11 異端対策部異端課補佐係
左右達と愉快に遊んだ日から、2日。
お昼のチャイムが鳴り響く中、俺はまたしても戮力荘の中庭のグラウンドにぶっ倒れていた。
昨日全力で全ての宿題を終わらせて、心置きなく特訓に臨んだ。
怪我が一番少ないと言われて余裕なのではと思っていた節もあったが、一度ボコボコにされただけでは
あまり変化は無かった。
全身が非常に痛い。
「お疲れ様、チャイムなったから今日はこれで終いだ。」
「うっす……」
尖さんが手を差し伸べてきたため、その手を掴ませてもらって立ち上がらせてもらう。
「……立ててるな。」
「えっ……あ、本当だ。」
かなり足がガクガクしているが自分で立つことができた。やっぱさっきのウソ、変化してるわ。
「…なんか変えたりしたか?」
「あー…あ、はい。」
一昨日言われたことを思い出して、俺は今日の修行で気を配ってみたんだ。
「その、ねおんさんが新体操をやっていたから体の使い方が分かっていて手ごわかったと言っていたじゃないですか。」
「言ったな。」
「なので俺も、昔やってたみたいなフォームで走って避けるようにしました。」
「…確かになーんか避けられると思ったんだよな…」
それは気付いてほしい。
「自分の経験を生かすことは大事だからな。今後もそういった部分を伸ばしていくといい。」
「ありがとうございます!」
尖さんに体育会系仕込のお辞儀をしてから、俺達は保健室に向かった。
「今日ももしかしてスタミナ丼ですか?」
「…嫌だったか?」
「いえ、最高に嬉しいです。」
「それは良かった。ふわりも喜ぶよ。」
嬉しそうに尖さんは俺の傷に消毒液の染み込んだコットンを押し当てる。
痛いけど、ここまで近い間隔で何度もやられているともう慣れてきてしまった。
「そうそう、今日午後から来客があるんだ。君にも同席してほしくてね。」
「来客…ですか?」
「まあ、客というか監視員と言うか…そんな感じだ。」
なんだかよく分からないが、来いと言われた以上行く以外の選択肢はないだろう。
俺は痛みを耐え凌ぎながらそう思った。
◇◇◇
「うんま!今日のスタミナ丼もうっま!」
「いい食いっぷりだね〜」
勢いよくスタミナ丼をかき込む俺をふわりさんが正面に座って眺めている。
人にじろじろ見られながら食べるのは嫌だが、こうも微笑ましそうに見られるとなんか許せるような気がする。
「へへへ。でも急ぎすぎて変なとこに入っちゃわないようにね〜」
「んっぐ、はい!」
一際大きな肉をしっかり噛んでから飲み込む。
美味しいな本当。
一昨日と少し変わってニラが入っているが、しゃきしゃきとした食感がまた堪らない。
「ごちそうさまでした!」
「は~いお粗末様でした〜」
にこにこしながらふわりさんは丼をキッチンの洗い場に持っていく。
「そうそう、広斗君。食後すぐで悪いんだけどね、広斗君に会いたいって人が来てるの。」
「あ、尖さんも言ってました。」
「もう聞いてたのね〜じゃあ1階のリビングで待ってるみたいだから、歯を磨いたらすぐ行くんだよ〜」
「わかりましたー!」
軽く挨拶をしてからダイニングを出て、そのまま洗面所へ向かう。
歯磨きをしながらどんな客が待っているのかワクワクしながら考える。
なんだろ、まだ会ってない戮力荘の住人とかかな?
ここ数日忙しいことが続いていたが、それは同時に俺の平凡を極めたような日常が普通じゃない方に向かっていくことでもあった。
未だによく分からないところも多いし、不安が全くないと言ったら嘘になる。でもまあ、だからこそ楽しさを見出していきたいよな。
さっさと歯磨きを終わらせて、鏡で髪の毛を整える。ちょっとでもいい感じの髪でお客さんの前に行きたいのだ。
整髪剤とかは使ったことがないから、水で濡らした手で髪の分け目をいい感じに整える。
「よし、なんかいい感じだ。」
よーし、準備はできたぞ!はじめましてをしようじゃないか!
