7-2 不吉な訪問者
「まずは木の実をすり潰して……」
狐の兄妹が帰ってから、早速彼らから貰った木の実を食べることにした。
起きてから何も食べていなかったこともあり、双子の訪問は良いタイミングだった。
「ここにイモ、卵を加えて混ぜる……と」
しかし、貰った木の実は人間がそのまま食べられるものではない。
少し調理が必要になる。
「形を丸く整えて……あとは焼くだけ。こんなもんかな」
シートの上に並べた不揃いの生地。
この木の実の食べ方としてよくあるパターンと言えば――。
10分と少しが経った頃、火からそれを下ろす。
ほんのりと木の実の甘い香りが台所に広がり、空きっ腹がきゅっと締まる。
焼けたそれを皿に盛り付けて――。
「出来た。リリアンさん直伝の木の実クッキー!」
じゃじゃん。
このクッキーは、リリアンさんがよくおやつに作ってくれるクッキーだ。
数日前、たまたま作り方を教えてもらう機会があったのだ。
まさかこんな早くに作る機会が来るとは思っていなかったけれど、教えてもらっておいてよかった。
クッキーを乗せた皿を居間のテーブルに持って行き、早速試食を始める。
サクッ。
「……んむ、おいひい」
リリアンさんほど上手くは作れないけれど、まあまあ美味しい。
「んー、素朴で控えめな甘さがいいですね……砂糖不使用で天然の甘みが素晴らしい」
基本的に甘みを加える必要がないクッキーだが、リリアンさんはハチミツを入れてくれることもある。
特に依頼で遅くなった時なんかに、よく入れてくれることがあるみたいだ。
「ちゃんと見てくれてる、のか」
思えば、彼女は僕たちをよく見ていると思う。
姫奈ちゃんや龍斗くんの好き嫌いをしっかり把握しているし、僕が疲れているときはホットミルクを入れてくれたりする。
クッキーのハチミツだって、僕の疲労を気遣ってしてくれていることだ。
一人になり、自分で台所に立って、ようやく気付いた。
彼女の癒しは回復魔法や薬の知識だけじゃない。
「心もちゃんと、看てくれてたんですね」
姫宮リリアンという女性は、正真正銘のヒーラーだったのだ。
それを思うと、余計に自身の不甲斐なさを呪わずにいられない。
してもらってばかりのままでは、用心棒として失格だ。
そして、何より。
「……女性に支えられてばかりではいけないな」
男として如何なものだろうか。
自身の姿を今一度振り返り、僕はさらに自分を磨いていくことを決意した。
「走り込みの距離を伸ばすか」
木の実クッキーを頬張って台所の片付けを済ました後、僕は玄関へと向かった。
そのときだった。
ガダダンッ
再び中庭の方から、音が聞こえた。
今度はあの双子よりも、重みのある音だ。
「どうして今日のお客さんは玄関から入ろうとしないんだ……」
中庭に行くと、そこには見たことのある細身で青い髪の男が縁側で倒れていた。
うつ伏せで顔は見えない。だが、細身で青い髪の男という特徴から、飛鳥隆一であることは明らかだ。
「……何してんの」
間抜けかつ無礼な訪ね方をするような男に声なんてかけたくなかったが、後が面倒なので一声かけておこう。
「…………」
返事がない。放置しても支障ないようだ。
僕は踵を返し、玄関へと向かっ――。
「――――ッ」
並ならぬ殺気を背後から感じ、腰の刀に手をかけ振り返る。
倒れていた彼はゆらりと立ち上がり、じっと僕を見た。
その目はしっかりとこちらを捉えているようで、どこか虚ろだ。
そして、緑色だったはずの瞳は金色を帯びており――
「な……っ!」
突然ナイフを取り出し、殺気むき出しでこちらへと投擲する隆一。
なんとか避けるが、訳もわからず向けられている殺気への戸惑いは払拭できない。
「と、突然何を……?」
冗談で危害を加えるような奴ではないし、そもそも彼にこんな殺気を向けられたのは初めてだ。
問いかけに答える様子もなく、彼は再びナイフを取り出す。
「隆、一……?」
そして躊躇なくそれを、僕の方へと――
「――ッ!」
風を切る音とともに、ナイフが耳元を通り過ぎていく。
冗談でもなければ、単純な憎しみでもない。
そう。これは間違いなく殺しにかかっている。
「何がどうなってるっていうんだ……っ!」
あまり乗り気ではないが、これは応戦するしかなさそうだ。
僕は鞘のついたままの刀を腰から取り出し、前に構えた。
「おい隆一、答えろ! 何が目的なんだ!」
彼は無言のままじっとこちらを捉え、今度は複数のナイフを取り出した。
どれだけ問いかけても全く答えようとしない彼に、苛立ちを覚え始める。
「分かった。これが済んだら答えてもらうよ」
僕がそう言い終わるか終わらないかというところで、彼は複数のナイフを放つ。
その中をかいくぐり、刀で撥ね退け、彼の方へと駆けていく。
「頭を冷やせ、隆一――!」
彼の目の前に来たところで、刀を思いっきり振りかぶる。
大丈夫。真剣じゃないから生きていてくれるだろう、多分。
瞬間。
「そこまでや、真田」
その声と共に、目の前の彼の表情がぱっと変化した。
「……宗治?」
ぽかんとした表情で尋ねる隆一。
否、それは幻想だ。
だって今も、彼は虚ろな金色の目で僕を見ている――?
