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16 もう一つの『世界』

 銀の髪が足首辺りまであって、金色の瞳をしていて、すごく美人で、豪華なドレスをまとった住人に心当たりはないか。

 グスちゃんにチャットで問いかけたところ、すぐに答えは帰ってきた。


『んあ? それってミレニア、あー、つまり、この秋国の女王じゃね? 精霊で光属性の住人で、んなドレス着てるのなんかそれくらいしか思い当たらねーし。ほら、掲示板でよく精霊姫とか呼ばれてる奴』

 私はその言葉に唖然となって、しばしぽかんとなってしまう。


『精霊姫って基本城にこもってるから、滅多に姿を見れないことでも有名なんだが……また何かあったのか?』

「い、いや、ちょっと街中ですごい美人な精霊を見かけたから、誰だろうって思って」

『ほー? そりゃあ運がいいな。精霊姫の追っかけしてるプレイヤーもいるくらい、熱狂的なファンがついてるんだよ、あの姫さん。姫さんが豆粒みたいにしか写ってない写真が高値で取引されてたりなー』

 グスちゃんの言葉で思い出す。そういえば写真を撮るスキル、なんてのもあったっけ。


「へ、へええ、そうなんだ! ありがとね、教えてくれて!」

『まあ、後輩プレイヤーに情報を流してやるのも先輩プレイヤーの役割だしな。構わねえよ』

 チャットを切った私は、隣で私の反応を伺っていたコクヨに、グスちゃんから聞いたことを伝える。彼女も私と同じように、唖然とした表情を浮かべた。


「つまり、女王であるミレニアさんのお忍びに、たまたまわたしたちが出くわした、ってことでしょうか?」

「そういうこと、になるのかな。それで、闇属性の精霊を仲間に入れていると、あの光景が見れて、しかも蘇生魔法が覚えられるようになる、とか?」

 白樹の下で、私たちは先ほどの体験について語り合う。あの光景の衝撃が大きすぎて、この場から動く気が全くしなかったのだ。

 しかし、先ほどのそれがイベントだとしたら、かなり条件が厳しいような気がする。まず女王のお忍びなんていつなのか全く判らないし、それに闇属性はレア属性だ。この二つが揃うなんて、滅多にないことだろう。


「『光の魔法と闇の魔法を同時に吸わせることで』とミレニアさんは言っていました。だったら、闇の魔法を覚えているプレイヤーなら誰でもいいんじゃないでしょうか?」

「ああ、その可能性はあるかも。でも、それならもっとあのイベントとか蘇生魔法とか、知られててもいいはずだけどなあ……でもそんな魔法、まとめWikiには無かったし」

 コクヨにメニューを開いて貰い、こちらに魔法の欄を見せてもらう。魔法の名は、『リバイバル』。消費MPは最大値の9割。そんな魔法が、確かに増えていた。ちなみに私が貰った魔法は『ライト・ビロウ』。コクヨが覚えている魔法の、光バージョン、と言ったところだろう。


「あんな素敵な光景を見たら、秘密にしたくなったんじゃないでしょうか? それに、このゲームをやっている人が、全員まとめWikiなどに書き込むとも限りませんし」

 コクヨの言葉も最もだった。しかし、私は何となくしっくりこない。


「でも、蘇生魔法なんて判りやすい魔法、誰かが使ってたらあっという間に噂が広まると思う。第一、『白樹の丘では特にイベントが発生しない』ってことになってるんだよね? そう言い切られてるくらいには、誰にも知られてないなんて、逆に不自然じゃないかな。しかもイベントの相手は、相当有名な精霊なみたいだし」

 私の意見に、コクヨがううん、と唸る。お互い真剣に考えるのだが、全く答えは出ない。

 ふと私は、身近な存在を思い出す。


「ねえ、思ったんだけどさ。センくんっているでしょ? あの子って、NPCだよね。でさ、センくんと私たちが一緒にお茶をしたのって、あれってイベントかな?」

「……イベント、ではない、ような気がします。だって、ただお茶を飲んで、お話をしていただけですし」

「じゃあ、そもそも『イベント』って何だろう?」

「ええと……とある条件を満たすことで、起こる出来事、でしょうか? じゃあ、あれ? お茶会もイベント……? でも、ヒカリがグスさんと仲良くなったからこそ、一緒にお茶会したわけですし、イベントじゃないような……? あ、あれ?」

