11-6 自分の守り方
リビングに入ると、テーブルの上には先ほど集落の人たちに貰ったパンと干し肉が並べられていた。
「あ、おかえり。お腹空いたし、せっかくだからさっき貰ったの食べようよ」
無邪気な笑みを浮かべて、大量のパンが入った大きな袋の中をがさごそと物色する瑠里。
プレゼントを貰った子供のようなわくわくした表情でワインボトルを取り出し、テーブルの真ん中にどんと置いた。
「そのワインって、酒場を訪ねたときに貰ったやつか」
「そうそう。丁度干し肉もあるし、乾杯しちゃおうよ」
テーブルの上に置かれた二つのワイングラスに赤い液体が満たされていく。
ソファに座り、差し出されたグラスを手に取る。
「乾杯。今日はありがとう、瑠里」
「うん、宗治もお疲れ様」
ワイングラスのぶつかり合う音が小さく鳴るのを聴いてから、グラスをゆっくりと口元に近付けていく。
そのとき、ふとグラスを持つ手と逆の手に目をやる。着物をまとっているときの癖だろう、自身が着ているカーディガンの袖口を押さえていることに気が付いた。
瑠里も僕のその仕草に気付いたらしく、ふっと笑った。
「ふふっ、着物は袂が気になっちゃうもんね」
「ううん……やっぱり洋服は慣れないな」
袖口を押さえていた手を膝の横にやる。なんだか少し気恥ずかしい。
「宗治、たまに学生服でも同じことしてたよね」
「え、そうなの?」
「あれ、自分で気付いてなかったの?」
「それは気付いてなかったな」
僕の洋服でも袖口を押さえてしまう癖は、今に始まったことではなかったようだ。
「でも宗治、洋服も結構似合ってるよ?」
パンをもさもさとほおばりながら、瑠里はじっと僕を見る。
「そ、そうですか」
恥ずかしくなって、彼女から目を逸らす。
ワインをぐびぐびと流し込んでなんとか気を紛らわした。
「でも、着物の上にジャージ着てたのはびっくりしたなぁ、すごく斬新だった」
「そんなに変かな。隆一にも同じことを言われたんだけど」
「変っていうか、個性が速度超過してるね」
「速度超過って……俺は自動車か何かか」
よく分からない表現で遠回しに“アウト”を告げられ、じわじわと傷つく真田宗治。
瑠里なりの優しさだったのかもしれないが、そのオブラートの隙間から地味に染み出る苦みが辛いのだ。
だが彼女はそんなことはお構いなしに楽しそうに笑っている。
「ふぅ……こんなに楽しい食事って久しぶりかも」
笑い過ぎで涙が滲んだのか、瑠里は両手で目を押さえる。
「誰かと一緒にご飯を食べるの、久しぶりでさ。その久しぶりが宗治で……嬉しいよ」
彼女は片手に持ったワイングラスを見つめながら、僕にそう告げた。
はにかむ瑠里の横顔は昔と変わらず、あどけなさと儚さがあった。
「俺も、瑠里とまた会えてよかった」
三上瑠里が生きていて、ちゃんとここにいる。その事実をもっと感じたい。
そう思った僕は、彼女の空いている手をそっと取った。
「……そう、じ?」
取った手は温かく、四年前に感じた冷たくなっていく感覚が間違いだったことを教えてくれる。
「生きていてくれて良かった」
あのとき、彼女を守ることはできなかった。だけど失ってしまったわけではなかった。
その事実が、少しだけ僕の心を軽くした。
「あの……これ、は」
「あ、ああ。ごめん。ちゃんと生きてるんだなぁって確かめたくて」
手を離すと、瑠里はむっとした表情を浮かべて呟く。
「……そりゃ喋ってるんだから、生きてるよ」
「そうだね、ごめんごめん」
「別にいいよ」と言うと不機嫌そうに干し肉をワイルドに噛みちぎる。
「ところでなんだけど、宗治はどうして幻界に来てるの?」
もぐもぐと干し肉を噛み砕きながら、瑠里は僕に尋ねる。
「あのあと色々あってね。実界に居づらくなって、幻界を放浪してたんだよ」
「そうなんだ。今の今までずっと……?」
「いや。ちょっと前まではある家で少しの期間お世話になっていたよ」
「ある家って? ここから近い?」
瑠里はずいっと身を乗り出し、興味津々に聞いてくる。
「少し離れたところにあるかな。姫宮リリアンさんっていう女性の家なんだけど……」
「じょ、女性っ!? 宗治、女の人と住んでたの?」
「い、いや。そうだけど変な意味は特になくて――」
答えた先から妙な誤解が生まれ、それを解くためにまた答え、そこからまた新たな誤解が生じる。
そんな会話を何度も繰り返して、二時間程が経過した。
「……なるほど、それで宗治は姫宮家に居られなくなってまた放浪の旅をしていたんだね」
気付けば姫宮家にやって来るところから現在まで、大体のことを話してしまっていた。馬鹿か僕は。
「うん。そして現在に至るってところかな」
「そっかぁ……姫宮家に戻りたいって思う?」
「戻りたいも何も、戻ることは不可能だろうなと」
僕の罪が暴かれてしまった以上、もう二度とあの平穏は訪れない。僕はそう考えていた。
戻りたいと思うことも、きっと僕には許されないだろう。
「宗治は、もう少し自分を守ることを覚えた方がいいよ」
唐突に、いつか聞いたような言葉を瑠里が放った。
「俺はこれ以上ないくらいに自分を守ってるつもりだよ。前にも同じことを言ってたヤツがいたけど、俺は自分くらいしか守れない」
他の何かを守る器なんてなかった。目の前の大切な人すら守れなかった、そういう人間だ。
「そうじゃないよ、宗治。ボクが言ってるのは自分の守り方だよ」
「自分の守り方……?」
空になったグラスにワインを注ぐ。
気付けばボトルは空になり、グラスに注がれたワインは半分にも満たなかった。
「自分しか守れないって言うけど、違うよ。自分を守ることが、他の誰かを守ることに繋がるんだよ」
「……どういうことさ」
自分を守ることで、他の人を守ることができる。そんな都合の良い話があるだろうか。
解らない。彼女の言っていることが。
「宗治が幸せに生きていてくれることを願う人たちだよ。宗治が救われることで、その人たちも救われる。だから――」
幼くも、見守るような笑顔を彼女は僕に向けて言う。
「宗治はもっと、自分を大切にしてくれる人を頼っていいんだよ」
――自分を守るために、自分を大切にしてくれる人を頼る。
そうして自身が救われることで、大切に思ってくれる人も救われるのだと。
彼女――彼らは、それを僕に教えてくれた。




