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快晴の空に 〜幻想世界のなんでも屋〜  作者: ろこやるく
第11章 青年と彼女
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11-7 送り狼の襲撃[◆]

 ある人からは「自分を守る意味を考えろ」と言われた。

 また、ある人からは「もっと甘えてください」と言われた。

 そして今、ようやく彼らの言わんとしていたことが解った。


「そっ……か。そういうことだったんだ」


 “自分くらいしか守れない。自身の平穏を保つことで精一杯”


 僕はそう考えていたが、どうやら自分すらも守れていなかったようだ。

 僕が姫宮家を出るというこの行動は、果たして自分を守るための行動と言えるだろうか。

 真田宗治にとっての“望む平穏”と言えるだろうか。


 そして――。


「俺のことを信じたい、か」


 数日前に再会した少女――美山姫奈みやまひめなの言葉を思い出す。

 必死に引き留めようとする、少女の泣き顔。初めて出会ったときとは正反対の表情。

 少女は明らかに、僕が去っていくことを強く拒んでいた。

 それはつまり、僕のことを――。


「俺を必要としてくれている人が、姫宮家むこうにいる」


 僕の望む平穏が、もし姫宮家の皆と同じものならば。

 僕がすべきことは、彼女たちと距離を置くことなんかじゃない。


 僕がすべきこと――したいことは。


「瑠里、俺は決めたよ」


 大切なことを教えてくれた瑠里に、僕は告げる。


「俺は――」


 言いかけたそのとき。


「ん、何の騒ぎ?」


 外がやけに騒がしい。

 村人達の声――叫び声が聞こえる。

 その中に混じって、犬か狼といった類の獣の鳴き声が聞こえた。

 その鳴き声はいくつも重なっており、一頭でないことが分かる。


「この鳴き声、もしかして」


 瑠里は立ち上がり、窓のカーテンの隙間からそっと様子を伺う。


「やっぱりまただ……でもどうして」


 くるりと振り返り、顎に手を当てて考えている瑠里。


「ここら辺に住む幻獣?」

「うん。送り狼っていう人の後をついてくる妖怪が元になっている幻獣なんだけど……基本的には“転ばなければ”安全なはず」


 送り狼。僕も実界で聞いたことはある。夜中に山道を歩いていると、人の後をついてくる日本の妖怪だ。転んでしまうと食い殺されると言われている。

 だが、外から聞こえてくるのは村人達の悲鳴と送り狼の群れの吠える声だ。どちらも複数いる。

 本来の送り狼の伝承からすると有り得ないシチュエーションだ。


「送り狼が複数人の人間を襲うなんて話、確かに聞いたことがないな」

「そうなんだよね。複数人が同時に転んで群れに襲われるなんてこと、あるのかな……いやでも、有り得る……?」


 瑠里は独り言を言いながら、寝間着の上に青いカーディガンを羽織り、ナイフを手にした。


「とりあえず、助けに行かなきゃだな」


 僕も急いで脇に置いていた刀を手にして、扉を開けた。



 扉を開けた先では、数人の村人が送り狼の群れに囲まれていた。

 その数人の中には、見覚えのある人が居た。


「肉屋のおじさんっ!」


 瑠里の叫ぶ声に、ハンマーを構えた大男がこちらを振り向く。


「おお、さっきの青年と嬢ちゃんじゃないか! 見ての通りのざまなんだ、どうか助けてくれ!」


 僕は肉屋の男の声に頷いた後、瑠里に言う。


「俺が石を投げて送り狼の気を引くから、瑠里は少し離れたところにいて。その間に村人達を避難させてほしい」

「そんなことしたら宗治が危険だよ、ボクにはできな――」


 拒む瑠里の前に鞘付きの刀をそっと突き出し、離れることを促す。


「……宗治の馬鹿」


 そう吐き捨てると、口を尖らせてふいっと僕に背を向けた。

 瑠里と十分な距離ができたのを確認して、僕は送り狼たちに向かって石を投げた。

 村人達を囲んでいた送り狼たちはこちらに気付き、唸りながらじりじりと近づいてくる。

 四頭の送り狼に囲まれる。少しでも動けば一斉に襲い掛かってくるだろう。


 だが、同時に動き出して見える群れの中には、必ず僅かに先駆けて動き出す送り狼――つまり、群れのリーダーがいるはずだ。

