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15 虹色の魔法

 私はコクヨと街中に戻り、MP回復薬を購入するために、道具屋を探す。そういえば今までそういう類の店には一度も行ったことなかったなあ、と思いつつ、住人に聞きながら道中を進んでいった。

 その最中、私は隣のコクヨに問いかける。


「そういえばコクヨってさ、どうしてクールなキャラを作ってまでこのゲーム始めようと思ったの? やっぱりその癖を直そうと思って?」

 コクヨは私の問いに顔をやや強張らせたかと思うと、小さく頷く。


「はい。そういうロールプレイすれば、この癖も少しは収まるかなあって思ったんです。それと、わたし、人見知りが激しいから、ゲームで住人の皆さんに慣れれば、現実世界でも少しはマシになるかも、と思って」

 確かにこのゲームは仮想現実だけあって、対人関係が苦手なのを克服するには、丁度いいのかもしれない。現実と違い、住人の皆は好意を与えれば好意を返してくれる、裏表のない子ばかりだし、リハビリには打ってつけだろう。

 残念なことに、現実ではそうもいかない。好意に好意が返ってくるばかりじゃないからだ。好意に対して悪意が返ってくることは、よくあることだ。

 コクヨは、笑顔でこちらを見つめる。


「だから、わたし、この世界でヒカリと仲良くなれてとても嬉しかったんです。最初は、話しかけられてすごく驚いちゃって、ひどいことを言ってしまったと思います。だけど、そんなわたしでも、ヒカリは仲良くしてくれたから」

 それがとても尊いことのように、彼女は言う。

 私は少しばかり照れながら、言葉を返した。


「別に、コクヨと仲良くなりたいって思うのは、私だけじゃないと思うよ。コクヨはもっと自信持っていいと思う」

「そう、でしょうか?」

「そうだよ!」

 当然、という雰囲気で、私は言う。

 私の言葉に、コクヨは本当に嬉しそうに、にっこりと笑った。


 と、そこまで話し終えたとき、ちょうど道具屋にたどり着く。水晶で出来た建物のてっぺんには、食堂のようにぶっすりと杭が刺さっており、そこからは瓶詰めになった液体の絵が描かれた旗がぶら下がっている。確かグスちゃんの工房には杭はなかったから、恐らくあの杭は、四季側の用意した公共的な施設に刺さっているものなのだろう、と推測した。

 二人で連れ立って、店の中に入る。色のない透き通った翅を持った妖精が、カウンターに立っていた。


「MP回復薬、どれくらい買おうか?」

「一番小さい回復薬でMP100回復ですから、一人2~3個でいいんじゃないでしょうか?」

「それじゃあ少なくない?」

「ヒカリは妖精ですし、テレポートの魔法、覚えてますよね?」

「あ、帰りはそれで帰ればいいから、行きの分とテレポートに使うMPだけ考えておけばいいのか、なるほど」

「HPを回復する魔法はわたしが覚えてますけど、HP回復薬も一応買っておきます?」

「うん。もし詠唱が間に合わなかったら困るし、予備に買っておこうか」

 そんな会話を、妖精の店員はニコニコと見守っている。きっと私たちの会話が、相当に微笑ましく映っているのだろう。なんせバリバリの初心者丸出しなのだし。


「すみません、MP回復薬3つと、HP回復薬2つください」

「わたしも同じものを、お願いします」

 私とコクヨの言葉に、店員さんがニコニコしながら「はいよっ!」と気持ちの良い声で応える。お金と引き換えに受け取った薬は、HP回復薬が注文した数より1つ多かった。コクヨも私と同じ数だけ受け取っている。


