表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/41

33 気をつけるべき点

 お母様が静かに尋ねられる。


「ひっかかる、というのは?」

「簡単に言うと、気づいてないんだよ」


 ジョン兄様は少し肩をすくめた。


「他のやつは“あ、今この人、相手によって態度変えてるな”って引くところで、リチャードだけは“具合が悪いんだな”“心細いんだな”って真に受ける」


 私は目を伏せた。ありそうだ、と思ってしまった。

 思ってしまうのが、また少しつらい。


「それにね」


 ジョン兄様は続けた。


「エミリー嬢が弱って見えるタイミング、だいたいリチャードが別のことに気を向けそうな時なんだってさ」


 私はそこで、はっきり息をのんだ。

 キャサリン姉様も、今度は表情を変えられた。

 お母様は何も言わなかったけれど、カップを置く手つきが少しだけ止まる。


「本当かどうか、僕はその場を見たわけじゃないよ」


 ジョン兄様はちゃんとそう断った。


「でも、別の口から似たようなのを二回聞いた。だからさすがに、ただの悪口ではない気がする」


 私は、自分でも知らないうちに背筋を伸ばしていた。

 弱って見えるタイミング。それがもし本当なら、あまりにも嫌だった。

 嫌で、でも、鏡越しに見たあの変わり方を思い出すと、完全には否定できない。


「……ジョン」


 お母様が、低く呼ばれる。


「え?」

「よく話してくれたわ」


 その言い方には、珍しく労わるような響きがあった。

 ジョン兄様は少しだけ気まずそうな顔をする。


「いや、まあ……聞いといたほうがいいと思って」

「ええ」


 お母様は頷かれた。


「その点は、気をつけましょう」


 私はその言葉を聞いて、顔を上げた。

 お母様の目は、もう迷っていなかった。


「どういう意味ですの?」


 私が尋ねると、お母様はまっすぐ答えられた。


「エミリー様が、本当にいつどんな時に不調を訴えるのか。その訴えが誰に向いている時に強く出るのか。そこを、こちらは冷静に見ておくべきだという意味よ」


 キャサリン姉様も、すぐに理解されたようだった。


「なるほど」


 そう言ってから、姉様は小さく息をつかれる。


「病弱かどうかと、それを人の引き留めに使っているかどうかは、別ですものね」

「ええ」


 お母様は静かに頷かれた。


「病弱であること自体を疑う必要はないわ。けれど、それが都合のよい時にだけ前へ出てくるのだとしたら、話は別になる」


 私は、その言葉をひどくはっきり受け取った。

 疑うのではない。

 でも、見ておく。

 そこが大事なのだ。

 その時、扉のところで軽いノックがして、今度はハロルド兄様が入ってきた。


「まだ続いていたか」

「ちょうど良かったわ」


 キャサリン姉様がそうおっしゃる。

 事情を聞いたハロルド兄様は、驚くより先に考える顔をした。それから、ジョン兄様へ「誰からだ」とだけ尋ねる。

 兄様が名前を二つ挙げると、ハロルド兄様は短く頷いた。


「なら、話の端だけではないな」

「僕もそう思う」


 ジョン兄様の返事は珍しく軽くなかった。

 ハロルド兄様は私のほうを見た。


「イブリン」

「はい」

「向こうがもしまた、体調だの不安定だのを理由に何か言ってきても、お前はもうそれに引きずられなくていい」


 私はその声を、まっすぐ聞いた。


「……はい」

「むしろ、そういう時こそ一歩引いて見ろ。誰が、何のために、その言葉を持ち出しているのかを」


 その言い方はいかにもハロルド兄様らしかった。

 感情をなだめるというより、見る位置を教えてくれる。


「こちらが先に可哀想だと思い込むと、話をずらされる」


 お母様がそのあとを継がれた。


「もう、そこへは戻らないようにしましょう」


 可哀想だと思い込むと、話をずらされる。

 私はその言葉を胸の中で繰り返した。

 たしかにその通りだった。私はずっと、そこへ引き戻されてきたのだ。

 病弱だから。気分の波があるから。心細がるから。

 そう言われるたびに、私の約束や気持ちのほうが、後ろへ押しやられてきた。


「よし」


 ジョン兄様がそこで言った。


「じゃあ今後は、“エミリー嬢が具合悪いらしい”って聞いたら、まず一回そのまま信じないことにしよう」

「言い方」


 キャサリン姉様がたしなめられる。


「でも、意味はそういうことでしょう?」


 ジョン兄様は少しも引かなかった。

 ハロルド兄様も、それ自体は否定しなかった。


「疑うというより、鵜呑みにしない、だな」

「そうね」


 お母様が言われる。


「そのほうが正確だわ」


 私は、そのやりとりを聞きながら、ようやく少し息がしやすくなるのを感じた。

 今までは、相手が具合が悪いと聞くたび、それだけでこちらが一歩退くのが当然みたいになっていた。

 けれど、もうそうではない。まず見る。状況を聞く。誰が言っているのかを考える。そこからでいいのだ。


「イブリン」


 キャサリン姉様が私を呼ばれる。


「あなたも、その点だけは忘れないで」

「はい」

「エミリー様が弱って見えることと、あなたが譲らなければならないことは、もう結びついていないのよ」


 私は頷いた。

 その言葉は、いまの私に必要な形で胸へ届いた。

 外での評判。鏡越しの違和感。お母様が聞いてきた話。

 ジョン兄様が拾ってきた、タイミングの妙な噂。

 全部が少しずつつながって、ようやく、私が今後どこに気をつければいいのかが見えてくる。

 その夜、居間を出る時には、昼間よりもずっと足元が落ち着いていた。

 嫌なものは嫌なままだった。

 でも、ただ気味が悪いだけではなくなっていた。

 気をつけるべき点が、ちゃんと分かったからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