24 いざ、リーンディアへ 後編
「ヒカリ、しゃがめ!」
「ふわあああいっ!」
カインの指示に従い、両腕で頭を抱えながらしゃがむ。そのすぐ上を、滑空してきたモンスター――青い怪鳥が通り抜ける。髪の毛に掠ったのか、チッ、とした音が聞こえて、全身がぞっとした。
後方から聞こえてくる、コクヨの悲鳴のような声に反応すら出来ない。それほどに、避けることに必死だった。
ビッグバード。ぶっちゃけそのまんまの名前過ぎてもうちょっとどうにかならなかったのか四季!? と文句を言いたくなる4メートルほどの巨大な鳥に、私たちは遭遇していた。でかい癖に速いし、爪とクチバシがめちゃくちゃ尖ってて泣きそうになるし、色々と勘弁して欲しい。
「このッ! ヒカリから、離れろぉッ!」
カインが脚に闇を纏わせて、ビッグバードに上空から蹴りを落とす。ギィイ、と鳴いたかと思えば、すぐに尖った爪でカインへと反撃した。カインはそれをするりと避けるが、更に翼での追撃を受ける。辛うじて避けていたようだったが、体勢を崩してしまう。グスちゃんはカインを補助するために、ビッグバードの肢体にハンマーを振り回し打ち付けるが、大したダメージにはなってないように見えた。
夏国から出て、通称「火の海」と呼ばれる「溶岩フィールド」を通り、私たちは「高山フィールド」と呼ばれる場所を進んでいた。
溶岩フィールドは私やカインが妖精で飛べること、コクヨが精霊でフィールドに影響を受けないこと、グスちゃんが「火鼠の靴」と呼ばれるアイテムをあらかじめ用意していたことで、すんなりと通過することが出来た。ちなみに「火鼠の靴」は、炎耐性のつく靴で、履いておけば溶岩の上ですら歩くことが出来るという靴らしい。ちなみに名前の由来はかぐや姫の難題からだとか。
そこまでは順調だったのだ。問題は、夏国と春国を跨ぐ、高山フィールドに入ってからだった。
「高山フィールドには厄介なモンスターが出るから、なるべく早く進まないとな」
「厄介なモンスターって?」
「でっけー鳥だよ。オレくらいのクラスの奴が10人以上集まって倒すレベルの奴が稀に出るんだ」
「……えっとさ、もしかして、あれ?」
私の指差した先に、青い何かが飛んでいた。さっと強張るカインの表情に、ああやっぱりそうなるよねこういうのってフラグだもんね、とメタなことを考えてしまったりして。
カインが、いつも浮かべている軽薄そうな笑みを消して言う。
「とにかく、逃げるぞ! このパーティじゃ、ぜってーアレを倒すのはムリだから! とりあえず関所まで着けば何とかなる!」
「ま、ありゃあしかたねえわな!」
「うん、早く逃げよ!」
「はい!」
というわけで、私たち4人は、絶賛逃走中なのだった。
「ここはオレに任せて、今の内に早く行け! ……こういうセリフ言ってみたかったんだよね、一度!」
「余裕ぶってんじゃねえよ馬鹿! 来るぞ!」
「わあってるって!」
カインとグスちゃんがモンスターの気を引いてくれる間に、私とコクヨは一生懸命に逃げる。地面はゴツゴツとした岩肌で歩きにくい道が続いていたが、私たちが飛んでいたり浮いていたりするお陰で、足を取られず逃げることが出来た。
しかし、モンスターとの距離の差はいっこうに開かない。むしろ、さっきから私やコクヨを狙う余裕すらあるらしく、びゅんびゅん爪やらクチバシやらが飛んでくる。カインいわく、「たぶん攻撃にちょっと掠っただけでHPの大半を持っていかれる。もしかしたら即死かも」らしいので、たまったものではなかった。
と、そんな風に逃げていたら、前方にいた4人組のパーティーと出くわした。パーティは人間族だけで構成されており、恐らく私たちと同じように、春国に行こうとしているのだろう。
彼ら、彼女らは一斉に振り向くと、必死の形相で走ってきた私たちに何事かとぎょっとする。そして更に後ろのモンスターを見て表情を固まらせた。
「ちょ、おい、MPKとか勘弁してくれよ!」
パーティの内の男性が、叫ぶように言う。「MPK」とはモンスターを引き連れ、別のプレイヤーに押し付ける嫌がらせの行為のことだ。ほとんどのゲームではマナー違反とされ、嫌われるプレイの一つだ。
うん、本当に申し訳なく思っている。しかしこれだけは言わせてもらいたい。
この必死の形相を見てMPKとか舐めてんのかオイコラ!? MSG(マジで死んじゃう5秒前)なんだよこっちは!
