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異端奇譚  作者: こーよー
2/4

戮力荘

 明るいパソコンの画面にはネットニュースの記事が並ぶ


 “異端対策部異端課の快挙!!1ヶ月の検挙数が都警の1ヶ月の検挙数を上回る!!“


 「ふ…へ…へへ…すげえ…」 

 

 深い赤の瞳に眩しい文字列が映る。少年は部屋の暗さも気にせず食い入るように画面に見入る。顔を伝う汗を乱暴に拭い、力強くマウスを握りしめ、ホイールをゆっくりと動かし、記事を目に焼き付ける。


 「今までよりもっと注目されるんだ…すげえ…流石…流石異端者…」


 座っていたデスクチェアを足で押してくるりと半回転させる。

 壁には異端者の起こした事件の記事や異端対策部異端課の活躍を印刷したものが画鋲で壁に留められている。少ししか開けられていないカーテンの隙間からはほんのり夕日が顔を覗かせ、暗い部屋を橙に染めている。


 「……そういやまだ…帰ってきてないな。」


 少年──橋船大和はふと、兄がまだ帰宅していない事に気づいた。

 彼の兄の広斗は現在、高校を卒業した後の就職先を決めている途中である。その為帰りが遅くなるかもしれないからご飯は自分で用意してほしい──そんな事を兄が自分の部屋の扉の前で言っていた事を大和は思い出した。


 「っし、今日はカップ麺だ…ラッキー…」


 普通の高校1年生であれば家に自分以外の人間が1人もいないことを少なからず心細く思うだろうが大和は違った。

 彼は基本他人と距離を置きたがる質であった。悪い言い方をするならば彼は孤独を好む生粋のぼっちであった。友達と言える人はクラスに1人もいなければ、夏休みだと言うのにどこかへ遊びに行くような事もなかった。まだ幼年期はそこまで酷いモノではなかったがいつの間にやら、彼は1人を好むようになっていった。

 勿論それは家族も例外ではない。なんならそこらの他人より家族の事を嫌っていた。特に、兄の事を。


 「何味残ってたかな……つーかコンビニで別のモン買ってくるか…?」


 少し勢いをつけて大和はデスクチェアから降りる。

 部屋の隅に寄せられた姿見に大和の姿が映る。

 だるだるのパーカー、ほつれたスウェット、校則違反ギリギリの長さの黒髪は整えもせずぼさついたままである。   


 「…あー、着替えるか…」

 

 誰に聞かせるわけでもなく舌打ちをして、まだ眩しい光を放ち続けるパソコンを見遣る。

 異端対策部異端課。近年発足された公務異端者のみで構成された異端者犯罪の専門部署。大和は彼らの働きを発足時からずっと追い続けていた。

 異端者と戦うその姿はまるで輝いているかのようだった。ついでかのように普通の人間の起こす犯罪も片手間に解決してしまうその鮮やかさに大和は兎に角憧れていた。


 異端者に対する憧れは大和の生きる原動力であった。

 この世界では、中学生くらいになった子供達の中では様々な能力を持ち、戦う事のできる異端者に対して強い憧れを持ち、自分も異端者になりたいという欲求を持つ子供達が幾らか存在している。しかしそんな子供達は殆どが高校に上がる前にはそうした夢を大人から糾弾され、黒歴史として忘れ去っていくモノである。


 しかし、大和は忘れなかった。糾弾されなかった、そんな事させなかった。

 なぜなら彼は1度もそうした思いを外に出したことがなかったからである。人見知りで1人が好きで誰とも話さない。そんな少年はこの気持ちを誰かに伝えることを良しとしなかった。

 これは自分の中で大事にしまってある宝であり、他の同級生が愚かにも忘れていったかけがえの無い情熱である事を、大和は密かな自分の誇りとしていた。


 「あ、印刷印刷…」


 USBメモリを取り出し、今まで見ていた記事のデータを取り込む。壁の記事は全て、彼がこっそりコンビニで印刷したモノたちである。

 

 USBメモリにデータを移している間に、大和は壁の空きスペースを見つけ今回の輝かしい功績を張り付ける寸法をたてる。

 気分の高鳴りは収まらない。上擦った声で彼は独り言を続ける。


 「…へ、マジで偉業だな…無能な凡人が…異端者に叶うかよバカが…雑魚なんだよ…」


 彼の異端者への”情熱”は崇拝に近いものである


 《データ読み込み43%》


 「っふ、ふは!!もっと、皆異端者への認識をっ、改めるべきなんだよ!!」 


 そんな夢みる少年がもし、異端者に遭遇したら、どうなるだろうか


 部屋の隅の姿見に映る景色が、歪む。


 「にっ、人間の、人間より上の存在なんだから!!」

 

