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25 ネトゲユーザだもの

「エルフさんっすかー? なら、たぶん薔薇の館っすねー。最近、あの人にお熱っすから!」

「ああ、エルフさんなら今日もツクヨミさんのところだと思うよ? 最近、ずっと通ってるから」

 リーンディアでエルフさんと呼ばれるプレイヤーを探すために聞き込みをした結果、全員が同等の答えをくれた。繰り返す。全員が、である。プレイヤー・住人問わず、『全員が』なのである。


 ……名前浸透率100%って、どういうことだよあの姉は!?


 思わず近くにあった樹を蹴っ飛ばすくらいに衝撃的だった。樹の上にいたのだろう、驚いた鳥たちが一斉に飛び去るが、んなもん知ったことか。


 姉すごすぎ。姉有名すぎ。あの人いったいこの世界で何をどうやったらそうなるの!? そりゃあ掲示板で『今日のエルフさん』が定例化するわ!


 ぜえぜえと息を切らす私に、コクヨがびくびくと若干怯えながら、肩を抱いて落ち着かせようとしてくれる。

 ちなみにカインとグスちゃんは役目を果たしたからと、先にログアウトしていた。私が平身低頭の勢いで謝礼を言ったら、二人は「出世払いな」なんて冗談みたいに返してくれた。本当に二人には頭が上がらない。


「と、とにかくその『薔薇の館』っていうところに行ってみましょう?」

「……うん、そうだね」

 元気なく、ゆらり、と立ち上がる。とにかく、道行く人すべてに教えてもらった場所に、私とコクヨは二人で向かうことにした。


 □


 薔薇の館。そこは以前から聞いていたとおり、色とりどりの薔薇の庭園に覆われた館だった。赤、白、黄は当然で、黒や青、虹色なんて色の薔薇まである。


 そんな庭園の中にいたのは、二人の女性だった。

 一人は黄色のような金髪に一筋だけ黒色の房がある美しいエルフの女性。深紅のドレスを纏っており、そのドレスはなんというか、身体への密着度がやけに高いのが、門の外からでもうかがえる。そしてでかい。どこがとは言わないが、でかい。たぶん小ぶりなメロンくらいはあるかなあ、と遠目から予想。

 そしてもう一人は、褐色の肌に、金髪のダークエルフだった。ただし、彩度はもう一人のエルフより低く、くすんだ金髪だ。そして長さもさほど長くなく、肩に掛かる程度。しかしその顔はもう一人のエルフと遜色ないほどに整っていた。


 恐らく前者がツクヨミさんで、後者の女性が私の姉である『エルフさん』だろう。あの姉の姿は見覚えがある。いつだったか『ビキニのダークエルフたちが真夏のビーチでキャッキャウフフするだけの本』とかいう姉発行の薄い本の主人公だったダークエルフだ。

 ……こうやって、姉が過去発行した薄い本を逐一覚えている自分が嫌だ。発行というか醗酵というか。そして私は薄幸と。うん、全然うまくないね。


 二人は何事か会話をしたかと思うと、エルフさん、つまり姉がツクヨミさんの手を取る。そして騎士のように膝をついて、彼女の指に唇を落とした。

 思わずその光景を見ていられなくって、目を逸らしてしまう。逸らしたらコクヨもちょうど同じことをしていたらしく目が合って、たぶんお互いに気まずい思いをしてしまった。


 それから、姉とツクヨミさんは背を向け合い、別れる。ツクヨミさんは館に戻り、姉は門から外に出てしまった。私はコクヨと目配せしてから、姉を追う。


「コクヨ、行ってくるね?」

「はい、頑張ってください!」

 薔薇の館に向かう途中に、あらかじめ相談した通りに私は動き出す。そしてすぐ目の前を歩く姉に「あの!」と呼びかけた。

 姉――エルフさんは私の呼びかけに振り返り、ん?、と首を傾げる。


「どうしたの、可愛い妖精さん?」

「あの、エルフさんですよね!? わっ、私、エルフさんに会いたくてここまで来たんです! その、握手してください!」

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。というわけでダイレクトにアタックすることにしたのだ。……まあ、自キャラが妖精だからこそできることだけどね。エルフ系だったらどう考えても餌食になってた。

