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病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?  作者: さんけい


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25/31

25 彼は気付いていないのだ

「姉様、ご覧になりました?」

「ええ」


 姉様は短くおっしゃった。


「十分に」


 その返事に、私はようやく鏡越しに見たものが、自分だけの見間違いではなかったのだと知った。


「私……何だか、少し怖かったのです」


 言いながら、背のあたりがひやりとした。


「大げさかもしれませんけれど、さっきまでと違う方を見たみたいで」

「大げさではないわ」


 姉様はすぐにそうおっしゃった。


「少なくとも、私にも、あの方がリチャード様の前で見せる顔と、そうでない時の顔が違うようには見えたもの」


 私は黙った。

 やっぱり、と思う一方で、その“やっぱり”を認めるのが少しだけ嫌だった。

 病弱な従妹を一方的に悪く取りたいわけではない。そういう気持ちは、まだどこかにある。

 けれど、さっき鏡の向こうで見たものは、ただの気のせいとして片づけるには、あまりにもはっきりしていた。


「リチャード様は」


 私は唇を湿らせてから続けた。


「お気づきではないのでしょうね」

「たぶん、気づいていないでしょうね」


 キャサリン姉様の声は、少しも驚いていなかった。


「気づかないからこそ、ああしてずっと連れ歩けるのでしょうし」


 その一言で、胸の中にあったものが、すとんと落ちた。

 そうだ。

 気づいていないのだ。

 自分が何を見せられているのかも、何を信じ込まされているのかも、そのせいで誰を後へ回しているのかも。


「……でも、気づいていないからといって」


 そこまで言って、私は言葉を切った。

 姉様がその先を待ってくださる。


「それで済むわけではありませんわね」


 言い終えた時、自分の中で何かが、ひどく静かに定まった気がした。

 知らなかったから。騙されていたのかもしれないから。

 そういう言い訳を、私はもう彼に与えたくなかった。

 たとえ本当に気づいていないのだとしても、私との約束を何度も後に回してきたのはリチャード自身だ。

 私が悲しんでいるのに、自分のほうの事情ばかり説明して済ませようとしてきたのも、やっぱりあの人だった。

 姉様が、私の手を軽く握る。


「見てしまってよかったのよ」

「そうでしょうか」

「ええ」


 きっぱりした声だった。


「見なければ、またどこかで“私の考えすぎかもしれない”と思ってしまったでしょう」


 私はその言葉に、返事ができなかった。

 まさしくその通りだったからだ。

 家の中で手紙を読んでいるだけなら、まだ“具合が悪いのだから”“不安定なのだから”と自分に言い聞かせる余地があった。

 けれど、外の店先で見たものは違う。

 買い物をして、品を選んで、相手が振り向いた途端に頼りない顔へ戻る。

 その切り替わりを見てしまった以上、私はもう前のようには考えられない。

 通りのほうから、馬車の音が聞こえてきた。

 人々の笑い声も、遠くでかすかに混じっている。街はいつも通り動いていて、私だけがそこで立ち止まっているみたいだった。


「帰りましょうか」


 姉様がうながす。私は頷いた。

 もう店を見る気にもなれなかったし、これ以上ここにいて、また向こうの姿が目に入るのも嫌だった。

 馬車へ戻る途中、私は一度だけ通りの先を見た。

 もうリチャードたちの姿は見えなかった。けれど見えないことが、少しも安心にはつながらなかった。


 帰りの馬車の中で、姉様は無理に話しかけてこられなかった。

 私は窓の外を見ていた。流れていく店先や石畳の色が、目に入っているのに、うまく形として頭に残らない。

 代わりに残っているのは、鏡の中のエミリーの顔だけだった。

 欲しいものを選んでいる時の、あのはっきりした目。リチャードが振り向いた瞬間に、すっと弱々しさへ戻った口元。

 ぞっとするほど大きな何かではない。

 けれど、小さいからこそ厄介な違和感だった。


 屋敷へ着いたあと、玄関で外套を脱ぎながら、私はようやく姉様に言った。


「姉様」

「なあに」

「私、もう本当に、戻れません」


 その言葉は、前にもどこかで思ったことのはずだった。

 でも今は、その時よりずっと重みがあった。

 キャサリン姉様は少しも驚かず、ただ穏やかに頷かれた。


「ええ。戻らなくていいわ」


 その一言で、胸の奥がじんわりと熱を持った。

 傷ついたのだと思う。呆れもした。

 でもそれだけではなく、ようやく自分の目で見てしまったものがある。

 そのことが、今まで曖昧だった部分を一気に固めてしまったのだ。

 もう十分だ。

 再びそう思った時、その言葉は前よりもずっと静かで、前よりもずっと動かなかった。

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