 姿見の中はもう部屋を映してはいなかった。


 にゅっと姿見から生えたのは人間の足であった。


 コッという靴の音に、大和は思わず振り向く。


 「おお、ここが弟君の部屋か!!」

 「ちょ、ちょっと輪廻さん…あの声が…そ…それにそのあの…ああーその前にちょっと電気つけて良いですか!?暗い!!」

 「輪廻や、大和君は何も分かっていない。1から説明すべきだろう。」


 「…は?」


 部屋には突然3人の人間が現れる。1人は銀髪のスーツに身を包む美丈夫。その後ろを追従するのは青い色になっている一部の髪をお団子にし角のようにとがらせた黒髪の美女。

 そしてそんな”異端”な連中の後ろにいるのは


 「なんで……兄貴が…?どうやって?」

 「あー、その話せばホントに長くなるんだけどな…」

 「オッホン!!」


 銀髪のスーツの男性は咳払いをして前へ歩み出す。


 「橋船大和君、我々は異端対応部の異端者だ。率直に言うが君の身柄は預けさせてもらうよ。」

 「は!!!?!?!」


 「すまないな、大和君。異端者なんかに突然そんな事言われても困るだろうが今は何も言わず飲んでほしい。」

 「え!!!?!?!」


 「…うん、それでだな大和。俺…達は、この異端者の皆さんとシェアハウスして、暮らすことになる。」

 「うん!!?!?!?」


 「本当にすまない…ただこれは君の安全のためで……大和君?大丈夫か?」

 「………へ……」



 さて、先ほどの問いは覚えているだろうか。

 

 Q.異端者に憧れる少年が実際に異端者に遭遇したら、どうなるか


 「うわああははえははへぇ!!!!!!」


 A.キャパオーバー


 大和は自室の床に抵抗することもなく倒れ伏した。


◇◇◇


 戮力荘1階。俺は広いリビングにあるソファーで縮こまっていた。大和はまだ気絶しているため、大和の部屋になる予定の部屋に簡易的に用意したベッドに寝かせている。


 「はあ…俺、仮にも兄なのに…マジで弟の事何も知らなかったんだな…」


 どうも大和は異端者に対してどこか憧れのような気持ちを抱いていたようで、実際に異端者が目の前に突然現れたため、頭がキャパオーバーを起こした──というのが輪廻さんの推理だった。


 仮にも嫌われていたとしても部屋をあそこまで異端者一色に染め上げるほどに熱を傾けていたのをまったく把握できていなかった。道理で伯父さんですら部屋に入れなかった訳だ。

 異端者に対する憧れを持つ者は、異端対策部異端課の活躍のお陰でなのか、近年では増えてきているし世間的に見ても寛容になった。だからといって、堂々と言うにはまだ少し勇気がいるものだ。大和もそうだったんだろうな。


 「そーいや外に出た時、帰ってくるなり急ぎ足で部屋に戻ってく事たまにあったな…あれってコンビニで印刷したのを持って帰ってきてたんだなあ…はあ…」


 どうにもぼーっとしてしまう。ふとリビングにある大きな暖炉の右に置かれた大きな三面鏡が目に入る。


 あの鏡は特別な物で、なんでも右手で触れて行きたい場所にある鏡を思い浮かべることで鏡を媒介して思い浮かべた行きたい場所へ行くことができる…らしい。

 大和が特に部屋の模様替えをしていなくて良かった。昔置いた姿見を変わらず置いていてくれていたから、俺達は大和の部屋の鏡を通じて不法侵入することができた。


 どういう仕組みなんだろうな…異端者の能力ってそういう感じでモノに作用したりもするもんなんだな…


 「ねえ、きみ」


 突然、後ろから声をかけられる。子供の声だ。男の子か女の子かも分からない年端もいかない子供の声だ。


 子供?こんな所に?

 レンガ造りの古い建物であるのも相まってどこか心霊チックなモノを想像してしまう。

 俺は幽霊なんて存在しない派閥の人間だ!!勇気を持って振り返るんだ!!

