19 街の散策
このゲーム『クォーターズ・オンライン』は、一度プレイしてログアウトすると、どれくらいの時間プレイしたかに関わらず、必ず1時間の休憩時間を挟まなくてはならない。そのため、お互い夜に約束のある私とめぐはログアウトし、携帯電話でお互いに連絡を取り合っていた。これからの予定をつめるためだ。
『とりあえず、つゆりたちはなるべくレベルを上げるようにしてくれる? こっちは今週か来週あたりの土日に抜けられるよう、フレンドに話をしておくから』
「うん、判った。他にやっておいた方がいいこととかある?」
『うーん、秋国で取れるスキルをなるべくとっておく、くらいかな。できるだけたくさんのスキルを覚えていたほうが、どんな時でも対処しやすいし』
携帯電話を肩と耳で挟みながら、めぐの言葉をメモに取る。うんうんと頷いて、続きを促した。
『でも、あんまり効率プレイもおススメしないかな? やっぱ、自分の足で見て回るのが一番楽しいと思うし。私たちみたいな攻略組は、βテストでかなり歩き回ってるから、今は効率重視でやってるけど』
「あー、それもそうなのかも。じゃあ、あんまり無理しない程度に頑張るって感じでやってみるよ。また明日学校でね」
『うん、学校でー』
そんな感じで通話を打ち切る。
私はパソコンに向かおうかどうか迷って、結局やめた。めぐの言うとおり、攻略情報に頼るんじゃなくて、自分の足で街を見て回ろうと、そう思ったからだ。まとめWikiを見てばかりなのは、楽かもしれないけど、楽しさも半減してしまう気がしたから。……スキル一覧とか見まくってる時点で、今更な気もするけど。いや、取得条件とかは覚えてないからセーフセーフ。たぶん。
それからコクヨとの待ち合わせ時間に間に合わせるため、私は寝る前の準備と、明日の準備をすませてしまうことにした。
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「闇よ、波紋となりて敵を呑み込め――『ダーク・ビロウ』!」
コクヨの魔法を飛行スキルでひらりと避け、敵の全滅を宙返りしながら確認する。別に宙返りなんて大きな振る舞いをしなくてもいいのだが、飛行するという感覚を自分に刻み付けるため、あえてそうしていた。
ぶらーんと、タロットカードの「吊られた男」みたいに上下反転しながら、コクヨにぐっと親指を立てる。ちなみに逆の手はしっかりスカートを押さえていたり。彼女はそんな私にやや呆れたような苦笑を見せたが、同じようにぐっと親指を立て返してくれた。
くるん、と足を前に出すように回って、ふわりと地面に降り立つ。やや逆立ち気味の髪を軽く手で整えてから、私は口を開いた。
「とりあえず、お互いにMPも無くなりそうだし、休憩だね!」
「そうですね。じゃあいつもみたいに、食事にしますか?」
「それなんだけどさ、今日はちょっと街の散策してみない?」
私の提案に、コクヨが首を傾げた。そんな彼女に、めぐから言われていたことを伝える。
「私たち、リーンディアを目指してるでしょ? だから、なるべくスキルは覚えておいた方がいいって言われたんだよね」
「じゃあつまり、街で覚えられるスキルを覚えに行こう、ってことですか?」
コクヨの確認するような言葉に、うん、と頷いてからすぐに「なんて、ね」と誤魔化すように笑う。
「最終的な目的はそれなんだけどさ。本当は、コクヨと一緒に街を色々見て回りたいなあって思ったんだ。私たち、基本的にレベル上げばっかりだったから、街の散策って殆どしてないでしょ? ただ、何の目的もなく、ぶらぶらと歩くのも乙なものだと思って」
「そうですね! 確かにわたしも初日以来、ずっとレベル上げを頑張ってばかりでしたから、街を隅々まで見て回るのも楽しそうです!」
コクヨは弾んだ様子で、子供みたいに笑う。
「隅々は……広さ的にきついけど、でも色々見て回りたいよね。路地裏とか!」
