20 バーチャル的わらしべ生活
街の探索はまだまだ続く。
「なんだか、のどかですねー」
「だよねー」
どうやらこの辺りは街の人たちが暮らす居住地という設定らしく、杭の刺さった家屋は殆ど見当たらない。種族ごった煮な子供たちが駆け回ったり、精霊のお母さんが洗濯物を干したり、という牧歌的な光景が広がっていた。しかし周囲が水晶という幻想的なものでもあるので、えらくちぐはぐな光景でもある。
そんな中を、私とコクヨは二人で歩いていた。手にはお互い、先ほど貰った棒つきキャンディが一つずつ。メニューを開いて中にしまってしまおうかと思ったのだけど、このキャンディは、道具としてインベントリの中にしまうことが出来なかったのだ。
どうやら、ゼ●ダの伝説で言う投げて割る壷のような、アイテムとして回収することの出来ない、その場限りのオブジェクトという位置づけのものらしい。
「この飴、どうしよっか? 食べちゃう?」
「もしかしたら、何かのイベントのキッカケになるのかもしれませんし、今日の散策が終わるまでは持ったままでいません?」
という会話があり、私たちは飴を持ったまま行動することにしたのだった。
そんなわけで、キャンディを持ったまま行動する私たち……というか主に私に、案の定アクシデントが襲い掛かってきた。
「あうー!」
「うわっ!?」
「ヒカリ!? 大丈夫ですか!?」
後ろから物凄い勢いで何かがぶつかってきて、私は思わず前に倒れこんでしまう。
うつ伏せになりながら首を捻って背中に乗った何かを見ると、そこにいたのはまだ小さい翅を広げた、妖精の赤ちゃんだった。2.5頭身の妖精は、ぷにぷにの手を伸ばして、「うあー」だの「だー」だの言いつつ、私の持っているキャンディに必死に手を伸ばそうとしている。
「す、すみません!」
背の高い、焦った様子の妖精が駆けて来た。どうやら私を押し潰している真っ最中の赤ん坊の母親らしい。
「こら、駄目でしょっ!」
抱き上げられた妖精の赤子は、不服そうに「ぶー」と口を尖らせる。その様子に、私は苦笑しながら、手に持っていたキャンディをその妖精に渡してあげた。途端に機嫌を良くし、きゃっきゃと笑う小さな妖精に、思わず頬が緩んでしまう。
「あら、ごめんなさいね?」
母親が、申し訳なさそうに眉を下げる。私は「いえいえ」なんて言いながら両手を横に振った。
「うー、あーだっ!」
「あら、これも欲しいの? はい、どうぞ」
隣のコクヨも私と同じように妖精の赤ん坊にキャンディを差し出す。小さな妖精は二刀流、とばかりにキャンディを両手に持ち、ぶんぶんと嬉しそうに振りまわしていた。
「あら、そっちの精霊さんまで。……じゃあ、お礼にこれを貰ってくれる?」
言って彼女が差し出したのは、綺麗に包装されたクッキーの包みだった。私とコクヨはいったん目配せしてから、それを有りがたく受け取る。
というわけで、キャンディ2本がクッキー1袋になりました。
□
クッキーも私たちが使用できるアイテムではないらしく、インベントリに道具としてしまうことは出来なかった。というわけで、代表して私がクッキーの小袋を手に持ち、街の散策を再開する。
「なんだか、日本昔話を思い出す展開だよね」
「ふふ、わたしも同じことを思っていました」
有体に言うとわらしべ長者。
さて次は何に変化するのだろう、というところで、私は一人のドワーフの少年とぶつかった。ドワーフは基本的に全員が小柄な背格好だが、髭がはえているかどうかで大人か子供かを判断できる。また、男性は顔に髭が生えており、女性は首元にふさふさとした毛(首毛とでも言うのか?)を生やしているのだ。
ドワーフの少年は、私とぶつかったその拍子に、すっと私の手にあった小袋を素早くすりとる。
……ん?