「あの、これ……」

 コクヨが困ったように眉をハの字にする。すると妖精は、ハハ、と笑った。


「まあまあ、野暮なことは聞かない聞かない! 旅人さん、頑張ってきなね!」

 つまりは初心者の私たちに、オマケしてくれた、ということだろう。


「あ、あの、はいっ! ありがとうございました!」

「ありがとうございます!」

 二人で頭を下げる。たったそれだけのやり取りなのに、心がとてもほんわかした。


 □


 花畑のフィールドに戻ってきた私たちは、意を決してフィールドの奥に足を進める。門から少し離れたところでモンスターが湧き出したため、私はすっと飛び上がった。


「コクヨは魔法を!」

「はいっ!」

 私はいつもの調子で、モンスターを釣ろうと試みる。

 しかし、いつもとは違うところがあった。コクヨが、安全地帯にいないことだ。

 モンスターは飛び上がった私を無視して、彼女の方へと向かってしまう。


「ちょ、まっ、そっちはダメ! コクヨ避けて!」

「ひゃ、はいっ!」

 コクヨが咄嗟に身を翻す。しかしモンスターは執拗に彼女を追い続ける。


「ええとっ! 『炎よ集えッ! ファイアボールッ!』」

 コクヨを狙うモンスターへと、魔法を放つ。モンスターがコクヨに向かって腕を振り上げた瞬間、ちょうどそれは命中し、何とか事なきを得た。

 私は着地して、ふはあ、と長く息を吐き、胸元を押さえる。緊張の余り、心臓がばくばくと高鳴っていた。コクヨも私と同じように、胸の辺りを押さえ、安堵の息を吐いている。


「びっ、くりしたあ……コクヨ、HP大丈夫?」

「は、はいっ、大丈夫です! で、でも、これが本当の戦闘なんですよね……」

「そうだね……今までコクヨには門の近くから魔法を撃って貰ってたから、全然気づかなかったけど……」

 安全地帯から抜け出してしまえば、当然のことだった。モンスターが私だけを狙う保障なんて、どこにもないのだから。今までが順調過ぎたというか、レベル上げに特化した戦い方を行っていたせいで、全くそのことに気づけなかったわけだ。


「うーん、このゲームってヘイト値とかあるのかな」

「ヘイト値、ですか?」

 どうやらコクヨは知らないようだったので、説明を加える。


「文字通りなんだけど、たとえば私がモンスターに対して攻撃したとするでしょ? そうしたら、モンスターは私に対してのヘイト値を溜めるの。で、モンスターは、よりヘイト値を溜めている相手に対して攻撃をしようとする、って感じ。……説明できてるかな?」

「はい、何となく判りました。じゃあヒカリがそのヘイト値を溜めることで、わたしへの攻撃を減らそう、ということですか?」

「うん、そういうこと。妖精の攻撃力だと、杖で殴るだけじゃ到底モンスターは倒せないけど、ヘイト値は溜められる筈だから。そうやって私に引きつけてる間に、コクヨが倒す、みたいな感じでどうだろう? ヘイト値が存在する、って前提の作戦だけど」

 コクヨは心配そうにこちらを見る。


「それだと、益々ヒカリに負担をかけてしまいませんか?」

「でも、私の魔法じゃ一匹ずつ倒すのが精一杯だから……やっぱり役割分担としてはこれが正しいよ。私は大丈夫、釣り自体は慣れてるし、それに杖での攻撃が加わるだけだよ」

「ヒカリがそう言うなら……そうしましょう。でも無理だけはしないでくださいね? ヒカリが戦闘不能になって、わたし一人だけ取り残されるのは、すごく寂しいですから」

 彼女の言葉に、力いっぱい頷く。私としても、彼女を一人にしてしまうのは本意ではない。


「上手くやってみせるよ、大丈夫! ……っと、また敵が出た!」

 グスちゃんに作ってもらった杖を取り出し、空へと舞い上がる。そして杖を勢い良く振りかぶって、モンスターの頭を思い切り殴った。

 ぽかっ。力いっぱいだったにも関わらず、そんな情けない音がする。到底、モンスターは倒せそうにない音だ。

 が、目論見どおり、相手の注意をこちらに惹きつけることは出来たようだ。モンスターは怒り狂った様子で、私の方へと腕を伸ばす。


「ひょっ、ほいっ、うわっ、と! な、何か普通に釣りしてた時より、大変なんだけど!」

 ヘイト値が溜まったためか、モンスターの動きがいつもより素早く、大振りだ。恐らく怒っているためなのだろう。そんな中、二体目のモンスターが現れてしまい、私は更にてんてこ舞いになってしまう。


