7-3 暗示の正体
「ただいまー」
「ただいまっす」
聞きなれた少年少女の声が玄関から聞こえた。
「あ、お帰りなさい」
構えていた刀を腰に戻し、深呼吸をしてなんとか切り替える。
「誰か来てたの? なんか男の人の声がしてたけど」
「ああ。通りすがりの近所のお兄さんと話してただけです」
と、中庭の裏にある小道を指して僕は言って見せた。
「……宗治さん、無理して笑うと不細工になりますよ」
龍斗少年の視線と言葉が僕に突き刺さる。
「えっと、やっぱり分かりますか」
「まあ、なんとなく。よくない人が来てたのは分かる」
「アタシも内容は聞こえてなかったけど、声が怒り気味? だったからヤバいやつかなって」
どうやら、嘘を付けない状況のようだ。
■■■
「隆一さんの友人、かぁ」
僕は二人に、正直に話した。
早川敦士という隆一の旧友の存在。
そして、その旧友が隆一を操り、連れ去ってしまったこと。
包み隠さず、全てを話した。
「てか隆一さん、ちゃんと友人居たのね」
「あの人を好んで友人にする早川って人も随分変わってるよな」
一通り僕の話を聞き終わった二人の第一声がこれである。
「それ、全部僕に刺さってるの気付いてるかな」
うんうん、と頷き合う二人に僕はそっと抗議の突っ込みを入れる。
「ん? 敢えて口にしてるのよ、アタシたち」
「あれ、僕の扱いってそういうものだったっけ……」
「え? 宗治さんのポジションってそういうものでしょう」
「そ、そうだったのか……」
11歳ってこんな黒いジョークを言えるものなのだろうか。
僕が幼い頃はもっと子供らしかった様に思うのだけれど。
「まあそれは置いといて、どうやって隆一さんを助けるつもりなの?」
「それは……早川を倒すしかないと僕は思うのですが」
「はぁ……やっぱりそうきたわね」
姫奈ちゃんは深い溜息をついて、呆れた表情を浮かべる。
「あのね真田、暗示の正体が分からないのに安易に立ち向かおうするのはまずいと思う」
「暗示の正体っていうと……早川の能力、ということになるのでは?」
「ああ、姫奈の言ってることはそういうことじゃないと思う」
頬杖をついて気だるげに聞いていた龍斗少年は、姿勢を正して真面目に話す。
「その暗示が能力者本人に“依存”するものなのか、能力者に関係なく“独立”しているものなのか、ってことだろ?」
「そうそう。アタシが言いたかったのはそういうこと」
二人は納得し合っているようだが、僕だけが置いてけぼり状態だ。
“依存”やら“独立”やらと難しい言葉を使う少年少女。
彼らは本当に11歳なのだろうか……。
「……つまり、どういうことかな」
僕は理解できない悔しさを呑み込み、二人に尋ねる。
「簡単に言うと、暗示は能力者が“倒れたら解ける”ものなのか、それとも“倒れても解けない”ものなのかってことっす」
「ああ、なるほど……」
言わんとしていることは分かった。
仮に早川を倒したとしても、隆一の暗示は解けないままの可能性がある。
早川は倒せば解放すると言ったが、その言葉を鵜吞みにするのは危険だ。
その可能性が拭えない、対策もない状態で安易に早川を倒すのは如何なものか、ということか。
「だから、早川の暗示についてもっと調べてから隆一を迎えに行った方がいいと?」
つまり、こう言いたいのだろう。
しかし、事態は一刻を争うかもしれない。
早川が暗示をかけた隆一に何をさせるか分からない。
それを考えると、今すぐにでも動けるならば動くべきだと僕は思う。
「宗治さんの急ぎたい気持ちは分かる。でもここは、姫奈の言う通り慎重になった方がいいと思う」
少年に気持ちを汲まれ、諭される。
本当に僕はいつも、情けない大人だ。
「そうは言ったけど、一応簡単に調べる方法はあるわ」
「え、そうなの?」
「うん。真田、早川に暗示をかけられたんでしょ? だったら調べられるはず」
確かに僕は早川に暗示らしきものをかけられ、視界が二重に見えた。
幸い、僕の意志が操られることはなかったが、幻覚のようなものを見せられ惑わされたのは確かだ。
「目をつぶって。深く考えずに、アタシの質問に答えてね」
「は、はい」
姫奈ちゃんに言われた通り、僕はぎゅっと目を瞑る。
すると、姫奈ちゃんは僕の右手を両手で握り、静かに問い始めた。
「あなたは、何者ですか?」
「僕は、真田宗治です」
「あなたは、真田宗治ですか?」
「はい。僕は真田宗治です」
少女の問いに、淡々と答えていく。
「あなたは、あなたの意志で答えていますか?」
「はい。僕は、僕の意志で答えています」
「私は、あなたの意志に接触可能ですか?」
「それは――――」
答えられない。
というより、何を意図しているのか分からない。
「もう一度聞きます。私は、あなたの意志に接触可能ですか?」
「……接触を拒否します。僕の意志は僕のものなので」
とりあえず、深く考えずに浮かんだ言葉を返してみる。
「OK。目を開けて」
「は、はい。どうでしたか?」
このよく分からない質問で何が分かるのだろう。
僕は半信半疑のまま、少女の言葉を待つ。
「うーん……アンタ、そもそも暗示をかけられてないっぽいわね」
「え……?」
――かけられていない?