「へへん、だっせえ奴!」
「って、ちょ、待て、ごるぁ!」
若干巻き舌になってしまった。
私とコクヨは、奪われたクッキーを取り戻そうと、駆けていくその少年を必死に追いかける。一歩の長さが違うため、すぐに追いつけるかと思った。しかし彼の方が一枚上手らしく、地の利を上手く利用され、中々追いつくことが出来ない。
「ヒカリ! ヒカリは、飛行魔法で逆方向から回ってください!」
「ああ、その手があった!」
コクヨに言われ、補助魔法であれば街内でも使えることをようやく思い出した私は、飛行魔法で空を飛ぶ。そしてドワーフの少年の先回りをしようと、水晶の間を縫うように進んだ。
「こらああああ、そこのガキ! それ返せ!」
後から思えば、クッキー1袋に何でそんなに必死なのかと思えただろうが、この時は全く冷静でなかった。私は必死に飛び、彼を追う。少年は「うげ!」と、顔を強張らせた。
が、それは私に対しての言葉ではなかったらしい。私がドワーフの少年に追いついた頃には、一人のドワーフの女性の手によって、ぶらんと宙に吊り下げられていた。
「かあちゃんっ!?」
「まぁた、アンタはッ! イタズラばっかりしてッ!」
ばちん! そんな激しい殴打音が辺りに響く。少年は母親であろうその女性に思い切り、お尻を叩かれていた。何だか見るからに痛そうで、私は目を逸らしてしまう。うう、聞いてるだけでなんか、お尻がむずむずするような。
二度、三度、殴打音が辺りに響き渡った後。ようやくコクヨが私たちに追いついてきた。はあ、はあ、と見事に息を切らしている。膝に手をついて頭を垂らし、ぜえぜえと息を整える彼女に、思わず「大丈夫?」と問いかけてしまった。
「だ、大丈夫です。そ、それであの子は?」
「ええと、そこに」
私の言葉で、ドワーフの女性の存在に気付いたらしい。コクヨは、ハッとしたように顔を引き締める。あ、今更だけど一応クールな演技はするんだ。
「ごめんねえ、あんたたち。このクッキー、あんたたちのだろ?」
「あ、はい、そう、ですけど……」
今更ながらに、クッキーごときであんなに必死になっていたのが恥ずかしくなってきた。思わず気まずげに、目を逸らしてしまう。
しかしドワーフの女性はそれに気付いた様子もなく、快活に笑ってクッキーを返してくれた。逆の手でぶら下げられたままの少年は、ぶすくれた様子で私から視線を逸らす。
「だけど、それだけ返してもお詫びにゃあならないね。そうだ、これを持っていきなよ!」
そう言った彼女が、地面に置いてあった袋から何かを取り出す。それは、一つの林檎だった。私とコクヨは、二人で目を見合わせてしまう。つまり、ここはクッキーと林檎を交換する場面なのだろう。なら、ここで両方を保持したままでいるのは、わらしべにはならない。
「あの、折角ですし、その子との仲直りも含めて、みんなでこのクッキー食べませんか?」
「おや、いいのかい?」
私の提案に、ドワーフの女性は目を見開いた後、嬉しそうに目を細める。
というわけで、やや遅めのティータイムを四人で行いましたとさ。
少年はずっと不機嫌な様子で和解には至らなかったけど、何だかんだで楽しいお茶会でした。
というわけで、クッキー1袋が林檎1つになりました。
□
キャンディ→クッキー→林檎、ときて、その次はチューブ入りの赤色の絵の具になった。詳しい顛末は省くが、画家をしているという妖精が、私たちの持つ林檎を見てビビっと来たらしく、交換を申し出られたのだ。
わらしべがそんな風に進んだ頃には、世界は少しずつ夜が近付いてきていた。クォーターは1日が30時間周期という設定だ。毎日、同じ時間帯にしかログインできない人が、時間帯を変えてプレイできるよう、との対処らしい。
今までのログイン時は、ちょうど夜に重ならなかったのだが、今日からは夕方や夜の時間帯に重なりはじめるようだ。
辺りの水晶は傾いた太陽に赤く照らされ、昼とはまた違った趣を見せるようになる。その光景に、私とコクヨは二人で見とれていた。
「ふわー、綺麗だねえ!」
「そうですね……」
後ろから羽交い絞めにするようにコクヨを抱えながら、飛行魔法を使用する。二人でやや高空から赤に染まる水晶の街を見下ろした。脳裏には綺麗だとか、すごい、だとかそんな陳腐な言葉しか浮かばない。だけど美しいものは美しいのだから、仕方がないだろう。
「あ、あれ?」
「ん、コクヨ? どうしたの?」
「あの、赤い絵の具が……」
何かを伝えようと私の方を見上げてくるので、私はゆっくりと彼女を地上に下ろす。私も彼女の横に着地して、彼女の手元を覗き込んだ。
コクヨの手にあったチューブ入りの赤い絵の具は、この赤い光景に溶け込むように、透けかかっていたのだ。
「え、何これ!?」
「わ、わからないですよ……!」
二人であたふたと慌てていれば、その赤い絵の具がぱちんと弾けた。絵の具はそのまま小さな蛍のように淡い光となって、私たちへ向かって飛んでくる。私は思わず、わ、と声を上げながら腕で身を庇った。しかし、腕に絵の具が付着するだとか、そんなことは起こらなかった。
その代わりに、目の前にこんなメッセージが浮かんでくる。
【ヒカリは、スキル『クリアシールド』を覚えた!】
「え、ええ!?」
「あ、あの! ヒカリもスキル、覚えました?」
「う、うん、覚えた! 『クリアシールド』、だよね?」
「はい、それです!」
二人で慌てながら、そんな風に言い合う。
とにかく、どういうことか良く判らないけれど、わらしべの終着点はスキルだったようです。