 

 「ふん!!」 


 つい勢いづけて振り返ってしまった、しかし振り返った先には誰もいない。

 逃げるような音はしなかった。と言うか思い返せば話しかけられた時真後ろで声がしたのに誰か人が来た気配もなかった。と言うかこの部屋の入り口はソファーの真後ろの扉と正面の階段しかない。


 「…おいおい…ま…まさか…本当に…」


 背中にゾワゾワとした感覚が這い回る。無意識のうちに肌が泡だち、寒気が容赦なく襲う。


 いいや、聞き間違いだろう。子供の声なんていなかったんだ!!そう思い直してばっと前を向き直し足を抱えた、情けない体勢だなんて言ってられない。袖が吹き飛んだ右腕を抱える。


 しかし俺の前には、いたのだ。


 「ばあぁあ」


 黄色いフードを被り、包帯を顔の右側に巻き付けた白髪の子供がいた。

 子供はぶかぶかの袖を俺の方に突き出して、にまりと笑った。


 「あひいやああああああああ!!!!」


 ソファーからずり落ち、床を這って進む。ソファーの左に進み、真後ろの扉を目指す。だが


 「ぐおお」

 「いんやああああああ!!!」


 子供が俺の前に立ち塞がる。威嚇するように腕を高く上げる。

 駄目だ俺は勝てない。異端者とはいえ幽霊には敵わないだろう。

 

 「つ、詰みだ…」


 ちょうどその時ドカドカと音を立てて輪廻さんが部屋へ入ってきた。


 「おい広斗!!どうした!!何があった……あ」

 「あっ」


 扉の方を向いていた子供がバッとこちらを向く、と言うか扉から、輪廻さんから目を背けている。

 はあっと輪廻さんがため息をついて子供の頭を鷲掴みにする。


 「あーかーつーきー!!新入りにいたずらしたら駄目だろう!!」

 「り、輪廻くん!ごめんって!だって!なんか…暇そうだったから!」

 「暇だったのはお前だろ!!全くもう怖がらせて!!」


 輪廻さんは人差し指で子供の額をぐりぐりする。

 …あれ?触ってね?


 「え、その子は…生きて…ますね?」

 「生きてるよ、(あかつき)、後輩をいじめちゃ駄目じゃないか。先輩なんだから、優しく、な?」

 「………うん。」


 輪廻さんの腰にしがみついて抵抗していた子供はしゅんとした様子でこちらを振り向きぺこりとお辞儀をする。


 「ごめんなさい。僕は九塔(くとう)暁です。僕は先輩だから頼ってもいいよ。よろしくね、後輩。」


 謝っているけども途中から図々しくなってないか?


 「…謝ってる?」

 「……一応反省はしてるみたいだけどこういう時は偉そうにしちゃ駄目だぞ。」

 「…うん、そうする。」


 さっきまでの威勢のよさは何処へやら、暁君はとぼとぼとソファーに座った。


 「……えっと…あの子って…異端者なんですか?」


 つい声を小さくしてコソコソと聞いてしまう。こういった話は異端者への偏見がなくとも何となく触れにくいのが一般的な認識だ。


 「…ああ、ちょっとまあ…事情が特殊でな……。」


 輪廻さんもどうも触れづらいらしく、珍しく小声で答えてくれる。


 「…ちょっと態度がデカいところもあるが悪い子じゃ無いんだ。学校にも行くことが出来ないから基本家にいるし、仲良くしてやってくれ。」


 まあ異端者と言うことを隠すことが出来るなら学校にも通えるだろうが、流石に顔の半分が包帯で覆われている子は隠すことも出来ないだろう。

 こういう時、包帯を外せばいいだろうと一瞬思うが、それを出来ないということは何か事情があるんだろう。気になるが今は触れないでおこう。あんな小さい子にも色んな事情があるもんなんだろう。


 「輪廻さんいますか〜?」


 扉が空いて、ふわふわした服を着た女性が入ってくる。

 ああいう服は確か”ガーリー系”って言うんだよな。髪もウェーブがかかっていて全体的にふわふわしている。


 「ふわりさん、大和君の様子は?」  

 「まだ起きませんね〜取り敢えず彼の部屋から荷物を出来る限り尖ちゃんと持ってきたんですけども、他に何かすることあります?」

 「他は…まだないかな?あ、いや、夕飯を作ってもらえるかな?今日は広斗君達も来たし、出来る限り歓迎したくてね。」

 「おお!歓迎会ですか〜いいですね!私張り切っちゃいますよ!あ、そうそう……」


 女性はこちらを見て、にっこり微笑む。


 「始めまして広斗君。私出雲(いずも)ふわりと言います。よろしくね〜大体戮力荘(ここ)にいるから何かあったら気軽に声かけてね〜」

 「あ、は、はい…」

 