 エルフさんは私の言葉にきょとんとした表情を浮かべ、それからにこりと笑顔を浮かべる。


「ふふ、いいわよ」

 手を差し出されて、私はそれを握り返す。私はまるでアイドルと握手したファンみたいに、きゃー! なんて喜んでみせた。

 勿論、演技である。何が哀しくて姉と握手して狂喜しなくちゃならんのか。


「あの、あの! エルフさんって、クランに所属なさってますか!?」

「ええ。『エルヴン・ギルド』のクランリーダーをさせてもらっているわ」

 ギルドなのかクランなのかハッキリしてほしい。いやどっちでもいいけど。

 しかし姉、かなり猫かぶってるな。ゲームの中では淑女を取り繕っているのだろうか?


 が、私はそんな内心の疑問やら突っ込みやらを一切表に出さず、エルフさんに懇願する。


「あの! 私、どうしてもエルフさんに会いたくて、ここまで来たんです! まだレベルも低いけど、友達に手伝ってもらって、やっと! だから、その、クランに入れてほしいんです、お願いします!」

 私の言葉に、エルフさんは初めて困ったような顔を見せた。ええと、と言葉を濁らせる。

 やがて内心で話を纏めたのか、慎重な様子で口を開いた。


「私たちのクランってね、結構特殊な人たちが集まってるから……あの、アナタ……ああ、まだ名前を聞いてなかったわね」

「ヒカリです!」

「そう、ヒカリね。ええと、ヒカリは、萌えとかって、判るかしら?」

「“もえ”、ですか……? ええと、私、炎属性だから、燃やすことには自信があります!」

 ぐっと拳を握って、敢えてずれた回答をしてみた。

 萌えについては、勿論判りたくないけど何となく判っている。でもそんなことはおくびにも出さない。だってこっちの世界でまで姉に付きまとわれたくないし。

 私の返答に、姉は珍しく頭を抱えた。


「えー、あー……どうしてヒカリは私のクランに入りたいの?」

「あの、エルフさんのお姿が、すっごく素敵で、憧れの姿で! それに色んな人からも慕われてるって聞いて! ……私、だから、一度だけでもお話したかったんです! でも会ってみたらやっぱりもっと素敵だったから、一緒にいたいなって思ったんです!」

 私の言葉に、姉がぽつりと「……少しくらいなら素養があるってことかしら?」と呟く。本当に小さな呟きだったのだが、ばっちり聞こえた。

 素養なんてありません。同類にしないで下さい。


「じゃあ、一度私たちのクランに遊びにきてみる?」

「いいんですか!? 是非是非、行かせて下さい!」

 私は隣にいたコクヨに、きゃー、と言いながら抱きつく。ここまで大げさなほどに喜びを表しておけば、私=つゆりだとは、まさか思うまい。コクヨは私の抱きつきに、やや頬を赤くしていた。

 どんなクランを運営しているかは知らないが、少し様子を見たら、少しずつでも距離を置けばそれでいい。さきほどのツクヨミさんとのやり取りや、ヒカリとの会話を見るに、住人や一般人に対しては、そこまで暴走していないようだし、これ以上様子を見る必要もないだろう。……たぶん。


「じゃあ、行きましょうか」

 エルフさんは、足取りに迷いなく歩いていく。私とコクヨはその後をついていった。


 □


 そうして辿り着いたのは、一軒の木造建築物だった。周りに並ぶものより一回り大きいそれは、恐らくエルフさんが拠点としている家屋なのだろう。

 

「みーにゃん、おかー」

「たっだいまー」

 中には一人、亜人のプレイヤーがいた。その誰かは二の腕から先がうねうねとした触手だったので、触手の人、と称しようと思う。

 触手の人のそんな出迎えに、エルフさんが返事を返す。

 それから突っ伏すようにして、部屋の中心にある丸テーブルにしなだれかかった。


「ありゃりゃ。また駄目だったん?」

「駄目だったああああ! 悔しすぎてびくんびくん感じちゃうううううう! ツクヨミさんマジ鉄壁! マジガーディアン! マジ爆乳! 悔しいでもそれがまたイイんですけどねええ!」

