21 夜の街
スキルの名前は『クリアシールド』。
効果は、自身の姿を透明にすることで魔物から発見されにくくすること。ただし音や匂いは消せないため、見つかる可能性もそれなりに高い、らしい。
私たちが得たスキルは、そんなものだった。使えるスキルなのか、そうでないのかは、判らない。が、街中を無作為に歩き回った成果としては悪くない、はずだ。
困ったときのグスちゃんだ! と、グスちゃんに連絡しようとしたのだが、どうやら今はログインしていないらしい。仕方がないので、彼の弟子であるセンくんを頼ってみることにした。
が、その頃には、すっかり入り組んだ道に迷い込んでいた上に、周りが暗くなりつつあって、いつも通る道への戻り方が判らなくなっていた。仕方なく私たちは、空を飛んでいくことにする。
「ええと、これがいつもの食堂だから、あっち?」
「あれ、でも城がそこですから、こっちじゃないですか? というより、その食堂、いつも行っているところじゃないですよ」
「嘘!? あれえ!?」
コクヨを後ろから抱え持ち、二人でふらふらとあっちへこっちへと飛んでいく。二人で相談しながら飛んでいくものの、暗くその姿を変えた水晶の街では、中々いつもの道に辿りつけない。
水晶で出来た街灯は、ある程度等間隔にあるとはいえ、焼け石に水。ほんの少しの地面を照らす程度の明るさしかないのだ。
そうやってふらふらとしている内に、MPもどんどんと少なくなってしまう。私たちは上空から探すことを諦めて、いったん地上に降りることにした。
「くう、やはり光に闇は天敵ということかっ!」
「ヒカリは炎属性ですよね?」
「いやそうだけどさ!」
コクヨに冷静な突っ込みを頂いてしまい、思わず意気消沈。周りには誰もおらず、道案内を頼むことも出来そうにない。
と、そんな時、どこからかどっと沸くような笑い声が聞こえてきた。私たちは辺りをきょろきょろと見回す。すると遠くに、中から強い光が漏れる家屋があった。
「……あれ、行ってみます?」
「そうだね。道を教えてもらえるかもしれないし」
二人でその家屋に近づく。家屋の外には酒樽が積み上げられており(はっきり言って景観にすごく似合わない!)、どうやらその場所は、酒場であるようだった。厚い水晶の扉で締め切られた中からは、ざわざわと賑やかな喧騒が聞こえてくる。が、中は擦り硝子を通しているように、ぼんやりとぼやけてしか見えない。
正直、ちょっと入りづらい。が、こんな時でも『ヒカリ』は躊躇しないのだ。
「いこ、コクヨ!」
「はい、ヒカリ!」
とは言え中身の私は心細いので、コクヨの手を強く握ってしまったりなんかして。私を先頭に、私たち二人は、重く厚く見える扉を決死の思いで開いた。
一瞬、中の光にあてられて、目を細める。すぐに慣れた目で中を見ると、そこは宴会かというような盛り上がりようだった。たくさんの丸テーブルを囲う、数多の種族たち。その赤ら顔は、全てが快活な笑みで彩られていて、思わずその雰囲気に圧倒されてしまった。
「んん、子供がこんな時間に……っておや、旅人さんかい! いらっしゃい、ほら、そんなとこで突っ立ってないで!」
全体的に恰幅のいい地精霊のおばさんが、磨き上げられた水晶のカウンターの奥から、私たちに手招きする。私とコクヨは些か迷ったものの、その手招きに素直に応じることにした。
「ほら、あんたたち、何飲むの?」
「え、あの、私たち道に迷っただけだったり……」
「こーら、折角入って来たんだから、野暮なことは言わない言わない! ほら、何飲むの!」
「え、え、じゃあ、あの人と同じので!」
「わ、わたしも!」
カウンターに座っていた、一人の鳥人族の男を指差す。その人が何を飲んでいるのかなんて全く見えなかったが、勢いにのまれ注文してしまった。
仕方がなく、カウンターの隅っこの席に、私とコクヨは腰掛ける。
強引とも言える成り行きで、私たちの前に運ばれて来たのはビールのように泡立った飲み物だった。地精霊のおばさんいわく「エール」という飲み物らしいが……つまりは、お酒なのだろう。
「……ゲームの中で飲むのって、ありかな? っていうか聞いたことなかったけど、コクヨって未成年?」
「はい、まだ未成年です。ヒカリも学校と言っていましたから、未成年……ですよね?」
「うん、ばっちり未成年。……飲む?」
「……どうしましょう?」
ヒソヒソと話し合う。が、その様子が地精霊の彼女――他の客が言うには通称ビッグマム――の癇に障ったらしい。眦を釣り上げて、両腕を組み、こちらをじいっと見つめてきた。その威圧感に、肝が冷える思いがして。
「飲もう! うん、飲もう!」
「そ、そうですね……!」
私たちは即座に飲むことを決意した。
□
「がっはっはっはっは! 精霊のお嬢ちゃんもイケるクチだねえ!」
「そういうドワーフのオジサマこそ、いい呑みっぷりじゃない! まあわたしには及ばないにしてもね! おほほほっほほ!」
コクヨとドワーフの二人が中心で肩を組み合い、けたけたと笑っている。その周りで他の客たちが、やんややんやと囃し立てていた。いつものコクヨの面影が、全てぶっ飛んでいる。いや口調はまだクールを取り繕えてる気もするけど。……クールというか、お嬢様系?
