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病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?  作者: さんけい


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6/21

6 ようやく言えた

 自室へ戻ってからも、私はしばらく落ち着かなかった。

 鏡の前の椅子に腰を下ろしてみても、何かを読む気にはなれないし、刺繍籠に手を伸ばす気にもなれない。

 ただ、さっき応接間で口にした言葉だけが、耳の奥に残っていた。


 ――婚約者様、それ、私に何の関係がございますの?


 言ってしまった、と思う反面、ようやく言えた、という気持ちもあった。

 あれを口にしたからといって、急に何かが軽くなるわけではない。

 それでも、ずっと胸の内に溜めていたものに、やっと形がついたのは確かだった。

 扉の外で、足音が止まる。


「イブリン、入るわよ」


 キャサリン姉様の声だった。


「どうぞ」


 入ってきた姉様は、私の顔を見るなり、まず大げさに慰めるようなことを言わなかった。それがありがたかった。

 いま優しくされすぎたら、かえっていたたまれなくなっていたと思う。


「リチャード様はお帰りになったわ」

「そう」

「ハロルドとジョンが、きっちりお見送りしたから安心なさい」


 その“きっちり”に、私は少しだけ口元をゆるめた。

 姉様もそれを見て、ようやくほっとしたように息をついた。


「お父様とお母様が、下へいらっしゃいって。私もいるから」


 私は立ち上がりながら、無意識にスカートの皺を撫でた。気持ちを整えるための癖みたいなものだと、自分でも分かっている。


「……ずいぶん大ごとになってしまったわね」

「なって当然よ」


 姉様はあっさり言った。


「あなた、今まで黙りすぎていたのよ」


 その言い方はきつくなかったけれど、私には返す言葉がなかった。

 家のため。婚約者の身内の事情。穏やかに済ませるため。そんなもっともらしい理由を自分で並べて、黙ることに慣れていたのは確かだからだ。


 姉様と並んで階段を下りる。

 夕方の屋敷は、昼間の明るさがすっかり薄れていて、廊下の端に置かれたランプの火がやわらかく揺れていた。

 その灯りを見ていると、不思議と少しだけ気持ちが静まる。

 小さな居間へ入ると、お父様とお母様が先に座っていた。

 ハロルド兄様は暖炉のそばに立ち、ジョン兄様は窓辺に寄りかかるようにしている。みんなの視線がいっせいに私へ向いた。

 責める顔ではなかった。

 気づかなくて悪かった、とでも言いたげな、静かな顔だった。


「おいで、イブリン」


 お父様に促されて、私はお母様の向かいへ座った。姉様は私の隣へ腰を下ろす。

 部屋の中はあたたかいはずなのに、最初のひと言がなかなか出てこない。何から話せばいいのか、自分でも少し迷ってしまった。

 すると、お母様が先に口を開いた。


「今日は、応接間で聞こえた分だけでも十分でした。ただ、あれは今日だけのことではないのでしょう?」

「……はい」


 自分の声が思ったよりかすれていなくて、少しだけ安心した。


「前から、何度もございました」


 お父様の顔つきがわずかに変わる。

 怒鳴る人ではないけれど、眉間のあたりがすっと険しくなった。


「どのくらい前からだ」

「はっきり覚えているのは、去年の冬の終わり頃からです。最初は、エミリー様がお具合を悪くなさったのなら仕方ないと思っておりました」

「で、仕方ないでは済まない回数になったわけだな」


 ハロルド兄様の声は低い。私は頷いた。


「約束の日が近づくたびに、少し構えるようになってしまって……。今度は大丈夫かしら、と考えるようになりましたの」


 そこまで言うと、ジョン兄様が短く息を吐いた。


「それ、もう約束になってないじゃないか」


 まったくその通りだった。

 でも、そう言い切ってしまうのが怖くて、私はずっと曖昧にしていたのだと思う。


「お茶会の日は、出かける直前でした。晩餐の時は、料理の支度まで済んでから。今日は劇場で……そのたびにリチャード様は、埋め合わせをするとおっしゃるのです」


 お母様が静かに尋ねる。


「実際に埋め合わせはされたの?」


 私は少し黙った。

 考えてはみたが、かえって何も思い浮かばなかった。


「……何かしら別の日にお会いしたことはあります。でも、私のためにきちんと取り直した約束、という形では、ほとんど」

「つまり、なかったのね」


 キャサリン姉様がやわらかく言った。

 私はその言い方に救われた気がした。自分で“なかった”と言ってしまうより、ずっと受け止めやすかったからだ。

 お父様が両手を組んだまま、しばらく黙っていた。

 その沈黙のせいで、部屋の時計の音がいつもより大きく感じられる。


「イブリン」

「はい、お父様」

「お前は、エミリー嬢そのものを嫌っているのか」


 私は首を横に振った。


「嫌っている、というのとも違います。正直に申し上げれば、苦手です。何を言い出すか分からないところがありますし、人によってずいぶん態度も違いますから。でも……」


 私は膝の上で指先を重ねた。


「私が本当に嫌だったのは、リチャード様が、それを全部こちらへ持ち込んでくることです」


 言いながら、胸の内で少しずつパズルのピースがはまっていくような気持ちになった。

 いままでぼんやりした不快さに押し流されていたものが、言葉になるたび輪郭を持ちはじめる。


「エミリー様がお加減を悪くなさること自体は、私がどうこう言うことではございません。けれど、そのたびに私との約束が後になって、私がそれを当然みたいに受け入れる役目になるのは、おかしいと思うのです」

「うん」


 キャサリン姉様はすぐに頷き、指を一本立てる。


「そこよ。まさにそこ。病弱な身内を案じることと、婚約者を軽く扱うことは、別の話だわ」


 その言葉が、すとんと落ちた。

 そうだ。私はたぶん、その二つをずっと一緒くたにされて困っていたのだ。

 エミリーへの気遣いに異を唱えるのは冷たいことだ、と勝手に話をすり替えられていたことが。

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