第三話
「あの〜すいません?」
え? シルバーバックの手が、め、目の前で……!
「聞こえてますよね?」
ち、血がた、沢山、沢山……。
「謝りたいんですけど、そこに居るのは分かっているから出て来てください」
沢山、血が、頭が割れて、沢山、綺麗に、咲いた。
「良かったら夕飯どうです?」
……はっ! わ、私は何を?
「聞こえてますか?」
て、なんで話しかけられ、あ!血で私の姿形が見えてるんですね!
「は、はい!?」
「答えないなら帰りますよー?」
あ! 気配も声も『切った』ままでした!? か、解除!?
「あのっ! 待って下さい!」
「あの〜すいません?」
頭から血を浴びてくっきりと浮かび上がる女の人型。聞こえてるんだよな?
「聞こえてますよね?」
頼むから怒って暴れないでくれよ? 姿を消せるなんて絶対、姫だ。こんな能力を持っている人間、俺は他には知らない。どんな能力かも分からないのに暴れられたら、対処のしようが無い。呼び出しは使いたく無い。クリクリさん達に甘えてるみたいで情けなくなるからだ。俺は自分の力で切り抜けないといけない。
「謝りたいんですけど、そこに居るのは分かってるから出て来てください」
まだ無視される。本格的に怒ってるのか? それとも放心してる? 誰だってミンチと血のシャワーなんて浴びたら、誰だってそうなるけど。
「良かったら夕飯どうです?」
一応、話し掛け続けよう。もしかしたら俺に掛ける第一声を考えている最中なのかも。何てありえないよな……。
「聞こえてますか?」
ぐ、返答が無い。不気味になってきた。異世界だしあり得るのかもしれないが、もし本当に肉体付きの幽霊とかだったら、除霊も成仏も手伝えない。そんな能力持ってないし、見た目がグロいなら絶対に引く。ゾンビ映画とか苦手な俺は遁走するだろう。
「答えないなら帰りますねー?」
家に向かい歩き始める。これで何もなかったら、全力で走り出す。準備は整ってる。足に力は込めてるし、熊もしっかりと鎖で縛って、手の甲と脇、頭から血抜きしながら帰ろう。猛獣が血の匂いにつられてやって来ても、今の俺なら大丈夫だろう。
「あっ! 待って下さい!」
返事、返ってきちゃったよ……!
血塗れだけど、声の主は銀髪が綺麗なロシア系の黒い修道服を着たお姉さん風の女性だった。血塗れだけど。
「……やっと、姿を見せたね」
かなり怖い。目に見えなかった人が急に現れた。怪奇現象の番組で取り上げたら儲かりそうな話だ。後はマジック特集。血塗れなのを気にしていないのは何故ですか? とか怖くて聞けない。「血は毎日浴びてますから平気です」みたいな戦闘狂だったら嫌だな。美人なのに、血塗れの。
「す、すいません。私は……」
「つ、つまみ食いの、幽霊さん」
「ち、違います! 私はカタハニアと言います!」
カタハニア? ヤタムナヤに語感が似てるな。この人は絶対姫だけど、惚けよう。
「もしかして、姫か?」
「あ、ご存知ですか?」
合ってたよ。三人目の姫がこんな感覚が壊れた感じの人だなんて ……。
「名前からして」
「そうですよね」
「「……」」
黙っちゃったよ、この人。どうする? このままだと、流石に宿舎の中に上げれないし、かと言って放置するって言うのも……。
家に、誘ってみるか?
「あぁ……取り敢えず、家の風呂に入って、夕飯食べます?」
「え? あ、えぇ、ご相伴にあずからせていただきます」
なんか今になって自分が血塗れになってる事に気付いたみたいだ。本当に正気なのか? この人? 一抹の不安がよぎる。
「じゃあ、行きましょ」
神様! 彼女が何か、厄介事を起こしませんように……!
