11-8 立てる誓い
痛みで麻痺した身体を動かし、仰向けになる。
そこには見覚えのある顔ばかりがあり、皆心配そうにこちらを見ていた。
「見事にボロボロやないか。どんだけ心配させたら気が済むねん」
苦笑を浮かべながらしゃがみ込む幼なじみ、飛鳥隆一。
「せやでぇ、送り狼追い払う依頼で村に来てみたら、まさかこないなとこにさなくんがおるなんて思いもせんだわ」
飛鳥鈴音はにっと笑って、僕の頬をつついた。
「宗治っ!」
瑠里は涙を浮かべて僕の右手を握る。言葉が見つからないのか、黙って僕を見つめる。
「真田さんっ……酷い怪我……!」
少し遠くの方から、姫宮リリアンの声が聞こえてくる。
「宗治のこと頼むで、リリアンさん」
「はい、お任せください」
こちらに駆け寄ってきたリリアンさんは、僕の左肩と右足に手をかざす。
優しく暖かい、白い光がかざされた手に灯る。灯された箇所の痛みは徐々に和らぎ、やがて出血が止まった。
「応急処置は済みました。しばらくお休みになれば少しずつ回復されると思いますよ」
リリアンさんはそう言って、僕に柔らかく笑いかけた。
「ありがとう……ございます」
僕は僅かに残っている力を振り絞って、上体を起こす。
「宗治、無理に動いちゃダメだよ……っ!」
「せやでさなくん、まだ傷口も塞がってへんのに!」
確かに、まだ噛み付かれた左肩と右足は酷く痛む。
だが僕は、どうしても彼女の顔を見たかった。
「――――」
何も言わず、数歩程度離れたところから僕を見る少女――美山姫奈。
目に涙を溜め込み、むすっとした表情で立っている。
「帰るわよ、真田」
ただ一言僕にそう告げ、くるりと背を向けた。
「はい、そうします」
隆一に支えられ立ち上がる。少し向こうの方では、坂上さんと四頭の翼猫が待機していた。
「依頼は完了したのかい?」
「おう、これだけボコボコにされたら送り狼ももう悪させえへんやろ」
隆一は背後に向けて親指を立てる。
その先では、五頭の送り狼がぐったりとしていた。
「お疲れさん。んじゃ、リリちゃんの家まで飛んでこうか」
■■■
「宗治、着いたで」
肩を叩かれ、目を覚ます。開いた瞼の隙間から朝日が差し、眩しさで目を細めた。
翼猫にまたがり、隆一の背にもたれかかる形で眠っていたようだ。
翼猫から降り、ふらつく身体をなんとか両足で踏ん張って支える。
街の門をくぐり抜け、見慣れた風景を見回す。
舗装などされておらず、馬車が通れる程度にならされた道。砂っぽい風が舞い上がる。
町はまだ静かで、建物が道の両サイドに静かに佇む。
あの夏の日――初めてこの町を訪れた日も、確かこんな風景だった。
坂上さんと翼猫に別れを告げ、僕達は逆側の門のすぐそば――町角の民家の前まで歩いていく。
家の前には『終始亭』の看板が健在だ。
僕の前を歩いていた姫奈ちゃんが、姫宮家の前でくるりと振り返る。
「ねえ、真田」
「はい、何でしょう」
「アタシ、お父さんを失った悲しみは一生忘れない。相牙のやったことは、決して許さない」
視線を落とす彼女。朝日の作る影が、彼女の表情をより曇らせてみせる。
「だから、真田には罪を償ってもらいたいと思ってる。聞いてくれる?」
「……ええ。何でも」
「アタシね、リリアンさんがいて、龍斗がいて――あと、真田がいる、そんな姫宮家が好きなんだ。だから真田には、用心棒をもう少しだけ続けてほしいって思ってるの」
目を伏せてそう言う少女の表情は柔らかい。少し冷たい風が彼女の髪を揺らし、一瞬だけ幼さを掻き消していく。
「そんなことが、僕の償いでいいんですか?」
そう問いかけると、彼女は静かに頷いた。
「一生、とはいかないことは分かってるわ。だから、別れの時がくるまでの話」
別れという言葉に、少し心がざわつく。そのせいか否か、彼女も寂し気に見えた。
「ねえ、一つだけ聞かせて。真田は姫宮家に居たいって思う?」
幼い子猫がすがるように、僕を見上げる。
だが、僕はその期待に答えられない。
「僕がその問いに答える資格は――」
「真田、これはアタシからの依頼よ。ちゃんと仕事して」
「……それを言われると答えないわけにはいかないですね」
間髪を入れずに言われ、僕は深呼吸をして言葉を紡ぐ。
「――もちろん、僕も姫宮家は好きだよ。居心地が良いし、もう少しお邪魔していたいって思ってる」
