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病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?  作者: さんけい


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24/37

24 違って見えた

 お茶を終えてティールームを出たあと、姉様はすぐには何もおっしゃらなかった。

 その代わり、向かいの通りにある小さな帽子店へ、当然のような顔で私を連れて入られる。


「新しいヴェールを見たいの」


 店の中は静かで、窓からの光が明るかった。

 私は帽子台に並ぶ春物を見ながら、姉様の気づかいがありがたくて、少しだけ泣きそうになった。

 でも、泣くほどではない。もう少し乾いた気持ちだった。

 姉様が店主と話しているあいだ、私は何となく入口近くの鏡へ目をやった。

 そこで、通りの向こう側が映った。

 最初は、本当に何気なく見ただけだった。

 人通りがあって、馬車があって、通りすぎる婦人の帽子が揺れている。

 その中に、見覚えのある姿――リチャードだった。

 濃い色の上着に、見慣れた肩の線。

 そして、その腕に軽く手を添えているのが、エミリーだった。

 私はつい、鏡から目を離せなくなった。

 二人は通りの反対側の店先に立っている。ガラス越しに見えるのは、飾り紐や小箱の並んだ洒落た店だ。

 エミリーは淡い色の外套を着ていて、たしかに顔色は白かった。いかにもか弱そうに見える立ち方をしている。

 でも、その次の瞬間だった。

 リチャードが店員に支払いをしているあいだ、エミリーが店先の別の品へ顔を向けた。

 ほんの少し顎を上げ、指先で箱を示しながら何か言う。

 口元の動きは小さいのに、そこにはさっきまでの弱々しさがなかった。はっきりした、遠慮のない顔だった。

 店員がすぐに別の箱を差し出す。

 エミリーはそれを受け取るでもなく、さらに何か言った。今度は首を横に振る。欲しいものを選んでいる人の顔だった。

 その時、支払いを終えたらしいリチャードが振り向いた。

 するとエミリーは、まるで糸でも引かれたみたいに表情を変えた。

 目元をやわらげ、少しだけ体を傾け、いまにも疲れてしまいそうな人の顔に戻る。

 リチャードはすぐに彼女の手元へ視線を落とし、何か気づかわしげに言ったらしい。エミリーはかすかに笑って、首を振った。

 その一連の動きを見た時、背中に薄いものが這う感じがした。

 はっきり悪意が見えたわけではない。

 芝居だと断じられるほどでもない。

 でも、さっきまでと今とで、そこにいる人が少し違って見えたのだ。


「イブリン?」


 キャサリン姉様の声で、私ははっとした。

 姉様は私の立ち位置と、鏡に映る通りとを見比べて、すぐに分かったらしい。表情は変えなかったが、静かに私の隣へ来られた。

 そして、一度だけ鏡の向こうを見て、ほんのわずかに口元をかたくする。


「見なくていいわ」


 そう言われても、私はすぐには視線を外せなかった。

 リチャードは何も知らない顔で、エミリーの持つ包みを受け取っている。エミリーはその横で、また頼りなげに立っている。端から見れば、具合の悪い従妹を気づかう親切な青年にしか見えないだろう。

 つい先ほどまで、私もそう思わされ続けてきたのだ。


「……お外には出られるのですね」


 気づけば、そんな言葉がこぼれていた。

 自分でも驚くほど、平たい声だった。

 キャサリン姉様はすぐには返事をなさらなかった。

 その代わり、私の手首にそっと指を添えて、鏡の前から半歩だけ離すように促した。


「行きましょう」


 静かな声だった。

 私は頷いた。

 頷いたつもりだったけれど、自分の体がちゃんと動いているのか、少しあやしかった。

 胸の内はひどく静かなのに、指先のほうだけがうすく痺れているようだったからだ。

 店主に軽く断って、私たちは店を出た。

 通りへ出ると、春の終わりの風が思っていたより冷たく感じられる。

 姉様はあえて通りの向こうを見ようとなさらず、そのまま私を少し奥まった小道へ連れていってくださった。

 そこでようやく、私は息を吐いた。


「大丈夫?」

「……分かりません」


 そう答えると、自分でも少し情けなかった。

 でも、ほかに言いようがなかった。

 怒っているのか、呆れているのか、傷ついているのか。どれもあるようで、どれもぴたりとはまらない。

 ひとつだけ確かなのは、何かがもう元の場所へ戻らない感じがするということだった。

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