 コクヨが混乱したように頭を抱える。

 私はそれを手で止めて、自分の意見を口にする。


「『イベント』ってさ、つまり『プレイヤー』が、『NPC』もしくは『世界』に対して、定められた条件を満たせば、誰でも体験することが出来るもの、だと思うんだよね。……じゃあさっきのって、本当にイベントだったのかな?」

 私の言葉に、コクヨが首を傾げた。

 私は自分にも言い聞かせるように、言葉を続ける。


「だって、女王は『たまたま』お忍びしにきて、そこに『たまたま』コクヨっていう闇の精霊がいたから、あの光景を見せてくれる気になったんだと思うんだ。もしさっきの出来事が、『イベント』なんだとしたら、あまりにも『たまたま』に頼りすぎじゃないかな?」

 そこまで厳しすぎる条件……偶然とも言えるそれを積み重ねて起こることは、イベントなのだろうか?

 ……私にはとても、そうは思えなかった。

 それに、さっきの出来事は、NPCのお忍びという行為が発端で起こった出来事だ。それを考えても、私が思うイベントとは、少々趣が異なる。


「だからあの出来事はイベントなんかじゃなくて。私たちがセンくんとお茶会をするのに近いような、言ってみれば偶然から引き起こされた稀有な交流、なんじゃないかな。つまりはさ、さっきのは『蘇生魔法を得るためのイベント』とかじゃなくて、ただ女王との交流の結果、彼女の気まぐれでコクヨは凄い魔法を手に入れたんじゃないかな」

 そう語った私は、この世界が本当に素敵だと思うと同時に、背筋が寒くなるような、そんな思いを抱いてしまった。

 確かにこの世界はリアルだと、思っていた。だけど、あくまでゲームだとも思っていた。住人(NPC)は、AIで。世界は、仮想的で。もう一つの世界と言いつつ、だけど本気で本物ではないのだと思っていた。本物の世界「みたい」だと思っていた。

 でも、その考えは違うんじゃないだろうか。住人ひとりひとりに意思があって、それぞれの考えがあって自由に動いている。それって本当に「AI」と言えるのだろうか。気まぐれを起こして人と交流を持つAIは、もう、人と称するべき存在じゃないのだろうか。

 ……そして、人が住む場所は、もはや現実と呼んでいい『世界』なんじゃないだろうか。


 考えすぎなのかもしれない。思い過ごしなのかもしれない。

 でも、ほんの少しだけ、世界という真理に触れてしまった気がして、私は恐怖とも畏怖とも言えない、そんな感情を覚えてしまった。この世界が、こんなに素敵な場所だというのは、わかっているのに。


「ねえ、コクヨ」

「……たぶんヒカリは、わたしと同じことを思っていると思います」

「うん、私もそんな気がしてる」

 二人で、そう言い合う。コクヨが私と同じ考えを持っているかどうかはわからなかったけれど、たぶん結論は一緒だと思ったから。


「じゃあ、一緒に言いましょうか」

「そうだね。せーのっ!」


「このことは、私たちだけの内緒にしよう?」

「このことは、わたしたちだけの内緒にしませんか?」

 やっぱり同じことを思っていた。そうやって、二人でひそひそ話をする子供みたいに笑い合う。


 もしかしたら、あの出来事はただ条件が厳しいだけのイベントで。女王は気まぐれなんかじゃなく、周期的にお忍びしていて。たまたま誰もそれに気付いてなくて。闇の精霊が必要ではなくて、闇の属性の魔法を覚えてさえいれば、誰でも体験できるものなのかもしれない。

 ただの私の考えすぎ。実際のところは、そうなのかもしれない。

 だけど、秘密にしておいた方がいいことも、あると思ったのだ。

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