14 作戦会議
戮力荘1階のリビングは、いつもよりも賑やかだった。
「いやー悪いねえ、鬼ヶ島さん。うちの課長がご迷惑ってやつを…」
「なに、ずっと一緒にいるそちらこそ苦労が絶えないだろうと輪廻が心配していたよ。」
「あはぁ、だいちゅきな兄様にそんな言われてたって知ったら、あの人泣いて暴れてまいますよ。」
「それはこちらとしても困るな。」
「ま、その程度の拒絶で心折れるような人だったらとうにマトモになってますよ。」
「それもそうだな。」
大きなテーブルの上にはお茶と少しばかりのお菓子が広げられていて、尖さん達の話し声が和やかに飛び交っていた。
俺はと言うものの、初対面の方が多いのとそれが見た目的にもしっかりした大人の方々だというのとで緊張しすぎて、ただ俯いて下を見ることしか出来ていない。
とても茶なんてしばいている場合ではない。手汗凄いし。
少し顔を上げて前を見てみると、ちょうど目の前には俺と同い年くらいの男の子が座っている。
背中の大きなリュックサックを降ろすことなく椅子に座っているのはどうしてだろう。真正面をぼーっと見つめているだけなのか、俺をじっと見つめているのか分からない視線が、ちょっと怖い。
曽川さんや奈良さんのようなスーツではないので、少なくとも補佐係ではない。
つまり彼もまあ異端者なんだろうな。
俺の左に座ってる話を続ける尖さんから目を逸らすように右を向くと、今度はスーツを着込んだ女性が資料を整理している。
この人は多分補佐係だろう。違かったら申し訳ないけど。
あまり初対面の女性の顔をまじまじと見るような真似はしないが、少し見ただけでも分かる黄土色の瞳はかなり鋭くてとても目を合わせられる様子じゃなかった。
視線を向けられたらそれだけで俺は死んでしまうかもしれない。
手汗が本格的に酷くなってきたので、なんてことない仕草のふりをして、こっそり手のひらをズボンに擦り付ける。
視線をどこへ送ればいいか分からず、下向きに視線をふらふらと移動させていると突然、ぱん、と手が打ち鳴らされる音がした。
音の方向を向くと、先程から尖さんと話し続けていた男性が口を丸く開けて、両手を打ち鳴らしたままの状態でオレの方を見ていた。
「そういえば、橋船さんにちゃあんと自己紹介してないですね?自分ら。」
「…あ、そうですね。」
にこりと作り物じみた笑顔で男性は俺に手を差し伸べようとして、既のところで手を引っ込めてしまった。
「あっ!
……いや、すいませんね。僕、後天性の異端者なんで触ってもうたら橋船さんには能力吸われてまうんすよ。失礼しました。」
「あっ!あー、そうですね……あの、お気になさらないでくださいね。」
「……すんませんね…」
手に行っていた目線を男性の顔に向けると、作り物じみた笑顔に汗が一筋伝うのが見える。
完全に気を抜いていたようでうっかり差し伸べてしまった右手を虚ろな目で見つめて、ぶつぶつと独り言を呟いている。
「おい…紹介はどうした。」
あんまりにも落ち込んでいる様子の男性を見かねた尖さんが哀れみを含んだ声で囁いた。俺にも聞こえてるけどね。
男性はわざとらしい咳払いをしてから、改めて俺の方にしっかりと顔を向ける。
「改めまして!僕は異端対策部異端課の副課長をやらしてもらってます、帯刀真砥です。よろしくお願いしますね。」
「橋船広斗です。よろしくお願いします。」
にこりと笑うが、彼の額には冷や汗のせいでべったりと肌にくっついているらしい前髪が見える。案外緊張しているようだ。
続けざまに帯刀さんは彼の隣に座っていた男の子の方に顔を向ける。
「隣の彼は、僕と同じく異端対策部異端課の空閑翔君。彼は先天性の能力者なんで、触れても問題ないですよ。」
「その…く、空閑翔です。その、よろしくお願いします…」
「よろしくお願いしますね。」
先程から帯刀さんの方に向けられていた体を正面に戻して、翔君はぴょこりとお辞儀をしてくる。
ところで本当にそのリュック邪魔じゃないのかな?
