7 学園ラブコメは嫌い
橋船大和は捻くれ者である。
本人としてはただ他よりも賢すぎて合わない、だから他の馬鹿な人間を見下している、としか思っていないが本人の内面を客観的かつ簡単に説明すると『子供の頃の全能感を捨てきれない背がデカくなっただけの幼児』である。
人間として年不相応のかなり未熟な内面をしているのは、一重に人との関わりをロクに持っていなかったためだろう。小学生の頃は人見知り程度ですんでいたものが、両親の早すぎる死や兎に角孤独だった中学校を経てここまで重症になってしまった成れの果てが彼だろう。
クラスメイトが楽しそうに話す声は聞き苦しいし、卒業式の後の打ち上げとかかったるいし、ましてや友達と遊びに行くだなんてどうしてわざわざそんな事をしなければならないのかと兎に角忌避してきたものだ。
しかしながら、そもそもそうして話す相手も打ち上げに誘われることも、友達すらもいないためそんな心配は御無用だったわけなのだが。
まあ本人は楽しいのだが、これで困るのは周りの人間である。
クラスメイトと話そうともしない協調性のなさは普通にグループワークではノイズにしかならないし、コミュニケーションがまともにとれない人というのは不和を招くものだ。
(でも俺それでいいし。別に迷惑かけようがそれが俺だし?尊重しろよ。何が悪いんだよ。)
こんな事を思っちゃう子なのだ。青いね。はた迷惑極まりない。
そんな彼の生きる意味とも言える異端者。人生の大部分を占める偉大なる存在として、彼に大きな影響を及ぼした存在だ。
その尊敬の念は、もはや狂信とも言えるレベルまで到達しており、異端者のことを考えない日は1日たりともなかっただろう。
さて、そんな彼が見下す同級生と彼の尊敬する異端者。同一の存在がいたら、彼はどうなるのだろうか。
「…と言うことでだ、紹介が遅れてしまったが彼女もこの戮力荘に住む異端者の一人だ。無理に仲良くはしなくても会えば挨拶くらいはしてあげてほしい。」
「…どーもぉ…小野間ねおんです…よろー…」
「えっへぇぇぇ……?」
A.脳が溶ける
◇◇◇
「……小野間…様…?」
「ちょ、やめてよ様なんて…キツイって…」
戮力荘1階のリビング、大きな暖炉と両脇の階段が目立つその空間は珍しく大勢の人間で埋め尽くされていた。
現在午後8時、夕食を終えた人々は遅くに帰宅した大和を待ち受けていた。
彼の兄である広斗は「俺がいると、きっと話にならないと思うから」と同席を拒否したため不在だが、今この戮力荘にいる人間は彼以外全員がリビングに集まっているわけである。
「で……でしたらどうお呼びすれば…」
「普通に小野間さんとか…ねおんさんとかで良いよ…」
やたらと下手に出てヘイコラしている大和をどこか気色が悪いモノを見る様な薄目で見るねおんは、まるでおっさんからセクハラを受けるうら若き乙女のようだ。
まあ受けているのはハラスメントではなく尊敬の眼差しなのだが。
「お…小野間…さん…」
「はい、それでいいから!学校でのそのノリされたらマジキレるから辞めろ!」
「し、しかしですね…」
「てか何その喋り方、漫画とかでこんな喋り方のキャラ出てくるよね?なんかのマネ?」
「い…いや、これは、その…」
「はいはいそこら辺で〜」
どうも不穏な方向に切られそうになった舵を元に戻したのはふわりだった。
彼女は2人を交互に見ながら諭すように話し続ける。
「大和君、異端者だから凄い!って思うかもしれないけど、この娘もまだ若い女の子なの〜あまり変な扱い方はしないであげてね?」
「はい!そうします!」
「それとねおんちゃん。嫌なのは分かるけど、あまり急に拒絶しすぎるのも駄目よ〜?勢いで行動するのは勇気があることじゃなくて、考えなしに行動する事なんだから〜分かった?」
「……はい。」