◇◇◇
リビングに着くと、そこには尖さんと知らない人が2人いた。男性と女性、1人ずつだ。スーツを着込んだしっかりとした社会人といった雰囲気だ。
一気に2人も知らない人が出てきて驚いたが、見知らぬ方の女性の方が気さくに話しかけてくる。
「はじめまして!橋船広斗さんですね?」
「は、はい。はじめまして…」
「広斗、とりあえず座れ。」
尖さんに促されて、俺は尖さんの隣に座る。正面には2人がいて向き合う形になっている。
ぴしりとしたパンツスーツとしっかり一つに纏められたくすんだ水色の髪の女性は、スーツの印象とは少し違い中々にフランクな方のようだ。
思った以上にぐいぐい来られて少し驚くが、顔には出さない。
出したら負けだ。なんかに負ける。
「私は、異端対策部異端課補佐係の曽川菖蒲です!普段から戮力荘関連の仕事を多く任されていますのでよく顔を合わせることになると思いますが、よろしくお願いしますね!」
「よ、よろしくお願いします…」
やばい今なんていった?
異端…補佐…なんたらと長い役職をいっぺんに言われると分からなくなる。
少し脳がフリーズしていると、もう一人の男性の方が硬い表情を崩さずに話し始める。
「…私も、同じく異端対策部異端課補佐係所属の奈良斗真と申します。業務としては相方の言った通りです。よろしくお願いいたします。」
「ど、どうも……」
一切顔の表情を変えずに奈良さんは形式張った挨拶をしてくる。曽川さんとは違って無愛想な印象だ。薄黄色の目が鋭い。
だが俺はこう言うクールな人には憧れる。
「今日我々が来たのは…まあ、いつもの定期監査もあるんですけどね!」
「しかしながら、広斗さんには伝えておかねばならない伝達事項がありまして、この度勝手ながらお呼び出しをさせて頂きました。」
「…はあ。」
2人とも話を続けながらも鞄からファイルを取り出す。
奈良さんは俺にファイルを渡す。
「これは…?」
「こちら、以前より発生していました『連続破壊強盗』の事件の一連の資料になります。」
「『連続破壊強盗』?」
「はい、ニュースにその名前が乗ることはありませんので耳馴染みはないと思いますが、警察ならびに異端対策局ではその呼び名が使用されています。」
「そうなんですよ!」
曽川さんが会話に割り込んでくる。資料をガサガサめくって言う。
「この『破壊強盗』は、1年ほど前に始めて被害を出していてその特徴から異端者犯罪であると断定された事件なんです!」
勢いよく資料を俺に突きつけてくる。
資料には写真が大きくなっていて、中央部分には大きく赤で丸をつけられている。
「……はぁ。この強盗の特徴としては2つ。
ありとあらゆるセキュリティを破壊することで無効化する悍ましいほどの怪力、そして…」
「標的になった全ての被害者が、この強盗の被害を受けた影響で自身の行なっていた悪事が日の目に晒されたことです。」
「…それはつまり…」
「被害者は全員余すことなく悪人だった、ということなんだろう?」
尖さんが俺の言いたかったことを言ってくれる。
どういうことだ…?と思ったが、ここで一つ思い出したことがあった。
『こっ!!これ…は金庫…!!だよ。』
『金庫…?』
『お…俺と兄ちゃんはね!!わ…悪い奴らからお金をと…取り返してるんだ!!こっこれはね……そ…そいつらから取り返したお金…なんだ!!』
「……もしかしてですけど。」
「はい、広斗さんのご想像の通り、この『破壊強盗』は先日貴方が遭遇された『右腕強靭』の能力者…右近の事です。」
うわー、そんな事言ってたわ!
すっぽり頭から抜けていたがアイツの異端者犯罪が引き金になってこんなことになってるんじゃん。
「…しかしながら右近を尋問する上で、もう一人の共犯者の存在が明らかになりました。」
「…あ、右近の言ってた…『兄ちゃん』とやらですか。」
「その様です。」
「ですので我々は今回、右近さんと接触した上で逮捕の要因となった広斗さんに会いに来たのです。」
「…えっと?なんでですか?」
奈良さんは硬い表情をさらに険しくする。
そんな様子の奈良さんに変わって曽川さんが話し始める。
「……右近の兄…『左近』は、まだ逮捕されていないんです。」
「彼らは被害者が犯罪を犯していることを把握するほどの情報通でもある。それを明らかにするように強盗を働いていることから、かなり詳しく情報を集めることに長けていると思われる。
……広斗さんが右近に接触したことで逮捕されたことも、広斗さんが新種の能力の持ち主であることも把握している可能性があります。」
おっと、なんか凄く嫌な予感がしてきた。
「…貴方のことを個人的に狙う危険性が非常に高いです。」
「広斗のことを能力を都合よく扱うためだけでなく、広斗に個人的な恨みがあるために狙うのか。
……まずいな。」
本当にまずいじゃん!ガチガチの犯罪者に利益とかでもなく私怨で狙われてるのかよ!
