5 「私に何の関係がございますの?」
「どんな人だと思っていらしたのです?」
私が尋ねると、リチャードは少しためらってから言った。
「優しくて、思慮深くて、事情を汲んでくれる人だと」
私は思わず、かすかに笑ってしまった。
「それは、あなたにとって都合のよい人、ということではなくて?」
「イブリン」
「病弱な従妹に思いやりがない、とおっしゃりたいのでしょうけれど」
そこまで言ってから、私ははっきりと言った。
「リチャード、いえ婚約者様、それ、私に何の関係がございますの?」
空気が止まった気がした。
窓の外で木々が揺れている音が、急に遠く聞こえる。
リチャードは、私の言葉をすぐには飲み込めなかったらしい。間の抜けた顔で、まばたきをする。
「……従妹だぞ?」
「ええ。あなたの、ですわね」
「家族みたいなものだ」
「でしたらなおのこと、あなた方の側で何とかすべきことですわ。私との約束を何度も壊して当然の理由にはなりません」
ようやく彼の顔色が変わった。
責められているのだと、そこで初めて本格的に理解したのだろう。
「……冷たいな」
その一言で、私は本当に呆れてしまった。
冷たい。
何度も待たされて、譲らされて、それでも表立って責めずにきた婚約者に向かって、まず出てくるのがその言葉なのか。
「約束を違えた相手に向かって、それをおっしゃるのですね」
「君は大げさだ」
「大げさ?」
自分で繰り返してみると、その言葉はあまりにも軽かった。
私は立ち上がった。
このまま座っていると、もう少し見苦しいことを口にしてしまいそうだったからだ。
泣きはしない。でも、腹の底に溜まっていたものまで、そのまま全部ぶつけてしまう気がした。
「本日は、もうお帰りくださいませ」
「イブリン、待ってくれ。私はただ、分かってほしかっただけなんだ」
「ええ。分かりましたわ」
私は自分でも驚くほどきれいな声で言った。
「私との約束は、あなたにとって、その程度なのだと」
「そうじゃない!」
「では、どう違うのです」
リチャードは口を開いたまま、しばらく何も言えなかった。
その時だった。
「それは、ぜひ私どもも伺いたいところだな」
応接間の扉が開いて、低い声がした。
振り向くと、そこにはハロルド兄様が立っていた。
その後ろにはジョン兄様もいる。
二人とも、いつから聞いていたのだろう。
ハロルド兄様の顔には普段の穏やかさがなく、ジョン兄様は珍しく笑っていなかった。
リチャードが目に見えて青ざめる。
「ハロルド……いや、これは……」
「妹に向かって“冷たい”だの“大げさ”だの、ずいぶん好きに言ってくれたようだ」
ハロルド兄様の声は静かだった。
静かなのに、そこに含まれているものは十分すぎるほど伝わった。
私はその瞬間、ようやく息を吐いた。
ずっとひとりで抱えていたものが、少しだけほどけた気がした。
軽くなったわけではない。痛みが消えたわけでもない。ただ、もう私ひとりが飲み込まなくてもいいのだと思えた。
ハロルド兄様が、こちらを見た。
「イブリン、もういい。お前は部屋へ戻っていなさい」
「ですが」
「十分だ」
その一言で、私は頷いた。
応接間を出る時、背中でリチャードの焦った声がしたけれど、私は振り返らなかった。
いまさら振り向いたところで、聞きたい言葉がそこにあるとは思えなかったからだ。
廊下へ出ると、昼の名残だった光はもうずいぶん薄くなっていた。
私はゆっくり歩きながら、指先でスカートの布をつまんだ。
気を抜くと、手が少し震えそうだった。
怒っているのか、悲しいのか、悔しいのか、自分でもまだうまく分からない。
ただひとつだけはっきりしているのは、私はさっき、とうとう口にしてしまったということだった。
――私に何の関係がございますの?
あれは売り言葉でも、勢いでもなかった。
たぶん、ずっと前から胸の底に沈んでいた言葉だ。ようやく形になっただけなのだろう。
部屋へ戻ると、鏡の前に置いたままだった真珠の耳飾りが目に入った。
白く、丸く、きれいで、静かだった。
私はその片方を指先でつまみ上げて、しばらく眺めたあと、そっと小箱へ戻した。
今日の午後は、もう二度と戻らない。
でも、たぶん戻らなくていいものもある。
そんなことを考えた時、自分の中で何かが少しだけ、前とは違う場所へ動いた気がした。




