12 捕獲大作戦【〜囮の俺を添えて〜】
「と言う訳で、こいつを使って犯罪者を誘き寄せることにした。」
「…悪い尖。もう一回言って?」
「こいつを使って犯罪者を誘き寄せることにした。」
「幻聴じゃないのか…」
ふらりとわざとらしい動作で輪廻さんはソファーに倒れ込む。
輪廻さんは夕方頃に帰ってきた。
そのまま洗面所から出てきたところを尖さんがリビングまで拉致してきたようだ。
その流れで俺達は、先程曽川さんや奈良さんと決めた作戦について話した。
「…それで、良いのかな?広斗。」
「俺は良いです!」
しっかりと決意を込めて言い切ると、またしても思いっきりゲンナリとした顔を向けてくる。
勘弁してくれ、と顔に書いてあるみたいだ。
「……尖、これから俺がいない時に何か決め事をするってなったら、一旦!俺に一報入れてくれ。頼むから。」
「電話とメールどっちがいい?」
「どっちでも……」
ふらふらとソファーから立ち上がって、輪廻さんは俺の肩をがっしりと掴む。
「い、いいんだな広斗!」
「な、何がですか!?」
いつも以上に大きい声に、なんだか圧を感じる。
「その、戦う方針で…いいんだな?」
「方針って…」
「……ここ、戮力荘は普通に生活をする異端者のサポートを主にしている。」
声のトーンを落として、輪廻さんは諭すような口調で続ける。
「君が望むなら、戦わなくても生きていけるようにすることはできるぞ?
…なんならそっちがメインなんだからな?異端対応部は。」
「重々承知しています!」
しっかりと輪廻さんの目を見て返事すると、輪廻さんは下を向いて大きく息を吐く。
「……分かった。異端者本人の自主性を尊重するのも異端対応部だ。」
「すいません、勝手に決めてしまって。」
「…いや、いいんだ。左近の話は聞いていたし、どうにかしようと策を案じていてもいたんだ。
…正直、俺も一つの作戦として囮作戦は考えてはいたが、何分君の安全を優先するあまり確認を怠っていた。」
「いえ、俺も新入りですし…こんな、出しゃばったりするのも…なんか、どうなんだろうって感じではあったので…」
「いやあ…」
頭を掻いて困ったような素振りをするが、どこか作戦実行のきっかけができて良かったと安堵する気持ちも見て取れる。
「…取り敢えず、異端対策部と連絡取って作戦の日付と…あっちの人何人呼べるかな…」
ぽつぽつと独り言を呟きながら輪廻さんはスマホを取り出して素早く操作する。
と、尖さんは近づいてきて笑顔でこちらに話しかけてくる。
「よく言い切ってくれたな広斗!」
「いえ、そんな…」
「そうだよ、よく言ったよ後輩。」
嬉しそうな表情を浮かべる尖さん、横にはいつの間にリビングにいた暁君がハイテンションで続ける。
「あのね、異端者って困難に直面した時に逃げるんじゃなくて立ち向かう人が多いんだよ……今の君みたいにね!
…なんか、君おかしいくらい普通だけど、ちゃあんとそこんとこは僕らと一緒だね!へへ。」
「いやあ…俺は、その、自分にできることをやりたいと思って…」
「その気持ちが立派!偉い!流石僕の後輩!」
すごい笑顔のまま、俺の頭を撫でようと手を伸ばす。
…手が届かないみたいで、つま先立ちをしてぷるぷるしている。
膝を曲げて屈んであげると、満足げな表情で頭を撫でだした。
「広斗!異端対策部と連絡取れたぞ!」
向こう側をむいてスマホを操作していた輪廻さんが声をあげる。
スマホをしまいながらこちらに近づいてくる。
「作戦に関しては通ったらしい。あちらからは異端者が3名と4課の戦闘員が来てくれるとの事だ。」
「へえ…そんなに来ていただけるんですか?」
「まあ、あっちもあっちで追い続けていた大犯罪者を捕らえる絶好のチャンスだ。念には念を…ということなんじゃないだろうか。」
どこか肩の重荷が取れたような顔で輪廻さんは軽く笑みを浮かべた、と思ったら一際真面目な顔になって俺に顔を向ける。
「それと、作戦の決行日も決まった。ちょうど1週間後に決行だ。」
「…はい!」
「今まで以上に厳しい修行を頼むぞ、尖。」
「無論だ。」
尖さんはしっかりと頷く。
厳しい修行はちょっと怖いが、頑張ると決めた以上全力でやり切ろう。
俺は出来るやつだ!多分。
「はいはいはい!輪廻君!僕は参加する!?」
