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病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?  作者: さんけい


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7/21

7 もう考えなくていい

「それに」と姉様は続けた。「本当に大事に思っている婚約者なら、何度も同じ目に遭わせた時点で、もう少し必死に埋めようとするものよ。今日のリチャード様には、それが見えなかったわ」

 私は目を伏せた。

 見えなかった。

 その一言が、ひどく胸にしみた。

 なぜなら、私自身うっすら感じていたことを、姉様がきっぱり言ってくれたからだ。

 リチャードは私を失望させていることには気づいていても、それを本気で取り返さなければならないほど大きなことだとは、思っていなかった。


「応接間での話を聞く限りだが」


 ハロルド兄様が口を開く。


「あいつは、自分が“事情を説明すれば済む側”にいると思っていたな」


 私は顔を上げた。

 その言い方が、あまりにも正確だったからだ。


「はい……そうだと思います」

「しかも、お前なら分かってくれる、と」

「ええ」


 答えた途端、情けなさがこみあげそうになった。

 分かってくれる。聞き分けがいい。落ち着いている。そういう言葉で、どれだけ都合よくこちらを扱ってきたのだろう。

 お母様が私を見つめる。


「イブリン。ひとつだけ聞くわ。あなたはこの婚約を、まだ続けたい?」


 部屋の空気が、ぴたりと止まった気がした。

 私はすぐには答えられなかった。

 考えるふりをして時間を稼いだのではない。ただ、その問いを正面から向けられるのが初めてだったから、胸の内のものが一気に動いたのだ。

 私は続けたいのだろうか?

 家同士のこと。体面。これから先の話。そんなものが頭をかすめたあとで、それでも最後に残ったのは、今日の応接間でのリチャードの顔だった。

 困ったような顔。責められているのが不本意そうな顔。

 そして、私に向かって、冷たいだの大げさだのと言った口元。

 あれを思い出した瞬間、心が静かになった。


「……いいえ」


 自分でも驚くほど、はっきり出た。


「もう、続けたくありません」


 言ってしまえば、あとは不思議なくらい揺れなかった。


「これから先も何かあるたびに、私は“分かってくれる側”に置かれるのだと思います。いまは従妹のことですけれど、たぶん他のことでも同じです。家の用事でも、身内の都合でも、何でも、私が我慢すれば済む話にされるのではないかと……そう思ってしまいました」


 お父様が静かに目を閉じた。


「それで十分だ」


 それだけで、私は肩の力が抜けた。

 責められないことが、こんなにありがたいとは思わなかった。


「お相手の家には、こちらから話を通す」


 お父様の声は落ち着いていた。けれどその落ち着きの奥に、はっきりした決意があった。


「婚約は、家同士の約束だ。だからこそ、こちらの娘が繰り返し軽んじられてよい理由にはならん」


 ハロルド兄様が頷き、ジョン兄様も珍しく真面目な顔で言った。


「ようやく言ってくれたよ、ほんと」

「ごめんなさい」


 思わず口をついて出ると、ジョン兄様が目を丸くした。


「何でお前が謝るの」

「だって、私がもっと早く言っていれば」

「言えなかったんでしょう」


 キャサリン姉様が、少しだけ呆れたように笑う。


「それだけ我慢していたってことじゃない。そこを責める家族がどこにいるのよ」


 私は唇を結んだ。

 泣くつもりはなかった。けれど、胸の奥がじんわりと熱を持つ。苦しいのではなく、長く固まっていたものがゆるんでいく時の熱に近かった。

 お母様がそっと言う。


「今夜はもう何も考えなくていいわ。よく話してくれました」


 その声を聞いた途端、私はようやく本当に息をつけた気がした。

 ずっと、自分で始末をつけなければと思っていた。黙って整えて、顔に出さず、穏やかに済ませるのがいちばんだと。けれど、それは私ひとりが静かに傷ついていくやり方だったのだろう。

 暖炉の火が、ぱちりと小さく鳴った。

 その音を聞きながら、私は膝の上に置いた手をそっとほどいた。さっきまで自分でも気づかないうちに、強く握っていたらしい。


「ありがとう、ございます」


 それだけ言うのが精一杯だった。

 でも、その一言で十分だった気もした。

 今日はもう、背伸びをしなくていいのだと思えたから。


 居間を出る時、窓の外はすっかり夜の色に変わっていた。

 昼の約束はだめになったのに、今日という一日は、思っていたよりずっと別の形で動いてしまった。

 けれどそれは、悪い変わり方ではないのかもしれない。

 そう思った時、胸の奥に長く澱んでいたものが、ほんの少しだけ薄くなった気がした。

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