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病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?  作者: さんけい


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28/31

28 きょうだいだけの話①

 その夜、両親が先に席を立ったあとも、私たち四人だけは居間に残っていた。

 暖炉の火は少し落ち着いていて、部屋の中には食後のゆるんだ空気がある。

 けれど、だからといって本当にのんびりしているわけではなかった。

 むしろ両親がいなくなったことで、ようやく言いやすくなることのほうが多いのだと、私はよく知っている。

 キャサリン姉様はソファの端へゆったり座り、ハロルド兄様は暖炉のそばで片手を炉棚についていた。

 ジョン兄様はというと、長椅子の背へ肘をかけるような行儀の悪い座り方をしていて、姉様に「あなた、それお父様の前ではなさらないでちょうだい」と早々に言われていた。


「今いないからいいだろ」

「そういうことを言うから駄目なのよ」


 そんなやりとりがあって、私は少しだけ気持ちがゆるんだ。

 やっぱり兄妹だけだと、空気が違う。

 しばらくは誰も本題を口にしなかった。

 ジョン兄様が果物皿から葡萄をつまみ、姉様がそれを見て「食べ方が雑」と言い、ハロルド兄様が「お前たちは少し静かにできないのか」と呆れる。そのくらいの軽さが、今の私にはちょうどよかった。

 でも、先に切り出したのはやっぱりジョン兄様だった。


「で」


 葡萄を飲み込んでから、兄様は言った。


「もう遠慮なく言っていい?」


 キャサリン姉様が肩をすくめる。


「今さら遠慮していたの?」

「してたよ、一応は」

「一応ね」


 私は思わず口元をゆるめた。

 ジョン兄様は私のほうを見た。


「イブリン、先に言っとくけど、僕はかなり腹立ってるからね」

「……知っております」

「いや、今日の鏡の話を聞く前から腹は立ってたんだけど、今はちょっと種類が違う」


 そう言って、兄様は背もたれから身を起こした。


「リチャードはさ、ただ鈍いだけの馬鹿かと思ってたんだよ。顔が良くて、育ちが良くて、でも婚約者より目の前の“かわいそうな誰か”を優先しちゃって、それを美談だと思ってる類の」

「だいたい合ってるわね」


 キャサリン姉様が涼しい顔で言う。


「でしょ? でも、そこへあの従妹まで乗っかると、話が変わるんだよ」


 ジョン兄様はそこで少し顔をしかめた。


「だって、本人の中ではあれ、たぶん全部筋が通ってるんだろ。具合が悪い自分を優先してもらうのは当然、元気な婚約者は待てる、欲しいものがあれば今見たほうがいい、みたいな」


 私は黙って聞いていた。

 兄様の言い方は少し乱暴だけれど、乱暴だからこそ、そこにある気味の悪さがよく分かる。


「それがさ」


 ジョン兄様は続けた。


「下手に意地悪でもないのが嫌なんだよね。“婚約者なんかどうでもいいわ”って顔ならまだ分かりやすいのに、そうじゃない。たぶん本人は本気で、“具合が悪い人のほうが大事でしょう?”くらいにしか思ってない」

「ええ」


 私がそう言うと、自分でも驚くほど声は落ち着いていた。


「私も、そこが少し怖かったのです」


 ハロルド兄様がそこで口を開いた。


「怖い、でいい」


 短い言い方だった。


「世の中には、悪意がはっきり見える相手ばかりじゃない。自分の理屈に曇りがないぶん、かえって厄介な人間もいる」


 私は兄様を見た。

 ハロルド兄様はいつものように静かな顔をしていたけれど、その目は冷たかった。


「しかも、グランヴィル家はそれを自分たちで扱えていない」

「そこなんだよねえ」


 キャサリン姉様も、小さく息をつかれる。


「エミリー様が妙な方、で終わるならまだしも、その方を家に抱えて、息子に絡ませて、婚約者へだけ理解を求めるって、どういうつもりなのかしら」

「どうもこうも、何となく回ると思ってたんだろ」


 ジョン兄様があっさり言った。


「リチャードは言えば従うし、エミリーは適当に甘やかしとけば静かになる日もあるし、婚約者は賢い娘だから波立てないし、みたいな」


 私はその言葉に、何とも言えない気持ちになった。

 悔しいのか、情けないのか、自分でも少し分からない。

 でも、たぶんその見立ては大きく外れていなかったのだろう。

 キャサリン姉様が私を見る。


「腹が立つでしょう?」

「……ええ」


 私は正直に頷いた。


「でも、それ以上に、何だか疲れますわ」

「分かる」


 姉様の返事はすぐだった。


「怒る相手がひとりなら楽なのよ。でも今回は、リチャード様は鈍いし、お母様は丸め込めると思っていらっしゃるし、お父様はたぶん何でもあとから整えればよいと思っているし、エミリー様はあの調子でしょう」


 そこまで言って、姉様は小さく眉を寄せる。


「全員、違う方向からこちらを疲れさせるの」

「それだ」


 ジョン兄様が指を鳴らしかけて、姉様に睨まれてやめた。


「ほんと、それ。ひとりの大悪党がいるほうがまだ楽だよ。今回は全員がじわじわ嫌なんだ」


 ハロルド兄様は、その言い方に否定も肯定もしなかった。

 ただ、少し考えるように言う。


「グランヴィル夫人がいちばん始末が悪いかもしれんな」


 私は少し驚いて、兄様を見た。


「リチャード様ではなくて?」

「リチャードは、まだ浅いだけだ。いや、その“浅いだけ”で婚約者を何度も傷つけた時点で十分ひどいが」


 兄様はそこで言葉を切った。


「だが、親は違う。あの夫人は、何が起きているかを息子よりは見ている。それでいて、きちんと片づけるより、“少し待てば収まる”ほうへ持っていこうとした」


 私は、応接間で向かい合った時のグランヴィル夫人の顔を思い出した。

 やわらかくて、穏やかで、でも最後まで私の嫌さそのものには触れなかった顔。


「たしかに……そうかもしれません」

「父親も似たようなものだろう」


 ハロルド兄様は続けた。


「家の中の面倒ごとを若い息子へ背負わせない、などと言えば聞こえはいい。だが結局、そのしわ寄せがどこへ行ったかといえば、お前だ」


 その言葉は、ひどく静かだった。

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