 そいつを狙えば、群れは統率が取れなくなり単体の意思で動き始めるようになる。そうなればあとは一頭ずつ倒していくのみだ。


 送り狼の背後で、瑠里が村人たちを誘導している姿が見える。

 彼らの姿は少しずつ遠ざかり、酒場の中へと入っていった。


 鞘付きの刀を前にそっと構え、送り狼たちを警戒させる。

 送り狼たちと僕との距離は五歩くらいか。彼らが飛びかかるには十分の距離だ。


 ――今だ。


 刀を振り上げる素振りを見せる。

 送り狼の群れの一頭が、僅かに他の送り狼たちより速く動き出すはずだ――。


「――っ!?」


 四頭の送り狼が“同時に”こちらに飛びかかってきた。

 戸惑うも束の間、群れの中の一頭をなんとか刀で突き飛ばす。

 飛びかかる送り狼の間を抜けて、なんとか袋叩きを回避した。


 呼吸を整え、思案する。

 なぜ四頭とも寸分たがわぬ速さで同時に飛びかかってきたのか。

 いや、そう見えただけなのだろうか。


 考えるが、答えは出てこない。

 こうなれば、先ほどの要領で一斉攻撃を回避しながら一頭ずつ倒していくしかない。

 成功率は元の作戦より格段に低いが、不可能ではないだろう。


 もう一度刀を前に構える。

 先ほどと同様に送り狼たちがこちらを囲んでいく。

 残りは三頭。四頭よりは危険度が低いが、まだ気は抜けない。


 再び一斉に襲い掛かってくる。

 襲い掛かってくるうちの一頭を叩き、その空いた間を抜けて攻撃を回避しようとする。

 が、


「な……っ!?」


 頭部から背中にかけて強い重みを感じる。

 子供がいきなり飛び乗ってきた時のような。いや、そんな重みとは比べ物にならない衝撃に耐えられず、僕はうつ伏せに倒れる。

 頭上では唸り声と荒い呼吸が聞こえる。どうやら送り狼は四頭ではなく、五頭いたようだ。

 きっとどこかの民家の屋根の上に潜んでいたのだろう。


 僕の上にまたがる送り狼が、瑠里から貰ったカーディガンに噛みつく。

 その直後、僕を囲む送り狼たちも身体に甘噛みしてみたり、舐めまわしてみたりする。


 群れのリーダーは、おそらくこの送り狼だ。

 が、僕は気付くのが遅かったみたいだ。


 右のすねを甘噛みしていた送り狼が、牙を肉に突き刺した。

 その痛みで反射的に抵抗するが、抵抗すればするほど牙は深く突き刺さる。

 強くなっていく痛みに耐えきれず全身をよじらせ、振り払おうとした。

 そうすると今度は左肩を舐めまわしていた送り狼が、逃すまいと強く噛みついた。


「く……ぅっ」


 あまりの激痛に声が出ない。

 息を一度吸うだけで、痛みはズキズキと全身に広がっていく。

 噛みつかれた左肩から、大量の血液が流れだす。

 こちらからは見えず痛みの感覚しか分からないが、右足からも同様に流血しているのだろう。


 息が上手くできないせいの酸欠か、出血によるものなのか、はたまた激痛に耐えかねたのか。

 視界は少しずつ狭く暗くなり、意識は薄れつつあった。


 ああ、そうか。

 きっと瑠里もあのときは、こんなに苦しかったのだろう。

 そして僕は、守りたいものを守れず悔やんでいた。


 今度は逆の立場になった。

 僕は痛みに苦しむ。だが、後悔はない。誰一人犠牲にならずに済んだのだから。

 僕一人の存在がなくなるくらい、大したことではない。

 彼女を守ることができたのなら、そんなことはどうだっていい。


 最後の牙が、首に触れる。

 牙の先端が少しずつ首に食い込んでいく。

 もう少しで皮膚が突き破られ、食い殺されてしまう。


「…………」


 僕は瞼を閉じ、その瞬間をそっと待ち受けた。


 そのとき、背中に涼しい風が吹き抜け、送り狼の影がなくなった。

 右足と左肩の噛みつかれる感覚も消えた。


「大丈夫ですか?」


 聞こえてきた声に、僕は瞼を上げる。

 黒いズボンに、青いスニーカー。

 なんとか顔を上げ、声の主を確認する。


「……龍斗、くん」


 月明かりを背に、少年――黒井龍斗は立っていた。

挿絵(By みてみん)

「いくら宗治さんとはいえ、送り狼の群れに一人で挑もうだなんて無茶ですよ」


 その立ち姿は、僕がいつか見た黒髪の青年によく似ていた。



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