異端者に言われたからか、それとも大人の女性にはっきり叱られるのが珍しかったからか、大和は素直に了承するも、ねおんはそうとはならず不貞腐れたままだ。
不貞腐れた様子のねおんを見ていた暁が、これはいけないと思い至ったのか、とことこと駆け寄る。
「ね、ねおんちゃん…大丈夫…?」
「…暁君…大丈夫、ありがとう。」
先程から不安げに膝の上で握りしめていた拳に、優しく手を乗せてくる。
心配そうに揺らぐ躑躅色の左目に、無理をして笑いかける。
「……あたし、部屋戻ります。」
「…おやすみ。小野間。」
「ねおん。明日も夏期講習だろう?ちゃんと寝るといい。」
「あんがと尖さん…おやすみなさい。」
足早にソファーから立ち上がり階段をテンポよく駆け上がる。
そんなねおんに、控えめにも行かないでと言わんばかりに手を伸ばしていた大和はすっと手を膝の上に戻す。
「…ごめんね〜大和君〜
ねおんちゃんも年頃の女の子だから〜色々あるのよ〜」
「…そうみたいですね。」
何を思っているのか、大和はぼーっと正面の暖炉を眺めている。
暁はどうしようも出来ないと思ったのかフッと姿を消してしまい、ふわりは笑うしか出来ず、左右は最初からずっとゲームをしていた。
そんな中、大和の左側のソファーに座っていた輪廻が、大和に声をかける
「大和君。」
「はあっ!はい!何でしょうか!導身様!」
「……俺にも様付けはしなくて良いぞ。」
「…導身さん…?」
「それで頼む。」
改まったように姿勢を整えて、大和の方向に体を向ける。
「…君は異端者の中にいるわけだが、不便は無いかな?」
「ふ、不便だなんてそんな!全然無いですよ!むしろ、憧れだった異端者の皆さんをこんな間近で見れるだなんて…昨日寝たはずなのに、まだ夢の中のようです!」
「…それは…良かったね…」
嫌がられるよりかはマシかと思ったこともあったが、これはある意味もっと危険な状態に陥っている可能性がある。
盲信は嫌悪よりも厄介なことを、輪廻はよく身に沁みて理解していた。
「…所で、つかぬことをお伺いするようで申し訳ないのですが、導身さんは…導身さんなんですよね?」
これまたニヤついた表情を浮かべて、輪廻に問いかけてくる。
「それは、そうだが?」
「…ずっと気になっていまして…」
ぐいと輪廻の方に身を乗り出し、大和は興奮しきっているのか赤くなった顔を輪廻に向ける。
「導身というのは、異端対策部異端課の課長と同じ名字ですよね。現総理大臣の娘さんの。」
「…君、本当に異端者について詳しいんだね?」
「そんじょそこらのテレビに出るような専門家には負けないくらい詳しいですよ。」
前のめりになった体を元の姿勢に戻しながらも大和は続ける。
「異端対策部異端課課長、導身運命。異端者を語る上で彼女の輝かしい活躍の数々を語らずして、異端者の何を語れると言うんですか。」
「それもそうか…運命は俺の妹だ。」
「妹さんでしたか!でしたら…」
「…ああ、現総理大臣の導身縁志郎は、俺の父親だ。」
「お…おお…」
感極待っているのか、ずっと騒がしかった大和の言葉が詰まる。
目を丸くして輪廻に釘付けになっている様子は、年相応の若者が推しのアイドルを目前にした様な有様だった。
「……あの、総理の息子だなんて、政界でいくらでもやっていけるんじゃないんですか?」
「さあな。俺は政界入りは考えたことは無い。政界で、俺のできることはないと言うのは、分かりきっていたものでな。」
「でも!!」
バン!
なんの予兆もなく大和が両膝に手を勢いよく叩きつける。
突然の奇行に輪廻はびくりと肩を震わせ、ふわりは怪訝そうに顔から笑顔を消す。
「だからこそ思うんですよ!」
大和は立ち上がって、激しい身ぶりを交えながら、まるで演説をするかのように問いを投げかける。
「そ、そんなブイ・アイ・ピーが!選ばれた異端者でもある貴方が!どうして輝かしく影響力のある表舞台ではなく、こんな活動を行っているんでしょうか!
