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27 クォーターズ・オンライン

 とりあえず、メールを一通書いてみた。宛先は四季のHPにあるアドレス宛だ。でも、四季が見るとも限らないので、VRゲームについて相談があるんです、程度に纏めたけれど。

 そのメールを書いていたら、ログインまでの待機時間なんてあっという間に過ぎてしまっていて。私は早速、あの世界にログインしようとする。


 いつものようにヘッドセットをつけようとして、ふと手が止まった。


「……あの世界の魔法が使えるようになってる、ってことは……じゃああの世界って、一体何なんだろう?」

 これまで、ずっと考えていた。あの世界は、「もう一つの」世界なんだって。

 最初は懐疑的に。最近は心から信じて。

 1と0で出来た世界でも、AIに気まぐれを起こす心があれば、それはもう「人」だって。そして「人」が住む場所は、どこであれ「世界」なんだって。


 でも、その考えが根本的に、違うんじゃないだろうか?


「……あれは、本当に、本当の、もう一つの世界? 比喩じゃなくて、現実に限りなく近づけた電脳世界とか、そういうことじゃなくて……異世界って、意味で……?」

 端から見れば、ただのぶっ飛んでいる、妄想にしか聞こえないのかもしれない。

 でも私が今置かれている状況と、そしてあの世界を遊ぶ内にずっと思っていた違和感みたいなものを総合すると、そうなるんじゃないだろうか。

 だって、そうじゃないと説明がつかない。いつからあったのかは判らないけれど、私が魔法みたいな力を得られたことも。未だに誰も真似できていない、VRという技術も。


「……じゃあ、四季って、一体なにもの?」

 そこで、ふっと、公式HPにあった一文を思い出す。私は頭につけかけていたヘッドセットを置いて、慌ててPCに噛り付いた。


「確か、確かあったはず……!」

 お気に入りに登録済みの、四季の運営するHP。その隅っこにある、四季のメンバー紹介をクリックする。

 確かにそのページには、こう書かれていた。


『○HARUハル

 ・システム全般担当

 ・自称 魔法使い

 ・暴走特急な四季の言いだしっぺ


 ○NATUナツ

 ・イラストおよび広報担当

 ・自称 電波塔

 ・一番の苦労人で被害者


 ○AKIアキ

 ・ゲームプランナーおよび癒し系担当

 ・自称 縁の下の力持ち?

 ・影の支配者


 ○FUYUフユ

 ・ゲーム調整および四季のリーダー

 ・自称 四季のまとめ役

 ・彼女には誰も逆らえない!』


 プログラミング能力に優れている人のことを「ウィザード=魔法使い」って呼ぶことも確かにある。だから今まで気付かなかった。気付けなかった、けれど。


「『自称 魔法使い』のハルが、システム全般担当で、四季を集めて、そしてクォーターズ・オンラインが生まれた……?」

 かちん、かちん、と頭の中のパズルが当てはまっていく。


 これって、もう、殆ど答えみたいなものじゃないだろうか。

 私の仮説が正しいって、8割くらいは、証明されたようなものじゃないだろうか。


 今まで十数年間生きてきて。魔法なんてものを信じたことは、一度たりともなかった。すべては、漫画やゲームの中のお話で。この科学文明には、ありえない存在だと、ずっと思ってきた。

 でも、だけど……。


「……これ以上は、たぶん、堂々巡りになるだけだ。本人……四季に、聞かないと」

 それを聞いて、一体どうするのか。そして、それを知ってしまった私がどうなるのか。

 この時の私は、そんな難しいことは何も考えていなかった。

 ただ、姉に対してもそうだったみたいに、本当のことを「知りたい」と、それだけを思っていた。


 □


 ログインが完了して、私は春国の首都である街にいた。ログイン時は、ログアウトした街からランダムにスタート位置が決定されるようになっている。フィールドやダンジョンから野営道具を使ってログアウトした場合は、その位置に戻るようになっているが。


「ええと、GMコール……」

 メニューを開く。当然のように開かれる青いウィンドウも、魔法なのだろうか? そういえばこれは現実で試していなかったな、とここでふと思いつく。今頃思い出しても遅いのだが。