ぜえぜえと息が切れていたので何も言えませんでしたけどね!
前方の四人組も、私たちと同じように逃げ始める。
そんな時、後ろからグスちゃんの「コクヨ、危ねえ!」という声が聞こえてきて、私は咄嗟に、隣を走っていた彼女を突き飛ばした。
その判断は正しかったらしい。私とコクヨの間を、ギリギリの距離でビッグバードがすり抜けていく。そして旋回し戻ってきたかと思うと、今度は私を狙い始めた。
私は飛行で空高く飛び、敵の攻撃を避けようとする。が、飛行速度が段違いで、避けるとか避けないとかいう次元にならない。遊んでいるのか、ビッグバードは私の周囲をぐるぐると回りはじめて、その場を動くことすら出来なかった。
「ヒカリ、そっから何とか抜け出せ!」
「そ、そんなこと言われても!?」
右に行こうとすれば右に回りこみ、左に行こうとすれば左に回りこむ。完全に遊ばれていて、抜け出せそうにない。
と、思った次の瞬間。
「『ダーク・ビロウ』!」
コクヨの魔法がビッグバードをほんの僅かだけ、足止めする。私はその隙に地上へと降り立ち、走って逃げ出すことができた。私くらいの飛行レベルだと、下手に飛ぶより地上を走ったほうが速い。
「あっ、ありがとう、コクヨ!」
「いいえ、ヒカリが無事でよかったです!」
言いながら、再び二人で必死に逃げる。
その頃には別のパーティの姿は影も形も見えなくなっていた。どうやらさっさと逃げたのだろう。羨ましいやら妬ましいやら。まあ厄介ごとを持ち込んだのはこちらなので、無事逃げてくれただけ有難いと思うべきか。
「くそッ、オレ一人じゃ足止めすらキツいぜ!」
後方から、そんなカインの怒声が聞こえてくる。前衛は魔法を有効活用することで果たしていても、さすがに単純に耐久ステータスを要求される盾役は厳しいのだろう。
走っていると視線の先の岩壁に、身を隠せそうなを横穴を見つけた。中は入ってみないと大きさが判らないが、入り口はあの怪鳥には小さすぎるだろう。
「みんな、あそこに穴ある! いったん避難しよう!」
「ちッ、それしかねーか!」
四人で、横穴に滑り込むように入る。幸いなことに、中は人一人が暮らせそうなスペースがあって、皆で肩を寄せ合わずとも避難することが出来た。
穴の外では、ビックバードが甲高い声で鳴いている。クチバシや爪を入り口から刺し入れ、私たちを引きずり出そうとするが、こちらまでは届かないようだ。やがてモンスターも諦めたのか、隙間から大きなぎょろりとした目玉でこちらを睨みつけてくるだけになった。
カインがその目を魔法で狙おうとするも、反射は良いのかすぐに逃げてしまうので、お互いに膠着状態に陥ってしまう。
「とりあえず、は……なんとか無事、って感じだな。……まあ、無事なだけだが」
カインが溜め息混じりに言う。
「この面子で無事なだけマシだろうよ」
グスちゃんも投げ遣りに言った。
私とコクヨは顔を見合わせて、お互いに息を吐いてしまう。ここまで緊張の連続なので、ようやく糸が切れたのだ。さっきからぎょろりとした目玉は見えているのだが、攻撃される可能性がないだけマシだ。
「んー、どうすっかね。野営道具もあるし、ここでいったんログアウトしてアイツが去るのを待つってのも手だけど」
「いや、ビッグバードのしぶとさはオメーも知ってるだろ? 睨まれたら最後ってな。何が何でも俺たちを取って食わなきゃ済まないと思うぜ、ありゃあ」
「だよなー」
カインがガリガリと頭を掻く。野営道具を使った場合のログアウトは、ログイン時に同じ場所からのスタートとなる。ちなみに野営道具なしでのログアウトは、死に戻りとほぼ同等のペナルティーを食らってしまうので、カインもグスちゃんもなるべくしたくないらしい。
ここでもしログアウトしていったん仕切りなおしたとしても、あのモンスターがこちらを諦めない限り、ここから動けなくなってしまうのだ。そして話を聞く限りでは、それも難しいようで。
「んー、一応土日両方とも確保してるけどなー。それじゃあ足りなそうだし、どうにか逃げる方法考えなきゃなー。グズちゃん、何かいい案あっか?」
「こういう時くらい、それはやめろってーの。……案と言われてもなー。その辺掘って逃げるか?」
「オレ、掘削スキルねーぞ? グズちゃんあんの?」
「わり、俺もねーわ」
「……ダメじゃん。スキルなしに穴掘りとか、どんだけ時間かけるつもりだよ」
