27 家族の方針決定
「本家の預かりもの、なんて顔をして曖昧にしてきたんだろうけど」
ジョン兄様が足を組み直しながら言う。
「そんなの、知らされたほうはたまらないよね」
「ええ」
キャサリン姉様が頷かれた。
「しかも、向こうの奥方は“賢い娘なら分かる”とでも言いたげでしたわ。あんなものを家に抱えたまま、娘の側へだけ理解を求めるなんて、ずいぶん都合がいい話ですこと」
お母様の目が、すっと細くなる。
「わたくし、あの方とお話しした時、まだ“こちらを宥めれば済むと思っていらっしゃるのね”程度に考えておりましたの。でも今日の話を聞いて、もう少し見方を変えるべきだと思いました」
「どういうふうに?」
私が尋ねると、お母様ははっきり言われた。
「危ない家だというふうに、よ」
その一言が、部屋に落ちた。
大げさではないのだろう。
お母様は普段、そんな言葉を軽々しく使う方ではない。だからこそ、その重さが分かる。
「病弱な親族を引き受けること自体が危ないのではないわ。けれど、相手をよく見極めないまま、家の中へ抱え込み、息子には余計なことを知らせず、婚約者には理解と我慢だけを求める――そんなやり方は、十分に危ないわ」
私は黙って聞いていた。
危ない。
それはたぶん、私がぼんやり感じていたことにいちばん近い言葉だった。意地悪とか、非常識とか、そういうものとも少し違う。
もっと、足元が悪い感じ。こちらが何を踏まされるか分からない不安定さ。
「じゃあ、なおさら事実を揃えたほうがいいね」
ジョン兄様が言った。
その声音には、さっきまでの軽い嫌悪とは別のものがあった。面白がっているのではなく、ちゃんと身構えた時の声だ。
お父様が頷かれる。
「そうだな」
「そこまでなさるのですか」
思わず私が言うと、ハロルド兄様がこちらを見た。
「当たり前だろう」
その返事が、あまりにも早かった。
「向こうはまだ、少し行き違っただけのことにしたがっている。ならこちらは、何がどのくらい積み重なっていたか、どんな相手をどう扱っていたか、静かに確かめておくべきだ」
いかにも兄様らしい言い方だった。感情に流されず、でも手を緩める気もない。
「噂話のようなものではなくて?」
「そんなものに頼るつもりはない」
ハロルド兄様は少しだけ眉を動かした。
「ただ、外でどう見えているか、エミリー嬢がどの程度普通に出歩いているか、グランヴィル家がそのあたりをどう扱っているか、そういうことは分かるだろう」
「婦人方の話もございますし」
お母様が言われる。
「わたくしのほうでも、あまり露骨でない範囲で耳に入れてみますわ。病弱だと聞いていた方が、どのように社交の場へ出ていらっしゃるのか。そこは、知っておいてよいことだと思いますもの」
キャサリン姉様も、それに続かれた。
「私も見ておきます。若い方の集まりなら、案外、皆さま悪気なく口になさるでしょうし」
ジョン兄様が笑いそうになって、でも笑わずに言う。
「僕のところには、もっと露骨なのが入ってくるかもね。ああいう人って、若い男の前と年上の婦人の前で、けっこう態度が違うから」
その言い方に、私は思わず兄様を見た。
「ジョン兄様、お知り合いの中にそういう方が?」
「いる、というほどじゃないけど、見たことくらいはあるよ」
軽く言ってはいたけれど、目は少しも軽くなかった。
「とにかく、あの家はもう“婚約が駄目になりそうな残念な相手”じゃなくて、“下手に近づけたら面倒な相手”って見たほうがいい」
その整理は、ひどくしっくりきた。
残念、ではない。気の毒、でもない。
面倒で、危うい。
そして、その危うさを自分たちで制御できていない家。
「お父様」
私は少しためらってから尋ねた。
「もし、何か分かったとして……それをどうなさるのです?」
お父様は、机の上のペーパーナイフを指先で静かに動かしながら答えられた。
「まずは、こちらの判断を固めることだ」
低い声だった。
「それに、先方がまだ“少しの行き違い”で押してくるなら、こちらもそれでは済まない理由を、必要な時には示せるようにしておく」
私はその答えに、胸の内が少しだけ楽になるのを感じた。
ただ嫌だった、怖かった、ではなくなる。
見たこと、聞いたことが、ちゃんと形を持つ。そうなれば、また自分で自分を疑うことも減る気がした。
「イブリン」
お母様が私の手にそっと触れられる。
「あなたはもう、これ以上がんばらなくていいのよ。外で何か見かけても、まずは帰ってきて話せばいいわ」
「……はい」
「判断するのは家族の仕事です」
その言葉に、私はやっと少し笑えた。
今までなら、こういうことまで家族に背負わせるのは悪いような気がしたかもしれない。
けれど今は、そうではないと分かる。私はもう十分にひとりで飲み込んできたのだ。
「では、決まりだな」
ハロルド兄様がそう言った。
「こちらも少し見ておく。グランヴィル家が、何をどう抱えて、どんな顔で外へ出しているのか」
その言い方には、冷たさがあった。
でもそれは、怒りに任せたものではなく、距離を取ったあとの冷たさだった。
私はそれを聞いて、ようやく思った。
ああ、私の家族は皆、向こうを親しい婚家候補としては見ていないのだ。
それがひどく確かで、ひどく心強かった。
暖炉の火が、小さく鳴る。
私はその音を聞きながら、膝の上で重ねていた指先をゆるめた。
見てしまったものは、もう消えない。
でも、消えないままでいいのだろう。
それを見たうえで、どう距離を取るかを決めればいい。
今日は、そこまでやっと辿り着けた気がした。