 そんなことを考えながら、周りに誰もいないことを確認して、GMコールを呼び出した。

 こちらのコールに、すぐに応答が返ってきた。ウィンドウの右上に、通信が繋がっていることを示す、電話マークがつく。


『こちらGMっすー。ご用件は何っすか?』

 やけに軽いが、しかしどこかで聞き覚えのあるような気がする声だった。私は「あの、その」と要領の得ない言葉をもごもごと呟いた後、本題をどうにか切り出す。


「こ、この世界って、本当の異世界なんですよね!? 私たち、本当に魔法を使ってるんですよね!?」

 たぶんその瞬間だけ、時間が止まったと思う。それくらい、間が重かった。

 周りに誰もいないことを確認しておいて良かったと、心底思う。


 長い長い沈黙の後、GMから言葉が返ってくる。


『あー…………うー…………ええと、ちょっと、申し訳ないっすけど、少しだけ、その、待ってて貰えるっすか?』

「あ、あ、えっと、は、はい」

『うーんと、あー……名前と特徴だけ聞いていいっすか?』

「あ、はい、えっと……火属性の妖精の、ヒカリです」

『わかったっす。ちょっと待ってて欲しいっす』

 それだけ言って、GMコールは切れてしまった。私は手持ち無沙汰で、すぐ傍にあった木製のベンチに座って、待つことにした。


「……いや、うん、ないわー」

 そこで改めて振り返って、我ながらそう思う。

 いきなり「この世界って、本当の異世界なんですよね!?」と聞かれても、あっちだって困惑するだろう。これで私の推論が間違ってたらとんだ赤っ恥だ。

 そういえば昔、「赤っ恥、青っ恥」なんて番組あったよね、なんて思考がどんどんと逸れていく。間違いなく現実逃避だった。

 ウ●ナリやマ●カル頭脳パワー、その後番である週間ス●ーリーランドなんていう、懐かしの番組で頭がすっかり占められた頃、私のすぐ近くに誰かが転移してきた。私はぼやけた思考のまま、そちらに視線を向ける。


 そこにいたのは、エルフだった。しかもただのエルフじゃなくて、四季の一人、ハルだった。

 私は目をぎょっと目を丸くする。HPでも紹介されている、良く見知った人物の登場に、驚かないはずがないだろう。しかも、魔法使いなのでは、と絶賛疑い中の当人だ。


「あなたが、GMコールをくれたヒカリさん、だよね?」

「あ、はい……そうです」

 こくんと小さく頷くと、ハルは私の手を取った。

 そして次の瞬間には、どこか別の場所に転移していた。


「へ?」

 全く間のない視界の変化に、思わず声が漏れる。周りを見渡すと、豪奢な深紅のカーペットが敷かれていたり、壷や彫像といった調度品が部屋の片隅に飾られていたりで、西洋的な雰囲気を感じさせる。

 私はベンチに座っていたはずなのに、その時にはもう、ふかふかで柔らかいソファに座っていた。一体、何が何だかわからなかった。


「ハル、その人が?」

「うん、そうみたい」

 その声で気付く。部屋の中には、ハルの他に、3人の人間がいた。

 ……つまり、もう少し噛み砕いて言うと、四季全員が揃っていた。

 こうなってしまっては、私はもう、蛇に睨まれた蛙のように、全身を強張らせるしかない。


「今まで順調だったのにね?」

 私と同じ妖精の少女――アキが言う。アキは私のいるソファの、向かい側にある同じ種類のソファに、白くてもふもふしたものを腕に抱え持って座っていた。

 それにハルが、私の隣で立ったまま、困ったように応える。


「うーん、今更どうしてかは、正直良く判らないけど……どうしようっか?」

「これはもう、記憶消去っ! しかないでしょ!」

 アキの隣にいた四季の内の一人、アマゾネスの少女――ナツが言う。私はその瞬間、ぶわっと脂汗が全身にのぼったのをはっきりと自覚した。


「ナーツ! そういうことは冗談でも言わない!」

 ハルがそう嗜める。ナツは「場を和ませようと思ったのにー」なんて言いながらも、それに従って口を閉じた。

 どう考えても和まない冗談は止めて欲しい、切実に。


 さっきから心臓がうるさい。がくがくと顎まで震え始めた。私はどうしてここに来てしまったんだっけ、とぐるぐると思考がループする。ええと、ええと、私は現実で魔法が使えるようになって、それで四季が魔法使いなんじゃないかって疑って、それでここに来たんだ。ああ、思い出した、うん、まだ大丈夫、たぶん。