「アタシが今やったのは、魔力を流して真田の意志に接触を試みる補助魔法なんだけど……」
「姫奈ちゃん……魔法が使えるんですか?」
「え、まあ。趣味みたいなものだけど」
幻界では確かに、魔力によって“魔法”を使うことができる。
それは幻界人に限らない。実界人も潜在的に秘められた能力を魔力に変換して使うことができるらしい。
しかし、その魔法は魔法学校という特殊な学校で学んでやっと使えるようになるものだと聞いている。
魔法学校は、実界で言う専門学校のような位置づけにあたるので、姫奈ちゃんくらいの年齢の子が学ぶ機会はない。
それを独学で身に着けたとすると、相当の努力が必要となるはずなのだが……。
「うちの母親が魔法学校の先生だったからさ。見よう見まねで習得したんだ」
「見よう見まねで補助魔法が使える子供もすごいけどな」
「ほ、褒めても何も出ないわよ」
姫奈ちゃんは少し照れた様子で咳払いをしてみせてから、話を続ける。
「普通、一度でも暗示をかけられた人は“接触を拒否する”なんて言わないはずなのよ」
「そ、そうなんですか」
「うん。初めて暗示をかけられるときに、意志に接触するための“穴”を開放させられるからさ」
「穴、ですか」
少女は当たり前のように話して見せるが、僕にはうまく呑み込めない。
概念としてはなんとなく理解できるが、穴ってどんな穴だ……?
「まあ、とりあえずはそういうものだと思って聞いてよ」
「は、はい……」
呑み込めないものを無理やり押し込んで、とりあえずは少女の話を聞くこととした。
「結論としては、暗示が能力者に依存するものかどうかは分からないわ」
「そ、そんな」
「だって、真田が暗示にかかってないなら調べようがないもん」
「それは……穴が開くとかそういう話に関係するのかな」
僕が問いかけると、姫奈ちゃんは不本意そうに頷いた。
「そうね。穴が開いていれば“接触可能です”とかって答えるはずで、アンタの意志に接続して記録を調べることができたんだけど……」
ログという、幻想世界に似つかわしくない言葉。
幻界が人工的に創られた世界であることの名残だろう。
詳しい原理は知らないが、幻界は科学技術の中でも、特に情報分野の技術によって成り立っているらしい。
多分そういう分野の用語が幻界の中に紛れ込んでいるのだろう。
「となると、現状どうしようもないってことか……?」
龍斗少年が頬杖をついて尋ねるが、少女からの返事はない。
その沈黙は、“YES”を表しているのだろう。
このままでは、早川の暗示への対策ができない。
誰も言葉を発せず、十数秒の沈黙が続いた。
そのとき、非常に良いタイミングで僕の腹の虫が鳴る。
「……とりあえず、ごはんにしませんか?」
「そうね。空腹のままじゃいい案も浮かばないし」
二人が買ってきた昼ご飯をテーブルに広げ、僕達は昼食をとることにした。