声を上げたのは真っ直ぐに手をあげた暁君だった。いつもブカブカの袖に隠れていた小さい手のひらの指はきっちり揃えられていて、なるべく高い位置まであげようという魂胆が透けて見える。跳ねてるし。
「あー、暁はー…戦闘じゃなくて、広斗の避難を任せたい。」
「避難ー?」
眉間に思い切り皺を寄せて不満気な表情になった暁君は跳ねることもやめて輪廻さんに詰め寄る。
「なんでー?」
「集団戦だと活躍しづらいだろ?後輩を守ってやれる先輩としての立派な姿を見せてくれ。」
「お……おおお!」
“立派な姿”という所に痛く感動したようで、暁君は勢いよく俺の方を向いてきらきら輝くかのような左目で見てくる。
「後輩…僕頑張る…!」
「…ふふ、はい。俺も頑張るので、よろしくお願いしますね。」
「ふおおお!」
テンションが最高潮に到達したらしい暁君は、そのままリビングを飛び出してどこかへ行ってしまった。
なんか暁君このパターン多いな。
リビングの出入り口から暁君の楽しげな後ろ姿を眺めていると、尖さんにしては珍しい控えめな声が聞こえる。
「その……妹…さんは、来るの…か?」
「……ちゃんと止めてくれたらしい。無理やり会議とか捜査とか巡回とかをスケジュールに入れてくれたらしい。
ここ1週間は、アイツに自由はない。」
「そうかあ…!良かった…」
額の汗を拭って安堵の息を漏らした尖さんを見て、このタイミングだと思って一つ勇気を振り絞って質問をしてみる。
「…あの、輪廻さんの妹さんって…何者ですか?異端対策部の関係者の方なのは、何となく俺も察しがついてはいるんですけど…」
「……あー…」
「うう…ん……」
凄い、凸凹コンビだと思っていたが2人の動作は今回ばかりはほぼ一致した。2人して頭抱えてるしすげえ言葉に詰まってる。
「あー……俺の、妹は異端対策部所属だ。」
「やっぱりそうなんですね。どこ所属なんですか?」
「……異端課だ。」
「え?」
すこぶる顔色を悪くして、輪廻さんは俺から目を逸らして続ける。
「俺の妹も…まあ、異端者なんだよ…」
「そんな事あるんですか!?」
「結構このパターンあるんだよな…異端者の身内に異端者が多いのって。」
「異端者になるのに遺伝が関係してるかもといった話もあったな。」
「それはほぼ事実だ。証明はされてる。」
「実例……あったか?」
「ブラッドフィールド家の例があるじゃないか。」
「あー…そうだった。」
少し専門分野になってしまったからか、頭がショートしそうな俺の様子を見て、輪廻さんは話を元に戻す。
「とにかくだ、俺の妹は異端対策部異端課所属だ!その上、アイツはそこの課長を務めている。」
「……異端課課長…?」
まて、結構テレビで見たことがあるはずだ。
異端対策部異端課はその内情により常に注目の的でもある。
その代表でもある課長はメディア露出も激しく、記者会見などの公的な場の他にも週刊誌に取材記事が載ったり、挙句の果てには写真集なんかも出たりしていたはずだ。
あまり異端者に関心が無かった俺でも覚えている。
颯が彼女の写真集を持っていた。こっそり学校で見せてくれたのを思い出した。
艶のある銀髪、聡明そうな金色の瞳。
その容姿は、今目の前にいる輪廻さんのものと、そっくりであった。
「導身…運命!」
「…それがこいつの妹だ。」
あの日、俺と右近が会ったあの日。
俺は異端対策部異端課の輝かしい功績の綴られた新聞を読んでいた。その新聞の一面。
写真のど真ん中には彼女がいた。
異端対策部異端課課長、導身運命。今年で25歳。
彼女は現総理大臣導身縁志郎の御息女であり、異端者でもある人物だ。
異端対策部設立時、最も御し易く手頃な異端者として7年前に異端課のリーダーに据えられた彼女は、当初全く期待されていなかった。
当たり前である。
親が政治家、異端者、若い、女。ありとあらゆる要素が、彼女に対する偏見を作り出した。
だがまあ、今はそうはなっていないわけで。
むしろ彼女が課長の座に座って以来。異端者に対する印象は右肩上がりだ。
なにせ、彼女は強かった。当時都内を暴れ回っていた全ての犯罪異端者を、彼女は1か月もしないうちに全て撲滅した。
その後彼女がカメラマンに放った言葉は、その年の流行語大賞を受賞するほど、彼女の人気は凄まじいものになった。