「ヒカリさん、だったかしら?」

 窓際にいた機械的な印象を受ける少女――フユの言葉に、何度も小刻みに頷く。声色は冷たいのに、どこか温かみを感じさせるような声で、私は少しだけ安堵の気持ちを抱くことが出来た。


「どうしてここが異世界って思ったのか、その理由を聞かせてもらえる?」

 その言葉に、一度だけ深く頷く。

 ごくりと唾を飲み込んでから、私に訪れた現象を一つ一つ、ゆっくりと聞かせていった。


 □


「え、ええええええ……ちょ、フェンリル、それ有りえるの!?」

「なんじゃ、今更それを聞くか? 有りえなくはないぞ。魔法に対する素質が高ければ、マジックアイテムを使っている内に込められた魔法を吸収して自分のものとしてしまう、なんてのはよく有ることじゃし」

「ちょ、それじゃ根本的に欠陥あるんじゃんこのシステム! 最初に言ってよ! ほんと、言ってよ!?」

「だから、有りえなくはない、と言っておろう? この世界はそもそも魔法適正が0の人間ばかりだからして、そんな可能性はほぼ無きに等しかったんじゃ。この世界には、元々魔法なんて無いんじゃから、当たり前じゃな」

「いやでもちょっとでも可能性が有るなら言ってよもおおおお! 実際起きてるじゃんもおおおお!」

 私が私に起こった全てを話し終えた後。ハルと、白いもふもふが、壮絶に喧嘩していた。というか一方的にハルがまくし立てていた。彼女は両手で思いっきり頭を抱えて、その場に蹲る。

 ていうかアキの抱えていた白いもふもふ、喋れたんですね。ていうかそもそも生き物だったんですね。何なんだろう、アレ。


「ちなみに千春、お主の魔法適正が1だとするなら、そこにいるヒカリは……そうじゃのー、1億くらいじゃ。先にヒカリが魔法ノ書を見つけておったら、間違いなくヒカリが所有者になってたろうなー。神候補から上に行けたかは判らんが」

「いやもうその情報とかどうでもいいうえに何か負けた気がして凄く悔しいんだけどちょっともーッ! 戦闘力たったの5か、ゴミめって言われた民間人の気分だよあああああもおおおお!」

 しゃがんで頭を抱えながらノンブレスでわめくハルの肩を抱いて、ナツが「どうどう」と優しく? 落ち着かせる。アキとフユは呆れたようにそんな二人を見ていた。

 しばらくは2人(1人と1匹)の喧嘩が終わらない、と思ったのかどうかは判らないが、フユがこちらに話しかけてきた。


「まあ、あっちがあんな状態だから、私たちからざっくりと状況を説明させてもらうわ」

「あ、はい、お願いします」

 ぺこり、と会釈を返す。フユは、事のあらましを語ってくれた。


 とある日、ハルが「魔法ノ書」という白い本を手に入れた。

 その本は、何と魔法が使えるようになる本だったのだという(根本的な目的は違うらしいが、この説明には関係ないということで端折られた)。

 魔法ノ書を手に入れた弾みで、異世界に行ったり戻ってきたりで紆余曲折あってから、ある日ハルは考えた。

「私はたまたま魔法の力を手に入れてしまったけれど、きっと魔法を使いたいと思っている人は私以外にもたくさんいるはずだ!」と。

 そこで考えついたのが、「魔法で仮想的にVR世界を作って、そこでみんなで遊んじゃおう!」だったらしい。

 で、ミコミコ動画でPRしたり会社とか立ち上げて正式稼動したりの様々な苦難の末、今に至る。

 つまりは、そういうことのようだった。


「……えーっとじゃあ、この世界は本当に異世界なんですか? 住人たちは先住民?」

「大体、その認識で間違っていないわ。ただ、住人たちは、元々はこの世界を漂う精霊みたいな存在だったんだけど、ハルがそれぞれに身体を与えたの。そのみかえりに、このゲームに協力してもらってるってわけ。あ、でも、システムや街は全部1から私たちが作ったのよ?」

