24 違って見えた
お茶を終えてティールームを出たあと、姉様はすぐには何もおっしゃらなかった。
その代わり、向かいの通りにある小さな帽子店へ、当然のような顔で私を連れて入られる。
「新しいヴェールを見たいの」
店の中は静かで、窓からの光が明るかった。
私は帽子台に並ぶ春物を見ながら、姉様の気づかいがありがたくて、少しだけ泣きそうになった。
でも、泣くほどではない。もう少し乾いた気持ちだった。
姉様が店主と話しているあいだ、私は何となく入口近くの鏡へ目をやった。
そこで、通りの向こう側が映った。
最初は、本当に何気なく見ただけだった。
人通りがあって、馬車があって、通りすぎる婦人の帽子が揺れている。
その中に、見覚えのある姿――リチャードだった。
濃い色の上着に、見慣れた肩の線。
そして、その腕に軽く手を添えているのが、エミリーだった。
私はつい、鏡から目を離せなくなった。
二人は通りの反対側の店先に立っている。ガラス越しに見えるのは、飾り紐や小箱の並んだ洒落た店だ。
エミリーは淡い色の外套を着ていて、たしかに顔色は白かった。いかにもか弱そうに見える立ち方をしている。
でも、その次の瞬間だった。
リチャードが店員に支払いをしているあいだ、エミリーが店先の別の品へ顔を向けた。
ほんの少し顎を上げ、指先で箱を示しながら何か言う。
口元の動きは小さいのに、そこにはさっきまでの弱々しさがなかった。はっきりした、遠慮のない顔だった。
店員がすぐに別の箱を差し出す。
エミリーはそれを受け取るでもなく、さらに何か言った。今度は首を横に振る。欲しいものを選んでいる人の顔だった。
その時、支払いを終えたらしいリチャードが振り向いた。
するとエミリーは、まるで糸でも引かれたみたいに表情を変えた。
目元をやわらげ、少しだけ体を傾け、いまにも疲れてしまいそうな人の顔に戻る。
リチャードはすぐに彼女の手元へ視線を落とし、何か気づかわしげに言ったらしい。エミリーはかすかに笑って、首を振った。
その一連の動きを見た時、背中に薄いものが這う感じがした。
はっきり悪意が見えたわけではない。
芝居だと断じられるほどでもない。
でも、さっきまでと今とで、そこにいる人が少し違って見えたのだ。
「イブリン?」
キャサリン姉様の声で、私ははっとした。
姉様は私の立ち位置と、鏡に映る通りとを見比べて、すぐに分かったらしい。表情は変えなかったが、静かに私の隣へ来られた。
そして、一度だけ鏡の向こうを見て、ほんのわずかに口元をかたくする。
「見なくていいわ」
そう言われても、私はすぐには視線を外せなかった。
リチャードは何も知らない顔で、エミリーの持つ包みを受け取っている。エミリーはその横で、また頼りなげに立っている。端から見れば、具合の悪い従妹を気づかう親切な青年にしか見えないだろう。
つい先ほどまで、私もそう思わされ続けてきたのだ。
「……お外には出られるのですね」
気づけば、そんな言葉がこぼれていた。
自分でも驚くほど、平たい声だった。
キャサリン姉様はすぐには返事をなさらなかった。
その代わり、私の手首にそっと指を添えて、鏡の前から半歩だけ離すように促した。
「行きましょう」
静かな声だった。
私は頷いた。
頷いたつもりだったけれど、自分の体がちゃんと動いているのか、少しあやしかった。
胸の内はひどく静かなのに、指先のほうだけがうすく痺れているようだったからだ。
店主に軽く断って、私たちは店を出た。
通りへ出ると、春の終わりの風が思っていたより冷たく感じられる。
姉様はあえて通りの向こうを見ようとなさらず、そのまま私を少し奥まった小道へ連れていってくださった。
そこでようやく、私は息を吐いた。
「大丈夫?」
「……分かりません」
そう答えると、自分でも少し情けなかった。
でも、ほかに言いようがなかった。
怒っているのか、呆れているのか、傷ついているのか。どれもあるようで、どれもぴたりとはまらない。
ひとつだけ確かなのは、何かがもう元の場所へ戻らない感じがするということだった。