『私は、自分ができることをしているだけです。』
んまー、あの頃を思い出すとこのセリフを言っていなかったヤツなんていなかったな。
俺達が遊び盛りのクソガキであったこともあるかもしれないが、このセリフを引用して先生に楯突くやつの多かったことよ。
それほどまでに、彼女は英雄扱いされた。
異端者であろうと、彼女は尊敬の的になり現在もそれは変わらない。
「…まじすか?」
「……うん。」
少しばかり興奮して、早口気味に言うが2人はどうもテンションが下のままだ。
「えっと、その、その妹さんがどうして……危険なものみたいに扱われているんですか?」
ぐっと顔を上に向けて、言葉を必死に探していた様子だった輪廻さんは、意を決したように顔を下げる。
「アイツな……凄い…ブラコンなんだよ…」
「…………は?」
両手を目元に押し付けるようにして、輪廻さんは続ける。
「いや、昔っから親父は忙しいしさ、母さんは……いないし、使用人達も信用できないもんで俺にずっとくっついてたんだよ。運命は。
もうほんとずっと一緒!風呂もアイツが泣くから中学校卒業までできる限り一緒に入れさせられたし。」
「は……はあ…」
「だからさ…いい年になっても俺がそばにいないと駄目らしくて
…いや、何もできないとかないんだぞ?むしろ異端対策部の活動はちゃんと出来てたし、学校では一緒の学校だったけど流石にクラスはおろか学年も違うしほとんど離れてたんだけどさ、でもいなかった分そばに俺がいないと嫌だ!って暴れるしさ…」
「あれ暴れるってレベルの話だったか?」
「一旦そういうことにさせて尖!」
長々と早口で、でもなんでかしっかり聞き取れる口調で輪廻さんは遮られた話を続ける。
「はあ……俺達は異端対応課を作った際にテロっただろ?」
「え?あ、あーそんな事言ってましたね…」
テロったって、そんな軽く言うか?
「そんときに、運命を巻き込まなかったことをアイツ未だに怒っててな。
…会うたびにその事を追求されるし……監禁されそうになるし…」
「……その上、私は女だからなのか非常に、異常なレベルで恨まれている。」
「はは……我が妹ながら恐ろしい奴だよ…」
「私でも彼女相手に戦って勝てるとは思えないし…なるべく接触したくないんだ…」
「……」
こわ、何それ。
怖いポイント1、中学校まで兄と一緒に風呂入ってた。怖い。親止めろよ。
怖いポイント2、暴れる。怖い。思い道理にならないからって暴れるのは駄目だろ…
そして怖いポイント3……尖さんが勝てない。
このバケモンみたいな人が勝てない?なんなの?
「輪廻さん……苦労してきたんですね…」
「いや、んん……まあ、甘やかした俺の責任も…あるし…」
「いやそれ踏まえても妹さんがおかしいと思うっす。」
「…うぅん…」
項垂れる輪廻さんの肩をさする。
かわいそうに、過去の出来事を思い出しているのか顔が真っ青だ。
「……以上の理由から、私達は彼女と接触したくない。」
「暁もな…アイツも初期メンバーだし…」
尖さんですらいつものクールな表情を崩して苦しそうな顔をしている。
本当に何をされたんだ?
「……来なくて、良かったですね。」
「…ああ。」
暗い顔の輪廻さんは、話す気力が切れてしまったのかリビングの出口へのろのろ歩いていく。
「…明日、異端課の作戦参加者が3人、戮力荘に来るから…忘れないようにな…」
「あー…何時ですか?」
「10時頃だそうだ……」
こちらをちらりと振り返ってから緩く手を振って、輪廻さんはリビングを出ていってしまった。
「…大変そうですね。輪廻さんも、尖さんも。」
「はは、まあ、こればっかりはな…」
ふう、と軽くため息を漏らした尖さんは、俺の肩に手を置いて軽く叩く。
「お前は安心していい、今回の作戦もそうだ。
囮になることを快く受け入れてくれたお前の気持ちに報いるよう、全力を尽くそう。」
「…俺はできる限りの事がしたいので!できる事なら囮でもなんでもやります!」
「…ありがとうな広斗。」
緩やかに目を細めて、尖さんは言った。
「明日は軽くしかできないが、これからビシバシ!訓練するからな!覚悟しろよ?」
「はい!望むものです!」
作戦決行まで、残り7日か。
……自分で自主トレもしようかな。