「はー……」

 余りにも話のスケールが大きくて、どう反応していいものやら良く判らなかった。

 そこでようやく話のキリがついたらしい、ハルが白いもふもふとの喧嘩を切り上げて、こちらの会話に参加する。


「ま、大体はフユが言った通りかな。ちなみにシステムには現実の要素を反映してるから、現実で足が速い人は素早さ補正がかかってたりするんだけど……ヒカリさんも、こうなる前に、何か兆候とかなかった?」

 そう言われてみれば、序盤、MPの伸びが滅茶苦茶良かったような覚えがある。そうか、あれは私の素養を反映した結果だったのか。


「それでね、この事実を知ってしまったヒカリさんには、3つの選択肢があります」

 ハルの言葉に、緊張でごくりと喉が鳴る。私は彼女の一挙一動に注目した。


「1つ目」

 言って、指を一本立てる。


「何も聞かなかったフリをして、ヒカリさんは、このまま普通に何事も無かったように過ごしていく。ナツの言うとおり忘却の魔法はあるけど、ヒカリさんは内緒にしてくれる人だと思ってるから、そこまではやらないから安心してね? ……ただし、申し訳ないけど、これ以上ゲームには参加できないと思ってほしい。このままゲームを進めていくと、ヒカリさんはもっと強力な魔法を手に入れてしまって、たぶん、制御できない状態になっちゃうと思うから」

 彼女の言う通りだった。私はコクヨとの冒険で、この世界に蘇生魔法なんてものが存在することを知っている。もし私がそれを得て、そして現実世界で大切な人を失ったら……それを絶対に使わないと約束できる自信が、私にはない。

 まあ蘇生魔法はゲーム中だけなのかもしれないけど、寝ぼけて大規模火炎魔法を使って実家焼失とかも笑えないので、この案を素直に聞き入れるべきかな、と思う。

 でも、このゲームが出来なくなるのは、この世界に来ることが出来なくなるのは、寂しい。純粋にそう思った。コクヨともっと色んな場所を見たいって、そう思っていたから。


「2つ目」

 ハルが2本目の指を立てる。


「私が渾身の魔法を持って、ヒカリさんの魔力適正を封じる。……でも、さっき聞いてたかもしれないけれど、ヒカリさんの魔力適正はハッキリ言って、とても大きい。それを封じて、全く身体に影響が出ないとは、正直言い切れない。ナツが言ったみたいに、記憶に影響が出るかもしれない。これに関しては本当に申し訳ないけど、やってみないとわからない、としか言えない」

 この案は、すぐに無しだと思った。身体のどこか、もしかしたら記憶に影響が出るなんて、ぞっとしない。

 私はハルが「3つ目」と言って、指を立てるのを見つめる。


「ヒカリさんに、私たちと同じようにこの世界を守る人になってもらう」

「この世界を、守る人?」

 その抽象的な言葉に、思わず、首を傾げてしまった。


「この世界ってさ……ゲームとは言ってるんだけど、ある人にとっては現実以上に価値のあるものになってると思わない? ヒカリさんも、この世界を見て、歩いて、そう感じなかった?」

「……それは、まあ、はい」

 同意して、頷く。

 姉がまさにそれだった。たぶんこの世界なくなったら、物凄く嘆くに違いないと思う。本物エルフに会える世界なんて、他にないのだから。いや、危うくニュージーランド連れて行かれるところではあったけど、それとこれとはまた別だし。


「だから、ヒカリさんには私たちの仲間になってほしい。悪く言うと、共犯者、かな? そして一緒に、この世界を守る人になってほしい。……ヒカリさんがもし魔法で暴走しそうになったら、私が止める。何をしてでも止める。ヒカリさんに素質がいくらあったとしても、魔法の書を持って、この世界を作った私にはかなわない。だから止められる。仲間として傍にいる限り、止めることが出来る。それは絶対に約束する。これが3つ目の案」

 ハルが、そこで一呼吸置き、こちらを真剣な面持ちで見つめてくる。


「ヒカリさん、あなたは、どれを選ぶ?」

 選択肢なんて、ほぼ無いに等しかったけれど。

 私は、私の確固たる意志で、「それ」を選ぶことにした。

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