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12 うん、なんとなくわかってた

 MPがほとんどゼロになってしまった私たちは、一度食事をして休憩することにした。

 私のレベルは3まで上がり、もう少しで4になる。コクヨももう少しでレベル3になると言っていた。やはり作戦次第で、効率良くレベルを上げることも出来るのだな、と今更ながらに痛感する。ちなみに私のMPは現在65。レベル1⇒2の際の上がりっぷりはなんだったのだろう、と疑問に思うほど、普通の上がり方だった。

 また、飛行スキルのレベルは比較的上がりやすいようで、現在レベル8。1MPで25秒ほどは空を飛べるようになった。飛行という動作自体にも慣れてきたのか、宙返りなどというトリッキーな動きも出来るようになりつつある。


「何だか、今日はすごく楽しいです!」

 食堂に向かう道すがら、コクヨが満面の笑みで言う。私も同意見だったので、うんうんと頷いた。

 昨日はただ門の付近で魔法を撃つばかりだったから、ただの作業でしかなかった。だけど今日のは、ちゃんとした戦闘、という感覚。まあ、私は飛んでるだけでモンスターを一匹も倒してないのだけど。


『おーい、ヒカリ』

 と、視界の端に食堂が見えてきたころ、音声チャットが飛んできた。グスちゃんだ。


「コクヨ、ごめん。ちょっとチャット来たから待って」

「あ、はい」

 二人立ち止まり、道の端に寄る。私はグスちゃんとのチャットを続けた。


「グスちゃん、用事はもういいの?」

『ああ、ひと段落ついたからな。で、聞きたいことってなんだ?』

 グスちゃんの言葉に、一度、ごくりと生唾を飲む。私は意を決して問いかけた。


「……あのさ、グスちゃん、某掲示板で『エルフさん』って呼ばれてるプレイヤー、知ってる?」

『ん? ああ、知ってるが。かなり有名な古参だしな。なんだ、ヒカリの探してる奴ってそいつなのか?』

「わからないけど、そうかもしれないと思って。あのさ、その人のプレイヤーネームとか、判る?」

『んーと……確か、『みーにゃ』だったはずだぞ』

 私はそれを聞いた瞬間、その場に膝から崩れ落ちた。両手を地につけて、嘆くように大きな溜息を吐いてしまう。目の前のコクヨ、チャット越しのグスちゃんの両名に「どうしたんですか!?」『どうしたんだ?』と心配されてしまった。しかし私はそれに一言も返す気力が沸かない。


 『みーにゃ』。私はその名前に、物凄く聞き覚えがあった。なぜなら、それは、姉が同人活動で使用しているハンドルネームだったからだ。

 姉は昔からそのハンドルネームを使って、エルフのイラストを描き、エルフの同人誌を作ってきた。その人気は、妹の私が言うのもなんだけど、とても高い。即売会の売り子を手伝わされたことは、一度や二度ではないから、それは判っている。まあ18禁の同人誌を発行した時は、流石に連れて行かれなかったけど。中高生が18禁の売り子は色々とまずいし。


 エルフさんとまで呼ばれているエルフ好きのプレイヤーが、偶然姉の使っているハンドルネームを使用してゲームをする。そんな偶然が起こりえる確率は……限りなく低い。

 ここまで来れば認めざるを得ないだろう。

 つまり。エルフハーレムを築き上げている有名プレイヤーのエルフさん、イコール、姉であると。


「ごめん、うん、ありがとう、グスちゃん」

『ど、どうしたんだ、ヒカリ?』

「ううん、なんでもない。なんでもないよ……あははは、はは……」

『お、おい、大丈夫か?』

 空笑いを浮かべながら、私は地に蹲る。

 うん、なんとなくわかってた。

 だって嫌な予感してたもの。

 それでも全身から力が抜けるのを、私は止めることが出来なかった。


 □


 なんと言ってグスちゃんとのチャットを終えたのかは、覚えていない。はっと我に返った時には、私は食堂の中で、コクヨと向かい合って座っていた。どうやってここまで来たのか、記憶が酷く薄い。彼女に引っ張られてきたような気もするし、自力でふらふらと辿り着いたような気もする。


「ううう、ヒカリ、さっきから何の反応も返って来ない。頭がおかしくなっちゃったのかな……?」

 コクヨがちょうど、そんなことを呟く。恐らくまた無意識にぽろっと出てしまったのだろうが、一応突っ込むことにした。


「大丈夫、頭はおかしくなってないから」

「あ、お帰りなさいヒカリ……って、あ、わ、わたし、また口に出てました?」

「うん、ばっちり」

 こっくりと首肯する。


「ご、ごめんなさい!? あの、わたし、すごく心配してたんです! 別に変な意味で頭がおかしくなったとかじゃなくて! あ、だからそうじゃなくって!? あの、あの!」

「うん、判ってる判ってる。心配してくれたんだよね? コクヨ、ありがと!」

 あたふたと慌てる彼女に、安心させるように笑いかける。彼女はほっとしたように息を吐いて、申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。