「その更に隣の方は、異端課の補佐係の真砂野練子さん。」
「真砂野です。よろしくお願いいたします。」
「よろしくお願い、いたします…」
ずっと資料に落とされていた視線が、俺の方に向けられてた。
鋭い視線に当てられて、今度は俺が冷や汗を垂らす番になってしまった。怒らせるようなことしてない筈だよな…?大体初対面じゃないか…
「自己紹介も終わったところですし、本題に入りましょうか。」
あまり音を立てずに資料を机に置いた真砂野さんが鋭く切り出した。
こちらを睨みつけるような目をした、かと思うと口元をふにゃりと緩ませて、先程のような堅苦しい口調とは一変したフランクな喋り方で話し始める。
「とは言いましてもねえ、正直あまり話すことないんですよねえ…」
「ちょっとーねるちゃあんー?
一応これ会議だよー?」
鋭い目はそのままで口元が緩みきった表情でもごもご話す真砂野さんだが、帯刀さんも同調する意思があるのか軽いノリで注意を飛ばす。
「大体のことは、先日うちら補佐係のモンとお話した通りです。
追記事項としては…そうですね…作戦決行の場所ですねー。」
真砂野さんは俺たちの方に先程から整理していた資料を手渡ししてくれる。
「はい、どうぞ。」
「あ、どうも…」
おいおい、資料をくれる時に「どうぞ」なんて言ってくれる人は良い人に決まってるじゃないか!
ごめんなさい真砂野さん。人をみた目で判断した俺は愚かです。
「作戦決行場所は、この『栃ノ井製作所』です。かつてはお酒を生産する工場でしたが、経営不振や後継者不足などの理由により4年前に閉鎖された廃工場です。
皆さんには、ここに不審者が潜伏している可能性があるため捜索する……と言う体で向かっていただきまして、ホシを誘き寄せるといった流れになりますね。」
「廃工場…」
資料の中の廃工場は確かに寂れきっていて、広い内部は閑散としていた。
何もない状態の灰色の空間は、どこか荘厳な雰囲気を醸し出している。酒だけに。
困ったな。俺はこう言うのに浪漫を感じるタイプの人間なんだよな。
こんなところで戦闘とか浪漫がありすぎる……とても口には出せないがテンションが上がってきた。
「それと……この状況的には、良いニュースかな?お伝えしないといけないことがあるんだよね…」
帯刀さんが笑いながらも重苦しい雰囲気を漂わせながら、真面目な顔で言い放つ。
「……市民からの通報で、戮力荘周辺のアパート内の空き部屋に何者かが潜伏していた痕跡が見つかった。」
「…ホームレスとかじゃ、ないのか?」
「残念ながら違うね。なにせ市民からの通報ってのがその空き部屋が倒壊したからきた通報だったんだよね。」
部屋の倒壊?地震とか無かったよな?古アパートだから老朽化とかじゃないのか?
「隣人からの通報によると、空き部屋内部から巨大な左拳が壁を突き破ってきたのが倒壊の原因とのことだ。」
部屋の壁を突き破るほどの拳。
俺はそれを知っている。今の俺の右腕、そして。
「左拳……左近か。」
「そういうことだね。すぐに逃げてしまったようだけど、内部には生活の痕跡が残っていたし長期間戮力荘を…橋船さんを、狙っていたんじゃないかな?」
「はぁ…戮力荘の認識阻害効果が無ければ、とっくに襲撃されていたかもしれないな。」
「少なくとも、戮力荘の大まかな住所はバレてると思いますよ。」
「…出入りには気をつけるようにするよ。」
背筋の寒気がいやに感じられた。
身震いがしたので、右腕を庇うように擦ると腕が泡立っているのが分かった。
俺はやっぱり狙われていたのか。しかも長期間。
「……ふん、つまるところ、この作戦を続ける価値が大いにあると言うことじゃないか。」
「そゆことだね。」
尖さんが好戦的な笑みを浮かべるのに、帯刀さんが頷く。
「んで、戦闘には僕達異端課から3名と、異端対策部4課が動員されます。」
「我々異端対応課からは…囮の広斗と私にねおん。
それと、広斗の逃走補助の暁に後方支援の輪廻の5名だ。」
「上下さんは?」
「あいつは技が持ち味だからな。圧倒的な筋力とは分が悪い。」
「なるほど。」
お二人が話している間、俺はぺらぺらと資料を読んでみる。
事細かな作戦内容は、とても1日で作れるレベルか疑わしいレベルだった。人の配置なんかもしっかりしてるし。
「ふー、ほんと戮力荘君はトラブルの元になるねえ…?」
「まあな。だが、そんな良い囮がいて、異端対策部は都合がいいだろう?」
「そうだね。だからこそ、君達の存在が許されてる訳だし。ウィン・ウィンってヤツだね〜」