――いや、本当か?
何が起きているのか。
二つの顔が重なって見え、どちらが本当か分からない。
相反する事象の重なりに惑わされ、刀を振り下ろすことができない。
「なんや、まだ効くんか。安心したわ」
再び聞こえた声に、二重になっていた視界が一つに戻った。
そう。やっぱり彼は、虚ろな目で僕を見ていた。
聞こえた声に振り返ると、そこには金髪の男――早川敦士が立っていた。
「こんにちは、真田くん」
以前と変わらない関西弁のイントネーションでそう言うが、彼の雰囲気がどこかいつもと違う。
「何をしにきたんだ、早川」
その違和感を探りつつ、僕は尋ねる。
「何ってそらぁ、せやなぁ……何て言うたろか」
早川は愉しそうに笑みを浮かべ、考える素振りを見せる。
「……さいごの挨拶。これがしっくりくるなぁ」
「さいごの挨拶?」
「せや。さいごのごは“一期一会”の“期”やで。もちろん、お前にとっての最期や」
不吉な言葉を口にする早川。
だが僕は、彼の挨拶を受け入れる気なんてもちろんない。
「それはどうも。だけど、俺にはまだまだ早い挨拶だ」
「言うやないか。ほんならこうしようや、隆一」
早川が彼を呼ぶと、ゆらりと早川の元へと歩いていった。
「お前、一体……っ」
「今の隆一は俺の思い通りやで。お前の言葉なんか何も響かへん」
「隆一に、何をしたんだ」
下ろしていた刀を再び構える。
やっぱり隆一は正気なんかじゃない。
自分の意志による殺意ではなかったのだろう。
「操り人形にしたったっちゅうとこやな」
早川がそう言ったとき、僕の視界は再び二重に見え始めた。
「……?」
僕の視界に映る早川の目。
二重に重なる視界の中では、彼の目は2色に見えていた。
一つは、赤色の目。この目はいつもの目だ。
そして、もう一つは――。
「……金色の、目」
琥珀色、とでも言うべきか。
言うなれば、僕と同じ目の色だ。
パッと景色が戻り、視界が一つになる。
そのとき、彼の目は赤ではなかった。
つまり、今日の早川は元々金色の目だったのだ。
早川に対する違和感の正体は、目の色だったというわけだ。
「どうもお前には暗示がうまいこと行かへんねんなぁ」
はぁ、と溜息をついて見せる早川の言葉の意味が、僕には分からない。
だが、目の前にいる彼が人間離れした能力を秘めていたということは理解できた。
「おっと、話がそれるとこやったな。そないなことはもうどうでもええわ」
そう言うと、早川は屋根へと飛び乗った。
「隆一は俺の操り人形。解放を望むなら俺を倒してみろっちゅうことでどうや」
僕を俯瞰して彼はそう告げた。
「――分かった。その話に乗ろう」
彼を見上げ、僕は言葉を返す。
「死の荒野で待っとるでぇ、なんでも屋さん」
ニィっと笑い、早川と隆一は瞬く間に消えた。