「…えっと、俺は、どうすれば…」
「現状、広斗さんは能力を操ることがそこまで出来ていない、または能力の全容を把握できていません。そうした要素から、広斗さんには戮力荘の中で左近逮捕まで過ごしていただきたい。」
奈良さんは極めて真面目な表情で淡々と告げる。
「……待ってくれないか。」
「…どうぞ、鬼ヶ島さん。」
尖さんが待ったをかける。
少しばかり驚いたような顔をしたがすぐに表情を元に戻して奈良さんは尖さんに話を続けさせる。
「広斗は現在、能力の特訓中だ。私から見てもかなり筋が良い。」
「…な、何が言いたいんですか鬼ヶ島さん!」
混乱している様子の曽川さんを尖さん尻目に、尖さんは続ける。
「もう少し特訓すれば我々には劣るかもしれないが自分の身を守るくらいはできるようになるだろう。」
「尖さん……」
「だから、こいつを囮にして左近を捕まえないか?」
「尖さん!?」
待て待て待て待て、待て!
「俺そんな戦えませんよ!?」
「そっ、そうですよ!それに彼は高校生ですよ!」
「高校生云々を言うのなら、うちにはねおんがいるぞ?」
「そ、そういうことじゃなくてですね…」
俺と曽川さんは焦りながら尖さんに対して捲し立てるように説得をする。
一方の尖さんは冷静なまま続ける。
「それに、だ。」
「別に戦えとは言っていない。
お前には身を守れるくらいの実力があればいい。だってお前は攻撃を避けることが得意だろう?」
「……一理あります。」
「ちょ、奈良!?」
尖さんの意見に突然賛同した奈良さんに対して、さらに焦っている曽川さんは目をまん丸に見開く。
「右近が言うには、左近は非常に慎重な男です。復讐対象という一番に狙うべき『悪人』が表に出てこない以上、表立って行動することはないでしょう。
彼を使って誘き寄せないと捕まえることができないのではないかと思う。」
「そ、それはそうかも知れないけど…」
かなり合理的な説明を受けて何も言えなくなってしまったのか、曽川さんは黙り込んでしまった。
「……その…つい先日まで、ごく普通の高校生だった方を、そんな簡単に戦場に送り込んで…いいんでしょうか?」
曽川さんは俺の方に自信なさげな視線を送る。
「曽川さん…」
「私は、あんまりそういうのは…やりたくないのにやらせるのはナシだと思います。
広斗さんは、戦えますか?ガチの犯罪者相手ですよ?辞めるなら今です。」
「……。」
現在、曽川さんは俺のことをしっかり考えてくれている。
ごく普通の高校生のことを、まだ未来ある若者として考えてくれている。
……ありがたいな。
でも、だからこそ俺はハッキリ言い切らないといけないな。
「俺は戦えます。やります。」
ありがとうございます、ごめんなさい。
俺は自分のできることをできる限りやりたくなる人間です。
「…そっか、なら私から言えることはありません!