あっ、貴方様なら、もっと、もっと素晴らしいことが、この世界を揺るがす様な革命ができると、お、おお思うんです!たっ、他言は致しませんので、どうか!教えてください……」
もはやコミュニケーションではなく一方的な懇願と化した大和の言葉を受けて、輪廻は真顔で大和の顔を見つめる。
「…俺は自分が大層な人間だとは思わない。ただちょっと産まれが政治家の家系なだけだ。それにあやかって、自分のやりたいことをやってるに過ぎないんだよ。
俺はこんな活動がな、好きで好きで仕方がない。」
想像していたものと違う回答だったようで、大和は眉をひそめたまま硬直してしまった。
その様子を見た輪廻はぐっと力を入れて立ち上がった。
「大和君、君も夏期講習があるんだろう。早く寝るといい。学生の仕事は将来のための勉強だからね。」
そのまま階段を途中まで登り、振り返る。
「これから、幅広い視野を学んでいくと良いよ。まだ君は若いんだから。」
とん、とん、と軽い足音を響かせて輪廻はリビングから立ち去った。
「じゃあみんな寝よっか〜」
「おやすみなさーい。」
「……みっす…」
「こら左右君、ちゃんと部屋で寝るんだよ?」
「…うす…」
「声が小さいぞ上下。」
「うっす……寝ますよ……ふぁあぁああ。」
輪廻がいなくなったのを皮切りに、沈黙していた異端者達は次々と自分の部屋に帰っていく。
「尖ちゃん、明日から広斗君の訓練だよね?」
「ああ。上下、中庭の整備はしてくれたか?」
「あー、やっときましたよ……今真っ平らっすよ。
あーマジ疲れた…広斗もいたから良かったけどマジ疲労が困憊っす。」
「ゴロンゴロンしてたもんねぇ〜お疲れぇ〜」
大きなスツールに寝転がっていた左右は腹筋の力を使って起き上がる。
「ほら、君も……寝な…」
左右は起き上がった体勢から大和へ手を取ってほしいかのような手を伸ばす。
「えっ、あ…はい。」
その手を取るとぐいと力が込められ、大和の方へと左右がずりずりと落ちてくる。
「こら〜左右君たら!新入りを道具にしないの!」
「うーん…フックショットってこんな感じかあ…」
「…こいつはもうギリギリ寝てないだけだな。次目を閉じたら寝るぞ。」
「担ぐ〜?」
「担ぐ。」
「あいさ〜」
スツールからずり落ちた左右を右から尖、左からふわりが担ぎ上げる。
もはや左右には意識はなく、ぽろぽろと寝言を零すことしかできなくなっていた。
「あっ、お、俺も手伝いますよ!」
「うーん、無理じゃないかな〜」
「辞めておいたほうが良い。」
無惨にも女性2人から戦力外通告を受けた大和は、今度こそ一人リビングに取り残されてしまった。
「……俺も、寝よ…」
失意の中、大和はぽつりと呟く。
◇◇◇
ベットの上の照明を1段回暗くしてから、ぼふんと音を立ててねおんはベットに飛び込む。
大和との『挨拶』のため、先の場ではパジャマには着替えられていなかったが、今はパステルカラーのドットモチーフのパジャマに着替えている。
「……人と関わろうとしないのは…勝手だし、別に良い。でも、協力する必要がある時に、協力しない……」
ごろりと仰向きになって電気が落とされた天井の照明を眺める。
ふと上に右手を伸ばすとベット上の照明からの光を受けて腕が仄かにオレンジ色を纏う。
「…でも、異端者は大好きで、ちょっと迷惑なくらい尊敬してくる……や、迷惑とかじゃない、キモい。本当キモい。」
伸ばしていた手の力を抜くとなんの抵抗もなくベットへ腕が落ちる。
そのままベット内に置いてあった巨大な猫のクッションを抱きかかえて、右に左にごろごろと転がる。
「……なんな理由よ、あいつ…」
転がるのをやめて、ねおんはぐっとクッションに顔を埋める。ふわふわのクッションが柔らかく顔を包み込む。
「……あたし、上手くやっていけるかな…」
『無理に仲良くはしなくても会えば挨拶くらいはしてあげてほしい。』
ふと言葉を思い出した。
さっき輪廻が言っていた言葉だ。
クッションから顔を離し、むくりとベットから起き上がる。
「……あんま、気負わない方がいっか…」
膝を抱えて体育座りの様な格好になる。
「別に、危なかったら守ればいいし、しつこくされたら嫌がればいいか。必要以上に話す必要も、無い。」
クッションに向けて話す。クッションに刺繍されたまん丸の瞳を見つめる。
「あいつ、異端者じゃないのに……ふわりさんの言う事聞いてたけど…けど…なんか、違った。」
「ふわりさんが異端者だから、夢にまで見た異端者だから従っただけで、なんでそんな事を言われたのか、原因を考えたりなんてこれっぽっちもしてなかった。」
「あいつ、自分が悪いって考えたこと、ないのかな。」
「…なんでお兄さんはあんなマトモなのに、弟があんなになっちゃったんだろ…」
夜更けが近づいてくる。明日まで後、数時間。
「…学校行きたくないなあ…」
夏期講習まで、後、十数時間。
「サボりたいなあ……」