「テツロー……!! 何処の女だ!? 妙に遅いと思ったら、街まで降りて娼婦を買ったのか!? それとも本当に人妻を攫ったのか!?」
「服がテツローさんの……! テツローさん、不潔ですぅ!!」
「買ってない!? 攫ってもいない!? 不潔違う!?」
家に着いた俺は、カタハニアに姿を消す力でみんなにバレないように部屋の風呂に入ってもらい、俺の服を着替えとして渡した。彼女の着ていた服は俺がこっそり魔洗機、俺の世界の洗濯機そのままの機械で洗濯して、屋上に干して乾くのを待っている。その間に捕まえた熊を捌いて熊肉シチューを作り終え、夕食を食べる前に彼女を紹介したら、漆と詩さんの二人にこう言われた。
俺の信用皆無!? 何でだよ!?
二人に土下座させられ、今も食堂の冷たい床に正座している俺。
惨めだ……。
「はじめまして! ヤタムナヤです!」
元気にカタハニアに挨拶するヤタムナヤ。出会った当初も明るかったが、今の状態こそ彼女の素の明るさなんだろう。本当に良かった。難しい言葉は知らないし、そんな事で表現できるかは分からないが強いて言うなら、今の彼女には「画竜点睛」が相応しいと思う。絵から飛び出した龍にしては柴犬の子犬並の愛らしさだが。
果たしてカタハニアは自己紹介してくれるのだろうか?
彼女は座っていた椅子から立ち上がる。なんだ、みんなに纏めて自己紹介してくれるのか。
「はじめまして、私はカタハニアと言います。決して娼婦だとか人妻ではありません。抵抗軍の者です」
「え?」「てーこーぐん?」「な!?」「嘘……!?」
ナニソレ? それは聞いてないぞ!?
ヤタムナヤは分かってないが、漆と詩さんは目に見えて驚いている。俺なんか国語かと思って勉強して翌日のテスト本番になって英語だった時の高校生の気持ちぐらいには驚いている。とんでもない人、招いちゃったよ!?
「証明いたしますね。どうぞこれを」
「これは!?」
「六家紋のメダル……!」
カタハニアが俺のワイシャツの胸ポケットから出したのは、クリクリさんが見せてくれた抵抗軍の幹部の証、紋様が跪いて祈りを捧げる女の人に成っているメダルだった。
……あんな二人とこんな美人さんが同じ抵抗軍!? 信じられない!?
しかし、不思議だ。この人は俺が「姫か?」と尋ねても顔を暗くしなかった。ただ「あ、ご存知ですか?」と答えただけ。蔑称の筈なのに、何の抵抗もなく表情を強張らせることなく答えられたのは何故だ?
「貴様ぁ!?」
左腕を片刃の剣に変化させた漆が既にカタハニアに突貫していた。
瞬間、俺の全身に鳥肌が立った!
なんかヤバい!?
「待て!! 漆!?」
「両親のカタキィイイイイ!!!!」
「眠っていなさい」
漆の突貫をすり抜ける様に避けたカタハニアがそう言った瞬間に、振り返って二撃目を放とうとした漆は気を失った様に脱力し、前のめりになって倒れて、
しまった!! 危ない!!
ブリンガーを出し、漆を倒れる前に抱き留める。もう少しで頭を机に強打するとこだったぞ!?
「漆に何をした!? (詩さん! 漆とヤタムナヤを連れて避難を!)」
「……! (! テツローさん! 了解です!)」
詩さんに漆とヤタムナヤを連れて避難する様に念話で伝えた。昼間に渡した鎖の通信機が役に立った。
漆は何をされたんだ!? 見た所、脈も呼吸もしてる。出血も匂いで確認して、何処も出血して無いことは分かった。
気を失ってる漆を詩さんに頼み、未だ立ったままの姿勢のカタハニアに注意を向ける。どんな能力なんだ!?
すると彼女は右手で制しながら、話し始める。
「テツローさん、私は姫のカタハニアとしてでは無く、異世界人の日向 緋として貴方に質問があります」
え? 日向って、まさか、あの?
思い出されるのは、夜雨が生前に話した生真面目な同僚。飲み会やカラオケでも酒は飲まず、ひたすら烏龍茶を飲み続ける今時珍しい娘だと言っていた、あの女性?
「沼田 夜雨と言う女性をご存知ですか?」
なんで、異世界で、俺の世界の人間から、夜雨の名前が出てくるんだ!?