姫奈ちゃんは、目の前で僕の言葉を黙って聞いてくれる。
自分の感情を素直に口にしたのは久々で、うまく目が合わせられない。
「そういう気持ち、これからももっと聞かせて。資格とか、そんなことはどうでもいいからさ」
にっと少女らしい笑みを浮かべる。僕もそれにつられてしまう。
「……オレもそう、思います」
僕の少し後ろから、龍斗少年が姫奈ちゃんの隣に来て振り返る。
「出来事とか気持ちとか、そこらへんの隠し事はもう無しにしましょう。確かに相牙としてのあなたを許すのは難しいけど……宗治さんという、同じ居候仲間としては信じていたいので」
後頭部に片手を回し、視線を斜め下に向ける龍斗くん。以前と変わらない不器用な態度で僕に言った。
「宗治は、ボクが誘拐されたときに助けに駆けつけてくれるような優しい人だよ。ここにいる隆一や鈴ちゃん――姫宮家のみんなだって、宗治がそういう人だってことを知ってる」
僕の右隣に並び、瑠里はこちらの顔を見る。
「だから、こうやって宗治を支えたいって思う人がたくさんいるんだよ」
儚い笑みで、僕に語り掛ける。
「せやでぇ、これからは一人で抱え込むの禁止やで。あと、失踪するときはちゃんと行き先と帰る時間言うてな」
「兄ちゃんそれ失踪ちゃう、ただの外出や」
「あと夕飯食べてくるときはちゃんと連絡してな」
「アンタはさなくんのオカンか」
「俺以外の女と二人きりになったらあかんのよ?」
「嫁やったんかい!」
背後の方から、飛鳥兄妹の声が飛んでくる。振り向くと、漫才コンビのように「ありがとうございましたー」なんて笑いながら会釈をしてきた。
「待ってましたよ、真田さん」
優しく穏やかな声が、僕の鼓膜に響く。
「皆さん、真田さんが戻られることを望んでいたのですよ」
ふざけ合う飛鳥兄妹の前で、リリアンさんが微笑みかける。
朝日は先ほどより高い位置まで上り、彼女のブラウンの髪を艶やかに見せる。
彼女の右側には、実界の日本でよく見かけるような少し大きめの和風の家屋。
そんな家庭的な――家族のような温かい情景に、僕は思わず言葉を零す。
「ただいま。お待たせしてすみません」
「おかえりなさい、真田さん」
ふわりと柔らかな笑みで、僕を迎えてくれた。
「ところでごたごたしてて言い出せなかったんだけど……真田の隣に居る人、三上瑠里さんよね?」
姫奈ちゃんは片手を瑠里に向けて、僕に尋ねる。
「え、ああ。そうだね、彼女が三上瑠里」
「初めまして。宗治の友人、三上瑠里だよ」
僕の隣で、ごく普通の初対面のように挨拶をする瑠里。
色々と突っ込みたい気持ちがあるが、多分眼前の二人がフォローしてくれるだろう。
「どうも。黒井龍斗だけど……な、何であなたが」
「美山姫奈、です。でも確か瑠里さんって――」
「それについてなんですが……中で詳しく話すよ」
「そ、そうね。アンタが行方くらましてた間の話も聞きたいし。とりあえず中に入ろう」
龍斗くんと姫奈ちゃんは先に姫宮家へと入っていった。
「いやあ、瑠里が生きててよかったわあ。せっかくやし、みんなでわいわいと朝飯食らおうや」
隆一は瑠里と僕の間に無理やり割り込み、瑠里と僕の肩に腕を回す。
「ウチもめっちゃお腹減ったわぁ。瑠里ちゃんも一緒に食べような?」
「え、ボクも……? いいの?」
「ええに決まってるやん、な? 家主さん」
鈴ちゃんは瑠里の空いている右側に、恋人のように腕を絡める。
「もちろんです。せっかくたくさんいらっしゃるので、張り切って豪華な朝食をお作りしますよ」
瑠里はリリアンさんの言葉に困ったように笑いながら、隆一の腕の中で小さく頷いた。
「じゃあ、遠慮なくいただきます」
そう言ってから、瑠里はこちらをちらりと見た。
ふっと子供のように、無邪気に笑ってみせた。
――――。
とくんと重い一拍を誤魔化すように、僕は空を見上げる。
昨日とは打って変わって、真っ青な快晴だ。
「今日は暖かくなりそうだね」
誰に言うでもなく、僕はぽつりと呟いた。
僕の用心棒兼何でも屋としての居候生活は、これからもまだまだ続けられそうだ。
――いや、これからもまだまだ続けていきたい。
この願いが彼らにとっても望まれるものであるなら、きっと続いていく。
この平穏を――僕たちの平穏を守っていこう。
どこまでも深く真っ青な快晴の空に、そんな誓いを立てた。