「この癖、早く治さなきゃ、ですね」

「まあ私は、そんなコクヨが可愛くていいと思うけどね」

 嘘偽りない感想だった。すると、コクヨがしょぼんと肩を落とす。


「そう言ってくれるのは、ヒカリくらいです。……うう、気を遣わせてしまってごめんなさい」

「別に、気なんて遣ってないのにー?」

 その様子があまりにも落ち込んで見えたから、私はそれだけ言って返す。だけど彼女の気が晴れた様子はなかった。

 気まずい空気の中、料理がやってくる。真っ赤なパスタが、2皿。どうやら放心していた時の私は、しっかりパスタを頼んでいたようだった。

 お互いに様子を伺ってしまい、どちらもなかなか食べはじめない。ようやく私が搾り出した「食べよっか」という言葉で、二人とも食べ始めるのだった。


 黙々と食べる。真っ赤なパスタにナポリタンのような味を想像してたら、非常に甘酸っぱいソースで、味のギャップに私は見事轟沈した。しかしコクヨは黙々と食べ続けている。まるで、味など感じていないかのようだ。

 そんな沈黙に耐え切れなくなった私は、小さく切り出した。


「あのさ、コクヨ」

「は、はい」

 呼びかけに、コクヨの顔が強張る。


「さっきはぼーっとしちゃってごめんね? コクヨがついぽろっと言っちゃったのも、元はと言えば私のせいだし。だから本当に気にしないでね?」

「あの、でも、でも……」

「はい! もうこの話終わりっ! というわけで私たちの間にわだかまりはなくなりましたっ! ……でさ、ちょっと相談したいことがあるんだけど、いい?」

「は、はいっ! 何ですか?」

 強引な私の言い分に、彼女は少し驚いたようだった。だけど、すぐに聞く姿勢になって、こちらにじっと視線を向ける。


「あのね、私、リーンディアにいる、通称エルフさんって呼ばれてる人に会いに行きたいんだ」

「エルフさん……?」

 コクヨはエルフさんの存在を知らないようだった。ざっくりと、一部の人から有名なプレイヤーなのだと説明する。しかし彼女は理解したのかしていないのか、微妙な表情を浮かべる。私は申し訳なく思いつつも、その反応を気にせず話を続けた。


「それでね、私たち二人じゃ、ここからリーンディアに行くのって難しい、よね?」

「そう、ですね……」

 コクヨが頷く。まだフィールドにもまともに出ていない私たちが、亜人の国であるリーンディアに向かうのは難しい。しかも、「春の国・リーンディア」は、ここ「秋の国・ロムネスカ」からは一番離れている。地理的に、「夏の国・アグナ」か、「冬の国・クランク」を経なければ辿り着くことが出来ないのだ。


「で、相談はここからなんだけど。私のリアル友達に、このゲームをやってる子がいてね。その子、βテストからの古参なんだ。あと、たまたま知り合ったドワーフの男の人もいるんだけど、その人も結構このゲーム、やってるみたいでね。あ、その人はさっきチャットしてた人なんだけど」

「あ、もしかして相談って……」

 コクヨも、私が何を言いたいのか判ったようだった。

 私は、彼女が悟ったのをわかっていて尚、それを口にする。


「うん。その二人に協力してもらって、私、リーンディアに行きたいんだ。出来るだけ、早く。でも、私はこれからもコクヨとも一緒に遊びたい。コクヨと一緒に、冒険したい。……わがままだって判ってる。まだその二人にも相談してないし、ただ私が先走ってるだけ。だけど、コクヨも一緒に、リーンディアに行くために、協力して欲しいの」

 私の言葉に、コクヨは困惑したように眉を潜めた。

 ……当然だと思う。

 だって私は知っているのだ。コクヨは、なるべくこのゲームでプレイヤーに関わろうとしていない、ということを。だからプレイヤーが関わってこないような、クールなキャラを作っていたのだから。

 きっと、恐いのだと思う。彼女には、自分自身自覚して、治そうとしている困った癖がある。それがぽろりと出てしまったときに、他の人に嫌われてしまうのが、とても恐ろしいのだと思う。

 私はそれを判っていて、彼女に言っている。他のプレイヤーと一緒に協力してくれないか、と。


 コクヨは、答えあぐねたように唇を噛む。静寂のまま、数十秒が過ぎた。

 やがて、彼女がわずかに震わせながら口を開く。


「……きっと、ヒカリの友達なら、素敵な人たちなんでしょうね」

「私の友達だからってわけじゃないけど、二人とも素敵な人たちだよ。それは、私が保証する」

 グスちゃんは私に潰されたという衝撃の出会いを果たしつつも仲良くしてくれてるし、めぐはとても頼れる私の一番の友人だ。だからきっと、コクヨも仲良くなれると思う。

 コクヨは何かを決意したように、表情を引き締める。


「……わかりました。わたしも、ヒカリとずっと遊びたいです。冒険したいです。だから、一緒に行きます!」

「ほ、本当!? 本当に?」

 聞き返せば、彼女はこくんと頷いてくれる。

 私は立ち上がり、彼女の両手を取る。そして上下にぶんぶんと振った。


「ありがとう、コクヨ! ほんと、コクヨ大好き!」

「だ、大好き……」

 ぷしゅう、と。彼女の頭から湯気が出ているのを幻視してしまうほどに。彼女の頬は紅潮していた。

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