話題の内容の堅さとは裏腹に、中々に緩い表情で2人は話しを続けていた。
「そういうわけで、作戦についてはこんなもんかな?」
「そうだな。」
「…え、もう帰っちゃうんですか?」
書類をまとめ出した真砂野さんに、椅子から立ち上がろうとする帯刀さんを思わず呼び止めてしまう。
「えー、なんですか橋船さん…帰ってほしくないんすか〜?」
「えっ、いやあその…」
「おい、あまり意地悪をするな。」
「意地悪じゃないですよ〜」
やけに嬉しそうなニヤけ顔で俺を見てくるので、思わず顔を逸らしてしまう。
なんか、この人との距離感掴みにくいな。
「いやあ…僕らも仕事があるんでね
…あーあ。帰る頃にはお昼かー。翔君お昼何がいい?一緒に行こうよ。」
「え、オレは……その、外食でいいですか?」
「いいじゃーん。」
和やかにお昼の相談をしだしてしまった。
いいな…外食。俺はしばらくは外には出れないわけで、外食なんか持っての外だろう。
「いいなあ……」
「……橋船さんも、行きます?」
「えっ?あ、すいません。口に出ちゃってましたか…?」
翔君が遠慮がちに誘ってくれるが、俺としては思わず口に出してしまっただけなので慌てて訂正をするしかない。
「というか…俺、外出れないので…外食は無理ですね…」
「そう…でしたね…」
「…じゃあ、作戦が終わったら打ち上げってことで一緒にご飯行かない?」
今度は心からの笑顔のようで、今まで笑顔の時は見えていなかった赤紫の瞳を覗かせている。
口元もどこか少年のようなあどけなさを感じる。
先程までの営業スマイルのような胡散臭さはどこへやら、随分気を許してくれているようだ。
「橋船さん、色んなところから狙われてはいるっぽいけど、異端対策部やら対応部の異端者が大勢いるんじゃ万一狙われても返り討ちにできますよ?」
「ふむ確かに……打ち上げか。いいじゃないか。」
「え、いいですよね。廃工場の近くいいお店あるかな…」
「あ…4課の方々も誘います…?」
「んー……また今度の機会でいいんじゃない?異端者同士のコミュニケーションの場ってコトで!」
“異端者同士のコミュニケーション”と帯刀さんが言うと、俺の視界の右端で真砂野さんは少し伏し目になってから、笑顔をこちらに向ける。
笑顔なのに、喜ばしさが見えない笑顔だ。間違いなく作り笑いを浮かべて話し始める。
「じゃー……私は場所探しますので…皆さん楽しんできてくださいね。」
「え、その、俺は真砂野さんにも来ていただきたい…です。」
異端者云々とかより、普通に真砂野さんとはもっと話したりしたい。それに、ここで除け者にするようなことはしたくないな。
「……橋船さん。」
「いいじゃんか、ねるちゃん!異端対応課との交流って考えたらメリットありありだよ?他の補佐の人も誘ってやろう?」
「…ありがとうございます。帯刀さん。
…じゃあ、補佐係全員呼びますね!橋船さん、補佐係には全員会いました?」
俺に続いて帯刀さんの後押しのお陰か、真砂野さんは今度こそは満天の笑顔を見せてくれた。
真砂野さんはかなり目が鋭い方だが、だからこそ、目一杯目を細めて笑うとなんとも愛らしい印象になる。ちょっとドキドキしちゃうくらいだ。
「…紫安には会ってないかな。」
「あー、んじゃあ打ち上げでファーストコミュニケーションを取ってもらうってことで…」
「まあ、彼なら初対面でも大丈夫かあ。」
「個室がある店がいいなあ。」
「オレも個室がいいです。」
「まあ我々の身分もありますからね…」
「任せてくださいよ。補佐係全員で探しますんで。」
「くれぐれも運命ちゃんにはバレんようにね。」
「お任せを!」
やる気も出てきたようで、真砂野さんはにやりとこちらへ威勢のいい笑顔を向けてくれる。
「というか、お仕事は良かったんですか?」
「あー…いいや、奈良さんいるし。運命ちゃんだけでもやれるはずだし。」
「…運命さんは、いつもオレ達に自分の分の仕事も押し付けるので…
腹いせにこれくらい…いいですよね?」
「ヨシ!」
帯刀さんはびしり、と両手の人差し指を翔くんに向ける。
意外だな彼、大人しそうだけど腹いせとか考えるのか。腹いせは悪いことじゃない。むしろこれまでの不満をぶつけてやれ。
「あ、この店どうですか?」
「どれどれ…」
「居酒屋じゃん。昼間やってる?」
「なんと!やってるんですよ…」
「よっしゃナイスー!!」
全体的に見ても帯刀さんの声が大部分を占めているせいでかなり野太い歓声が、リビングに響き渡った。