 少し大人な雰囲気になんだか気圧されてしまう。大学生ってこんな感じなのかな…

 

 「さーて何作っちゃおうかな〜ここはいっぱい作っちゃおうかな…」

 「あ、ふわりちゃん。今日ね、ねおんちゃんお友達のお家にお泊りなんだって。だからねおんちゃんの分は大丈夫だよ。」

 「あら、ねおんちゃんは相変わらず仲良いね〜いいな〜青春〜」

 「でね、左右(さゆう)君もお家帰ってるからいないし、時成(ときなり)おじさんは今東北に出張だって。」

 「うーん社会の荒波ね…あれ?光琉(ひかる)君は?」

 「光琉君今日はテレビの取材だよ。」  

 「多忙ねえ…」

 

 ぱたぱたとふわりさんがキッチンへ歩いていく。


 「あ、僕手伝いますよ!!」

 「あらいいの?んーでも今回は君の歓迎会だから今日は休んでてね。楽しみにしてていいよ〜」

 「後輩、ふわりちゃんのご飯美味しいらしいから安心してね。」

 「あ、はい…安心します?」

 「うんうん、安心してね!!尖ちゃんのご飯は安心しないでね!!」

 「はい……うん?」


 怖い、尖さんのご飯。子供さえ注意するご飯とかどんな代物なんだよ。


 「取り敢えず、暫くは休んでていいぞ。訓練は明後日からでな。」

 「……訓練?」

 「ほらー説明されたでしょ。」


 ちょっとニヤニヤしながら暁君が話しかけてくる。


 「自分で自分の身が守れるくらい強くならなきゃ。だからここで訓練するんだよ!!その腕もどうにかしないとだからね!!」


 ビシッと袖が破れて露わになった右腕を指差す。いつの間にか筋肉はなくなって普通の腕になっている。


 「その腕、勝手に戻ったんでしょ。」

 「あ、うん。」

 「能力を使いこなせるようにならないと!!勝手に戻っちゃあコントロール出来てないよ!!」


 拳を突き出して戦うフリをする。

 よく考えればそうだ。今は自分の能力になっているんだから使いこなさないと。今は勝手に腕が戻ったが逆のパターンがあったら大変だ。勝手に腕がデカくなってはどうしようもない。普通に迷惑だし。

 このままじゃ学校にも行けない。今は夏休みだからいいけども。


 「……まだ学校行きたいしな。あと少ししか行けないけど。」

 「……そうだよ。後輩。君、学校があるんだよ。行けるんだよ。だから、その……」


 下をむいたり、顔を背けたりもじもじと暁君は顔を動かす。


 「僕も……出来る限り手伝うから…頑張ろうね!!じゃあ僕ふわりちゃんのお手伝いするから!!休んでて後輩!!」


 言いたいことを全部言い終わったのか、暁君はキッチンへ走り出してしまった。

 

 「な、悪い子じゃないんだよ。まあこれから一緒に暮らしてくんだ。優しく接してやってくれないかな?」

 「…勿論ですよ。僕、子供は好きなので。」

 「あー……あいつ今年で16歳だから大和君と同い年だけどな。」

 「…え!?」

 

 なんかとんでもないことが聞こえた気がする。輪廻さんの腰ぐらいの身長だぞ?


 ……そこも事情か。


 「えっと…輪廻さん。」

 「どうかしたか?」

 「急な事ですがこんなに良くしてくれて…ありがとうございます。その、若輩者ですし、まだ異端者に関する事には詳しくないのでご迷惑をかける事になると思いますが何卒…」

 「えっ!?あ、ああどうもご丁寧に…そういや就活生だったな…」

 

 ぺこりとお辞儀をすれば輪廻さんも頭を下げる。

 きちんと敬語を学んでよかった。守恒(もりつね)先生には感謝しかないな。そうだ、先生に連絡しないと……なんて言おう。すいません自分異端者で…とか言ってもキレられる未来しか見えない。明日までにどう連絡するか考えるか…あれ?


 「あの、輪廻さん。」

 「どうした?」

 「訓練は明後日からって言ってましたけど…明日は何かする事があるんですか?」

 「ああ、そうそう。伝え忘れてたよ。」

 


 「明日は異端者で俺達異端対応部のパトロンの可付加(かふか)の婆さんに会いに行く。君も一緒に来てもらうよ。」


 《2》完

 

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