いてくる。血管もぼこっと盛り上がっている。
「お、おおお!!」
「やっぱ上手いな…」
そういえば、俺はこの目で自分の腕が変化する瞬間を見たことが無かった。
なんか、結構グロいかもしれない……
「……うわあ。改めてみると結構…中々な見た目ですよね…これ。」
「まあそうだな。肉体に影響を及ぼす系のヤツはグロテスクな奴とそうでないものの落差は激しいからな。慣れておけ。」
「うっす…」
手厳しいが今の俺の現状はこれだ。
しゃーなし。受け止めとこう。
「さて!それじゃあ本題だな!」
「…本題?」
ぐるんぐるんと肩を回してまた真反対の方に歩く尖さんを目で追いかける。
「何を言っている。能力の制御などスタートラインだ。お前には実戦で戦えるほどの力を持ってもらわねばならん。」
こちらを振り返ってにこりと尖さんは笑う。
パアン!と勢いよく両手を合わせて、ゴリバキと手をほぐしている。
「さて、これから昼飯まで、私との戦闘訓練だ。安心しろ、優しくしてやる。」
「は、ひぃ…」
にこやかな顔のまま、とんでもない音をたてながら手をほぐす尖さん。
左右。俺、午後には死んでるかも。