「でも、道に迷っちゃいそうですね。周り、水晶ばっかりですし」
「どこから見ても城は見えるから、太陽の位置と照らし合わせれば大体の位置は判る、かな? でも、迷うのも楽しそう! 冒険って感じ!」
「確かに、冒険みたいです!」
お互いに上機嫌で、きゃっきゃと話し合う。箸が転んでもおかしい年頃、とは良く言ったものだけど、やっぱりこの世界だからこそ、こんなにワクワクするんだろうな、と思った。
□
「コクヨ、こっちこっち!」
「わ、ヒカリ待ってください!」
街の中を二人で走り回る。水晶で出来た家々の間を駆け巡るのは、視界すべてがキラキラして、少しだけ目に痛い。だけどそれ以上に、わくわくが止まらなかった。
水晶でできた家屋には、杭の刺さっているもの(=四季が用意した公共的施設)と、刺さっていないものの二つがある。コクヨいわく、後者の内、誰も使っていない家屋は、城で購入手続き、もしくは貸借手続きをすることで、プレイヤーの拠点として使えるらしい。グスちゃんもそうしているのだろう。
すれ違う人々は、やはり精霊系の種族が多い。が、一部、別の国からやってきたのだろう、亜人や普通の人間、小さいロボなんて姿も見えた。また、住人とプレイヤーの比率は、半々と言ったところ。
「あ、コクヨ、こっちにも道があるよ!」
「本当ですね! なんだかミラーハウスみたいです」
そんな風に二人で言い合っていると、一人の幼い少女が向こう端から走ってくるのが見えた。その少女の髪は赤く、先端がメラメラと燃えている……ように揺らいでいる。恐らく、精霊と人間との混血種族である、スピリシアだろう。
彼らの特徴は、身体の一部が、その主属性と混じり合っていることだ。例えば両脚が水のように透き通って見えたり、はたまた肩から腕にかけてゴツゴツとした岩で出来ていたり、手首の周りに吹きすさぶ風を纏っていたり、といった具合だ。
そのスピリシアの少女が、こちらに向かい走り寄ってくる。そして私たちとすれ違う、と思ったその瞬間。
「あうっ!」
べちん。そんな効果音がつきそうなほどに見事な転びっぷりだった。思わずどちらともなくコクヨと目を見合わせてしまうほどの転びっぷりだった。
彼女は少しの間その姿勢のまま硬直し、むくっと起き上がる。その鼻先は赤く擦り剥けていた。少女はぐっと奥歯を噛み締め、目尻にたまった涙をこらえている。痛いのを我慢しているのが、それはもうよく見て取れた。頭の炎も、勢いを失ったようにちりちりと縮まっている。
私たちは思わず駆け寄ってしゃがみ込み、彼女に声をかけた。
「だ、大丈夫?」
「らい、よぉー、う!」
大丈夫。そう言いたかったのだろうが、見事なまでに涙声だった。コクヨに目配せすると、彼女は小さく頷き、少女のもとに膝をつける。
「今、痛いの治してあげるわ。……小さき癒しの掌よ――『リトルキュア』」
ぱあっ、とコクヨの手から光が溢れる。その光が少女に吸い込まれていくと同時に、彼女の傷も回復していた。っていうかコクヨ、住人の前ではクールなキャラ続けるのね。
「あ、ありがとー、おねーちゃん!」
まだ少し涙声だったが、少女は嬉しそうに、にぱっとした笑みを浮かべる。私は思わず微笑ましくなって、少女の頭を撫でていた。めらめらと燃えているように見えるが、触ったところで特に熱は感じない。制御しているのか、そういうものなのかは判らなかった。
「痛いの我慢したもんね。えらいえらい!」
「うん! あのね、これ、おねーちゃんたちに、お礼!」
スピリシアの少女が嬉しそうに言って、ポケットの中から棒つきのキャンディを取り出し、私たちに差し出してくる。私は思わずコクヨと顔を見合わせてしまったけれど、その感謝の気持ちを有り難く受け取ることにした。
「ありがとう!」
「今度は転んじゃ駄目よ?」
「うん! またね、おねーちゃんたち!」
少女はぱたぱたと私たちの元から走り去っていく。私たち二人は、その背を微笑ましい気持ちで見守っていた。




