表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/28

4 「わかってくれると思っていた」

「急に来てしまってすまない、イブリン」

「ええ、本当に急ですこと」


 自分でも驚くほど、声は穏やかだった。

 リチャードは一瞬だけ言葉を詰まらせたものの、すぐに座るよう勧めてきた。

 私も向かいへ腰を下ろす。紅茶はすでに運ばれていて、湯気が細く立っていた。

 それが、かえって妙におかしかった。

 約束を壊しに来た人と向かい合って、行儀よくお茶を前にしているのだから。


「どうしても手紙だけでは済ませたくなくて」

「そうでしたの」

「きちんと説明したかったんだ」


 きちんと。

 その言葉を聞いた時、私はふと、ほんの少し前の自分を思い出した。

 帽子を整えて、耳飾りを出して、今日の午後のために支度をしていた私。

 あの時間に対して、彼はどれだけ“きちんと”向き合ったのだろう。

 そう思ったけれど、口には出さなかった。


「エミリーのことなんだ」

「お手紙で伺いましたわ。お熱が出たと」

「ああ。ただ、熱そのものはそれほどでもないらしい。医師も、休めば落ち着くだろうと言っていた」


 ならばなおさら、と思った。

 けれど私は黙っていた。

 リチャードは私の沈黙を、話の続きをうながすものと受け取ったらしい。


「でも、ひどく心細がっていてね。私が帰ろうとすると、不安そうな顔をするんだ。あの子は昔からそういうところがあって……」


 私はカップに手を伸ばした。

 指先に触れた磁器はほどよく温かい。なのに、その温かさがこちらへ移ってくる感じはしなかった。


「そうでしたの」

「うん。だから、今日はどうしてもそばにいてやらないとと思って」

「でも、こちらへは来られたのですね」


 私がそう言うと、リチャードは少しだけ目を見開いた。


「それは……君に何も言わずに済ませるのは良くないと思ったからだ」

「なるほど」


 なるほど、と返しながら、私は少しだけ笑いたくなった。

 おかしさからではない。あまりにも彼らしい理屈だったからだ。

 エミリーのそばを離れられないほど案じている。

 でも、その足で私のところへは来る。その矛盾を、彼は矛盾と感じていないらしい。


「イブリン、そんな顔をしないでくれ」

「どんな顔でしょう」

「責めているみたいだ」


 私はカップを戻した。

 責めている?

 そう感じる程度には、自分でも何かしら後ろめたいものがあるのだろうか。

 けれど、だったらせめて、こちらが何を思うのかくらい、少しは考えてくれてもよさそうなものだ。


「私は、ただ伺っているだけですわ」

「エミリーの体調が悪いんだ。あの子は身体も弱いし、気持ちも繊細で……」

「ええ。そのお話はこれまでに何度も」


 私がそう言うと、彼は口をつぐんだ。

 ようやく気づいたのだろう。

 これは今日一日だけのことではないと。


「先月の茶会の時も、そうでしたわね。その前の晩餐の時も。その前の乗馬会の時も」

「それは、それぞれ事情があって」

「いつも、そうおっしゃいますわ」


 自分の声が思いのほか静かなことに、私自身が少し驚いた。

 怒っている時ほど、かえって声は落ち着くのかもしれない。

 リチャードは困ったように眉を寄せた。この人は本当に、困る顔をするのがうまい。困った顔をされると、こちらが意地悪をしているような気分にさせられる。

 今までの私は、たぶんそれで丸め込まれてきたのだ。


「君なら分かってくれると思っていたんだ」


 その言葉が落ちた瞬間、私は唐突に目が覚めたような気持ちになった。

 ああ、()()()()()()()()()、と。

 分かってくれると思っていた。

 つまり、私なら譲ると思っていた。

 私なら待つと思っていた。

 私なら、不満を顔に出さないと思っていた。

 そうやって、何度でも後へ回せる相手だと思っていた。

 私はしばらく黙っていた。

 言い返そうと思えば言葉はいくらでも浮かんだのに、すぐには口から出てこなかった。

 怒りよりも先に、妙に乾いた失望のほうが広がっていったからだ。


「イブリン?」

「……最初のうちは、私もそうでしたわ」

「え?」

「分かろうとしておりましたの。従妹でいらっしゃるし、お身体も弱いと伺っていましたから」


 私はゆっくりと顔を上げた。


「でも、それは、私との約束が何度も後へ回されてよい理由にはなりませんわ」


 リチャードは露骨に困惑した顔をした。まるで、こちらが急に難しいことを言い出したみたいに。


「君は、そんなふうに考えるのか?」

「では、どう考えればよろしいのです?」

「エミリーは昔から、ああいう子なんだ。放っておけないし、それに君は落ち着いているだろう。物分かりもいいし――」


 そこまで聞いたところで、私はふっと力が抜けるのを感じた。

 落ち着いている。物分かりがいい。

 要するに、面倒を起こさず、我慢してくれる相手だということだ。


「では私が騒げば、そちらを優先してくださるのですか」

「何を言っているんだ」

「似たようなことではありませんか」

「違うよ。君は()()()()()じゃないだろう」


 その言い方に、胸の中の何かが、びっくりする程冷えていくのがわかる。


 ――そういう人じゃない。


 彼の中で私は、きっとずっと都合のいい“そういう人ではない側”に置かれていたのだろう。

 寂しがらない。怒らない。困らせない。


 ――だから後でいい。


 それを、本人がまるで悪いことと思っていないところが、たまらなく嫌だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