全力でかましてやりましょう!」
曽川さんは不安げな様子だが、確かに笑顔を顔に浮かばせる。そのまま、資料をカバンにしまい込んで話し始める。
「この作戦は上に報告しますね。まあ多分通されるんじゃないですかねー
奈良も賛成みたいだし、説得する必要があったとしても余裕だと思いますよ!」
「賛同した以上、全力で協力しましょう。」
「ありがとうございます。」
「広斗、今以上に特訓は厳しくなるぞ?」
「……良いです!」
一瞬、うわ、嫌だな、とも思ってしまったが、今の俺は止まっている場合じゃないのはこの2日で分かった。
俺は非常に危うい立場にいるのは、もうしっかり自覚した。
「あの……今日は導身さんはいらっしゃらないんですか?」
「ああ、今日は用事らしくてな。1日空けているんだ。」
「そうですか、でしたらこちらの資料を渡していただけますか?」
奈良さんがまた新しいファイルを取り出して尖さんに手渡す。
「…あれか?」
「はい。」
「…分かった。」
表情を険しくしてファイルを受け取る。
奈良さん達はそのまま用は済んだと言わんばかりにソファーから立ち上がった。
「それじゃ!私達これで失礼しますね!」
「その……あの、輪廻の、妹には、よろしく伝えてくれ。」
「え。」
奈良さんが焦った。非常に困った顔をしている。
「…………それは鬼ヶ島さんがよろしくと言っていたと、お伝えするべきですか…?」
「馬鹿!……導身さんからですよね?」
「あ、あーそうしてくれ。それと、この作戦には輪廻も携わっているとさりげなく伝えてくれないか?」
「…はー、なるほど…分かりました。」
額に浮かんでいた汗を素早く拭ってから、奈良さんは少し明るい顔で続ける。
「でしたら導身さんにも、今度、異端者対策局に来てほしいと伝えておいてくださいね?」
「えっ、あっ……分かった。伝えておくよ…」
しぶしぶと言わんばかり苦い顔を隠さずに答える尖さんを見て、奈良さん満足したような顔でお辞儀をする。
「それでは、また今度。」
「ああ、今日はありがとう。」
「広斗さん!特訓頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます!」
曽川さんがぐっと両手をあげてファイトポーズをとってこちらを見たので、俺も一緒にファイトポーズをとる。
「それでは失礼します。」
「失礼しますー!」
異端対策部達は帰っていった。
◇◇◇
公用車の中で運転席の奈良と助手席の曽川は先程の出来事について話し合っていた。
「奈良ーどう思う?広斗さんのこと。」
「…どの観点から見ての話だ?」
「異端者として、どう思う?」
赤信号だ。ブレーキを緩くかけて車が止まる。
「…異端者としては、話が通じる部類だろう。
ただ、まあまだ若いのが懸念点だな。」
「経験がないと戦いはどうにもならないところあるからね…」
窓の外を眺めながら独り言かのように曽川は呟く。
ふと浮かんできた疑問をそのまま口に出す。
「さっきのファイル、何だったの?」
「…例の団体の資料だ。」
「あー、あの訳わかんない犯罪者集団?」
「ああ。」
青信号になって、奈良はゆっくりと車を走らせる。
「最近、表舞台に出てきた上宣伝するかのように名前をひけらかしている。意図が掴めない。」
「宣戦布告のつもりか…?犯罪者風情が…」
「可能性はある。」
ハンドルを持つ手に力が籠る。
眉間にシワを寄せて奈良は続ける。
「『破壊強盗』の犯行の手引きもしていたとは、驚いたがな。」
「んねー、あの時めっちゃ驚いてたよねー」
「……」
ムッとした顔になっているが、耳が赤い。
彼は恥ずかしくなると耳が赤くなるタイプなのは、相棒にはとっくにバレていた。
くすりと助手席の方からする笑い声にムッとした表情を見せる相方を見て、曽川はそれとなく視線を外す。
「…はっはー、でも本当、なんか急に状況が動き出してさ。怖いねー」
「仕方がない。異端者犯罪を手引きする異端者の集団だなんて、歴史上類を見ないレアケースとも言える。」
「手引きってのがレアよねー。
大抵の異端者は自分で前線に立って戦うのに、よく異端者特有の闘争本能を抑えてサポートに徹してるよ。そこも訳分かんないけどさ。」
「表立って犯罪をしないせいか、構成員には民間人も多くいるらしい。」
「困ったなー警察と連携じゃん…」
「…そこは俺も嫌だ。」
「っはー、公務員きっつー。マジ給料上がんないかなー」
「望み薄だな。」
助手席の上でぐったりと体勢を崩す相棒を横目に、奈良は軽く笑う。
「……しっかしなー、マジで左近の野郎は何をしてるんだろうね?」
「…わからん。武器でも整えているのか?」
「それかなー」
「いずれにせよ、奴を捕まえれば、」
「必ず『讃美教』に繋がる手がかりが掴める。」