コクヨの現在のステータスは「泥酔」。そんなステータスまで用意してたのか四季よ、と思わざるを得ない状況に、私は今、陥っていた。ちなみに私のステータスは「ほろ酔い」で済んでいたりする。
エール一杯であの有様。
本人(つまりコクヨの中の人)がアルコールに弱いのか、初期設定の裏パラメータとしてアルコール耐性が設定されているのかは判らないが、とにかくコクヨはすっかり『出来上がって』しまっていた。どれだけ属性つければ気が済むのか、コクヨよ。
私はそんなコクヨを遠目で見ながら、カウンター席でちびちびとエールを飲んでいた。エールは苦いので、ちびちび飲むしかないのだ。苦いのは苦手である。
彼女があの有様になってからの私の酒の相棒は、先ほど私が同じものを、と指定した鳥人族の男の人だ。どうやらプレイヤーらしく、先ほどから私に同情的な視線を向けてくれている。一緒に飲むか、と言ってくれたのもあちらからだった。
「大変だなあ、アンタも」
「ですよねえ……」
思わずヒカリとしてではなく、素で対応してしまった。
ちびりちびりとエールを呑んでいると、何だか文字通り苦渋を舐めているような気がしてきて。私はいったん酒を飲む手を止めた。横目で狂ったように笑うコクヨを見つつ、はあ、と一度大きな溜め息を吐く。ほんと「アレ」、どうしよう。
「……そういや、さっき道に迷ったとか言ってたな。お前ら、初心者なのか?」
男に問われて、うん、と頷く。指を3本立てて、3日目、と答えた。
「あー、そりゃ迷うわ。この街、水晶で出来てて綺麗なのはいいけど、どこ行っても風景がそんなに変わんないから、中堅どこでも迷ったりするんだよ」
「ああ、なるほど」
確かに言われてみればそうだった。なるほど、綺麗な薔薇には棘があるというが、綺麗な街にも問題がある、ということか。
「そういえば、アレって現実世界に影響ないんですか?」
とうとう飲み比べなんて始めてしまったコクヨを指差し、恐らく中堅以上であろう男に問いかける。
というかコクヨ、大丈夫なのだろうか? 一杯であんななのに飲み比べなんてしたら……とハラハラしてしまうが、あの中に今更割って入る元気はない。
「ああ、現実世界には何ら影響ないぞ。だから現実での健康のために、ここで飲んでく奴とかもいるんだよ。まあ俺もその一人だったりしてな」
「へー。何だかまあ、面白い世界ですよね、ここって」
「全くだ」
しみじみと二人で言い合う。その後ろでは、「このコクヨ様に敵うと思うのなら、かかってらっしゃい!」なんて元気な(「元気な」と称していいのかすら、もうわからない)声が聞こえてきて、私は今一度、大きな溜め息を吐いてしまった。
□
もうすぐログアウト、という時刻になった頃には、コクヨは泥酔状態から回復していた。そして、仕様なのか体質なのか、泥酔していた時の記憶を全て覚えていた。
というわけで、コクヨ、THE☆悶絶中。
「ああぁぁああぁぁあぁ……」
カウンター席に突っ伏して頭を抱える彼女の肩に、私はぽんぽんと手を置いて慰める。まあ、放置していた負い目もあるし、追撃はするまい。
後ろではまだ賑わいは続いている。きっと朝まで続くのだろうな、と勝手に予想してみたり。ちなみに鳥人族の男の人は先に帰った。これからも頑張れよ、とステータス回復薬と、ここの飲み代まで貰ってしまった。
「まあ、酒は飲んでも飲まれるなってことさね!」
地属性のおばさんが言う。「あ、追撃」と思った次の瞬間には、コクヨの悶絶は更に深くなってしまっていた。
これはしばらく治るまい。
飲ませたのはあなたでしょうに、とは若干思ったけれど、ビッグマムには逆らいませんとも、ええ。
「というわけで、酒に飲まれなかった見込みのあるアンタにゃ、これをやるよ」
「ほあ?」
思わず変な声が出てしまった。地属性のおばさんの手から、私の胸元に、ふわふわと光が舞い込んでくる。
「場末の酒場のオバちゃんな私でも使えるくらいの、簡単な魔法さね。それで、そこの飲まれちまったお嬢ちゃんを、これからも支えてやんな」
「は、はあ」
というわけで、良く判らないうちに、スキル『マジックキュア』をゲットしてしまった私と、未だ悶絶から回復する見込みのないコクヨなのであった。
「あぁああぁぁぁあああ、穴があったら、穴があったらああ……!」
「コクヨ、がんばれー……」




