エピローグ
「ハルカ、綺麗ー!」
「うん、とっても似合ってるわよ!」
ミディさんを筆頭とする女子軍団が、私を囲って甲高い歓声を上げた。
「日々練習を重ねた甲斐があったわ、我ながら素晴らしい出来ね」
ふう、と汗をぬぐう仕草を見せたミディさんは、私の姿を頭のてっぺんからつま先までしっかりと確認すると、満足げに何度も頷いた。
「前に、ハルカに素敵な髪型を仕上げてもらった時から、ずっと自分でもできるようになりたいと思って研究していたのよ」
素敵でしょう、と姿見の前に立たされた私は、ミディさん渾身の出来栄えに、思わず感嘆の声を上げた。
「うわあ、本当に、私じゃないみたい!」
鏡に映っているのは、純白のシンプルなドレスに身を包んだ、紛れもない私自身だ。
普段はさっと一くくりにしているだけの髪の毛も、今日は手の込んだアップにしてもらっている。これがミディさんの力作で、花飾りを添えればますます髪型の美しさが際立った。
派手すぎず、けれど上品に仕上げられた化粧は、ミディさんの友人の手によるもの。やっぱり、女子って凄い。そして化粧って凄い。
「さっ、私達だけでハルカを独占し続けるわけにもいかないわ。広場に向かわなくちゃ、もう時間が迫っているでしょう」
ミディさんに急かされて、私たちは急いで彼女の家を後にした。
ロングドレスの裾が土に汚れないよう、少し裾を持ち上げて歩く。
このドレスは、定食屋のご主人達が用意してくれたものだ。少し胸元が空いた白のドレスは、それでもいやらしさなど微塵も感じさせない清楚なデザイン。胸下からさらりと流れるシフォンスカートの優しく素朴な風合いが、そのままご主人達の人柄を思い起こさせた。
足早に裏通りの坂道を下って行くと、その途中で出くわした花屋の軒先で、のんびり日向ぼっこをしていたらしい店のおじさんに声を掛けられる。
「ああ、来たか。さあ、花の用意はできてるよ。どうだい、ドレスによく似合うだろう」
「えっ?」
彼が店の奥から持ってきたのは、色とりどりの花のブーケ。
突然の出来事に思わず固まっていると、ミディさんが代わりにそれを受け取った。
「ありがとう、おじさん。とっても素敵だわ!」
「ミディさん、これは」
「あら、花がないと話にならないじゃない? ここのご主人、あなたの定食屋のご主人と仲がいいんですって。それで、ぜひあなたに花を贈りたいと言ってくれてね」
「そうなんですか! あの、ありがとうございます!」
いいんだ、花も喜んでいるよ、とおじさんは手を振って私たちを見送ってくれた。
そして更に、歩みを進める。
道中、色んな人達に声を掛けられたり、拍手をしてもらったりと大忙しだ。何だかとても照れくさい、けれど一生に一度のことなのだから、ありがたく皆の好意を受け取っておくことにした。
間もなく広場が見えてきた。
街の中心にあるこの広場、今日はたくさんの花や小物で飾り付けられ、一層華やかな雰囲気だ。そして――何とも芳しい、様々な料理の香り。
「あぁ~、いい匂い!」
ミディさんの友人の一人が、たまらずというように声を上げた。
「ハルカちゃん、あの魅惑的な料理の数々に負けちゃダメよ! 今日の主役はあなたなんだからね!」
「う、うん」
「懐かしいわ。そういえば昔、ここで開かれたパーティーに、皆で男漁りに来たわよね」
ミディさん、ちょっとは言葉を選んでください。
「まさかハルカが一番にその輪の中から抜け出すなんてね~」
「しかも、その相手っていうのがまた……」
そんなことを話している間にも、私達は広場のすぐ手前まで到着した。
見知った顔がいくつも見える。皆、少しよそ行きの格好をして、いつもの街の雰囲気とは違う空間を作りげてくれている。
「ハルカったら、そんなに前に出たら、皆に姿が見えちゃうわ」
ミディさんに引っ張られて、私は広場の裏手に設置されたブースに押し込まれた。
「主役は花嫁であるあなたなんだから、ちょっとは出し惜しみしないとね」
「お、来たか、花嫁!」
ブースに姿を見せたのは、リックさんとその仲間達だ。
この式を企画してくれたのは、主に彼らだった。
仲間達の中には、いつだったか食堂で、「異界の巫女様の召喚を記念する祭りを開こう!」なんて言っていた兵士の姿もあったりする。色々と紆余曲折はあったけれど、結局、彼の言葉とそう遠からずな式を開くことになり、本人も驚いているようだ。
「綺麗だなあ、ハルカちゃん。似合ってるよ、花嫁姿」
「リックさん、ありがとうございます。あと、料理のことも。ここまでいい匂いが漂ってきていて、今すぐ食べに行きたいくらい」
「そりゃあ、ご主人達と一緒に、腕によりをかけて作ったからね。なんせ、ハルカちゃんの結婚式なんだから」
今日の式で用意された料理類は、うちの定食屋の他、近隣の飲食店の方々の協力によってとても豪華なものになった。そんな彼らの調整役も、リックさん達が買って出てくれたのだ。
そして、コリーさんの身を切る「善意」により、今度も高性能な魔道具をたくさん使わせてもらっているので、料理はずっとできたてホヤホヤをキープしている。ルーナさんも、美味しい料理を提供するためだと知って、俄然張り切って魔道具周りの手伝いをしてくれた。
ルーナさん曰く、これら魔道具の用意にあたって、オルディスさんも一枚噛んでくれているらしい。人の結婚式を祝うオルディスさんの姿……まるで想像がつかない。とにかくも、さすがにオルディスさんはここに来てはいないけれど、コリーさんとルーナさんが式に参列してくれているはずだ。
そして、ついに結婚式が始まった。
招待客を限定していないから、いつしか広場には街の人々で溢れかえっている。
たくさんの人が見守る中、定食屋のご主人とおかみさん、両脇から二人のエスコートを受けて、私は一歩を踏み出した。
一際大きな歓声が上がった。
拍手で迎えてくれる人達を見渡すと、皆、笑顔で私を祝福してくれている。私はそれに応えながら、ゆっくりと進んでいった。
その人垣の向こう――広場の中心に、ノエルは立っていた。
以前、王宮の社交パーティーで見かけた時のノエルのことを思い出す。
騎士の制服ばかり見慣れていた私は、あの時のノエルの貴族らしい姿と立ち居振る舞いに、つい見惚れてしまったんだっけ。
今は、あの時とは少し違う。
騎士としてではない、でも、貴族としてでもない、一人の男性として私を待ってくれている彼の姿に、何だか無性に幸せな気持ちになって、私はとびきりの笑顔を見せた。
そしてノエルの元へ辿り着いた私は、差し出された彼の手に自分の手を預けた。
この手を取ってくれる人がいる喜び。
これから先もずっと、彼は私を支え続けてくれるだろう。
そして私も、同じように彼を支えられる存在でありたい。
「ノエル、私、今、最高に幸せだよ」
「俺もだ」
晴れやかな笑みと共に、ノエルが答えてくれた。
そして、預けていた手をぐいと引かれて――彼の胸の中に飛び込んで。
抱え込まれるようにして落とされた口づけに、広場は割れんばかりの歓声に包まれた。
これは、異世界での、二度目の奮闘の物語。
けれどこれから先は――大好きな「私の」世界の、かけがえのない物語が紡がれていく。