カインの突っ込みに、グスちゃんが降参とばかりに両手を上げた。つまりは打つ手なし、ということだろう。
「ちなみに二人もないよな?」
確認に、私とコクヨは二人で頷く。そもそも初心者の妖精と精霊にそれを期待するだけ無駄だと思う。カインもそう思ったのか、特に突っ込みもなく納得してくれたようだった。そしてその矛先は、再びグスちゃんに戻る。
「つかドワーフなのに掘削ないのかよ。持ってろよそこは、なんつーかイメージ的に」
「しょうがねーだろ。素材は持ってきてもらうのが殆どだったから、覚える必要がなかったんだよ。あ、その代わり鑑定スキルはあるぞ」
「意味ねー! 激しく意味ねー! ブラック・ニーサートの奴ら、グズちゃん甘やかしすぎだろ! ったく!」
カインがはあ、と大きな溜め息を吐く。そして独り言のようにぼやいた。
「アイツとの遭遇確率とか、普通に1%未満だってのに……なんでこういう時に会っちまうかなー」
「こういう時だからじゃない?」
「なのかねー」
思わず素に近い語り口で、そんな雑談に耽ってしまう私とカインだった。
「ちなみに、テレポートで夏国戻って仕切り直し、ってのは駄目なの?」
「ビッグバードに補足されてるからそれもムリ。ボス級の敵は大体そうなってるんだけど、補足されると敵の魔力で特殊な結界が張られて出れなくなる設定なんだよ。ほら、ボス戦の最中にいつでも逃げ出せるなんてゲーム、つまらねーだろ?」
言われてみればそれもそうだった。いつでも逃げられるボス戦ほど緊張感のないものもあるまい。
そんなこんなで、前にも後ろにも動けず、手詰まり状態に陥ってしまった私たち。半ば諦めムードでビッグバードが諦めてくれるのを、とりあえずログアウト限度時間まで待機することにする。
その間、ただただ暇なので、四人でしりとりなんか始めたりして。
「『屑』。グズちゃん次「ず」なー」
「次って言うかさっきから「ず」じゃねえかよ。ずー……『頭蓋骨』」
「カイン、徹底してるというか、なんというか……『爪きり』」
「あははは……『理性』」
「『伊豆』。グズちゃん、次も「ず」なー」
「だからさっきから「ず」じゃねえか! 意地きたねぇことしてんじゃねえよ!」
「え、しりとりってそんなもんだろ?」
ちなみにカインのはロールプレイとかでなく、素の発言だったりする。現実で彼としりとりすると必ず特定のひらがなで縛られて負けるのが常だ。
と、そんな風に何だか諦観漂わせながらほのぼのとしていたら、助けは意外なところから来た。
唐突に外から悲鳴のような甲高い鳴き声が響き渡り、私たちは瞠目して、四人で顔を見合わせる。
最初に動いたのはカインだった。
「ちょっとお前らそこで待ってろ、オレが見てくっから」
「うん。カイン、気をつけてね?」
「大丈夫だって。どっかの使えないグズちゃんと違って、オレは素早いから」
「……まあ本当、オメーは律儀に俺を下げやがるな」
グスちゃんがぼやく。まあ、カインはカインだから仕方がないような気がする。
カインが慎重な様子で外を伺う。外に出たかと思うと、少ししていつもの生意気そうな笑みを浮かべて戻ってきた。
「おい、もう外に出ても大丈夫みたいだぜ」
「ん? どういうこと?」
「まー、見れば判るって」
カインに言われたとおり、外に出てみる。そこは、戦場になっていた。三十人ほどの人間族・亜人族が、プレイヤー・住人問わず集まって、ビッグバードと戦っていたのだ。青い羽根を散らしながら、ビッグバードも抗うが、数で圧倒的に押されては敵うはずもなく。
数分ほどで撃墜され、スッパンと首を落とされてしまっていた。そして見る見るうちに毟られる羽根。……そこから先は、精神安定上、描写しないでおこう。
「えっと、どういうこと?」
「ん、さっき前にパーティがいたろ? そいつらが関所に伝えてくれて、そんで討伐隊が組まれたんだとよ。まあ倒せるなら素材的には美味しいしな、アイツ」
「ほあー」
思わず変な声が出てしまった。
さっきは内心で悪態ついてごめんなさい、と深く謝ってしまう。
あの人たちが、私たちの窮状を伝えてくれるような、優しいプレイヤーでよかった。
「こりゃあ春国までは、豪勢な護衛つきでいけそうだなー!」
かっかとカインが笑う。そんな彼に、グスちゃんは肩を竦め、私とコクヨは思わず笑ってしまうのだった。
というわけで、平和なような平和でないような、そんな旅を繰り広げて、私たちはようやくリーンディアに辿り着くことができたのだった。