「ごめんコクヨ! まだ二体しかいないけど魔法お願い!」

「は、はい判りました!」

 杖で殴りつけながら、コクヨに声を掛ける。彼女は素直に応えてくれた。

 彼女の魔法でモンスターが倒され、ホッとした私はその場に着地する。体力は減っていないのに、酷く疲れていた。


「こ、これは、思った以上に大変かも。……一刻も早く、早く白樹の丘に向かわなきゃ」

「そ、そうですね。でも、本当に無理そうだったら、ヒカリのテレポートで帰りませんか? 白樹の丘は、今日じゃなくてもいいですし」

「うん、そうしようっか。まだ別のところに行くには、早すぎたのかもしれないしね」

 二人でそう話し合って、目的地への道程をゆっくりと進んでいく。まだまだ先は長そうだった。


 □


「つい、た……」

「つきました、ね……」

 ぜえぜえと二人で息を荒げながら、それを見上げる。見上げた先には、真っ白の葉が、芽吹き、広がっている全ての枝に生い茂っていた。

 モンスターを必死に倒したり、何とか逃走したりしてようやく辿り着いた、白樹の丘。その場所は、噂に違わぬ場所だった。

 ざわめくように揺れる白樹の葉たちは、純白と言っていいほどの白で。美しい、とただそれだけの感想を抱く。


「凄いですね……」

「ただ、葉っぱが白いだけなのに。非現実的だからなのかな? 凄く、綺麗」

 私たち以外に、白樹の丘には誰もいなかった。私とコクヨは、白樹の下で寝転がって、その大樹を見上げる。

 息が切れていたのが少しずつ治まって、ただその白い葉に、吸い込まれるような気分になってくる。見ているだけで、心が凪いでいくのが判った。


「頑張っただけの価値はありましたね」

「ほんとだね……」

 二人でそんな感想を言い合う。それ以上の言葉は、要らなかった。むしろそれ以上の言葉は、無粋なのかもしれなかった。

 風が吹いて、葉が擦れる音がする。心地いい。その感覚だけが、全身を包んでいた。


「おや、先客がいたか」

 そんな風に二人で樹を見上げていたら、足元からそんな声がした。私とコクヨは驚いて、勢い良く起き上がる。声の主はすぐに見つかった。


「驚かせてしまったか。すまんな」

 その声の主は、足首近くまである銀色の髪に、薄水色の豪奢なドレスを纏った、美しい精霊だった。彼女は、私たちが寝ていたすぐ近くまで、いつの間にかやってきていたようだ。精霊は地面から数センチほど浮いているため、足音がしない。私たちが気づかなかったのは、そのためだろう。

 その精霊はどうやら、この世界の住人のようだ。そして透けるような銀髪は、光属性の証。妖精は翅の色で属性を判別し、精霊は髪の色で属性を判別できるのだ。キャラメイクの際、属性はランダムで決定され、属性を判別する部位だけは、色彩を変えることが出来ないようになっている。

 ちなみに光と闇属性はレア属性。とは言え、初期状態がその属性寄りなだけで、覚えようと思えばどの属性の魔法でも覚えられるのだが。

 光の精霊は私たちの横を通り過ぎ、大樹に手をかける。


「私もここがお気に入りでな。たまに抜け出してはここに来るんだ」

 精霊は金色の瞳を細め、白の葉の生い茂る大樹を見上げる。それはとても絵になる光景で。思わず、魅入ってしまう。


「そこの精霊。お主、闇属性だな?」

「……あ、は、はい」

 唐突に呼びかけられたコクヨが、ややどもりながら答える。その精霊は嬉しそうに、にこりと笑った後、こう続けた。「私に協力してくれないか」と。


「協力、ですか?」

「ああ。闇の魔法の力を少し貸してくれればいい。頼めるか?」

「『ダーク・ビロウ』しか使えないですけど、大丈夫ですか?」

「ふふ、十分だよ。妖精、お主は運がいいぞ。じっくり見てるといい」

「は、はい……?」

 思わず疑問符の応えになってしまった。

 一体何が起きているんだろう。全く持って流れが把握できない。この場所では、イベントなんて起きないのではなかったか?

 私の疑問をよそに、コクヨと不思議な精霊の二人は、同時に魔法を使う。魔法を重ね合わせ、光の精霊が何やら言葉を紡ぎながら手を振ったかと思うと、いきなり目前の光景が、一変した。

 白かったはずの葉が、一瞬で虹色に染まったのだ。陽に照らされ、赤から紫まで、輝くように様々な表情を見せるそれは、まるで、宝があると言われるが決して辿りつけない虹の根本に、辿りつくことが出来たのだという錯覚さえ覚える。


「なに、これ……」

 思わず、呆然としてしまう。魔法を共に使ったコクヨも、信じられないという面持ちで硬直している。


「ふふ、凄いだろう。光の魔法と闇の魔法を同時に吸わせることで、白樹はこうなるんだ。この現象は、この国のごく一部の奴らしか知らないんだぞ? だからこの光景を見れたこと、自慢に思っていい。……私も久しぶりにこの光景を見た。精霊よ、協力、感謝する」

「あ、は、はい……!」

 コクヨは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。私も思わず、頬が緩んでしまう。


「と、そうだ」

 ぷち、ぷち、と光の精霊が何枚かの葉を千切る。そして私たちにそれぞれ差し出した。


「この葉を持って行くといい。いい素材になるぞ。ついでに、これもやろう」

 光の精霊の手元に、二つの光が集まる。その光がまばゆく輝いたかと思うと、私たちにゆっくりとその光が近付き、そして胸元に吸い込まれていく。


「い、今のは?」

 何かが、私の中に満ちた感覚がして、思わず問いかけていた。光の精霊は、にっと悪戯っ子のような表情で笑う。


「そこの精霊には、蘇生魔法を覚えさせてやった。特に害はないから安心しろ。……この光景を見せてくれた、感謝の気持ちとして受け取ってくれ。妖精はついでだ。私の光魔法を一つやったから、またいつか、あの光景をここに見にくるといい」

 蘇生魔法、と聞いて私は酷く驚いた。まとめWikiだって何度か見たけれど、そんなの書いていた覚えがない。そんな魔法、この世界にあったのか、とさえ思ってしまう。私の隣で、コクヨもまた目を見開いていた。


「じゃあな。またいつか機会があれば会おう。機会があるかは、わからんがな」

 精霊は、ふわりと浮き上がり、そして丘の向こうへと飛び去っていった。

 その頃には、虹色になっていた白樹は元に戻っていて。まるで、夢を見ていたような心地になってしまう。

 だけど。私たちの掌の中には、間違いなく綺麗な虹色に染まった葉があって。


「すごい体験しちゃったね……」

「そう、ですね……」

 私たちはただ呆然と、そう言い合うしか出来なかった。


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