表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/23

23 少し外の空気を

 その翌々日、キャサリン姉様が「少し外へ出ましょう」と誘ってくれた時、私は最初、あまり乗り気ではなかった。

 ずっと家の中にいるのがよいとも思わない。

 けれど、外へ出れば誰かに会うかもしれないし、会えば何かしら聞かれるかもしれない。

 いまの私には、その“何かしら”がひどく面倒に思えた。

 けれど姉様は、そんな私の気持ちを見透かしたように、あくまで軽い口調で続けた。


「大げさなお訪ねじゃないわ。ホテルのティールームでお茶を飲んで、少しだけ店をのぞいて帰るくらい」

「それでも、人には会いますでしょう」

「ええ、会うかもしれないわね」


 姉様は鏡の前で帽子の飾りを整えながら、ちらりとこちらを見た。


「でも、会ってしまった時にどう振る舞うかも、そろそろ思い出しておいたほうがいいわ」


 その言い方に、私は何も返せなかった。たしかにその通りだ。

 婚約のことがどう転ぶにせよ、いつまでも家の中だけで済む話ではない。

 外へ出れば、まだ何も知らない人たちに、今まで通りの顔で接されることだってある。


 結局、私は出かける支度をした。

 姉様は、あえて華やかすぎない薄鼠色のドレスを選んだ。

 私のほうも、濃い色は避けて、やわらかな藤色のものにする。いかにも気晴らしに連れ出された妹、というような気の毒な見え方はしたくなかったし、だからといって浮き立って見えるのも違った。


 ◇


 馬車の中で、姉様はとりとめのない話をする。

 留学先から届いた婚約者から手紙のこと。先日仕立ててもらった春用の外套が、思っていたより袖口の形を選ぶこと。

 返事に困らない話ばかり。その気づかいが、ありがたかった。

 ティールームは、いつも通り上品に賑わっていた。

 銀のポット、焼きたての菓子の匂い、低い話し声、時おり触れ合う磁器の音。

 そんなものに囲まれていると、家の中で固くなっていた気持ちが、少しだけほどける。

 窓際の席に着いて、最初の紅茶を口にした時、私はようやくちゃんと息をつけた気がした。


「ね」


 キャサリン姉様が、いたずらっぽくおっしゃる。


「来てよかったでしょう」

「……少しだけ」


 そう答えると、姉様は満足そうに笑った。

 ところが、落ち着いたのも束の間だった。


「まあ、キャサリン様にイブリン様」


 明るい声に振り向くと、顔見知りのミセス・ハワードが立っていた。

 姉様の社交界の知り合いで、悪い方ではない。悪い方ではないからこそ、こういう時に少し厄介でもある。

 私たちが立ち上がるより先に、彼女はにこやかに席のそばまで来た。


「ご一緒してもよろしくて?」


 断れるはずもなく、姉様が自然に受けられる。

 ミセス・ハワードは腰を下ろすなり、私の帽子を褒め、姉様の手袋の色合いを褒め、それから何でもない顔でこうおっしゃった。


「そういえば先日、グランヴィル様をお見かけしましたのよ」


 私は持っていたカップの取っ手に、少しだけ指先を強く添えた。

 キャサリン姉様の視線が一瞬だけこちらへ来る。


「そうでしたの」


 姉様の返しはごく穏やかだった。


「ええ。ボンド街で。とてもお優しそうに、従妹の方をエスコートしていらして」


 その言葉は、悪意なく、ただ見たものをそのまま口にした響きだった。

 だからこそ、こちらの胸にすっと入ってくる。


「従妹の方、ずいぶん繊細そうな方なのねえ。お顔色も白くて、少し歩くだけでもお疲れになりそうなくらいで」


 私は黙っていた。

 何か言えば、声が変になりそうだったからだ。

 ミセス・ハワードは、そこへさらに続けた。


「でも、帽子店ではずいぶん熱心に選んでいらしたわ。リボンも羽根飾りも、あれこれ鏡に当てて。グランヴィル様も根気よくおつきあいなさって、本当にお身内思いですこと」


 姉様がそこで、やわらかく微笑まれた。


「まあ、そうでしたの」


 それだけだった。

 それ以上は広げさせない、という受け方だった。

 ミセス・ハワードはようやく、何か少しばかり妙な空気に触れたと感じたらしい。

 けれど賢い方なので、そこを深追いはなさらなかった。別の話題へ移って、春の音楽会のことや、新しく入った菓子職人の評判へと話をずらしていく。

 私は相槌を打ちながら、胸の内だけが静かに沈んでいくのを感じていた。

 帽子店。リボン。

 鏡の前であれこれ選ぶ。

 病床に伏しているわけではないのだ。

 外へ出て、店をのぞいて、買い物をしている。そのための時間も気力もある。

 なのに、私との約束の時だけは、いつも“今日は熱があるから”“心細がっているから”だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