「あっはっはっは! ていうかそんなに爆乳がいいなら、みーにゃんのキャラも爆乳にしたら良かったさーね?」

 触手さんの言葉に、エルフさんが勢いをつけてガバリと起き上がる。そしてバン、と両手でテーブルを叩いた。


「それとこれとは別腹っていうか、ダークエルフはそこそこおっぱいが一番萌えるの! ハイエルフはひんぬー、ハーフエルフとエルフは状況と場合によって何でもあり! それが俺のジャスティスなんだ、そこだけは譲れなーいッ!」

「やっぱ譲れないところってあるよねえ! あたしだって触手はもはやお菓子であり飲み物であり生活の一部だし! 触手が足りなくて触手欠乏症になりそうだし! ていうか口に含んであむあむしたいし! ていうか自分のこれ、たまに口に含んであむあむするし! ほどよい柔らかさのものはすべてあむあむされるためにあるのなのだ! あと、全国のJS(女子小学生)、JC(女子中学生)、JK(女子高校生)に触手が生えるバイオハザードが起こればいいよもう! 大人しい子ほどえげつない触手が生えてしまえ! そして触手よ、孕むがいい!」

 思わず、呆然としてしまう。

 異次元すぎて隣のコクヨにも全力で謝りたくなるような会話だった。


「午前中とか超惜しかったのにやっぱり駄目でさああ! しかも、れーちゃんもいないもんだから思わず妹に色々とぶちまけちゃったよ! もう妹、超冷たい目なの! でもあの妹の冷めた瞳がまた気持ちよかったりしてねええ!」

「あっはっはっは! ほんっと、みーにゃんはSなんだかMなんだかわかんないねえー!」

「SでもMでもない! Eだ!」

「Eかい! この調子でマシンガントークしたなら、ほんっと、妹さんもご愁傷様だねえ!」

 ……ええ、本当ですよまったく。

 ていうかそうか、そういうことか。最近大人しいと思ってたのは、萌え語りの殆どを触手の人=れーちゃんにぶちまけてたからか。だから私にまで回ってこなかっただけか。物凄く納得した。


 そのタイミングでようやく私たちの存在を思い出したのだろう。エルフさんがはたと気付いた表情で、こちらを振り向く。


「……あー、まあ、こんなクランなわけよ。オッケー?」

「おー、あー………………ノーセンキュー?」

 率直に出た言葉だった。エルフさんも「そうよねー」なんて応える。自分が異常であるという自覚はあったらしい。


「……コホン。と、いうわけで、クランに入るときは自分にあったところをおススメするわ」

 今更言葉遣いを取り繕われても遅かった。私とコクヨはこれ以上無いところまで引いている。ドン引きしている。というか、私がコクヨに引かれてないか不安だ。


「それに、『ブラック・ニーサート』とか『ノワール・ティッツ』みたいに、外面を取り繕ってても上が変態なところもあるしね。誰かに憧れてっていうのもいいとは思うけれど、ちゃんと自分に合ってる場所なのか、下調べはしたほうがいいと思うわ」

「え?」

 すごく聞き覚えのあるクラン名に、私の口からは思わず声が漏れた。その反応にエルフさんが首を傾げる。


「どうしたの?」

「いや、えっと……そのクランに所属してる人に友達がいるので、外面を取り繕ってるって言葉が、すごく気になって……」

「ああ、あのクランってね、『エストゥディアンテ』っていうクランが分裂して出来たの。そこまでは知ってる?」

 エルフさんの言葉に、こくこく、と頷く。


「あ、ちなみに……エストゥディアンテって何語だったか忘れたけど、“学生”を意味する言葉なんだけど、トップが二人の学生だったのよ。で、ある日「冬の女子高生は黒ニーソか黒タイツか」で大喧嘩して、それが波及してクランが分裂しちゃったの。で、『ブラック・ニーサート』は黒ニーソ萌えの方がトップで、『ノワール・ティッツ』は黒タイツ萌えの方がトップなのよ。まあ末端は知らないでしょうけどねー」

 その説明に、思わず絶句するしかなかった。

 ただ、胸中を巡る言葉はたった一つだけだ。


 ……変態しかいないのかこのゲームは!?

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